それでも私は死にたくない   作:如月SQ

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 それは、嫌な予感のする報せだった。

 

「なに……?」

 

『無惨様が見張るようにおっしゃられていた町で、鬼が出た、と叫んでいるのが聞こえました。

 詳細はわかっていませんが……どうしましょうか?』

 

 妖仙の次兄からのその連絡に、私は直ぐ様立ち上がった。

 頭に過るのは、血の海に沈む……うたの姿。

 まさか、と言う思いがあった。

 私の管理下にいない鬼が、私達の目をすり抜け、町へと入り込むなど有り得ないと思っていた。

 

「私が向かう、お前達は警戒を続けろ……ただし、身の安全は確保しておけ。

 いざとなれば、兄妹揃って逃げるんだ」

 

『わかりました!お気をつけて……!』

 

 妖仙三兄妹に簡単に指示を出し、鳴女へと振り返った。

 あやつらは風のように野を駆ける。

 逃げに徹すれば大丈夫だろう。

 

「鳴女!」

 

「……しかし、無惨様、もしも鬼であるなら、御身の安全が……」

 

 繋げろと言外に告げたが、鳴女はそう言って渋る。

 何を今更。私より強い生物など、縁壱しかいない。

 私の命が、他の鬼によって脅かされるなど有り得ない。

 

「私は大丈夫だ、開けろ」

 

「……わかりました」

 

ベンッ

 

 もう一度強く言葉にすれば、鳴女は俯いた後、琵琶を鳴らした。

 同時に現れた襖に、私は躊躇いなく飛び込む。

 越えた先にあったのは、見覚えのある橋、私と狛治達が初めて出会った橋。

 その橋の向こうで……血塗れの狛治がふらふらと、歩いていた。

 

「狛治!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼェ……無惨……ゼェ……さん……」

 

「鬼が出たとの大騒ぎがあったと聞いて来てみれば!

 何があった狛治!怪我をしているのか!?」

 

 ポタリ、ポタリと新鮮な血を滴らせている狛治は、呆然とその場に佇んでいた。

 その血の匂いに……狛治の血は混じっていない、さりとて恋雪や慶蔵の匂いもない。

 何人もの……何十人もの血と内臓が混じった、酷い匂いだった。

 

 虚ろな瞳で、息を切らせ、肩を大きく上下させながら、狛治はゆるゆると私に焦点を合わせてくる。

 ぼうとした表情のまま、狛治はゆっくりと首を横に振った。

 

「怪我は、ないのか。それは何よりだが、本当に何があった!

 その姿は、その血は返り血なのか?何が起きたんだ!」

 

 ぐ、と肩を掴み、目を合わせて問いただす。

 ただ事ではない狛治の様子に、心臓がバクバクと音を鳴らし始めた。

 嫌な既視感に唇が渇き、下唇を思わず舐めた。

 

 そして、狛治はぽつり、ぽつりと話し始めた。

 自分達に起きた、悲劇を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無惨さんがいなくなった後……恋雪さんと祝言をあげると決めた事を、俺は……親父の墓に報告に行ってた」

 

「幸せになると、漸く親父の遺言を守れそうだと、とても良い人達なんだと……親父の墓に告げて……」

 

「それから、戻ったら……二人とも死んでたんだ」

 

「守ると、誓ったのに」

 

「守り続けると誓ったのに」

 

「……隣の剣術道場の奴等が、井戸に毒を入れやがったんだ」

 

「俺にも、慶蔵さんにも敵わないから、と。毒を盛りやがったんだ」

 

「恋雪さんは、あっという間に。慶蔵さんは、苦しみぬいて死んだ」

 

「俺が二人を見た時はもう、冷たくなってた」

 

「無力だった……守り抜くと決めた相手が自分の手の届かない場所へと、容易く連れていかれてしまった……」

 

「だから俺は……二人の仇討ちの為に……剣術道場に突っ込んだんだ」

 

「そして……そいつら全員、門下生全員を、殺した」

 

「素流の技で」

 

「守る拳で」

 

「全員……殺した」

 

「……本当は、殺すつもりなんかはなかった」

 

「痛め付けて、少しでも二人の痛みを味わわせてやりたかった」

 

「……でも、あいつ、嘲笑いやがったんだ」

 

「ざまあみろと、土地を明け渡さないからだと」

 

「恋雪さんのことを……見目だけは良い、まともに生きることも出来ない、産まれ損ない……だって」

 

「……気付いたら、跡取りだけ残して、皆死んでた」

 

「俺が殺してた」

 

「脚を蹴り砕いて、内臓を破壊して、腕を引きちぎって、頭蓋を破壊した」

 

「みっともなく命乞いをする跡取りの頭を……ゆっくり、ゆっくり踏み潰した」

 

「全員、この手で、殺したんだ」

 

「人を破壊する感覚が……人をただのモノにする感覚が……ずっと残ってる」

 

「俺は……結局何も変われてない」

 

「あの日、慶蔵さんに拾われた時から、何一つ……」

 

「辛抱が足りず……すぐ自暴自棄になって……」

 

「大切な物を何一つ守れず、師範の大切な素流を血濡れにして、親父の遺言も守れない……」

 

「俺にはもう……何もない……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その想像を絶する壮絶な話に、私は直ぐに言葉を返す事が出来なかった。

 恋雪と慶蔵が殺された……突然の事実に頭を殴られたかのような衝撃が走る。

 何故善人がこうも容易く命を奪われていくのか……世の理不尽に憤慨を覚える。

 しかも、井戸に毒だと……?なんと卑劣なのだ。

 時折不愉快な視線は感じていたが、そのような真似をするような輩だったとは……。

 

 ……だが、それよりも今は狛治だ。

 独白を終えた狛治は、死にそうな雰囲気を醸し出している……。

 それも当然だろう、先日まで幸せの絶頂にいたのだ。

 心から愛する人、心から尊敬する人、その二人を同時に失ったのだ。

 しかも毒を仕込むという卑劣な手で。

 

 それを行った相手へと、その恨みを晴らしに行って当然だ。

 むしろ、最初は殺意を持っていなかった事に驚いた。

 それだけ、慶蔵の素流の教えが身に付いていた、という事なのだろう。

 

 しかしその立派な想いも、愚か者に踏みにじられたのだ。

 なんと身勝手で、最悪な言い分だろうか。

 死んで当然の屑どもだとしか思えない。

 

 ……だが、あの剣術道場の門下生は数だけはいた。

 正確には把握していないが、六十はいた筈だ。

 そやつらを全て殺したのならば……狛治の感じた苦しみは如何程か……。

 人は……生物は同族を手にかけると、どうしても精神に負担がかかるものだ。

 人を鬼へと変じた時、精神に変異が起きるのはそれが起きないように、という人の残滓がもたらす防衛本能だ。

 そんな同族殺しを変異する事なく、それだけの人数を、怒りのままに屠った。

 しかも、守る為に身に付けた素流を使って……。

 ……その怒りと殺意から褪めた今……絶望と罪悪感と失意によって狛治の心は限界の筈だ。

 あらゆる感情に苛まれ、涙すら出ない様子の狛治は、顔面についた返り血を拭う様子すらない。

 そんな狛治を放置すれば……自分の首を捻切りかねない。

 私は狛治の肩を掴み、その顔を真っ直ぐ見つめた。

 

「狛治、よく聞くんだ」

 

 しっかり鍛えていて、多少の事では体幹が揺らぎもしない筈の体が、ゆらゆらと揺れる。

 その力のない様子に歯噛みしつつ、私は言葉を続ける。

 

「お前は悪くない、何一つとして。その怒りは当然だ、奴等は死んで当然の屑達だった。

 今のお前の気持ちはわかる、屑だとはいえ命を奪った重みは、お前に強くのし掛かっている筈だ。

 ……だが、だからといってお前までそのまま死ぬことはない。

 慶蔵も恋雪も死んだ。だが、お前はまだ生きているんだ」

 

「……でも、あれだけの人を殺した……どうせ生きてても、死罪だ……なら、もう……」

 

「死なせん!あんな屑どものせいでお前まで死ぬのは認められない!

 屑どもの後処理は私がする。お前に手は伸びることはない。

 お前は……恋雪と慶蔵の分も生きるんだ」

 

 そう強く言い聞かせると、狛治は力なく俯いた。

 

 妖仙三兄妹を呼んで……いや、鳴女に近場の鬼を連れてきて貰おう。

 こうも屑の死体が溢れているのだ、この機会にたっぷり食わせてやろう。

 そしてここいら周辺で少し姿を出して暴れてやれば……全ては私達鬼の仕業に出来るだろう。

 

「……なんで……」

 

 俯いたまま、狛治は絞り出すように呟く。

 

「なんで……貴方が……そこまでするんだ……?」

 

 何故、か。

 それは……お前が、善良で、暖かな人間だからだ。

 

「……お前達が、私を救おうとしてくれた事が、とても嬉しかったから。

 短い間だったが、共に過ごせて、とても楽しかったから。

 お前達を……友だと思っているから。

 だから私は、お前を救う為に全力を尽くすのだ。

 狛治……生きてくれ、お願いだ」

 

「うっ…………ぐぅうぅ…………」

 

 その肩を握り、頭を下げれば、狛治から唸り声がもれた。

 ポタポタと、血混じりの滴が、地面に滴り落ちていた。

 ……きっと、漸く感情が追い付いてきたのだ。

 

「恋雪と慶蔵の事は……残念だった。

 だが、だからこそ、二人の分も、お前は生き抜くんだ。

 一先ず、家に帰れ。体を洗い、温かい布団でゆっくり眠るんだ。

 ……明日、家に向かう。そうしたら、今後の事を話そう」

 

「うっ…………うぅ……恋雪、さん……慶、蔵さん…………」

 

 二人の名を呟き、ぽろぽろと涙を流す狛治に、私は肩を優しく叩いた。

 

「後の事は私に任せろ。お前は一度休むんだ」

 

 じっ、と見つめた狛治の頭が僅かに、けれど確かに上下に動いたのを確認して、私は顔を綻ばせた。

 良かった、これで一先ず大丈夫だろう……。

 

 そう思って私は再度優しく肩を叩き、踵を返した。

 まずは鳴女に連絡を……剣術道場に鬼を集め、死体を……。

 同時に近くに鬼狩りがいないかの警戒もして……。

 となると妖仙三兄妹には警戒を続けて貰ったほうが……?

 

 私は歩きながら、考えをまとめていた。

 そんな時だった。

 

ごめん……無惨さん。

 もう……何もかも、どうでもいいんだ……

 

 狛治の震えた声と。

 

バシャァーンッ!

 

 何か大きなものが落ちたような、大きな水音が響いた。

 

「っ……!狛治ィッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう諦めたらどうだ?杏寿郎」

 

「はぁっ……!はぁっ……!」

 

 構えたままの猗窩座の前にいるのは、杏寿郎と呼ばれている柱。

 だが既にその体はボロボロだ。

 それだけではない、周囲にいた他の隊士達も、その全てが既に死体と化している。

 それはただ単純に猗窩座の拳を受けたもの……中には杏寿郎を庇って猗窩座に頭蓋を砕かれた者すらいた。

 

 杏寿郎は、強い柱だったのだろう。

 それは猗窩座の口振りでわかる。

 しかし、片目と片腕を喪ってしまえば、その強さは半減以下……猗窩座にどうにか食らい付いていたが、それももう無理だろう。

 

 それでも、その瞳は猗窩座を真っ直ぐ捉え、その切っ先は下がる事なく向けられている。

 

「お前が選べるのは二つに一つだ。死ぬか、それとも鬼となるか」

 

「げほっ……一度答えた筈だ、鬼にはならない!はぁっ……!」

 

 杏寿郎は日輪刀を振るうも、技ですらないそれを猗窩座は詰まらなさそうに、紙一重で避けた。

 

「鬼となれば、お前の腕と目も再生するだろう。

 そうなれば以前の力を取り戻し、更に強くなり、至高の領域へと……」

 

「くどい!ならないと言ったらならない!

 俺は最期まで人間として、俺の為すべき事を、俺の責務を全うする!」

 

 杏寿郎の啖呵に、猗窩座は僅かに目を見開くと、すぅ、とその瞳を細めた。

 その姿勢は良い、鍛え上げた肉体も素晴らしい。

 だが、既にその雰囲気から闘志が衰えている事が察せられてしまったのだろう。

 ただの言葉だけの、小動物の威嚇にも等しいそれを見て、猗窩座はもう見ていられないとばかりに、引導を渡す事を決めたのだ。

 

「そうか……ならばもう死ね。せめてまだ、俺がお前を強者だと認識出来るうちに」

 

 腰を落とした猗窩座が殺意を漲らせ、踏み出そうとしたその瞬間。

 

霹靂一閃

 

 猗窩座と杏寿郎の間に、瞬きの間に黄色い影が飛び込んでいた。

 それは猗窩座の伸ばしていた腕と触れ……猗窩座の腕が宙を舞う。

 黄色い日輪刀を構えたその剣士は、身を低くして着地した体勢のまま、刀を鞘に納めた。

 

 ……なんという速さか。

 

「……何……?羅針の反応が、遅れた……?」

 

 猗窩座は、飛んだ自分の腕を即座に再生しつつも、目を見開いた。

 血鬼術、破壊殺は、猗窩座の身体能力を高める術だ。

 その中で羅針とは、相手の闘気を感知する技。

 その羅針が感知するより早く、目の前の男は動いたというのか。

 猗窩座がじろり、とその剣士を見つめた。

 

穿ち抜き

 

 そこを二本の刀が猗窩座の背後から突き出されたが、それは危なげなく身を翻して避けていた。

 突如現れたのは猪の被り物をした、上半身裸の男……。

 ……こいつも鬼殺隊の隊士なのか……?

 

 そして、猗窩座の避けた先に……耳飾りの剣士が刀を振りかぶっていた。

 

水面斬り

 

 耳飾りの剣士……炭治郎……。

 

 猗窩座はその全てを避けた。

 容易く避けた、が、その表情は歓喜に震えていた。

 

「……素晴らしい。無限列車にて会った時は、あの場にいるのも相応しくない、杏寿郎の足を引っ張るだけの弱者と思っていたのだが……この短期間でよくぞそこまで鍛えあげたものだ。

 良いぞ、強き者は好きだ。お前達の名を聞かせてくれ」

 

 猗窩座はニヤリと笑って、その闖入してきた者達を受け入れる。

 その心は、ただ闘争を求めて、歯応えのある戦いを求めて。

 

我妻善逸……

 

嘴平伊之助だ!てめえ、ここで会ったが十年目!覚悟しやがれ!

 

「煉獄さん!大丈夫ですか!?」

 

 黄色い男と、猪男が名を名乗り、炭治郎は杏寿郎と猗窩座の間に立ちはだかる。

 刀を構えた三人に、杏寿郎は呆けた表情で口を開いた。

 

「我妻少年……嘴平少年……竈門少年……」

 

「今度は、一緒に戦わせてください!もう、足手まといにはなりません!」

 

 炭治郎は力強く宣言し、一瞬だけ杏寿郎を振り返った。

 それと目が合い、目を見開いた杏寿郎は……すぐにその表情に力強い笑みを浮かべた。

 

「ああ!まだまだ、俺も君達に負けてはいられないな!

 少しでも弱気になっていた自分が情けない……この醜態は、奴を打ち倒す事で帳消しにするとしよう!」

 

 一歩力強く踏み込んだ杏寿郎は、炭治郎と並び、右手の刀を力強く握り締めた。

 ギリ、と音が鳴る程に握り締め、杏寿郎は再び闘志を漲らせ、猗窩座を睨み付けた。

 

「燃やせ、心を燃やせ煉獄杏寿郎!全ての力無き者達の為に!

()()()()()()!共に戦おう!」

 

 その堂々とした宣言に、三人はそれぞれ力強く頷く。

 

「はいっ!煉獄さん!」

 

は、はいぃ……!

 

行くぜ行くぜ!遅れんじゃねえぞ!

 

 その四人……特にかつて相対した時は取るに足らぬ弱者だった三人を眺め、猗窩座は微笑みを浮かべた。

 

「良いだろう……何処からでもかかってこい!」

 

 破壊殺 羅針

 

 氷の結晶を模した陣が形成され、猗窩座は改めて構えを取る。

 そして、強者足り得る四人の剣士を、猗窩座は堂々と迎え撃つのだった。




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