魔転の勇者   作:シーチキン佐々山

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7.まじんのおあそび!

 パチリ、パチリ。

 

 シスカが見守る中、ファリスとユースティアの対局は静かに進められた。

 

 互いに小駒を交換し合い、大きな動きのない膠着状態が続く。双方ともに、まずは自陣の陣形を整えることを優先し、積極的には攻めない受けの争棋だった。

 

 シスカはじれったいのが苦手なのかどんどん攻め手を指してくるので、こういった睨み合いの続く争棋は新鮮な気分になる。

 

 どちらが先に打って出ることになるか、自分から攻めるか、あるいは誘いの一手を指すか——。

 

 一見すると隙のように見える場所も、深く読み込めば敢えてそう見せているだけの罠だと分かる。互いに(片方は見た目だけだが)5歳やそこらとは思えないような高度な駆け引きが盤上に張り巡らされていた。

 

 成り行きとはいえ、初めての好敵手といえる相手との対局をどこか楽しんでさえいるファリスは次なる一手を——。

 

「ファリス、今ならガラ空きのところがあるわよ!」

 

 ……。パチリ。

 

「ああっ、そこじゃない!」

 

 パチリ。

 

「えーっ! もっといいところがあったのに!」

 

 ファリスは頬を引きつらせた。最初こそ黙って見ていたシスカだったが、あまりにも進展しない盤面に痺れを切らしたのか、段々とあれこれ横から口を出してくるようになった。はっきりとした指示は流石にずるいと認識しているのか、曖昧な発言ばかりだが、ここのことだろうというのはおおよそ見当がついてしまう。とはいえそれらは大体悪手なのでファリスにしてみればただ気が散るだけである。

 

 ちなみにユースティアは盤面に集中しているのか、全く気にも留める素振りはない。彼女の場合は平時でも気に留めるかは微妙なところだが。

 

 何にせよちょっと静かにして欲しかった。ファリスは意を決し、おずおずと口を開いた。

 

「あ、あの、姉さん……」

 

「なに?」

 

「2対1はずるいかな、と……」

 

「……………………むぅ」

 

 ファリスの非常にやんわりとした言葉に、やや不満気だが分かって貰えたらしく、シスカは黙って盤面を見守った。

 

 

 

「……!」

 

 やがて、長い膠着を破り盤面は動き出した。とうとうファリスが攻勢に出たのだ。もちろんそれで簡単に破れるような陣形ではない。容易く受けられ、反撃とばかりにユースティアも強烈な攻め手を放つ。

 

 同様にファリスも受け切り、そして攻める。また受けられ、攻められる。

 

 手番とともに攻守もめまぐるしく移り変わる。陣形を切り崩し、大駒を食い合う。

 

 時間にすれば序盤より短いはずなのに遥かに長く、濃密に感じられる中盤を経たある時。

 

「……っ!」

 

 ファリスが息を詰まらせた。ユースティアによる痛恨の一手によって、もはやファリスの王は風前の灯。

 

 あまりにも強い。

 

 思わず顔を上げてユースティアを見ると、ユースティアもまた自分を見ていて、久しぶりに目が合った。その変わらずの無表情に妖しく光る瞳は戦況も、自分の手筋も、何もかもを見透かされているような気がして——。

 

 

 ——これは逃げ切れない。

 

 ファリスは諦観にも似た感情と同時に、ユースティアに対して素直な賛辞を抱いた。存在そのものが()()そのものみたいな自分に勝って見せた。しかも自分は経験者で、相手は先ほど覚えたばかりの初心者だ。この接戦ではよしんば勝てても負けみたいなものではないか。

 

 投了しよう。

 

 そう考え、口を開きかけた時、視界に金の髪が揺らめいた。

 

 シスカだった。シスカが身を乗り出さんばかりの勢いで、食い入るように盤面を凝視している。

 

 うんうん唸りながら、何か手はないかと頭を悩ませている。その表情は自分が負けた時よりも、ずっと悔しそうで、必死そうで、泣きそうに、見えた。シスカはまだ、諦めていなかった。

 

 自分は本当に考え抜いたのか? ファリスは自問自答する。いや、まだだ。

 

「……スゥッ」

 

 短く呼吸を入れたファリスが再び盤面に向き合った。さっきよりも視界が広がって見える気がする。そうだ視野を広く持て、生半可な手ではこの状況は覆せない。

 

 考えて、考えて、考えて考えて考えて、

 

 考え抜いて、渾身の一手を放つ。半ば直感的だった。

 

 逃がすことばかりを考えていた王の、まさかの前進。最後のあがきとも取れるその一手に、無感情だったユースティアの瞳が、確かに揺れた。

 

 前進した王を戻るようにして追いかけるユースティアの駒、しかし、王はひたすら前進する。

 

 戻る。進む。戻る。進む。戻る。進む。

 

 幾度となく繰り返した果てに、王は一時の猶予を得た。

 

 ——ここだ!

 

 ここにきてファリスによる後など考えない怒涛の攻め。今度はユースティアの王が逃げる番だった。詰みを読み切れた訳ではない。もし受け切られれば、あるいは手を誤れば、今度こそファリスは敗北する。

 

「う、おおぉ……!」

 

 ファリスの口から迸る控えめな、しかし確かな闘志を感じさせる咆哮。呼応するように間断なく繰り出される猛烈な攻め手に、確実にユースティアは追い込まれていく。

 

 

 そして。

 

 

「…………負け、た」

 

 

 ユースティアがぽつりと呟いた。

 

 ユースティアの王は、詰んでいた。

 

「……や…………やったああぁぁぁ! やったわ! すごいわ、ファリスっ!!」

 

「わぷっ……ぐえっ!」

 

 勢いよく飛び掛かってきたシスカを受け止めきれずにそのまま押し倒され、背中を(したた)かに打ち付けるファリス。

 

「さっすが私の弟ね! よしよし!」

 

「ちょ、ちょっと姉さん……!」

 

 わしゃわしゃと頭を撫でてくるシスカから逃れようとファリスは身を捩って何とか逃れる。

 

「何で逃げるのー!」

 

「い、いや……」

 

 気恥ずかしいやら何やら、何と答えようかと悩むファリスの耳に擦れた声が聞こえた。

 

「負けた……」

 

 決着の時点から微動だにしていないユースティアの声だった。

 

「あ、あの……?」

 

 様子のおかしいユースティアに、ファリスは恐る恐る声をかける。呼びかけにユースティアは反応しない。

 

 俯きがちに、争棋盤に視線を落としたままのユースティアはただの無表情、というよりは茫然自失しているように見えた。

 

「お、おーい?」

 

 シスカが目の前で手を振っても無反応。ふたりしてどうしたものかと悩むのも束の間。

 

 

 じわり、少しだけ見開かれたユースティアの眼が涙で潤んだ。

 

「ちょっ……」

 

「!!」

 

 泣く!? ファリスとシスカは大いに狼狽えた。

 

「な、泣かないで、ね? ご、ごめんね!?」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 一体何に対しての謝罪なのか、当人らもよく分からぬままとにかく謝れの精神だ。それくらい狼狽えていた。

 

 しかし、ふたりの努力も虚しく、決壊の時は訪れる。

 

「っ……う、うええぇぇん……!」

 

 

 同時、争棋盤が火柱を上げて吹き飛んだ。

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