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ザパァッ!
「はぁっ……!はぁっ……!はぁっ……!いき、てる……!」
いき、のこった。
生き残った!
生きてる、私は私のままだ。
もう、死の影はない。
体はひどく痛む、再生しきれていない体に、冷たい水がひどく沁みた。
川から這い出た私は、右腕だけでずりずりと川辺を這った。
頭と、上半身と、右腕だけ。
なんとも、情けない有り様だ。
それでも死なない……いや、そもそも拳大の大きさに分裂しても死なない、自分の強すぎる生命力に呆れてしまう。
「生きてる……生きてる……!」
死の影はもう感じない、まだこれからも生きられる。
生きる事が出来る……あぁ……。
生き続けてしまう……。
「縁壱……」
じわじわと体が再生していくなか、背を向けた友の名を口にした。
あれだけの優しい覚悟を持って、私に引導を渡しにきた友から……私は逃げた。
友に私を手にかけるという罪を負わせたくなかった……等と言えれば、この胸の痛みもマシになるだろうか?
私はただ、死ぬのが怖かった。
死にたくなくて、友から逃げた。
恥も外聞もなく、ただ生き残る為だけに逃げた……。
「なんて……恥知らずな……」
あの場には、珠世も共にいたのに、直前に鬼狩り……縁壱から私を守ろうとすらしてくれた珠世が。
そんな珠世すら見捨てたのだ……。
「珠世は……今どうしている……?」
自ら見捨てたというのに、その身の心配をする。
なんと浅ましく愚かな……いや、待て……?
「……鬼達との繋がりが……薄い」
今までは鬼達には直接繋がっているような感覚があったのだが、今はその繋がりが薄い……細い、だろうか。
これでは鬼達への命令もあまり届かず、鬼達が成した事も私には伝わっては……。
ぞわり
その瞬間に頭に過ったのは、あらゆる鬼が気ままに人を食い殺していく光景だった。
勿論それはただの想像だ、しかし、放っておけば似たような未来が起きる可能性は高いだろう。
「く……鬼達と……繋ぎなおさなくては、ならない」
恐らく、私が粉々に弾けた影響で、鬼達との繋がりが途切れてしまったのだろう。
これを元に戻すには、一度直接話せるような距離に行く必要がある。
珠世との繋がりも……途切れてしまっている。
無事かどうかはわからない。
わからない……が……。
「たとえ生きていても……珠世はもう、戻らないのだろうな……」
私が肉片となって弾けた瞬間の、珠世の最後の思念……珠世は―――。
べべんっ
がらっ
「無惨様!」
体を治しながら思考していると、目の前に襖が現れ、間髪入れずに開いた。
襖の向こうでは、鳴女が身を乗り出して此方を見つめていた。
「無惨様!良かった!突然無惨様との繋がりが途切れたので、御身に何かあったのかと……!」
「ああ……すまない、危ない所だった。助かったぞ鳴女……」
既に……四肢の再生は終わっている。
だが、身体中に刻まれた傷跡……縁壱が刻んだ傷。
これだけは消える事無く、今も私を苛んでいた。
「とりあえず、此方へ。お召し物もご用意致します……」
「ああ……」
鳴女の言葉に従い、私は襖へと重い足取りで向かう。
歩く度にびちゃり、びちゃりと血混じりの水が滴っていた。
ちら、と見た遠くの空は白み出していて……縁壱と遭遇したのが真夜中である事を考えれば、相当の時間が川に流されていた間に経っていたらしい。
今夜は……最悪な日だ。
私は結局、死に怯える臆病者だと再認識させられた。
死ぬべきだと理屈ではわかっていても、死を受け入れる事が出来なかった。
私が死ぬ事で、未来、無辜の民の命が無為に散らされる事もなくなるというのに。
それでもただ、死にたくなくて……足掻いた。
その結果が、これだ。
友から逃げ、忠臣を失い、罪悪感ばかりが募り続けていく。
死にたくなかった……これだけ生きてきてもまだ生きたりないというのか……。
本当に、浅ましいな、鬼舞辻無惨……。
「お前はどれだけ生きれば気が済むのだ……?」
自分自身に問い掛けた言葉は、明け方の空に溶けて消えていった。
体が完全に癒えた私がまず行うと決めたのは、各所に点在する鬼と繋がりを改めて設ける事だった。
感覚的にある程度近くに寄ればいける気もしたが、折角だからと全ての鬼と改めて顔を合わせる事にした。
鳴女の血鬼術で特に苦労はないと思っていたのだが、そこに完全に鬼となった巌勝が現れた。
……若い男の頚を持って。
「……巌勝、なんだその頚は……」
「はっ……こちら、鬼殺隊の創設者……産屋敷現当主の頚でございます……。
私も元は鬼殺隊……裏切り、鬼となったからには……その証明が必要と愚考致しました……。
貴方様に刃向かう者……全て排除してみせましょう……」
そう言って恭しく頭を下げ、その頚を差し出してくる……。
「……いや、いらんが……」
目を見開き、信じられないものを見るような顔で事切れているその頚に同情はするが……。
そんなものを差し出されても、正直困る。
裏切りの手土産は、侍の世ではよくある事……?
なんとも野蛮な世界だ。
「そうですか……」
巌勝は残念そうに呟くとその頚を横に置き、その顔をあげた。
その顔には鳴女と逆、六つもの瞳があった。
鬼となるとき、こうしてたまに異形となる者はいるが……なかなか衝撃的な見た目だ。
「お前の忠誠心は伝わってくる。大丈夫だ、お前を今更見捨てはしない。
安心して、鍛練に励むといい。時間はある」
「御意に……そのお言葉……胸に刻ませていただきます……」
……なんというか、いちいち大袈裟な男だ。
「ではな、巌勝よ、私はそろそろ……」
「巌勝と呼ぶのは、お止めください……」
鬼となったので、新しい名前が欲しい……か?
なんとも面倒な男だな……心機一転、という思いだろうか、わからなくもないが……。
ちら、と見た巌勝の着物は黒が多く、すぐ傍らには頚が……死体がある……。
ふむ……適当な印象で良ければ……良いか?
ならば直感のままに……。
「お前の名は黒死牟だ。これより、この名を名乗るといい」
「黒死牟……その名、ありがたく頂戴いたします……」
巌勝は……黒死牟はそう言って深く、頭を下げた。
……まぁ、喜んでいるようだから良いだろう。
さて、では今度こそ……。
黒死牟が感動している様子を見下ろし、まずは近場の鬼に会いに行くかと踵を返した時だった。
「お待ちくだされ……何処へ行かれるのですか……?」
黒死牟に呼び止められたのだった。
「何処……近場の鬼に会いに行くだけだ。
先日逃げた際に鬼達との繋がりが不安定になってな、折角だから会いに行こうと……」
「それならば、その鬼どもが貴方様に会いにくるべきです。
貴方様は居城で腰を据え……些事は我ら配下にお任せくだされ……」
「居城……ただの民家だろうが……」
まあ、ただの民家に居続けるのも確かにどうかとは思って……。
……いや?鳴女の血鬼術を応用すれば、相応に負担はかかるだろうが、見付けられないような居城を用意する事が出来る……か?
まぁ、それは追々、鳴女と相談しながらか。
しかし黒死牟……なんというか、目がギラギラしているというか、なんだ、興奮しているのか?
「兎に角……貴方様がわざわざ動く必要は……ありませぬ。
仮に外に出るにも……お一人では無用心……護衛を用意するべきでございます……。
ましてやつい先日、貴方様は襲撃された身……一人で外に出す訳には行きませぬ……つきましては私自らが―――」
黒死牟はつらつらと言葉を述べ、やがて感極まったように胸に手を当て、すくりと立ち上がった。
その瞬間、その興奮に水を差すように。
ベンッ
ゴンッ!
「がっ!」
黒死牟の頭上に出現した襖から伸びた拳が、頭部に叩き込まれた。
「いい加減にしなさい。無惨様が困惑しているでしょう。
無惨様の無事を考えての事でしょうが、やり過ぎてはただの迷惑でしかありませんよ」
「鳴女……」
黒死牟がどうにも暴走気味だったからな……。
内心ではよく言った!と言いたいが、黒死牟も私を真に心配している事も伝わってくるのでなんとも……。
「ぐぬ……小娘が……」
「小娘ェ?あははは、そんなに若く見えるとは、その六つのお目々は飾りですか?
これでも初めて無惨様に鬼にされた鬼……数百年は生きてるのですけれども?ねえ、小童?」
「小、小わ……貴様……おなごが嘗めた口を……」
「ふん……新顔の癖に、一番の忠臣のような顔をしてる貴方が気に食わないだけですよ」
……もしやこの二人、相性が悪い……?
バチバチと視線を交わし、睨み合う二人は、今にも争いに発展しそうだった。
いや、流石に戦いになれば黒死牟が勝つか……?
だが鳴女の血鬼術も強力だからな……あまり結果は読めな……。
「ああもう、やめろ!
同じ鬼なのだ、仲良くしろとは言わんが、せめて争うな!」
悩む私の視界の端で黒死牟が刀を取り出し、鳴女も琵琶を構え直したのを見て、慌ててそれを止めた。
ああもうくだらない、こんな事で争うんじゃない!
「む……しかし無惨様……」
「えー……でも無惨様!」
「しかしもでももない!
とりあえず今日は近場なのだ、私一人で行ってくる!鳴女、開け!」
「はーい」
べべんっ
あまり納得していない雰囲気の二人だが、私が歩き出せば口を閉じて頭を下げた。
……ふぅ、そういう分別はあるのだな。
仕方ない……。
「……まぁ、黒死牟の言う事も一理ある……帰ったら一つ、鬼達への対応を改めて考えるとする」
襖をくぐる直前、顔だけ振り返ってそう言っておいた。
まぁ、鳴女の血鬼術があれば、鬼達を連れてくるのも容易いからな……私自ら赴くのは、私の気分の問題とも言える。
その言葉を聞いただろう黒死牟は肩をピクリと震わせると、その頭を更に深く下げていた。
閉じた襖の向こう、私達の拠点で、二人が喧嘩しなければ良いが……。
一抹の不安を感じつつ、私は鬼達に会うため、歩を進めるのだった。
なお、帰った時、二人の仲は一切改善されておらず、喧嘩に発展し……拠点は住める場所ではなくなっていた。
私は大真面目に、いくら暴れても大丈夫な空間、鬼である私達が人目を気にせずいられる居城を作ることを考えるのだった。
――――――――――――――――――――――――――
「……無惨、どういうつもりだい?」
「……かつて火事で死にかけた女がいた。
身体中に夥しい火傷を負い、生死の境を彷徨っていた女だ。
それを鬼にした時、彼女が習得した血鬼術。
それが指定範囲内をあらゆる熱から守る、断熱結界……そう広い範囲は指定できんがな」
「聞いているのかい?無惨?」
「その使い手は既に死んだが、私の中には残っている……その血鬼術でお前とその家族を爆炎から守っただけだ」
「……もう一度聞くよ……私をわざわざ生かして……どういうつもりなんだい?
私は、あそこで死ぬ事に意味が……」
「だからその身を隠してやっているだろう?心配するな……。
事が終わるまで、お前達の無事は保証しよう。」
目の前で、先刻爆炎に包まれた筈の産屋敷耀哉が、不満げに顔をしかめていた。
先刻までの取り繕った笑みでも、砕けた不敵な笑いでもない、心底不満げな表情だった。
「……仮に生き残った所で、私の命は……」
「僅かだからだろう?」
ハッとした顔で此方を見る耀哉に、見えていないだろうが、笑みを浮かべてやる。
「どのような結果になろうとも、鬼殺隊は今日終わりを迎える。
ならば当主として……お前には見届ける義務があるだろう」
「それ、は……その役目は息子に預けてきたんだがね……」
そう言って、耀哉は気まずそうに苦笑を浮かべた。
成る程、耀哉なりに考えてはいたか。
だが、今の鬼殺隊を形作ったのは恐らく……耀哉の人柄だろう。
耀哉は戦場に子とも言える剣士達を送り、結果的に死に追いやっていた事を後悔しているようだが……きっと剣士達は恨んでなどいないだろう……。
そう確信出来る空気が、耀哉からは感じられたからだ。
「兎に角、お前達は大人しくしていろ……そして……最後まで見守ってやれ……それが今お前達に出来る事だ」
耀哉を支える妻と、その子供達。
その瞳には涙が浮かんでいた。
それはきっと、今自分が死んでいない事よりも……耀哉が生きている事が嬉しいのだろう。
耀哉の命の灯火は尽きかけている……それでも、いや、だからこそだろうか?
まだ共にいられる事が、嬉しいのだろう。
耀哉のあまりにも突飛な、私を誘きだして囮とし、自分と妻子ごと自爆する策……。
正直正気を疑う策ではあったし、妻子がそれに賛同していたのかと疑問にも思ったが……。
今、耀哉に身を寄せて笑みを浮かべあっている、その仲の良さげな様子を見れば、それも愚問でしかないだろう。
「……鳴女、耀哉達の事は頼んだぞ」
そんな彼等にこれ以上水を差したくはない。
私はそう呟いて、その場を後にする。
「いくのかい、無惨」
耀哉の声が響く。
「私が言うのもおかしいのだけどね……」
僅かな躊躇いの後、力無く、耀哉の言葉は放たれた。
「……幸運を祈るよ」
「はっ……なんだそれは。変な奴め」
「君には、言われたくないな……」
「……それもそうか」
互いに敵対し、互いに殺さねば終わらぬのに……まるで互いに死んで欲しく無さげに……。
……くだらない、結果がどうなっても耀哉は間も無く死ぬ。
私が助けたところで、守ったところで、意味はない。
そして私は……幸運を祈られるような、殊勝な存在じゃない。
「ではな、産屋敷耀哉……」
「ああ、さようなら、鬼舞辻無惨……。
……君とは、何の柵もない、平和な世で会いたかったな……」
背中ごしに聞こえた耀哉の声は……ひどく切ない声色だった。
私はその場を後にする。
その時、私の視界を掠めた髪は、白く、染まっていた。
誤字報告ありがとうございます。
修正しました。