それでも私は死にたくない   作:如月SQ

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 その男と遭遇し、戦闘になったのは、その周辺の鬼がその男に狩り尽くされていたからだった。

 周辺の探索は済んでいない……私ならば大丈夫だと……いや、半ば投げ遣りにそこへと向かった。

 

 その男は、縁壱に似ていた……いや、厳密には縁壱がこの男に似ていたのだが……。

 纏う雰囲気は別物だった。

 

 縁壱は、動かなければ何も感じない程にその気配が薄い。

 私も後から知ったが、その身に秘められた力から考えると、傍目に見てあれだけ無害そうに見えるのは、酷い罠だ。

 一方でその男は、勿論強いには強い。

 縁壱を除いた五人の特に強い鬼狩り、彼らと比べても遜色がない程には。

 

 それでも。

 

キィンッ!

 

「はぁっ!はぁっ!はぁっ!はぁっ……くっ!」

 

「……もうやめろ、お前では私には勝てない」

 

 私の命に迫る程の強さではない。

 

 その男は猛々しい雰囲気というのか、常にピリピリと自分も他人も苛むような雰囲気を纏っていた。

 常に何か追い詰められているような、そんな男だった。

 

 そんな男は私に刀を半ばでへし折られ、息を切らせながら膝をつき……。

 それでもなお、尽きぬ闘志で私を睨み付けている。

 

「はぁっ……!ふざけるな!貴様が……煉獄の言っていた鬼だろう!

 鬼の癖に、人を食らう化け物の癖に!身勝手に見下し、見逃すその傲慢!斬り捨てる!」

 

 男は半分しかない刀を再度握り締め、呼吸を整える。

 鬼狩り達の特有の特徴的な呼吸音とともに、男は跳ねあげるように身を起こした。

 素早く、力強い動き。

 只人では反応すら出来ない動きだろう。

 しかもその闘志と殺気を私にぶつける事で、一時的に私の目を欺く見せかけの攻撃まで挟み、私の頚を狙った思い切りの良い一撃だった。

 

 だがそれでもなお。

 

バキャンッ!

 

「なっ……」

 

 私には通じない。

 

ドンッ!

 

「ぐぁっ!」

 

 刀の全てを粉々に砕き、一瞬呆けた男の背後に回り、首筋に手刀を叩き込んだ。

 男はそのまま倒れ、四つん這いの格好となる。

 

 ……見上げた耐久力だな、脆い人間ならば千切れる程の強さで手刀を叩き込んだというのに。

 それにしてもなんとも虚しい事だ。

 目の前の男からは、相当な修練を積んだ事が見て取れる。

 鬼狩りは皆そうだが、常人からすれば比べ物にならない程に、強い。

 

 それでも、なのだ。

 そんな産まれ落ちてほとんどの時間を修練に当てたような男を、何の訓練もしていない、ただ生きているだけの私が単純な肉体の強さだけで圧倒出来てしまう。

 ……この男を放っておけば鬼は狩られていくのだろうが……そんな男を手にかける気にもならなかった。

 ただ偶然こんな力を手に入れた私には。

 

「……ぐぅ……ぐぅううううううう……!」

 

 男は呻き声をあげる。

 ギリギリと歯軋りの音が聞こえてくる程に、悔しさにか顔を歪めた男は、未だに立ち上がれぬ身で、ギロリと私を見上げた。

 

「何故だ!何故貴様らのような化け物が存在している!」

 

「……貴様……ら?」

 

「貴様も、縁壱も……!

 何故こうも容易く私の前に立ちはだかるのだ!

 日ノ本一の侍にも、最も優れた剣士にも、鬼を討滅した英雄にもなれない!

 妻を捨て、子を捨て、立場を捨て、全てを投げ出して!

 痣を出し、鍛え、私独自の呼吸を産み出しても……!

 縁壱を越えることも叶わず、鬼を殺すことも出来ず……!

 あまつさえ見逃されるなど……!」

 

 男はいつの間にかボタボタと大粒の涙を流し始めていた。

 それは屈辱か、悲しみか……絶望か……。

 

「痣を出した私はもう間も無く死ぬというのに!

 痣を出して漸く強くなれたというのに……!

 それでも届かず、このまま死ぬというのか!

 何もなせずに、何者にもなれずに……!

 死にたくない……死にたくない!

 こんなザマで死にたくない!」

 

 それは、男の心からの叫びに思えた。

 もうすぐ死ぬ……その言葉にも偽りはないように思えた。

 その声には、その言葉には、酷い怯えと恐怖が滲み出ていたように思えた。

 

 絶望……何処かを噛んだのか口から血を流す男を、私はもう見ていられなかった。

 私にとってその男はもう……死の恐怖に怯える、死にかけた幼子にしか見えなかった。

 同情してしまったのだ……その男の心からの叫びに。

 

 私は気付けば、その男に手を差し伸べていた。

 呆然と私の手を見て顔をあげた男の顔には、縁壱と似た……けれど確かに違う形の痣が見えた。

 男は、私の顔を見て、先程までの強い感情が抜け落ちたように呆けていた。

 

 痣と余命についてはよくわからない。

 けれどきっと、男は何か無理をして、縁壱と同じ舞台に上り詰めたのだ。

 その代償か証明がその痣……そしてそれでもなお、縁壱との差は果てしなく……私にも通用しなかった。

 絶望したくもなるだろう、想像を絶する恐怖だろう……。

 何も出来ずに死の影に怯える日々は……。

 死は恐ろしい……自分が無くなる、考える事も出来なくなる……。

 怖くて怖くて仕方ない。

 だからこそ……私はその男に手を差し伸べた。

 

「お前、名前はなんだ?」

 

「……継国、巌勝…………」

 

「巌勝よ……鬼とならないか?

 人食いの業を背負う事となる、太陽を浴びられぬ化け物になる。

 それでも……鬼となれば悠久の時を生きる事が出来るだろう」

 

 巌勝は涙の溢れた跡を拭おうともせず、ただ呆然と私を見つめていた。

 信じられぬ物を見るような目で私を見つめ、差し出した手と顔を何度も行ったり来たりを繰り返していた。

 

「……私もお前の気持ちは多少わかる。

 私も死ぬのが怖い、死にたくない。

 死を振り撒く化け物である私だが、どうしても死にたくないのだ。

 だから……死にたくないと叫ぶお前の事を……死に恐怖するお前を、私に救わせてはくれないだろうか」

 

 どれだけ私と巌勝は見つめあっていたかはわからない。

 けれど、いつの間にか巌勝はその柄だけとなった刀を放り捨て、私の前に片膝をつき跪いていた。

 

「……その申し出……ありがたく……受けさせていただきたい……」

 

 頭を垂れた巌勝に、私は大きく頷いた。

 この、大きな迷子の幼子を救えた事に満足して。

 

 一方で、絶望していた、自分の短慮に。

 

 巌勝は、私の血の許容量が非常に多かった。

 故にこれを少しずつ摂取していけばお前は強い鬼になれる、と器いっぱいの血を渡した。

 

 ……まさかそれを、一息に飲み込むとは思わなかった。

 苦しむ巌勝を見ていると、縁壱の面影を感じてしまってかなわない。

 故に巌勝を安全な場所に置き、鳴女に任せ……気分転換に外へと向かった。

 気紛れに珠世を連れて……はにかんだ珠世の手を引いて、程近い竹林へと向かったのだ。

 

 ……そこで、偶然……いや、これは天罰なのだろう。

 運命とも呼べるかもしれない。

 巌勝を鬼にした。

 優秀な鬼狩りを、鬼殺隊の内情を知っている者を鬼とした。

 その結果起きる惨劇を、この時に既に予想出来た筈だった。

 だからこそ、ここが運命の分かれ目だったのだ。

 

「……久し振りだ、無惨」

 

「縁、壱……」

 

 友が、かつてと変わらぬ姿で、けれど強い意志の籠った瞳で私を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その刀……!鬼狩り……!無惨様、逃げてください、時間くらいは……」

 

 珠世が私の一歩前に出て、その白磁の腕に爪を立てようとした。

 それを私はその手を掴む事で止めさせる。

 ハッとした顔で此方を振り返る珠世に対し、私は静かに首を振った。

 

「良い……離れて見ておけ」

 

「…………はい……」

 

 しゅん、と身を小さくした珠世に視線を向ける事無く、私はただ縁壱を見つめ続けていた。

 縁壱も、ただ静かに此方を見つめていた。

 刀は鞘に納められたまま、左手こそ添えられているが、右手は下げたままだった。

 

「……無惨、私はお前を斬らねばならない」

 

 背後にいる珠世が息を飲んだ。

 その一方で私は……やけに落ち着いていた。

 時折見る事になる、縁壱が殺しただろう鬼の最期を思えば……その時がくればもっと何かが湧き上がると思っていた。

 実際、その鬼の記憶が届く度に、私は恐怖で体を震わせていた。

 けれど今はただ……とうとうその時が来たかという、そんな思いだけが私の胸に満ちていた。

 

「……そうか……そう、だな」

 

 縁壱の刀が音をたて、すらりとその刀身が顕になる。

 引き抜かれたその刃は、赤く染まっていた。

 

「お前には……私を殺す権利がある……私は、うたを……」

 

「違う」

 

 俯き、自嘲しながら呟けば、途中でばさりと切り捨てられた。

 何故、と顔をあげれば……縁壱は、真剣な表情で……けれど柔らかく笑っていた。

 あの頃と変わらない、柔らかな雰囲気で。

 

「無惨、お前は私達の友達だ。何が起きても、変わらない。

 その友達がずっと苦しんでいる……だから、救いたかった。

 その為に、私は鬼狩りとなった。無惨、お前を止める為に」

 

チャキ

 

 赤く染まった刃が私に向けられる。

 それに対して私は、覚悟の籠った瞳で見つめられて、ただ自分の狭量に呆れていた。

 そして……縁壱の人の良さに辟易していた。

 

「自分の妻を殺した相手を、救う……?

 バカな事を、恨みのままに殺せばいい、斬ればいい。

 縁壱、お前の実力ならばそれが出来る筈だ。

 私は鬼の首魁、鬼舞辻無惨!鬼が引き起こすありとあらゆる事象は、全て私のせいだ!

 うたも、私が殺したも同然なのだ!

 私が憎いだろう、恨んでいる筈だろう!縁壱!」

 

 睨み付けても、叫んでも、縁壱は穏やかな雰囲気を纏ったままだった。

 恨みを憎しみをぶつける訳でもなく、ただ、友として……縁壱はそこにいた。

 そんな姿に、私はそれ以上言葉を繋げる事が出来なかった。

 

「……恨んでいない。ただ……」

 

 縁壱は、静かに目を閉じた。

 その瞳から、涙が一筋流れた。

 

「友がずっと苦しんでいる事が、辛く、悲しい。

 だからせめて……この手で、引導を渡す!」

 

 瞬間、目を見開いた縁壱から殺気でも闘志でもない、けれど強い圧力が放たれた。

 ドクン、と心臓が一際強く跳ねた。

 私の本能が告げていた、逃げろと。死ぬぞ、と。

 けれど私はそれを、目を見開いたまま……受け入れた。

 

「そうか……お前になら……」

 

日の呼吸……!

 

 縁壱の姿はその場からかき消えて、気付けば私の目の前に立っていた。

 同時に……無数の剣閃が私の体を襲った。

 全身に走る凄まじい激痛に顔を歪めつつ、私は天を仰いだ。

 月のか細い、暗い夜空だった。

 

 奇妙な程に再生の遅い体、それでもなお治ろうとする体に、更に縁壱の赤い刃が刻まれていく。

 このまま力を抜けば、後はもう……楽になれるだろう。

 様々な柵から解放されて……。

 

 願いは果たしていない……けれど、もう良いのではないか?

 もう数百年、頑張ったのだ。頑張りすぎた……。

 縁壱がこうまで覚悟を見せたのだから、それに応えて……力を抜いて、横に、なって……。

 

 それで?

 

 それで……。

 

 私は、死ぬのだ。

 

 死ぬ。

 

 死―――――。

 

「―――死にたく、ない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再会した無惨は、今にも死にそうな顔をしていた。

 初めて会った頃よりもなお酷い、ほとんど死人のようだった。

 だからこそ私は、改めて無惨に引導を渡す事を心に決めたのだ。

 

 無惨は、本当に優しい()だ。

 だからこそ、これ以上悲劇を引き起こす前に、彼自身がこれ以上苦しまないように……その頚を斬る。

 

 うたを殺した事も、死んだ人も、死んだ鬼も、その全ての死を背負って生きる無惨が……あまりにも哀れだった。

 だから私は、全力で刃を振るった。

 友に対して振るった刃は鈍りもしなかった。

 ただただ、胸が痛かった。

 

 目の前で無惨は既にバラバラとなった体を、本能的にだろう、最低限繋ぎ止めているようだった。

 それでも、鬼の首魁の再生力を以てしても再生し切れていない事に、私は確信した。

 このままならば、無惨を殺せると。

 やっと、ずっと苦しんできた自罰的な友達を救えると。

 

 ……それは、油断だったのかもしれない。

 

 無惨の口が、僅かに動いた。

 

「死にたく、ない」

 

 そう呟いた無惨に気付き、型を続けながらもその顔をちらと見た。

 その瞬間、無惨と目があった。

 大粒の涙を流し、鼻水さえ垂らしたひどい顔だった。

 それに対して一瞬、ほんの一瞬だけ私の気が逸れた。

 

すまない、縁壱。臆病な私を、許してくれ……

 

ッパァンッ!!!

 

 その瞬間、無惨の体は破裂した。

 千八百の無数の肉片となって、散らばったのだ。

 それに、私は焦った。

 即座に私は千五百以上の肉片を切り裂いたが……そこまでだった。

 

「待て……待ってくれ……無惨!」

 

 ここで無惨を取り逃すのか……?

 友を救えないのか……?

 

「ここで、お前を殺せなかったら(止められなかったら)……!」

 

 もう俺には何もないのに。

 友を失くす覚悟も決めていたのに。

 

「俺は、何の為に産まれてきたんだ……!」

 

 既に周囲に無惨の気配はなかった。

 切り捨てた肉片が残っているだけ。

 

 刀を力無く下ろして、俯いた。

 覚悟を決めていた筈だったのに、ほんの少しだけ躊躇った自分の愚かさに嫌気が差した。

 

 結局俺は、為すべき事を、為せなかった。

 何も出来なかった、何も残せなかった。

 

 ああ……妻も子も守れず、友を救えず、止められず、使命も果たせず……。

 ただ、友を切り刻んだという、おぞましい感覚だけが残っただけ。

 

 俺は……一体、何の為に……。

 

「く、うぅ……あぁあああああああああああ!」

 

カランッ

 

 その場に力無く膝をついた。

 噎せ返るような血の臭いが、友の残滓が……俺をいつまでも苛んでいるようだった。




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