感想、評価、ここすき、毎回確認してはニヤニヤしております。
誤字報告も本当に助かっております、脱字や間違いも多くて、申し訳ありません。
道場の裏手の池には、色鮮やかな錦鯉が優雅に泳いでいる。
狛治はその世話もしつつ、よく恋雪と慶蔵と眺めているそうだ。
「世話……と言っても何をするのだ?」
水棲生物の世話、しかも池だ、何をするのか見当もつかず狛治へと問い掛けた。
「基本的には餌やりだけですけど……葉っぱなんかが飛んできて溜まる事もあるので、そう言ったゴミを取り除いたりしますね」
「成る程……」
そんな話をしながら裏手の池に辿り着く。
そして狛治が池の淵に立つと、ゆらゆらと泳いでいた鯉の何匹かが狛治のほうへと集まり出したのだ。
みるみるうちに集まり、ぱくぱくと水面で口を開く何匹もの鯉に、私は驚いた。
「なんと……この鯉は狛治を認識しているのか?」
餌を貰える、と近付いてきているのだろうか。
まさか魚にそれ程の認識能力があるとは思わなかった。
「はは、流石に人影に反応してるだけだと思いますけどね。ほら、餌だぞ」
苦笑した狛治は、鯉達の動きで波立つ水面へと、餌を放り投げた。
ぱくぱくと次々鯉達の口に吸い込まれていく様子は、見ててなかなか面白い。
「無惨さんもあげてみますか?」
「む、そうだな、やってみるか」
ふとじっと見つめていた私へと、狛治は餌を一握り手渡してくる。
私はそれをありがたく頂戴し、およそ半分程を少し遠くに放り投げた。
少し離れた所から泳いできていた鯉や、遠くに落ちた事に気付いた手前の鯉が身を翻し、今私が投げた餌にがっついていく。
……なんだろうな、あまり良い例えではないのだが、子供を鬼にした時、人肉を一口大にして食わせた事を思い出すな。
なんにせよ、餌をやる、という行為もまぁ……悪くないな。
「ふむ……見ていて飽きないな。見た目も綺麗だ」
手の中に残った餌も放り投げながら、そう呟いた。
日の光に照らされてキラキラと輝く水面と鯉が、目映い。
「色とりどりで綺麗ですよね、わかります。
さて……ゴミはなさそうですね。それじゃ戻りますか」
狛治は残った餌を全て放り投げたのだろう、そう言って私のほうに振り返った。
一方で私は、もう少しこの鯉達を眺めていたかった。
「む……もう少し、眺めていてもいいか?」
「ふふ、随分と気に入ったみたいですね。
大丈夫ですよ、気が済むまで見ていってください」
くすくすと笑う狛治の反応がどうにも照れ臭かった。
去っていく狛治に小さく頭を下げて見送り、鯉達へと視線を向けた。
一部の鯉は既に優雅にゆらゆらと泳いでいるが、まだ何匹かは水面に浮かぶ餌にがっついていた。
その様子を、私は飽きもせず暫く眺めていた。
色とりどりの錦鯉がゆらゆらと泳ぐ姿は、なかなかどうして癒される。
魚をゆっくり眺める事など今までしてこなかったから、新鮮だ。
ふむ……人間がこうやって鯉を池で飼い、眺める理由がなんとなくわかる気がする。
しかし……本当に綺麗だ。
この鯉達はこの池しか知らず、他に世界を知ることもなく、生きて、逝くのだろうな。
四人で囲む食卓は、温かい。
食事を複数で行うのは久しいが、やはり良い。
残念ながら私の栄養にはならないが、心が満たされていくような気がする。
「それでな、剣術道場のその跡取りの奴、恋雪を勝手に連れ出してどうしたと思う?
発作が起きた恋雪を放って逃げやがったんだ!
狛治が見つけていなかったら、どうなっていたか!」
今は、慶蔵の話を聞いているところだったのだが……なかなかに酷い話だった。
ここの隣には剣術道場があるのだが、そこの跡取りが横柄なバカでありながら、恋雪に恋をしていたのだという。
「あの時は肝が冷えました……俺を呼ぶ声が聞こえた気がしたんですよ、間に合って本当に良かった」
「エヘヘ……狛治さんなら助けてくれると信じてました」
にこりと笑みを浮かべた二人は、頬を染めて見つめあっていた。
……ふむ、早くこの二人、くっつかないものかな。
このやきもき感も悪くないが、そろそろむず痒くなってきたぞ。
「流石に見過ごせんで剣術道場に狛治と乗り込んだんだが……そこからが痛快よ!
狛治は素流らしく素手で、竹刀を持った輩相手に九人抜き!
更には逆上して真剣で切りかかってきたバカを返り討ち!
見事に剣術道場の主から接触禁止を勝ち取った訳よ!」
ぐびり、慶蔵は音を立てて器を傾けて中身を呷った。
「っぷはー!あの時程狛治を拾った事を感謝した時はない!
狛治!お前は俺の誇りだ!早く息子になってくれ!」
満面の笑みを浮かべた慶蔵の空になった器へと、私は再度中身を注いでいく。
折角だ、もう少し話を聞きたいので、機嫌の良さそうな慶蔵を煽る事を忘れない。
「ふふふ……それは格好良いな。やるではないか、狛治。
慶蔵、もっと聞かせてくれ」
「慶蔵さん、飲み過ぎですよ。無惨さんも……あまり煽らないでくださいよ」
苦笑する狛治だが、慶蔵は気にする事なく、言葉を続ける。
「おお?良いぞー!そもそも俺は一目見た時からビビッと来ていたんだ!こいつは俺の跡を継ぐに相応しい男だと!
そうして拾ってみれば期待以上の逸材の上に、恋雪にも気に入られるときたもんだ!」
ぐびり、ぐびり。
心底嬉しそうに、楽しそうに慶蔵は話を続ける。
「恋雪にも妻にも苦労をかけたし、辛い思いをさせた。
だからこそ、恋雪の結ばれる相手は完璧な男を見繕ってやりたかったんだが、見繕うまでもなかった!
狛治、お前がうちにきたのはきっと運命だ!」
その瞳だけは真摯に、真っ直ぐ狛治を見つめていた。
「お前は素流を継ぐに相応しい男で、恋雪を安心して任せられる男だ!
恋雪をどうか幸せにしてやって欲しい!んっ……ぷはぁっ!」
器を空にした慶蔵は、満面の笑みを浮かべて……前のめりになった。
「頼むぞ……ぐぅ……」
そうしてそのまま突っ伏して、寝息をたて始めてしまった。
「……寝てしまったか、流石に飲ませ過ぎたか」
「うふふ……でもお父さん楽しそうでした。
お父さんも、狛治さんの事大好きだもんね……。
ほら、お父さん、こんな所で寝てたら風邪ひくよ?」
「慶蔵さん、寝るなら布団で寝ましょう?」
ぐーと寝息をたてる慶蔵の肩を、恋雪は優しく叩いた。
狛治も苦笑を浮かべ、その反対の肩を叩いていた。
その頬には互いに紅が差し、隠しきれない嬉しさでか、頬がつりあがっていた。
……本当に、温かい家族だ。
とある日の夜、狛治と恋雪はかねてからの約束だったという、花火を見るために出掛けていった。
それを見送った私と慶蔵だったが……ニヤリと互いに悪い笑み浮かべあった私達は、密かに二人の後をつけていた。
そして、夜空に咲き誇る、色とりどりの大輪の花達……。
その美しさに目を奪われながらも、二人が見つめあっている現場を目撃する事になった。
「本当に俺でいいんですか?」
「狛治さんとのささいなお話で、私、嬉しいことがたくさんありました。
狛治さんには私の未来が見えていた。
当たり前のことのように、来年再来年の話をしてくれたんです。本当に嬉しかった。
私は狛治さんがいいんです、私と夫婦になってくれますか?」
未だに踏み切れない狛治に対して、恋雪が最後の一歩を踏み込んだ形となったようだ。
互いに自己肯定感が低い者同士、まだ時間はかかるやもと思っていたが……やはり女は強い。
だが、狛治も改めて覚悟を決めたようだ。
恋雪の手を両手で包み込み、真っ直ぐその瞳を見つめていた。
「はい、俺は誰よりも強くなって……一生貴女を守ります」
そう真摯に告げる狛治に、恋雪は顔を綻ばせた。
二人は、結ばれたのだ。
そこには、幸せで仕方ない恋人同士の、未来の夫婦の輝かしい姿があった。
夜空を彩る鮮やかな花火が、彼等の門出を祝しているようだった。
「良かったなぁ……狛治、恋雪……」
隣で身を隠しながら……私のように声が聞こえた訳ではないだろうが、二人の仕草で二人が結ばれた事を理解したのだろう、慶蔵は涙ぐみながら、鼻を鳴らしていた。
慶蔵も、安心した事だろう。
後を任せられる者がいるというのは……良い事なのだろうな。
私はそこで踵を返した。
狛治と恋雪は、一歩、自分の人生において前に進んだ。
二人にとって大きな一歩だ。
私も……そろそろ歩き始めなければいけない。
「ズビッ……無惨さん?行くのかい?」
そんな私の背中に、慶蔵の声がかけられる。
顔だけで振り返り、小さく頷いた。
「ああ、世話になったな」
「あいつらの祝言まで、見届けてくれても良いんじゃないか?」
慶蔵の言葉に暫し悩むも、私は首を横に振った。
「いや……私もやるべき事を思い出した。
いつまでも立ち止まってはいられない……。
なあに、二人の子供が産まれる頃にでも、また会いにこよう。
そうしたら、また酒でも飲もうではないか」
ニヤリと笑ってから、私は前に向き直った。
「そうか……男がそこまで言ってんだ、止めんのも野暮だな。
わかった、二人には伝えとく。またな、無惨さん」
私はその後は振り返る事なく、後ろ手に手を振ってその場を後にした。
未だに鳴り止まぬ花火の音と、色鮮やかな光に照らされる町並み。
いつもとはまったく違う光景を眺めながら、ゆっくりと歩いていく。
ああ、穏やかで暖かな日々だった。
良い家族、良い人々だった。
慶蔵にも言った通り、あの二人が子宝に恵まれたら……また訪れるとしよう。
「鳴女」
ベンッ
現れた襖に、躊躇いなく足を踏み入れる。
あの仲睦まじさだ、また訪れる日もそう遠くはあるまい。
そう思いながら、私はそれなりの日数を過ごした町を後にした。
その思いは、ある意味で、正しかった。
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目の前で、耳飾りをつけた鬼狩りが崩れ落ちた。
無惨様が肉片となって弾け、気配も感じられなくなった時の事。
私はただ何も出来ずに、無惨様の絶望を感じて、涙を流す事しか出来なかった。
無惨様はずっと生きる事に苦しんでいた。
鳴女ちゃんを助けたあの日からずっと、ずっと。
いや、もしかしたら鬼となった日から……ずっと。
目の前の鬼狩り、縁壱さんもそれを理解していた。
無惨様を本当の友だと思って、無惨様を心底救いたいと願って、その刃を振るった。
その全てを理解してなお、無惨様は死にきれなかった。
死を選べなかった、逃げ出せてしまった。
無惨様の心は悲鳴をあげ続けていた……。
それを、最も近くにいた私は気付けた筈だった。
もっと何か出来た筈だった。
けれど、無惨様の直ぐ側で、無惨様に頼られる今の状態の心地好さに甘えてしまった……。
その結果が、無惨様との繋がりの断絶。
私と無惨様を繋げていた暖かな繋がりが感じられなかった。
常に感じていたそれがない事で、酷く心が寒くなった。
そして……確信があった。
無惨様は今きっと、生き地獄を味わっているのだと。
死にたくないと心の底から無惨様は叫んでいた。
けれど同時に、無惨様は生きていたくもないのだと、気付いてしまった。
だから私は……私なりに無惨様の為に生きようと思った。
力なく崩れ落ちた鬼狩り、常識外の力を持つ神に愛された人間、縁壱さん。
私は彼といくつかの言葉を交わし、見逃して貰える事になった。
縁壱さんは縁壱さんで、その命尽きるまで無惨様を止める事を諦めはしないとの事だった。
だから私がするべき事は、それすら無惨様が逃げられてしまった時……未来で確実に無惨様に引導を渡す事。
無惨様に、最期の時を与える事。
それが……私が出来る最大限の忠義だと思った。
延々と苦しむ無惨様に与える事が出来る、最期の情けだと思った。
そんな想いを掲げて、私はこの数百年を生きてきた。
無惨様を殺す、ただその目的の為だけに。
けれど、研究は遅々として進まなかった。
無惨様が弾けた時、いくつもの鬼が野放しになったようで、無惨様はそれらの鬼の捜索も始めていたから。
見つかる訳にはいかなかった。
会ってしまえばきっと……この想いも覚悟も、全て投げ捨てて無惨様に甘えてしまうと確信出来ていたから。
それでも研究は進み……とある時、医者として診た患者の一人がどうあっても助けられないとわかった時……鬼になる事を勧めた。
助けたいと、そう思ってしまったから。
結果的に彼を鬼とした事は、研究を飛躍的に進ませる事になったのだけれど……人食いの化け物にした事実は、私の胸に暗い影を落としていた。
人一人の命を、私の都合で好き勝手に弄んだ、その感覚が常についてまわり、酷く心を苛んだ。
幸いにも鬼にした子、愈史郎は自我を取り戻すととても私を慕ってくれたから、その罪悪感も薄れていった。
改めて無惨様の苦しみの一片を理解出来てしまった私は、更に研究に力をいれていった。
けれど、どうしても形に成りきらない。
もう少し、あと何かの切っ掛けがあれば。
そう思い悩んでいた時出会ったのが……。
縁壱さんの耳飾りをつけ、鬼となった妹を連れた少年、竈門炭治郎君だった。
直感だった。
私は、彼に賭けた。
彼はきっと、縁壱さんのように、無惨様の命に手が届く存在なのだと。
そう信じて。
鬼となった妹、竈門禰豆子ちゃんを連れ、鬼となった人間を人と呼んだ、彼の優しさを信じて。
どうか……無惨様に……安らかな終わりを……。
炭治郎君……。
誤字報告ありがとうございます。
修正しました。