それでも私は死にたくない   作:如月SQ

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「かははは!参ったのぅ鞍馬!まさか儂らが鬼殺隊にやられる日が来るとは!」

 

「黙れ酒呑……儂は今直ぐにでも、この頚を掻き切って無惨様に詫びたい気分だ」

 

「もう頚を斬っても儂らは死なんじゃろう?ただ更に分裂するだけ……まぁ、限度はあるようじゃがな!」

 

「半ば強制的に吸収されたというのに、貴様は何故そう容易く受け入れているのだ!まったく腹立たしい!」

 

「そもそも儂らは既に鬼殺隊に敗北した身じゃ。

 今こうやって会話出来てるのが奇跡みたいなものじゃろうが。

 そう思うと、こう、楽しくて仕方ないわ!かはははは!」

 

「黙れ!何も楽しくはない!ただただ腹立たしい……!

 自分の不甲斐なさも、格下に吸収された事も、貴様とこれから離れる事が出来ないという事実もな!」

 

 いつもの調子の、鞍馬と酒呑の会話……なのだが、その容姿があまりに違っていた。

 鞍馬はたっぷりの髭を蓄えた壮年の男、酒呑は小柄な少年だった。

 しかし今、二人はそっくりな顔立ちの青年の姿で言葉を交わしていた。

 鞍馬は舌に『怒』の文字が、酒呑は舌に『楽』の文字がそれぞれ刻まれている。

 そして、二人と私は直接繋がっていない。

 厳密に言えば、二人はもう鬼ではないのだ。

 

「ヒィッ……!」

 

 私が視線を向けただけでその身をビクつかせる、頭が肥大化した老人の鬼……こいつの血鬼術で生み出された分身だ。

 何故その分身の意識が鞍馬と酒呑になっているかと言えば、二人の言葉通り……死にかけた二人を老人の鬼が喰らったからだった。

 

「それにしても鞍馬……いや、もう積怒か?

 お主の血鬼術は便利だのぉ、儂とお主に分配されとるようじゃが、性能は同じなのじゃろう?

 特にこの団扇は気に入ったわい!鬼殺隊が豆粒のように吹き飛んで爽快じゃった!」

 

「儂は自分の力を半分引き剥がされたようなものだ。

 何故錫杖と槍しか使えんのだ……これではただの僧ではないか。

 しかも貴様の血鬼術は発現せぬしなぁ、可楽。まったく腹立たしい」

 

「儂の石竜子はかなり消費が激しいからのぉ、分裂する前でなければ使えないんじゃと思うぞ。

 儂らがそれぞれ使えば、本体があっという間に干からびてしまうじゃろうな!かははは!」

 

「笑い事ではないわ!業腹だが、本体の身の安全は確保せねばならん!

 心底腹立たしいが、それがいずれ無惨様を守る事に繋がるのだからな」

 

 鬼殺隊の大規模な討伐隊による波状攻撃に、鞍馬と酒呑は必死に抗った。

 しかしながら隊士を犠牲にした柱の温存策の前に、削りきられてしまった。

 ……これは鬼殺隊の作戦勝ちと言えるだろう。

 常人とは比べ物にならない程に戦い続けられる鬼とはいえ、それも永遠ではない。

 しかも力尽きた隊士達は、どこからともなく回収される徹底ぶり。

 人を喰らっての体力回復すら望めなかった。

 本当に、用意周到な事だ……鬼殺隊め。

 

 そしてその間、鞍馬の世話になっていた筈の老人の鬼はというと……逃げ回り、血鬼術で自身の分身を作り出して油断させ、負傷した弱い剣士にトドメを刺して喰らっていた。

 そして、トドメを刺される直前だった鞍馬と酒呑を、喰らったのだ。

 

 ……二人が不利を感じても戦い続けたのは、こいつがいたからだと言うのに。

 私から預かったこやつを、死なせる訳にはいかないのだと、鞍馬の責任感からくる行動だったというのに。

 こいつは、口煩い鞍馬をずっと忌々しく思っていた。

 隙あらば逃げ出そう、あわよくば……等と。

 そんな中で鬼殺隊に襲われれば、鞍馬を盾に囮に逃げ惑う始末……。

 

 ……卑怯者め。

 だが……結果論ではあるが……二人の意識は残った。

 こいつの分身体の積怒と可楽としてだが……。

 そこだけは認めなければならない。

 鞍馬と酒呑……積怒と可楽は分身体としての特性、頚を斬られても滅びない事を活用し、鬼殺隊を返り討ちにする事が出来たのだから。

 鬼殺隊の生き残りは、いない。

 

 ……。

 

 兎に角、その功績として、老人には名を与える事とした。

 こいつは今、傍目には怯えているが、積怒と可楽という、自分に偉そうな態度をとっていた二人を従える事が出来て、天狗になっている。

 やはり自分は救われるのだと。

 自分を苛める悪人は皆死に、目障りだった鬼は自分の血鬼術の一部になった。

 自分の未来は明るいのだ、と。

 

 ……鞍馬達を見捨てておいて、この言い様か。

 こやつがただ逃げ出したならまだ良かった。

 離脱出来たのを確認し次第、鞍馬達も逃げられただろう。

 ところが鬼殺隊の死体に喉を鳴らしてそれを喰らい、戦場でいつまでもこいつは彷徨いていた。

 鞍馬達に協力するでも、鬼殺隊を活発に襲うでもない、なんとも中途半端な行動を繰り返していた。

 故に鞍馬達は、幾度となく逃げを思いとどまり続けざるを得なかった。

 そうして二人は力尽き……その隙をこやつがついたのだ。

 

 そんな、ある種戦犯とも言えるこやつの功績を称える……と言っても私自身はあまり納得していない。

 しかしながら黒死牟は語る。

 

『信賞必罰……です……無惨様……。

 こやつの……鬼殺隊を返り討ちにした功績は……無視出来ぬものです……。

 ただ……無惨様の感情も……理解出来ます……故に褒美を与えつつ……今後の行動に釘を刺す……程度がよろしいかと愚考致します……。

 もし、それすら破れば……私が処理致しましょう……』

 

 そう言われてしまえば、納得するしかなかった。

 正直モヤモヤとした気持ちは晴れないが……。

 こやつがいなければ、鞍馬と酒呑も普通に死んでいた可能性もあるのだから……複雑だ。

 

 そこで小さくため息を吐いてから、私の目の前で平伏している老人へと、名前を授ける。

 

「……お前の功績を認め、半天狗の名を与える。

 ただ、一つだけ言っておく……私の許可なく鞍馬と酒呑のように他の鬼を取り込む事を禁ずる。

 如何なる理由があってもだ。破った時は……わかるな?」

 

「ヒィ!わ、わかりました……!」

 

 半端な卑怯者。

 コソコソと隠れ潜み、二人の不意をついて、鬼殺隊の対処も二人に任せて……にも関わらず自分の手柄のように誇り、天狗になっているうつけ者。

 他力本願、他責思考……自己弁護だけは達者な屑めが……。

 

「おお、本体が無惨様に詰められておるぞ。助けなくて良いのか積怒よ」

 

「自業自得だろう。

 これより儂らは本体を守らねばならんが、守るのは命だけで良い。

 可楽、お前はどうか知らんが、儂は取り込まれている事に未だに腹を立てているからな」

 

「かかかっ!ならば儂は、楽しいから見ているだけにしよう!」

 

 半天狗は強くなるだろう。

 十二鬼月の参と肆をほぼそのまま吸収したのだ。

 鬼殺隊の人間も数多く喰らい、力もつけている。

 十二鬼月にも間違いなく食い込んでくるだろう。

 ……目に数字を刻む時、手元が狂わないかが心配だな。

 

「ヒィイイイッ!」

 

 半天狗が悲鳴をあげるのを、私は冷めた目で見下ろしていた。

 

 この日私は長年仕えてくれていた鞍馬と酒呑、二人の鬼を失った。

 そして半天狗という、心底忌々しい配下を手に入れたのだ。

 ……まったく、腹立たしい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宗教、といえばこの国では仏教が盛んだ。

 大仏がいくつも作られ、その教えは幅広く人々に広がっている。

 次いでキリスト教とやらだろうか。

 幕府は許可していないどころか規制しているにも関わらず、一定数隠れ潜み続けている。

 あまり詳しくはないのだが、それぞれ独特な考えがあるが、健やかに生きよう……みたいな事を伝えているような印象が強い。

 それは何故かと言えば……安心したいのだろう。

 

 宗教とは一言で言えば死後安らかに眠れるようにという気休めだ。

 極楽と地獄という言葉があるように、生前良いことを積み重ねれば極楽へ、悪いことを繰り返せば地獄へという概念が存在する。

 それを決めるのが神仏だと言われており、その神仏の考えに寄り添って死後極楽で幸せになる為に生きざまを改める……。

 それが宗教だと思っている。

 

 まぁ、私は死ねば地獄に落ちるだろう。

 そもそも地獄があるかもわからないがな。

 いや、このような私が未だに生きている辺り、神仏の存在すら怪しいか。

 

 それでもまだ生にしがみつく、私の生き汚さには辟易するも、本題はそこではない。

 私はひょんな事から、一つの宗教の存在を知った。

 

 それが、万世極楽教。

 神の声が聞こえるという、神の子が教祖をしているらしい。

 本当に聞こえるのならば、是非とも一度神仏の声が聞いてみたい、そう思ったのだ。

 

 とはいえ、親がこの宗教にハマり、財産に加えて自分の身すら捧げられた娘に聞いた話だ……あまり……いや、信憑性はまったくなかった。

 それでも一応、とそこそこのお布施をしながら、教祖と対談する機会を待ち望んでいた。

 ちなみにその資金は、玉壺の作った壺を売った金で賄っている。

 何処にでも物好きとはいるものだ。

 

 そして……その時初めて出会った教祖に……私は目を見開いた。

 成る程確かに虹色の瞳、白橡色の髪を持つのはこの国では非常に珍しい。

 ほぼいないと断言しても良い。

 その姿に神秘性を見出だすのもわからなくもない。

 

 しかし……その教祖は、まだ10になるかならないか程度の少年であった。

 その少年は虹色の瞳を優しく和らげ、私に微笑みかけてくるのだ。

 

「貴方が私に会いたいと、多額のお布施をして下さったと聞きました。素晴らしい行いです。神もきっと見ておられます。

 して、どのようなお話でしょうか?」

 

 その空虚な瞳に、言わされているだけの言葉に、感情の感じられない声色に、私は衝撃を受けた。

 ここまで、空っぽという言葉が相応しい子供を見たことがなかった。

 見世物小屋の絶望していた子供ですら、まだ生きたい欲求が感じ取れていた。

 

 ところがこの子には、何もない。

 なんの欲も、望みも、感情もない。

 ただ、用意された教祖という立場を演じるだけの、人形……。

 少年がどんな扱いを受けてきたのか……容易に察する事が出来た。

 その惨たらしい有り様に、私は気付けばその子を抱き締めていた。

 きょとんとした顔で、何をされてるのか理解出来ない顔で見上げてくるこの子に……私は泣きそうになりながらも笑みを浮かべた。

 

「ああ……私は鬼舞辻無惨、という……ただ、君と話をしに来たんだ」

 

「……?よく、わかりません。私に何を求めているのですか?」

 

 私の言葉にただ首を傾げる幼い少年の様子に、私は涙が溢れるのを止める事が出来なかった。

 

 それが、私と後の十二鬼月上弦の弐、童磨との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……猗窩座が……死んだか」

 

 一方黒死牟は、小さく呟いた。

 その表情には、確かな落胆が見てとれた。

 

「私を越え……無惨様を守り続けるのでは……なかったか……。

 お前の想いとは……その程度であったのか……。

 更なる高みへと開けた道を……自ら放棄するとは……軟弱千万」

 

 ……猗窩座が頚の弱点を克服した事を言っているのだろうか。

 確かに猗窩座は一度頚を落とされた……にも関わらず再生に成功していた。

 それは……確かな更なる高みへと登れた……鬼より一つ上の生物になれたのかもしれないが……そうはならなかっただろう。

 

 私は、猗窩座は頚を落とされた時点で死んでいたと思っている。

 その後から動いていたのは、猗窩座の奥底で眠っていた狛治だ。

 狛治は……そんな男ではない。

 私は、猗窩座の最期を肯定する……あやつは、あれで良いのだ。

 

「……まぁ、良い。猗窩座の分も……私が切り捨てれば……良いだけの事……」

 

 そう呟いて黒死牟が向けた視線の先には、片腕を失い、磔にされた少年の姿があった。

 それを守るように、傷だらけの風の呼吸の柱と、日輪……斧?を持つ岩の呼吸の柱が対峙している。

 

「てめえ……なんで俺を斬ろうとしねぇ!?嘗めてやがんのか!?」

 

 風の呼吸の柱がその狂暴な顔で凄む。

 ……が、挑発に乗る必要はないぞ黒死牟。

 先刻も伝えたが、こやつはかつての下弦の壱、姑獲鳥を斬った柱で……稀血だ。

 その中でも、血の匂いを嗅いだだけで酩酊するような、希少な人間だ。

 

「……その手には乗らぬ……次は岩の剣士……貴様から切り捨てよう」

 

 黒死牟の呼吸音が響き、刀を構えたその時。

 身構えた柱達と黒死牟の間に、見覚えのある黄色い影が飛び込んできた。

 ……成る程、こいつはこちらに飛ばしていたのか。

 

「ああ!?我妻か!?こいつは上弦の壱だ!てめえが敵う相手じゃ―――」

 

「上弦の壱……六つの目……お前、か!」

 

雷の呼吸 壱ノ型

 

 ギン、と善逸の強い視線が黒死牟を貫いた。

 思わず攻撃の手を止め構えた黒死牟へと。

 

霹靂一閃

 

 善逸の神速の抜刀術が襲い掛かった。

 

ギャリィイン!

 

「む……」

 

 黒死牟は反応こそ出来ていたが、ほんの少しだけ、頬に切り傷が走った。

 それもすぐに治ってしまったが……柱三人に囲まれても無傷だった黒死牟の、今日初めての負傷だった。

 言葉を失う風の柱を尻目に、黒死牟は頬を指で撫でながら、感心したように口を開いた。

 

「……面白い……よく……研ぎ澄まされている……。

 先日……始末した雷の呼吸の剣士とは……真逆か……」

 

 口元に微かに笑みを浮かべて呟く黒死牟に、日輪刀を鞘に納めた善逸は、振り返り顔を歪めた。

 猗窩座と対峙していた時のような、戸惑いや躊躇いを感じる事のない、強い意志の籠った表情だった。

 ……こんな顔も出来るのだな……黒死牟が自分より圧倒的に格上の剣士であると理解出来ているだろうに……良い覚悟だ。

 

「やっぱり、お前か。

 俺は、お前が殺した獪岳の弟弟子だ!」

 

「……仇討ち……か……良い覚悟だが……。

 それが……私の頚に届くかどうかは……別の話だ……」

 

「お前は、俺が斬る!」

 

 善逸が深く深く構え、黒死牟も対応するように刀を……おっと。

 傍観の時間も終わりか……。

 黒死牟、後は任せる。

 猗窩座の分も、頼んだぞ。

 

『お任せくだされ。一切合切の有象無象、全て切り捨ててみせましょうぞ』

 

 最後に心強い宣言が伝わってきて……私は意識を自分の体へと戻した。

 ただ何もない殺風景な部屋で佇んでいた私は、感じた気配のままにゆっくりと後ろを振り向いた。

 

「……鬼舞辻、無惨……」

 

 そこには、竈門炭治郎が立っていた。

 最低限の応急処置はしたのだろう、血の匂いは薄く、体を痛めている様子もない。

 額に走る炎のような痣と、耳飾りが……どうしても縁壱を思い出させる。

 

「来たか。竈門炭治郎」

 

 静かに呟けば、炭治郎は日輪刀を抜こうともせず、顔を歪めた。

 ……何を感じているのか。

 何故そこまで悲しそうなのか。

 いや……わかっているさ、この子は人一倍心優しい子だ。

 

 頭に過るのは、最期を迎える鬼達への優しさ……それでも鬼は殺さねばならないと、覚悟の下に振られる悲しみの刃。

 私にまでそのような感傷を抱いてしまうとは……この子の優しさは底抜けか。

 

「ふっ」

 

 思わず笑ってしまう。

 縁壱とはまた違う形で、人とズレた子だ。

 

 ……いや、無抵抗な相手を斬る事にでも抵抗を感じているのかもしれないな。

 炭治郎と相対してから、私はずっと棒立ちであった。

 ならば、鬼の首魁らしく……生き汚い鬼らしく……鬼狩りに対して抵抗をするとしよう。

 

 腰を落とし、右手を前に伸ばして、左手を腰だめに……。

 

「術式展開」

 

 私の足元に広がっていく、雪の結晶を模した陣。

 

破壊殺 羅針

 

「血鬼術」

 

石竜子

 

 その陣を囲うように出現する、樹木の竜。

 

 炭治郎の目が驚きに見開かれ、焦燥のままに日輪刀を構えた。

 ……漸くやる気になったか。

 

「私は、無抵抗で殺される気はないぞ炭治郎。

 さあ、始めよう……鬼殺隊と鬼の……最後の生存競争を」

 

「……わかった……貴方は俺が、斬る!」

 

 奇しくも善逸と似たような啖呵を切り、炭治郎は駆け出した。

 ……此方も、良い覚悟だ。

 ならば私も……覚悟を決めるとしよう。

 

 樹木の竜を掻い潜り、私に肉薄しようとする炭治郎を、私は迎えうつのだった。




鬼滅コソコソ話
鞍馬の血鬼術は『疾風迅雷』
原作における半天狗の喜怒哀楽の能力が集約されている血鬼術。
宙を自在に舞い、それらを巧みに操り戦う。
酒呑の血鬼術は『石竜子』
原作における半天狗の憎珀天の能力を持つ血鬼術。
ただし喜怒哀楽の能力を放つ力はないが、他の血鬼術の力を抑え込む能力がある。

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