それでも私は死にたくない   作:如月SQ

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「おい……おい!しっかりするんだ!」

 

 血の匂いを頼りに辿り着いた部屋を開けると、より強い血の匂いが部屋に充満していた。

 そこはまさに血の海……そこにあの子の両親が酷い形相で血塗れで息絶えていた。

 その手にはお互いに刃物……いずれ破綻するとは思っていたが、このような形になるとは思わなかった。

 しかも……自分達の子供を巻き込む形で。

 

 腹から夥しい出血をしていた子は、腹を押さえて苦しそうに顔を歪めていた。

 

「う……」

 

 ぎゅうと瞑っていた瞳を薄く開き、その虹色の揺れる瞳が私を捉えた。

 

「無惨……殿……」

 

 虚ろな瞳で力なく、口がぱくぱくと動いた。

 

「大丈夫か!?しっかりしろ!」

 

 ドクドクと流れる血を押さえる手を握り、上からその傷口を押さえ付ける。

 それでも流れ続ける血が、私の手を染めた。

 

「突然、母上が……父上を刺して……激昂した父上が母上を刺して……互いに……刺しあって……」

 

 ポツリ、ポツリと譫言のように呟かれていく言葉。

 案の定、色狂いとなった父親に、母親の我慢の糸が切れたのだろう……互いにきっと、とっくの昔に愛などなくなっていたのだ。

 ただただ、この子の親として、甘い汁を吸い続けるのがあまりにも甘美で……。

 子供を利用し続けた、汚い大人の当然の末路と言えるが……。

 

「僕……二人を、止めたくて……」

 

 じわ、と瞳に涙が浮かぶ。

 この子にまで……手を下す必要はないだろう……。

 

「無惨殿みたいに……鳴女殿みたいに……昔、二人に抱き締めて貰った事を思い出してしまって……」

 

 つぅ、と頬を涙が伝った。

 

「でも……止められなかった……ただ、僕も刺されただけ、で……」

 

 きっとそれは……この子が空っぽじゃなかったから起きてしまったのだろう。

 既にこの家族は破綻していたが……私達が与えた愛で、この子は希望を持ってしまった。

 

 私達が、愛を与えてしまったから、この子は……。

 

 いや、それが悪い訳がない、愛を与える事が、愛を持つ事が悪であっていい訳がない。

 ただ、ただ……この子は不運だったのだ……。

 

「そうか……いや、君は立派だ……よくやった。

 ご両親の事は残念だが、君はまだ生きている。二人の分も生きるんだ」

 

 ……そう言いながらも、この子の傷からの出血は止まらない。

 顔面は蒼白になり、焦点が定まらなくなった瞳が揺れていた。

 傷を癒す血鬼術は、今所持していない……妖仙妹の血も先刻使いきってしまった。

 焼いて塞いだ所で、この子の成長しきっていない体ではきっと負荷に耐えられない……。

 

ギリ……

 

 思わず歯を噛み締めた。

 私があの鬼をいたぶる為に、仇討ちの為に妖仙達の血鬼術を使わなければ……今この子を……人のまま助ける事が出来たのに……。

 

「……あぁ……やだ、なぁ……」

 

 虚空を見上げて呟く子の目には、もう私すら映っていなかった。

 ……躊躇っている時間はない……考える時間も。

 

「まだ……死にたく……ない……」

 

 そう呟いて涙を溢す……名すらない、神の子を名乗らせられた哀れな少年に、私は私の血を与える。

 この子を救うには、もうそれしかない。

 鬼にして……この子を生かす。

 譫言を呟いて、力なく目を瞑ったこの子はもう……限界だった。

 

「すまない……」

 

 見殺しにする事は出来なかった。

 こんな可哀想な子を、そのままで死なせたくなかった。

 この子は既に死にかけている。

 鬼に変ずる際に、精神に著しい変調が起きる可能性は充分にあるが……。

 それでも、そうするしか他に手はなかった。

 

 この子には、空っぽではなくなったこの子には……人の世で生を謳歌して貰いたかった。

 それを見守り続けたかった……。

 

「童磨……君の名前だ。君が独り立ちする時にでも提案しようと考えていた。

 子供だった時の純粋な心を忘れず、自身を磨きあげ、自己を見失わずに生きていけるように……と」

 

 願いを込めて、その名を送る。

 一つの節目として……本来なら新たな門出を祝して送るつもりだった名前を……呪われた生に負けないようにと願いを変えて。

 

「新たな同胞の誕生を祝おう……目を覚ますんだ、生きるんだ童磨……私は君の全てを肯定しよう」

 

 私の血をその幼い体に耐えられるギリギリまで、注ぎ込んでいく。

 幸か不幸か、この子の許容量はとても多かった。

 きっと、強い鬼になるのだろう。

 良い事なのかはわからないが……強ければ生きていける……。

 ならばそれは、悪い訳ではないのだと思う。

 

 純朴な一人の人間をまた、鬼の道へと引き摺り込んでしまった罪深さに……胸が痛んだ。

 それを、つい顔が歪んでしまった私を、鬼へと変ずる最中の苦痛に耐えているこの子が見ていたような、そんな不思議な感覚がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……随分と汚れた部屋、ですね。血の匂いが充満していて臭い……換気したほうが良いのでは?」

 

 目を覚ましたあの子は……童磨は……出会った頃のような空虚な瞳で、辺りを見回していた。

 ああ、と思った。

 よりにもよって、そこがなくなってしまうのかと。

 

「ああ成る程、ところで、それは食べても良いのですか?」

 

 空っぽな鬼と化した童磨は、目の前の死体が両親だとわかっても、それを食べても良いかと問うてきた。

 ……そこにあるのは恨みや憎しみではなく、完全な無関心だった。

 せめて、人間だった頃のこの子の最期の思いを無為にしたくなくて……両親の死体は埋葬する事にした。

 童磨はそれに空虚な笑みを浮かべて、わかりましたと頷いていた。

 

 これ以降、童磨は万世極楽教の教祖のまま、活動を続けていった。

 あまり人を食わないように、とは伝えていたが……よく信者を救済と称して食らう……そんな行為を続けているようだった。

 人を食い物にする、忌々しい行為だが……無垢な少年をこの空虚な鬼にした張本人である私には……咎める事は出来なかった。

 

「無惨様もお食べになりますか?」

 

 口元を血で染め、人間を差し出す童磨の空虚な笑みに、私はただ静かに首を横に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼の顔触れは随分と変わった。

 最古の鬼である鳴女に次いで古い鬼は、いつの間にか黒死牟になっていた。

 鞍馬、酒呑、妖仙……他にも沢山いた鬼達は皆、いなくなってしまった。

 大半が鬼殺隊に狩られ、その命を散らしていった。

 それでも、鬼の数はそこまで減っていない。

 鬼を増やせ、という命令がまだ生きているからだ。

 あの時の、当時の鬼は既にいないが、その命令は脈々と受け継がれている。

 

 ……それの一部が、一度私と繋がりが切れた後、暴走を続けている野良の鬼なのだが……まぁ、そこは一先ず良いだろう。

 それぞれの所在全てを把握している訳ではないし、善良と程遠い鬼も数多くいたが……根底にあるのが私の意思である限り、積極的にその命を摘み取る気にはならない。

 先日のように明確に此方を害せばその限りではないが。

 私は、身内を傷付けられて黙っていられる性質ではない。

 ……結局のところ全ての根底にあるのは、私が鳴女を傷つけられた時の怒りだ。

 全ては私の自業自得……そう思うとやるせない気分になる。

 

 ……話がズレたな。

 兎に角、顔触れが変わった今、改めて私の目的を整理していたのだ。

 配下の鬼達の前で、改めてその命を告げる。

 

「青い彼岸花を見つけるのだ」

 

 と。

 

「青い彼岸花ですか……普通は赤い花の筈ですが……?」

 

 玉壺が首を傾げ、カタリと壺を揺らした。

 

「ああ……青い彼岸花だ。実物を見た事はないがな」

 

「成る程……ふむ、残念ですが私の記憶に思い当たる節はありませぬな。

 ですがわかりました、その捜索も始めていきましょう。

 お任せくだされ!ひょっひょっひょっひょっ!」

 

「…………ああ」

 

 うねうねと気色悪く動く玉壺を出来る限り見ないようにしつつ、ちらと半天狗へと視線を向けた。

 

「ひっ……わ、わかりませぬ……見たことも聞いたこともありませぬ……!」

 

 ……まぁ、嘘で塗り固められたような奴だが、わざわざこんな事で嘘をつく意味もないだろう。

 まともな答えは出ないと判断し、童磨へと視線を向けた。

 

「俺も見たことも聞いたこともないですね。

 それでその、青い彼岸花とやらはどんなモノなんです?」

 

 へらりと笑った童磨の問いに、そう言えば言葉にはしていなかったかと思い至る。

 

「青い彼岸花は……私が鬼と化した薬に使われていた……らしい。

 その薬の成分で唯一詳細がわかっていないのが、青い彼岸花だ。

 私が鬼となって数百年……どういう原理で私が鬼となっているのか研究し続けているが……未だに解明出来ていない。

 故にこの青い彼岸花さえあれば……私と同じ存在をつくる事も……また鬼を人に戻す事も……いずれは……」

 

 ……そう、それが私の生きる理由の一つだ。

 鬼を……鳴女を人に戻す。

 そうして、そうする事で漸く私は……。

 

「いずれ必ずお前を、人に戻してやるからな」

 

 そう言って、鳴女へと微笑みかけた。

 そして……きょとんとした顔で私を見返す鳴女の言葉に、愕然とした。

 

「……え……?私は人になんてなりたくありませんよ?」

 

 ガン、と頭を強く殴られたかのような衝撃が走った。

 困惑、何故、どうしてという思いが私を支配した。

 

「私は無惨様と共に居られれば、それで満足です。

 人の世に戻りたいと思った事はありませんよ」

 

 鳴女の続けて放たれる言葉が、何処か遠くに聞こえる。

 だが、私の冷静な部分がそれはそうかと納得もしてしまった。

 あれだけ酷い目にあったのだ、人を見限って当然だ。

 それを私は、私の勝手な思いで鳴女の思いを聞かずに暴走して……。

 

「ああ、そうか……」

 

 ふらり、体がふらつく。

 覚束無い足取りで、私は歩み始める。

 皆の視線が、此方を案ずる視線が、痛かった。

 

「すまない、話は終わり……解散だ。…………暫く一人にさせてくれ」

 

 そう呟いて視線を切り……その場を後にした。

 ……自分のバカさ加減に……辟易する……。

 

どさり

 

 他に誰も入れた事のない、個人の研究室……。

 そこで力なく、その場に崩れ落ちた。

 

 そうだ……私は一番大事な鳴女の意見を聞いていなかった。

 鳴女自身がどうしたいのか……何も。

 今までしてきたことが無駄だった……とまでは言わない。

 自分の起源を把握することは大事だからだ。

 だが……青い彼岸花を探す余波で発生したであろう……無数の悲劇。

 それに目を瞑ることは出来ない。

 

 それでも、鳴女の為だと自分を納得する事が出来た。

 他にも人間に戻りたいと思うような鬼の為だと思えば、まだ言い訳になった。

 だが……その一番の理由を本人に否定された今……。

 私は……。

 

 床に座り込んだまま壁に背を預け……眼前のものを見上げた。

 どうすれば……良かったのだろうな。

 なぁ、黒曜……。

 私は、間違ってばかりだ……。

 

コポ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「猗窩座殿は人だった時の事、覚えているかい?」

 

 信者の血を二人で酌み交わす、飲みの席。

 何度か設けていた何度目かの席で、俺は問い掛けてみた。

 玉壺殿の作った、良い出来らしい歪んだ器に注いだ血を飲み込んだ猗窩座殿は、暫し悩んだ後に口を開いた。

 

「いや……覚えていない。目覚めた時に感じたのは力への渇望と、無惨様を守るという思いだけだ」

 

 ……成る程ね、まぁ大体予想は出来るなぁ。

 無惨様のことだからね……まあ、その辺りを猗窩座殿に言っても混乱させるだけか。

 

「そうなんだね。俺は覚えているよ?猗窩座殿におっかなびっくり抱っこされた事もね」

 

 ニヤリと笑みを浮かべてやれば、猗窩座殿は目を見開いて、その手を握り締めた。

 

パリンッ

 

 猗窩座殿の持つ器が音を立てて割れた。

 血は……飲み干してたみたいだけど、玉壺殿の自信作がバラバラになっちゃったな……後でまた拝借しよう。

 

「お前……忘れていなかったのか!?

 いや……童磨貴様、俺達を騙していたのか?」

 

 おお、流石に気付くよね。

 猗窩座殿は直情的だけど馬鹿じゃない。

 

「まぁね、猗窩座殿を始め……鳴女殿、黒死牟殿……妖仙達……皆と遊んだ日々は、本当に楽しかったよ」

 

「……ならば何故そのような空っぽな鬼を演じるのだ?

 あの頃のように子供らしく素直に甘えれば良かっただろうに」

 

 首を傾げる猗窩座殿に、俺は苦笑を浮かべた。

 なんとも猗窩座殿らしい意見だけれど……そうはいかないんだよね。

 

「俺を鬼にする時、無惨様は凄く苦しそうだったんだ。

 伝わってくる、後悔、罪悪感、苦痛……。

 この(ひと)は鬼の全てを背負っているんだとわかったよ」

 

ぐび

 

 自分の器の血を口に含み、口内を湿らせてからごくりと飲み込んだ。

 

「俺は死にかけてた時、無惨様に助けを求めてしまった……。

 きっとあの人は、俺が人として幸せになる事を望んでいたんだ。

 でもどうにもならなくて、鬼にするしかなくて、助けを求められてしまって……がんじがらめになった無惨様の苦悩は想像も出来ないだろう?」

 

 口を引き結んだ猗窩座殿がこくりと頷いたのを見て、言葉を続ける。

 

「だから俺は演じる事にしたんだ、昔の俺のまま、空っぽなままで鬼になった()を。

 無惨様の嫌う、軽薄な人を平気で食い物にする、悪鬼童磨をね」

 

「……何故わざわざそんな事を?」

 

「……無惨様のお心を守る為さ。

 あの方は優しすぎる。俺が善良な姿を見せれば見せる程、『鬼にしなければ人の世で幸せになれただろうに』と傷付くよ?あのお方は」

 

 まぁ、今は今で自分が鬼にしたからこんな存在になって……と悲しんでいるだろうけど。

 でも忌々しさも増してる筈だから、幾分かマシな筈さ。

 

「……だが、何故無惨様はお気付きにならないんだ?

 無惨様と繋がっている鬼は、無惨様に思っている事が伝わるだろう」

 

「ああ、それは簡単だよ。無惨様が読む心は表層だけなんだ。

 その気になれば深く深く読む事も可能だけれど、深く踏み込みたがらないからね、あの方は……。

 だから読ませて良い思いだけ表面に浮かべて、後は全て俺の奥深くに閉じ込めているのさ」

 

「……それは、無惨様にも嘘をついているという事か……?

 それは……不敬ではないのか?」

 

 猗窩座殿もクソ真面目だね……。

 まぁ、それが良いところだし、親友として付き合い甲斐があるってものだけど。

 

「まぁまぁ、安心してよ。これでも無惨様への忠誠心は高いつもりだ。

 これは無惨様の為なんだ、これ以上無惨様の心労を増やす訳にはいかないのさ」

 

 ただでさえ黒死牟殿を見て曇り、鳴女殿を見て曇り、猗窩座殿を見て曇るからなぁ、無惨様。

 猗窩座殿は気付いてないのかな?ないんだろうなぁ。

 本当に……優しすぎるお方だよ、無惨様は。

 俺達鬼の神に相応しくて、まったく相応しくない。

 まったくもって、支えがいがあるぜ。

 

「……まぁ、それならいいが、何故俺にその話をしたんだ?」

 

「親友ってのはなんでも話せる間柄なんだろう?

 だからまぁ、一番内緒にしておきたい事を話してみたんだぜ。

 猗窩座殿、この事はちゃんと内緒にしておいてくれよな」

 

 パチン、と片目を閉じて微笑んでやれば、猗窩座殿は呆れたように表情を崩した。

 

「わかったわかった、ここだけの話にしよう。

 ……それで?空っぽというのが嘘だというなら、感情がよくわからないと言うのは……」

 

「あー、それは本当だぜ、妖仙さん達ともう会えないとわかっても悲しいって思えなかったから。

 ま、両親が目の前で死んでも、その死自体には何にも思えなかったから、そりゃ当然なんだろうけど」

 

「……お前も難儀だな。まぁ、俺で良ければ付き合うさ。

 親友なんだろう?なんでも話してみると良い。無惨様には内緒だ」

 

 ニヤリと悪戯っぽく笑った猗窩座殿に、あまりにもその仕草が似合わなくて、俺は破顔してしまった。

 

「ははっ、ありがとう、親友」

 

 ……その時は、もし猗窩座殿が死んだら『悲しい』が理解出来るんだろうなぁと朧気に思ったっけ。

 

 でも結局、俺は人でなしの鬼でしかなかったんだろうなぁ。

 演ずるまでもなく、俺は悪鬼童磨だった。

 

 ……人は愚かで、手に入りもしないものを欲しがる。

 でも鬼は……本当に欲しいものだけは手に入らない。

 まったくもって、呆れ返る程に、上手く出来てる。

 それを俺は、赤子を抱いて顔を腫らした女を拾った後に、強く強く痛感する事になった。




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