それでも私は死にたくない   作:如月SQ

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……ええっと、予想外の高評価にビビっております……。
もう評価バーに色がつきまして……感想も沢山……。
ありがとうございます、期待に答えられるよう、頑張ります。


落日

 産まれた時……いや、産まれる前から、私の傍らには常に死があった。

 母親の胎の中でも、産まれ落ちても、私は生と死を繰り返していた。

 荼毘に付される寸前、もがいて、もがいて、もがいて……。

 漸く、私は生を手に入れた。

 

 だが、それでも……死が私の傍らから離れる事はなかった。

 そう言えば、医者の見立てでは、私は二十歳になる前には死ぬと言われていたか。

 無力だった、虚しかった。

 ただ苦しみながら死を待つ。

 絶望に瞳が濁り出し、使用人にも当たり散らし始めていた頃、とある医者が治療をかって出た。

 

 その医者の顔は、微かに覚えている。

 人の良さそうな……善良な医者だった。

 他の医者とは違う、独自の方法で、独自の薬で治療は行われていた。

 

 それでも、私の体は一向に良くならなかった。

 目を覚ませば、生きている事に安堵し、眠りにつく時は、目覚めぬのではないかと恐怖し。

 日がな一日、布団の上で庭を眺めるか、治療を受けるか、食事をするか……。

 後の時間は殆どを寝て過ごしていた。

 

 医者は、必ず私を治すと意気込み、常に私を安心させるように微笑みを浮かべていた。

 その目元に隈が浮かんでいた事、後に思い出す事はあったが……当時の私は終ぞ気付く事はなかった。

 

 当時の私は……あまりの絶望から、全てに嫌気がさしていた。

 目に映る全てが憎らしかった。

 私の世話をする女中達が、私を産み落とした母親が、私を産ませた父親が。

 空を飛ぶ鳥が、庭の池を泳ぐ魚が、そこらを這いずる虫が……。

 身に付けている服が、布団が、柱が、床が、天井が……何もかもが。

 

「今度こそ、効くとよろしいですね……」

 

 それは当然……目の前で儚げに微笑む医者も……。

 憎くて、憎くて、仕方なかった。

 何を他人事のように、と思った。

 

「私は……治るのか……?」

 

 喉の奥から掠れた呼吸音がする。

 苦しくて、身体中が痛く、重い。

 死が、私の傍らで、私の体を這いずり回っていた。

 

「必ずや生かしてみせましょう……次は、この薬を……」

 

 そう、真摯な態度で言い切る医者に……。

 無防備に背中を向けた医者に……。

 

「…………!」

 

 手元にあった刃を力一杯叩き付けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと、即死だった。

 叩き付けた瞬間医者は糸が切れたように倒れ、ビクンと体を震わせた後動かなくなった。

 じわり、血だまりが床に広がり、血の匂いが漂ってくる。

 忌々しかったのだ、大言壮語ばかり吐いて、何の成果もあげられぬ医者が。

 日に日に死に追いやられていく我が身が辛くて、それでも何も出来ない無力感に苛まれて……。

 

 ……いや、飾り立てるのはやめよう。

 ただただ、私がこれだけ苦しんでいるのに、目の前に苦しんでいない人間がいた事が、気に食わなかった。

 それだけの事。

 実に狭量、親身になって治療に専念してくれた医者に対して、なんたる不義理。

 

 それでも、当時の私は……何かから解放された気分だった。

 結局何も変わっていない、死の淵にいる事には変わらない。

 それでも笑っていたような気がする。

 ゴポリと口から出たものは、いつも通りの血……だけではなかったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこから少しの時が経って……いつの間にか、私の体に変化があった。

 まるで枯れ木のような、老人のような痩せ細った体に、はち切れんばかりの強靭な筋肉がついていたのだ。

 すくりと、なんて事ないように立ち上がれた時、それはそれは驚いた。

 私も、周りも。

 世話を焼いてくれていた女中の老婆が、腰が抜けて立てなくなるくらいに。

 

 自分の足で立つとは、歩くとは、こんな感覚なのかと感動した。

 息を大きく吸っても、吐いても、変な音もしない、苦しくもない。

 体の何処を動かしても触っても痛む事はなく、まるで靄が晴れたかのように晴れやかな気分だった。

 その時、既に辺りは闇に包まれていて、微かな灯りだけを頼りに初めて庭へと踏み行った。

 埃の被った草履を踏み締めて、じゃりじゃりと音のする庭を駆け回り、魚がゆらりと泳ぐ姿を真上から眺めた。

 

 その時私は、産まれて初めて死の影を感じず、自分が生きていると強く実感する事が出来た。

 空を見上げてみれば、屋敷からは一部しか眺める事の出来なかった満天の星空が一望出来た。

 無数の、数える事すら諦めてしまうような星は、美しく輝いていた。

 

ぐぅうぅ……

 

 そこでふと、自分の腹からそんな音が響いたのだ。

 聞いた事のない音に戸惑うも、答えは直ぐにわかった。

 途端に襲われる空腹感に、お腹が空いたと私の体が訴えている事に気付いたのだ。

 私は空を見上げるのを止め、屋敷へと戻ろうと足を早めた。

 体の調子は最高だ、これならいつものような薄い麦粥ではなく、母上や父上が頂いているような馳走も食べられるだろう。

 早速、用意させよう、そう思って私を見ていた女中を見た。

 

 するとそこには、美味しそうな肉の塊が鎮座していたのだ。

 ゴクリと喉が鳴り、じゅわ、と口内に唾が溢れた。

 口の端から、涎すら漏れていたかもしれない。

 なんと気の効いた事だろうか、私の状態を慮り、既に用意していたというのか。

 後で褒めてやらねばならぬな……。

 

 そう考えながら、私はその肉塊に手を伸ばした。

 そして、それに躊躇いなく、歯を突き立てたのだった。

 

がぶり、ぶちぶちぶち

 

「きゃあああああ!」

 

ぐちゃ、ぐちゃ、ぐじゅり

 

「お、おやめくださっ……た、たべない、で……」

 

くちゃ、もにゅ、がぶり

 

「たす、け……あっ……ごぽっ…………」

 

「ああ……美味い……なんと、甘露な……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を……何をしとるんだ!」

 

 私は、最高の気分だった。

 体は万全、腹も満ちて、産まれ落ちてこの方、感じた事のないほどの幸福を感じていた。

 

 ゆるりと振り返った先には、父上と母上の姿があった。

 私はそれに……笑顔で口を開いた。

 

「見て下さい、父上、母上!病気が治りました!

 もう、平気なのです!もう父上と母上に迷惑をかける事もない!

 ああ、ああ、明日から何をしようか、滞っていた勉学をしてみたい!

 遊んでみたい、色んな物が見たいです!」

 

「…………何を、何をしているのです……?貴方、今、何を、食べて……」

 

 震えた声で、母上が問い掛けてくる。

 何、を?

 私の手の中には、先程まで食べていた肉の塊の残りがあった。

 

「これ、ですか?とても美味しかったです!母上も、食べますか?」

 

「ひっ……!」

 

びちゃり

 

 一歩近付いてみれば、母上は真っ青な顔で後退りをした。

 何故だろうか……こんなにも美味しいご馳走なのに……。

 残念に思いながらも、既に私も腹が満ちていた事もあって、その手の肉を適当に放り投げた。

 

どっ

 

ころころころ……

 

「ひいぃっ!」

 

 転がったそれは丁度母上の方へと転がっていってしまい、母上は更に後ろに下がっていった。

 ああ、申し訳ない、母上、それがそう動くとは思わなかった。

 

 私は、笑顔のままだったように思う。

 これから、念願の日々がくるのだと、疑っていなかった。

 父上と母上と共に、生きていけるのだと。

 二人が私に対して……折角の男子が、と残念に思っていた事は知っていた。

 それでも二人は様々な医者を手配してくれた。

 私を生かす為に尽力してくれた。

 その結果が今、こうしてある。

 なればこそ、私はその恩に報いるために、何でもする覚悟だった。

 

「父上、母上!もう大丈夫ですよ!」

 

 そう言って、手を広げた。

 抱き締めてくれると、そう疑いもしなかった。

 

 けれどふと、視界の端に赤色が映った。

 なんだ、と視線をズラしてみれば、それは真っ赤に染まった私の手だった。

 いつの間に……?そう思いつつも、後で拭えば良いと視線を父上と母上へと戻した。

 

「…………え?」

 

 そこには、反りのある刃を手にした、幾人もの男達と、顔を真っ青にした父上と母上の姿があった。

 父上と母上は、歪んだ顔で、悲し気な顔で、苦し気な顔で、私を見つめていた。

 

「……魔の者となったお前を、生かしておく訳には、いかん」

 

 父上の言葉に、私の頭は真っ白になった。

 言っている事がわからない、意味がわからない。

 生かしておく訳には、いかない……?

 何を?何で?何が……?

 

 父上は私を睨み付けて、母上が口元を押さえながら震えて……。

 目の前の刃を構える男達が、私へと一歩近付いても止める気配もなく。

 

 生かしておく訳にはいかない、父上のその言葉が何度も頭を過る。

 

「なん、で……」

 

 理由はわからない、何故こうなったのかわからない、これから私は幸せになると信じて疑わなかったのに、何故こんな。

 

「ここで、頼むから死んでくれ」

 

 実の親から、死ねと言われるような目に合わねば、ならん。

 

「お前だけを死なせは、しない。私達も、後を追う」

 

 ふざけるな。

 私は、私は、生きていたい。

 

「だから、怖くなんて、ありませんよ……?」

 

 何か言っている、さっさと死ね化け物とでも言っているのか。

 腹が立つ、腹が立つ腹が立つ。

 先程までの多幸感が吹き飛んでいく思いだ、最悪だ。

 周りの人間達は刃を手に、ジリジリとその間を詰めてくる。

 やがて、その刃は私を貫くのだろう。

 ……嫌だ、折角こうして生きているのだ。

 父上に、母上に死を望まれている、それでも……。

 

「私は!死にたくないっ!」

 

ヒュゴォオオオオッ

 

ズバンッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付けば、辺り一面は血の海だった。

 目の前に、父上だった肉の塊が転がり、下半身の吹き飛んだ母上が虫の息で私を見上げていた。

 

「かつてと……立場が逆転しましたね、母上……」

 

 優越感と、微かな寂しさを滲ませて、私はそう吐き捨てた。

 本当ならば、こんな事を望んではいなかった。

 そこらに散らばる、無数の屍を眺めて……噎せ返るような血と死の臭いに、顔を顰めた。

 母上も今はまだ生きているが……もう間も無く力尽きるだろう。

 

「ひゅー…………ひゅー…………」

 

 呼吸音だけが響く中で、母上は瞳だけを私のほうへと向けた。

 そして、数度口を開いたかと思えば、虫の鳴くような、か細い声が、静かに発せられた。

 

「ごめん……ね……」

 

 それだけ呟いて、母上は動かなくなった。

 

「…………」

 

 私は、その頭蓋を踏み潰した。

 飛び散った脳漿を、何度も、何度も踏みしめた。

 今更、謝れば良いとでも思っているのか。

 今更、今更!

 私を殺そうとした癖に!

 

 やがて、父上も母上も、体の原型がなくなった頃に、漸く私の興奮は収まりを見せた。

 はぁ、と大きく息を吐いて……私は顔を上げた。

 

ポタポタッ

 

 その弾みでか、足元の血だまりには、何かの滴がいくつか降り注いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんね……累……」

 

 私が、かつての私を重ねて鬼とした少年、累。

 彼は今、かつての私と同じく……罪を重ねた。

 様子を見にきた私が目撃したのは、実の親を手にかけ、途方に暮れる少年の姿だった。

 

「ああ……無惨、様……お父さんも、お母さんも、ヒドイんです……僕を、殺そうと……して……」

 

 自分が暮らしていた部屋の縁側に座り、光のない瞳で、累は私を見上げていた。

 それを見下ろしながら、私は……かつて、鬼となり、両親を手にかけた時の事を思い出していた。 

 先程の、累の母親が最期に溢した言葉が……かつて母上が私に最期に告げた言葉と重なった。

 

「親は、子供の為に命を懸けるもの、ですよね……?それが、家族の正しい形ですよね……?僕は……僕は……!」

 

 ……遅い、あまりにも遅い気付き……。

 私はあの時の、二人の真意へと辿り着いてしまった。

 何故父上と母上が、私を殺そうとしたのか……。

 父上と母上の、あの時の気持ちが……客観的に同じような状況を見ることによって理解出来てしまった。

 

 だが……今にも絶望しそうな累に、自分のやった事に押し潰されようとしている少年に……それをそのまま告げる事は出来なかった。

 

「……そうだ、全ては、お前を受け入れなかった親が悪いのだ」

 

 だからこそ私は、自分を誤魔化して、かつての私が、あの時かけて欲しかった言葉を紡ぐ。

 

「お前は、強い。その強さを誇り、生きていくといい」

 

 その頭を撫で、私は出来得る限りの親しみをもって、その哀れな少年を慰めた。

 この少年は……私と同じなのだ。

 両親の愛を受け育ったが、その愛を信じきれず、両親をその手にかけた、呪われた生を歩む事を余儀無くされた、哀れな子供。

 その切っ掛けは、その病弱さを哀れに思ってしまった私が、少年へ血を与え、鬼としてしまった事……。

 ならばせめて、私くらいは……彼を肯定せねばならない。

 それが、鬼の生に引きずり込んだ、私の役目だろう。

 

 累は呆然と私を見上げたまま、自分の頭を撫でる私の手にその手を添えた。

 

「はい……」

 

「私はお前を肯定する。もうお前は病弱な体ではないのだ。

 家族の事は今は忘れてしまえ」

 

 ……私を見上げる累の瞳に力が満ちていくのを感じて、小さく息を吐いた。

 いずれ、累も自分のした事と向き合わねばならぬ時が来るかもしれない。

 それでも今は……今だけは……その苦しみから逃げると良い。

 私は……それを肯定する。

 

 累がはらはらといつまでも流す涙を、私は見て見ぬ振りをし続けた。




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