魔転の勇者   作:シーチキン佐々山

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5.客人

「ようログ! 久しいなあ、元気にしてたか?」

 

「あぁ。久しぶりだな、ダリル。お前も相変わらずそうで何よりだ」

 

 昼食も済ました昼過ぎ、予定通り客人が屋敷に訪れた。ローガンを親し気に愛称で呼ぶその男は、元騎士のローガンに負けず劣らず引き締まった肉体を持つ偉丈夫だ。かつては同じ騎士団で肩を並べて戦った仲だが、今も衰えてはいないようだ。

 

「ん、それでその子が?」

 

 客人の男、ダリルの少し後ろに佇む小さな影に気付いたローガンが尋ねる。

 

「おお、そうだった。ほら、ユティ、挨拶しなさい」

 

 ユティと呼ばれた小さな影はおずおずと前に出ると、ぺこりとお辞儀をした。

 

「ユースティア、です。いご、お見知りおき、を」

 

「ローガンだ、よろしくな。君のお父さんには昔世話になった」

 

 ローガンの言葉にユースティアはもう一度、小さくお辞儀を返すと、またダリルの後ろに戻っていった。

 

「なんだ、随分しっかりした子だなぁ」

 

「そうだろう、そうだろう! 自慢の娘だ!」

 

 そう言ってダリルは後ろのユースティアの頭をわしゃわしゃ撫でた。ただ、撫で方が少々乱暴過ぎるのか、ユースティアは迷惑そうに身をよじっている。

 

「こんなところで立ち話もなんだ、中で話そう。うちの子も紹介したい」

 

「ちなみにその子らというのは、先ほどからこちらを覗いてる彼らかな?」

 

「ん? ……あ、あぁ」

 

 示された方向をローガンが見やると、そこには窓から様子を窺うシスカとファリスの姿があった。

 

 

 

 

 ローガンには応接間で待っていてくれと言われていたのだが、お客人がどんな人か見ると言うシスカに引っ張られるままに、ファリスは玄関近くの窓に張り付いていた。

 

「あれがお客さまね。なかなか強そうだけれどお父さまほどではないわね!」

 

「……」

 

 客人の強さを量ってどうするというのだろうか。

 

「あ、あの後ろの子がお父さまの言っていた子ね」

 

 シスカの言うように、客人の男の後ろにファリス達と同じ年頃の女の子が立っているのが見える。

 

「というかこっち見てない?」

 

「見てますね」

 

 何ならガン見だった。じっとこちらを見つめている。シスカが「手を振ってみましょ!」と言って手を振ると、首を傾げながらも小さく手を振り返してくれた。

 

 その後は彼女が男に促されてローガンに挨拶し終わったあたりで、中に入ろうとしたローガンと目が合った。

 

 

 

 

「まあ、なんだ、改めて娘のシスカと息子のファリスだ」

 

 玄関で合流したファリス達は、応接間に移動し、ローガンの紹介に続く形で挨拶をする。

 

「よろしくお願いします!」

 

「よろしくお願いします」

 

「おう、俺はダリルだ。よろしくな! 」

 

「ユースティア、です」

 

 先ほどの女の子はどうやらユースティアというらしい。サラサラとしたブロンドヘアを目深に伸ばしており、表情が伺いにくい。先程からの立ち振る舞いから見るに、どちらかというと大人しい性格のようだ。

 

「ユースティアっていうのね! いいお名前!」

 

「え……あ、ありがとう?」

 

「お菓子は好き? 美味しいお菓子があるの!」

 

「え、えぇ……?」

 

 そんな彼女にシスカはグイグイとコミュニケーションをとっていく。

 

「お父さんは話があるから、みんなで遊んでおいで」

 

「はっはっは、ログ、お前に似て元気な子じゃないか! ユティ、仲良くしてもらいなさい」

 

「はい! 行きましょ!」

 

 言うや否や、ユースティアの返事も聞かずにシスカはふたりの手を取って部屋から飛び出した。

 

 シスカが小走りなものだから、自然、手を引かれているふたりも小走りにならざるを得ない。ファリスは普段からシスカに振り回されている為、多少慣れてはいるが、初対面のユースティアは当然そうではない。シスカと同等に活発な子であればともかく、ユースティアは内向的な印象だ。

 

 ともすれば、この半ば強引とも取れるアプローチは嫌がられてしまうのでは、とユースティアの表情を伺う。

 

「……」

 

 無表情。

 

 揺れる前髪の間に見える表情は困り顔でも、怒り顔でもなく、はたまた笑顔でもない。無。

 

 感情が読み取れなさ過ぎてファリスは逆に心配になってきた。この年頃の子どもの情緒がこれというのは大丈夫なのだろうか……と。

 

 ただぼーっとしているというわけでもなさそうだが、なんにせよこれでは嫌がっているのかすら不明だった。

 

 前を行く姉は当然のように、ユースティアの表情にも、ファリスの心配にも頓着する

ことはなく、シスカの自室に到着した。

 

「ふふん、何して遊ぶっ? いろいろあるけど……あ、ユースティアは剣術はやったことある!?」

 

 多分ない。というか初対面の女の子と剣術で遊ぼうとしないで欲しい。

 

 ファリスの予想通り、ユースティアは小さく首を振った。

 

「そっかぁ……あっ、なら教えてあげよっか?」

 

「ね、姉さん!」

 

 姉の暴走を察知したファリスが思わず口を挟んだ。

 

 言うまでもないが、シスカの剣への情熱は並々ならぬものがある。さらに言うとその身体能力はやたらと高く、日々彼女の訓練に付き合うファリスの心身は疲労困憊である。

 

 そんなシスカ式の過酷な訓練に剣術未経験のいたいけな少女を巻き込むわけにはいかない。かような義憤がファリスを突き動かした! ……というのもないではないが、主な理由は間違いなく巻き込まれる自分の身を案じてのことだった。

 

「ど、どうしたのファリス?」

 

 弟の珍しく大きな声に驚いたシスカが目を丸くして聞き返した。

 

「あ、いや……お菓子! せっかくお菓子があるので、部屋で遊びませんか?」

 

 咄嗟のことで一瞬言いよどむが、何とか提案をひねり出した。

 

「あ、そうよね……お菓子を食べなきゃ」

 

 やや残念そうにはしているが、納得してくれたらしい。ファリスが内心で安堵するのも束の間、

 

「あ、でも食べてからなら……」

 

「!?」

 

 ぎょっとするファリス。その後、ゆっくり食べないともったいないだとか、あれこれ理由をつけて説得し、部屋でボードゲームやカードゲームをすることになった。

 

 床に座り込み、様々なゲームと今朝焼いたマフィンをカーペットの上に並べる。あまりお行儀がいいとは言えないが、誰も目くじらを立てはしないだろう。

 

「ね、食べてみて! お母さまのマフィン、すっごく美味しいんだから!」

 

 勧められるままにユースティアがマフィンを口に運ぶ。一口咀嚼して、その無表情の瞳が僅かに見開かれた。

 

「おいしい……」

 

「でしょ、でしょ! わたしも手伝ったのよ!」

 

 ふふん、と胸を張るシスカ。

 

「いっぱい焼いたから、いっぱい食べていいんだからね!」

 

 母親を、なんなら手伝った自分を褒められたようなものだから、シスカは上機嫌だ。

 

 そんなこんなでお菓子を口にしつつ子どもらしくゲームに興じる。和やかな雰囲気に、ファリスも心穏やかにいられた——。

 

 

 のも束の間、

 

「……ん」

 

「ま、また負けたー!」

 

 シスカの悲鳴と共にカードが舞い上がる。落下するカードが残りのマフィンに突き刺さりそうになるのをファリスが慌てて払った。

 

 ファリスの動きには目もくれず、シスカは涙目で唸り始めてしまった。

 

 どうしてこんなことになったのか。結論から言うと、ユースティアはむやみやたらとゲームが強かった。ルールに対しての理解の速さ、子どもらしからぬ優れた戦略眼、しばらく遊んだだけで彼女が非常に頭のいい子だということが分かった。

 

 ただ、流石にそれだけでここまでやってきたゲーム()()()()()とはいかない。

 

 彼女をここまで無敗たらしめた最大の要因、それは恐ろしいまでの運の良さだった。

 

 そんな馬鹿なと言いたくなるが、天が彼女に味方している、そうとしか思えない程に彼女は強運だったのだ。ある程度の戦略性もあるとは言え、大抵のゲームには運が絡む。むしろここまでやってきたゲームに関しては結局のところ運が一番大事だろう。

 

 結果、理不尽な連敗を喫したシスカは唸り始めてしまった、というわけだ。

 

 一方、とうのユースティアはといえば、特に勝ち誇るでもなく相変わらずの無表情だ。いつシスカの情緒が爆発するかとはらはらするファリスも加えて混沌としてきた。

 

 おもむろにシスカが立ち上がった。

 

 とうとうか、と身を竦ませるファリス。しかし、ファリスが危惧しているようなことは起こらず、シスカはずんずん歩くと戸棚を開き、何やら奥の方をごそごそとやった。

 

 やがて、シスカはひとつのボードゲームを引っ張り出した。

 

「ね、姉さん、それは……!」

 

 ファリスが目を見張る。

 

 シスカはそれを胸の前に掲げ、高らかに宣言した。

 

「これで勝負よ!!」

 

 それはかつて封印されし、禁忌のゲームであった。

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