感想、評価、ここすき、毎回とても嬉しいです。
特に前回のここすきは今までで一番の反応があって、有難い限りです。
……さて……そろそろ半天狗と玉壺をさらっと流して()進めていきましょうか……。
「ひぃいいい……!」
「……なんだ、こいつは……」
私を見て怯えている、頭部が肥大化した老人……。
傍目に見ればあまりにも哀れな姿の老人だが……。
鬼になっているな……?私が血を与えた記憶はないが……。
「いやぁ……申し訳ありません、無惨様……町に立ち寄った時、あまりにも哀れな姿に話を聞いてみたら、つい同情してしまって……」
そう語るのは妖仙の次兄、十二鬼月の陸だ。
確かに自己判断で人を鬼にする許可は与えていたが……こいつは……。
「……それは失敗だったな。この老人は自己保身しか頭にない、必要とあらば容易く人を手に掛ける極悪人だぞ」
老人の鬼はその頭を抱え、白目を剥いたままの瞳から涙を流していた。
「ヒィイイイイ……!そんなことは……!このように、目も見えぬ有り様で……!」
「見えているだろう。いや、仮に見えていなかったとしても、鬼となった時点で見えるようになった筈だ。
……こっちを見ろ。下手な演技はもうやめろ」
「ヒィイイイイイイ!!!」
……なんなのだこいつは。
目の前の老人の鬼から感じるのは、ひたすらに自分を可哀想だと思う、被害者意識だ。
私に逆らえぬと理解しているからこそ、そんな相手に詰められている自分が可哀想だと、心底思っているのだ。
……呆れ果てる。
こいつは人間だった頃から、こうだ。
こいつ自身は人間の時の事などさっぱり忘れているが、私には伝わっていた。
目が見えぬと言っているが、こいつは盲目でもなんでもない。
ひたすらに哀れな盲人を演じているだけ。
盲目である権利だけを貪り、身勝手な理屈で物を盗み、容易く人を手に掛ける。
自己保身ばかりが達者な、他責思考の屑だ。
鬼となって初めて行った行動は、正にこいつの性格を表している。
それらの悪行を見透かし裁きを下した奉行を、その腹いせに殺したのだ。
記憶の中だけでも、あの奉行は立派な人間であった事がわかるだけに、残念だ……。
こいつは……私が最も忌み嫌う屑だ。
ちら、と妖仙の次兄を見れば、申し訳なさそうに身を小さくしていた。
死にかけの弱者であった自分を救ってくれた、無惨様のような事をしてみたかった……か。
その志は立派なのだがな……それなら犯罪者に手を出すべきではなかったな。
お前達のような純朴な者達は、奴等にとって格好の餌だ。
以後気を付ければ良い。
「……それで、この老人は……どうしましょうか……?」
妖仙の次兄は恐る恐る、問い掛けてくる。
その問いに、私は暫し悩んだ。
ちら、と横目に見るのは鳴女と猗窩座だ。
言ってみればこいつは、二人が味わった悲劇、それを引き起こした人間と同じ人種だ。
他人を平気で食い物にする、人でなし。
……だが、既にこいつは鬼となり、人を手にかけている。
私が鬼にした訳ではないが、鬼にした妖仙の次兄は私の配下。
つまり……全ての責任は私にある。
それに、人を食い物にする存在という意味では、私も所詮同類だ。
ならば……不愉快で仕方ないが……。
「いや……既に鬼となっているのだ。こやつももう、同胞。
これより行いをある程度改めていけば良い。
老人よ、お前は……私が肯定しよう」
そう言うしかなかった。
老人は涙を流したまま、顔をあげ、私を見つめ返してくる。
その感情は……強い者に庇護される安心感と……。
やはり哀れな自分は救われるのだなという、自分を蔑んできた全ての存在に対する侮蔑……。
……この期に及んでこれか。
……変われるのか?このどうしようもない屑……。
呆れと諦めで顔を歪めた。
「ふむ。話を聞いていましたが、この老人、私が預かりましょう」
そこで口を挟んだのは、十二鬼月の参、鞍馬だった。
「お前がか?」
「ええ、私が住処にしているのは無惨様もご存知のように山奥の秘境。
このような生来の卑怯者を自由にするのは、無惨様からしてもご不安でしょう。
私が暫く共に行動し、無惨様の鬼としてのいろはをお教えしましょうぞ」
……ふむ、悪くはない、か?
確かに鞍馬の言う通り、こやつを野放しにするのは気が進まなかった。
さりとて、自分で面倒を見るのも、正直嫌だった。
その点鞍馬は基本的に山奥で仙人のように過ごし、人を食うのも最低限、自分を追い詰めていく修験者のような男だ。
つい先日も猗窩座と修行をしたらしく、一度打ち勝った相手とはいえ、鞍馬には礼儀を持つようになっていた。
鞍馬なら、もしくは……。
その一縷の望みにかけて、任せるとしよう。
「わかった。鞍馬、任せる」
「はっ、お任せくだされ」
そう言って老人を連れて鞍馬は去っていった。
最後に、嫌そうに手を伸ばしていたが……誰も助ける事はなかった。
……また、結果だけを記すと、あの老人の性根は決してまともになることはなかった。
こやつに意識を向けると、あまりにも自分勝手な思考回路に頭がおかしくなる。
まったく……こういう不愉快な鬼はたまにいるが、出来る限り繋がりたくないものだ……。
そして、そんな不愉快な鬼がもう一人。
益魚儀という名の芸術家気取りの殺人者。
自作だという壺に囲まれ、餓死寸前で、誰も自分の芸術を理解してくれないと嘆き苦しんでいたところを救ってしまった鬼。
話を詳しく聞けば聞く程、救ってしまったことを後悔した。
人で芸術品を作る、というその言葉だけで既におぞましいのだが、現実に何度か見せられ、その度に殺意を抑えるのに必死だった。
……いや、老人も含めて、殺してやったほうが良かったのかもしれないが。
だが、どうしても頭に過るのだ、うたを殺した鬼の、最期の礼の言葉が。
私が自分勝手に鬼にし、私の都合で感情のままに殺したあやつが。
どうしても……鬼を手にかけようとは思えないのだ。
「ひょっひょっひょっ……」
笑い声すら癪に障るが……それでも私が鬼にしたのだから責任を持たねばならない。
新たな名が欲しいとねだる益魚儀へと、適当に玉壺と名付け、人を使わぬ芸術品を期待していると告げた。
そうしたら喜々として自分の体を改造し始め、壺に収まるような体へと変化していった。
確かに人は使っていないが……いないがなぁ……。
「これで無惨様の名付けに相応しい姿になれましたぞ!」
そう嬉しそうに言う変態に、私はそれ以上何か言う事をやめようと思うのだった。
私への敬意も確かに感じはするのだがなぁ……。
それでいてまぁ、かなり強力な血鬼術にも目覚めた為に……本当に始末に負えない。
あっという間に十二鬼月の拾弐となった玉壺に数字を刻む時……。
「ぬふぅ」
「ぬはぁ」
「あひぃ」
「頼む、黙ってくれ」
その気持ち悪い声のせいで、何度も手元が狂いそうになった。
痛みはない筈なのだがな、何故こうも喘ぐのか。
まったくもって、気色悪い鬼だ……。
そんな折だった。
酒呑が鞍馬の住処に遊びに(喧嘩を売りに)きていた時だった。
未だに存続していた鬼殺隊、奴等が鞍馬の住処を突き止めていたようで、大規模な討伐作戦を実行していたらしい。
その時私は、鬼の研究に勤しんでいた。
とある鬼の変化を観測していたのだ。
つい夢中になってしまい……私が気付いたのは、もう。
全てが終わってしまった後だった。
――――――――――――――――――――――――――
「なんと……猗窩座殿がやられた……?」
猗窩座との繋がりが切れた直後……童磨は静かにそう呟いた。
目の前には、つい先程まで猗窩座と戦っていた伊之助、そして童磨と戦っていた二人の柱……それに加えて胡蝶と呼ばれていた女の柱と同じく蝶の髪飾りを着けた女の隊士。
それらは等しく白い息を吐き出し、それ以外の隊士は全て氷付けにされていた。
彼等の体には所々に凍りついた跡があり、寒そうに体を震わせている。
伊之助だけは、突然の移動に面食らったままで、状況の把握に努めているようで無傷ではあるが。
一方で童磨は、胡蝶の突きを食らった後、血を吐き出す一幕があったが、今は既に治りきってしまっている。
胡蝶は毒を操る剣士か……鬼を苦しめて殺すイカレ女だと鬼達からは大不評だった剣士だな。
累の姉代わりの鬼が苦しんで死んだのが記憶に新しいか……。
だが、そんな毒を受けながらも童磨は既に平気な顔をしている。
まだ少しピリピリしているようだが……完全に耐性がつくのも時間の問題だろう。
……まぁそれも、それ以上毒を受けなければ、とつくか。
「猗窩座殿……うっ……うぅ……親友だったのに……」
童磨は顔を歪め、右手で顔を覆いながら涙を流した。
頬を伝い、滴となってぽたぽたと床に落ちていく。
その様子を見て、蝶の髪飾りをした女の隊士……胡蝶からはカナヲと呼ばれていた少女が、眉をひそめた。
「……どうして泣くの……?本当は、なんとも思っていない癖に」
その声が響いた瞬間、童磨のすすり泣きの声と涙はピタリと止まった。
童磨が顔を覆う手をどければ、そこには何の感情も浮かんでいない顔があった。
「……よくわかったね。それも君の目が良いからかな?」
途端にへらりとした軽薄な笑みが浮かび、ひらりひらりと扇が舞う。
粉凍り
凪
不意に散布された氷の粒は、即座に冨岡が全て切り落とす。
既に幾度となく繰り返されたやり取りだが、童磨は続けるだろう。
冨岡の体力も無限ではない、確実に消耗している。
それでも、冨岡にとってそれを切り捨てない選択肢はない。
粉凍りは、鬼殺隊の剣士にとって決して無視出来る技ではないのだから。
「俺はね、人を哀れに思う事はあっても、悲しいって感情がよくわからないんだ。
猗窩座殿を親友だと思っていたのは本当、彼が死んで残念だとも思っている。
けど、他の人間達のように自然と涙が出るような気持ちにならないんだよね」
パタパタと扇で自分を扇ぎながら、童磨は言葉を続ける。
「不思議だよね……。あ、そうだ、君達のお姉さんを俺は殺した訳だけど、その時の悲しい、って感情はどんな感じだったのかな?
言葉で理解するのは難しそうだけど、少しでも教えてくれると嬉しいなぁ。
鬼と話がしたいからと長々とお話しして、たっぷり粉凍りを吸い込んだから、体の中からズタズタにしてあげた、馬鹿なあの子が苦しんで死ぬのを見て、どう思った?」
そう童磨が問い掛けた時、胡蝶の額に幾つもの青筋が浮かんだ。
……怒って当然だろうな。
しかし童磨も性質の悪い……。
「お前に話す事は何もない。姉さんの仇だ、大人しく死ね」
怒りを通り越して能面のような無表情になった胡蝶は、即座に床を蹴った。
タンッ
蟲の呼吸
その速さに比べてあまりにも軽やかな音を響かせ、胡蝶は童磨へと一気に接近した。
目にも止まらぬその速さで、特徴的な日輪刀を童磨へと突き出した。
蜂牙ノ舞 ・真靡き
ガキュィインッ
「あーあ」
同時に響く、鉄と鉄がぶつかったような金属音。
胡蝶の突きは、童磨の扇に完全に受け止められていた。
……わざと、煽ったか。
「しまっ……」
蔓蓮華
ピキピキピキピキッ
胡蝶の体に無数の氷の蓮華の蔓が纏わりついていく。
「うんうん、わかるんだよ。そうだよね、肉親を殺した相手からそんな事言われたら怒るよね。
でもそうなるって理解してるだけ。それに共感してる訳ではないし、俺がその立場になった時にそう思える訳じゃない」
「くっ……あぁ……!」
やがて胡蝶の体は氷で覆い尽くされてしまった。
悔しそうに歪めた顔だけは出しているのは……また迂闊な行動を誘う為か。
……合理的だが……実に残酷で性質の悪いことだ。
ただ戦うだけでも充分に倒せるだろうに。
「師範!」
カナヲの悲痛な声が響く。
刀を握り締め、歯を食い縛っている。
考えなしに突っ込めば胡蝶の二の舞になるだろうと、理解しているのだろう。
胡蝶とは姉妹……のようだからな、今にも駆け寄りたいのだろうが……冷静だな。
「うぉおおお!てめえ!しのぶに何してんだ!」
そこで伊之助が肩をいからせて声を荒げた。
猪の被り物のせいで顔は見えないが、怒っているようだ。
「いけません!こいつは上弦の弐、考えなしに突っ込めば私のようになってしまいます!
……これは、私の未熟さが招いた事。私の事は気にしないで。
冨岡さん、私は二の次!この鬼を斬る事を優先してください!」
胡蝶は完全に氷に覆われた状態で、寒さに震えながらも気丈に言い切る。
その言葉には、一切の嘘も躊躇いも感じられなかった。
女だから、と甘く見ていた訳ではないが……やはりこいつも柱なだけはある。
悪鬼滅殺の強い覚悟が見てとれた。
肉親を殺された復讐もあるのかもしれないが……。
それでも素晴らしい、気高い覚悟だ。
「……ゴチャゴチャうるせー!しのぶ!待ってろ!猪突猛進!」
ダンッ!
対して伊之助は感情のままに駆け出した。
その真っ直ぐな思いは好ましいが……。
「単純な子だなぁ」
蓮葉氷
童磨はヘラリと笑って扇を振るい、無数の氷の蓮の花を飛ばした。
真っ直ぐ距離を詰める伊之助の行く道を遮るように設置された氷の花は、伊之助に触れれば一瞬で凍り付かせるだろう。
「やらせない」
水の呼吸 拾壱ノ型・凪
だがそれを冨岡が防ぐ。
何度も披露している、目にも止まらぬ斬撃で全てを切り捨て、血鬼術を無効化してしまう絶技。
水の呼吸の剣士は、地味で根暗でうだつの上がらない奴等が多いと黒死牟が溢していたが……素晴らしい剣士ではないか。
「よくやった半々羽織!」
冨岡が開けた空間を伊之助が駆けて、両の手に持った刃を童磨へと振るう。
獣の呼吸 参ノ牙・喰い裂き
交差させた二つの刃で斬りつけようとしたのだろうが、童磨は微笑みを浮かべたまま、かろやかな足取りで身を翻した。
空を切る刃を目と鼻の先で見送りながら、童磨はお返しとばかりに再度扇を振るった。
枯園垂り
その扇から発生した氷柱が、攻撃後の不安定な体勢の伊之助を襲う。
「うぉっ!」
ダンッ!
伊之助は直ぐ様離脱しようと床を蹴った。
その瞬間にだけ猪の被り物に当たったようだが……他は避けきったようだ。
猗窩座と戦っていた時も思ったが、体全体のバネを利用した、野生児のような特徴的な動きに、流石の童磨も即座に対応し切ることは難しかったか。
……いや、それもあるかもしれないが……童磨の今の感情は……驚愕……?
「………………琴葉……?」
童磨の声色は、ひどくか細いものだった。
その視線の先には、猪の被り物がズレ、素顔が露になっている伊之助の姿があった。
「……もしかして君は、伊之助……?嘴平伊之助……かい?」
恐る恐る、と言った様子で声をかける童磨に、素顔が見えたままの伊之助は、眉を寄せた。
「ああ!?なんで俺の名前を知ってやがる!?」
その答えに対して、童磨の感じるこの感情は……。
なんと言ったら良いのか、ほとんど感情の揺れない童磨にしては珍しく……様々な感情が渦巻いていた。
中でも最も強いその感情は、童磨自身も完全に理解出来ていないのだろう。
伊之助を見て、口を引き結んだ童磨は、何処か苦しそうだった。
誤字報告ありがとうございます。
修正しました。