感想、評価、ここすき、楽しく拝見させて頂いております。
しかし皆様、童磨大好きですね。
という訳で、童磨編ラストとなります。
時は進み……海の向こうから黒い船が現れ、いつものように争いがあり、幕府が政府に移り変わっていく。
青い彼岸花は未だに見付けられていないが、もしかすると外の国から持ち込まれたものなのかもしれないと頭に過った。
そうなると向かうは西か、東か……はたまた北か南か……。
だが予てより外の国へと向かうは命懸け。
流石の鳴女も見たことも行ったこともない場所へと繋げることは出来ぬし、ならばと直接行くにしても手段と方法という問題が立ちはだかる。
……千年人の営みを見てきたが、この調子であればいずれはもう少し気楽に外の国へと行くことも出来るようになろう。
私達鬼は実質の不死。
とはいえ広大な海原で放り出されればどうなるかわかったものではない。
黒死牟も一度不可思議な海流に飲まれ沖へ沖へと流された時は、流石に死を覚悟したと語っていたし……無駄な危険を冒す必要もないだろう。
それまではまだこの国で捜索して……。
見付けてどうするのだろうな?
……まぁ、鬼から人に戻りたがる者もいるかもしれない。
ならばその為に研究を進めていくのも吝かではなかろう。
それに……もしもを考えれば必要、か。
風に煽られながら、黒い煙を噴き出す船を静かに眺めていた。
時代が進み、道行く者達が着る服、店で出される食事、通りを囲う建物……それらが劇的に変化していく。
時代によって景色は変わっていくものではあるが……今回の変化の幅は大きいように感じる。
特に廃刀令……長らく続いた侍、武士、それらが消えようとしている。
刀を振り回す時代が、終わりを迎えようとしているのだろう。
……鬼殺隊も動き辛いことだろう。
「しかし、洋服、か」
今まで着ていた着物とはまた違う文化を感じる服。
成程どうして、なかなか悪くない。
自画自賛になるかもしれないが、着物よりも似合っているような気がする。
ふむ……だが洋服が似合うような者達はあまりいないな?
道行く洋服を着ている者達も、正直服に着られているような感覚が否めない。
まぁそれも、いずれは馴染んでいくことだろう。
「へ、へろー……?」
「……?どうしました?」
「え、あ、外の国の人じゃ、ない!?失礼しました、お洋服が大変似合っておいででしたので!」
「そうでしたか。大丈夫ですよ。お仕事ご苦労様です」
まぁ、このような事もある。
真新しい制服に身を包んだ警察へと会釈を返しながら、私はその場を後にした。
……きっとこれからこの世の変化は加速していくのだろう。
そんな予感があって、これからが楽しみであり……早すぎる変化が少しだけ寂しくも感じた。
幕末の動乱で私の配下の鬼達もかなり被害を受けた。
十二鬼月の陸以下が皆やられてしまうという、相当な被害を受けたのだ。
動乱に紛れ、配下ではない鬼達が暴れたが故に捜索の手が多く伸びてしまったが故の出来事だった。
既に100年と生きている鬼もほとんどおらず、配下の鬼達が時折増やしても鬼殺隊に討伐される事も多かった。
時折実力者も出て来て十二鬼月に名を連ねるも、猗窩座に挑んで撃沈するか、堕姫にすら負けてしまうような鬼ばかり。
しかも陸の本質は妓夫太郎だ。
妓夫太郎と堕姫には隔絶した実力差がある。
十二鬼月の陸までとそれ以下であまりにも差が出来てしまっているようだった。
「今まで通りの……通し番号ではなく……陸までと……それ以下を区別したく……」
「成程」
故に、黒死牟の訴える事にも納得が出来た。
今の漆といえば姑獲鳥だが……上昇志向はあまりない鬼だ。
となると……そこで区切るのも別に構わないとも思えるが……。
「だが、区切る必要があるか?」
「陸の妓夫太郎と……漆の姑獲鳥の実力差を思えば……妥当かと……。
何より……弐の猗窩座が……陸にも勝てぬ者達に……弱く見られるというのも……不愉快な話故……」
……ふむ、まぁ良いだろう。
「して、どう区切るというのだ?」
「……上と下……でよろしいかと……」
「ふむ、いや待て待て。もう少し聞こえを良くしよう……そうだな。
うえ………あげ……じょう……そうだ、じょうげん、月に因んで上弦と下弦としよう。
黒死牟、お前はこれから上弦の壱だ。……ふむ、良いじゃないか。
この洋服と言い、私はせんす、とやらが良いのだろうな」
「……せんす……?扇の事……でしょうか……?」
「いや、外の国の言葉らしい。目利きが良い、という意味だとか」
「成る程……そうでしたら……正にその通りかと……」
自画自賛になるが、なかなか良い案が出たな。
皆も気に入る事だろう。
うんうん、と頷きながらその場を後にしようとした時だった。
「それでは……上弦、とも瞳に刻んで頂きたく……」
その言葉に私の額に冷や汗が滲んだ。
「じょ、上弦、と……?二文字か……?正気か……?」
「……?はい……今私は右目に壱と……刻まれております故に……逆の此方の瞳に上弦、と……」
何も刻まれていない、左の真ん中の目を指し示しながら言う黒死牟の言葉には、冗談の色は毛程も含まれていなかった。
私が毎度毎度、序列が変わる度に神経を磨り減らしているのをこいつはわかっているのか?
わかっていないのだろうな。
きょとんとした顔をしおってからに。
「はぁ……わかった。早速刻むとしよう……大人しくしていろよ?」
思わずため息が出るが、仕方ない、さっさと終わらせよう。
「はっ……ありがたき……幸せ……」
その場に跪き、私を見上げる黒死牟の左目へと、指を近付けていく。
頬に手を添え、動かないように固定しながら。
それを微動だにせず受け入れる黒死牟は何が嬉しいのか、どうもご機嫌だった。
……まったく。
こればかりは本当に意味がわからん。
何故瞳に刻むというのに、皆なんだかんだと嬉しそうなのだ?
刻み終え、手鏡でそれを確認している黒死牟を見ながら、再度ため息をついた。
上弦の壱、黒死牟。
上弦の弐、猗窩座。
「改めて無惨様に忠誠を……」
上弦の参、童磨。
「ははっ、嬉しいなぁ。
必ず無惨様のお役にたってみせますよ」
上弦の肆、半天狗。
「ひ、ヒィィ……」
「無惨様、本体はとても感謝しております」
「かかかっ!我々にもわざわざ刻んで下さるとは!
無惨様の為、これからも励ませていただこうかのう!」
上弦の伍、玉壺。
「ぬふぁ……無惨様に瞳に刻まれるこの瞬間が――」
上弦の陸、堕姫と妓夫太郎。
「はーっ……顔あっつい……あ、無惨様、私頑張ります!
無惨様の為に、鬼殺隊いっぱい殺しまーす!」
「おまえなぁ……こないだ柱に頚切られたばかりだろぅが……」
十二鬼月、上弦の鬼達。
鬼の中でも最上位の、最強の鬼達。
……私個人の感情は抜きにして。
皆、自慢の配下達だ。
ベンッ
鳴女、勿論お前の事も忘れていないさ。
「ああ……私はお前達の全てを肯定する。
目的は、変わらない。青い彼岸花の捜索だ。
だから……これからもよろしく頼むぞ」
並んで平伏していた彼へと、微笑みかけた。
『はっ!』
珍しくピタリと重なった返事に驚きつつも、私は充足感に包まれていた。
目を細めて、そんな
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ギィイインッ!
ギザギザした刃が振るわれる。
俺はそれを扇子で逸らしながら、苦笑を浮かべた。
この子が伊之助とわかってしまったからには……どうにもやる気が出ない。
水の呼吸の男と花の呼吸の女への攻撃も、どうにもおざなりになってしまって、男に容易く散らされてしまい、花の呼吸の女にむざむざと反撃を許してしまっている。
……まぁ、それが俺に当たるかというと、そうではないんだけど。
二人の同時の攻撃、即席だろうになかなか息のあった連撃を凌ぎ、弾き飛ばして、一歩二歩と後退した。
伊之助も花の呼吸の女も簡単に体勢を立て直して、刀を構えた。
うーん……だよねぇ、粉凍りも吸い込まないし、範囲技もあまり使いたくないし……。
今結晶ノ御子は
「うーん……困ったなぁ」
「てめぇ!さっきっからなんでまともに戦おうとしねぇ!」
ダンッ、と床を踏み鳴らして、伊之助が吼えた。
うーん、元気元気。
あれだけ儚かった琴葉の、あれだけ柔らかくて弱っちかった赤子がこんなに立派になっちゃって。
猪の被り物してるのだけは疑問だけど、健康体のようで一安心だよ。
「あははは、なんでだろうねぇ」
「かーっ!」
ダンダンダンと地団駄を踏む伊之助を眺めて……さて、どうしようか。
ちら、と水の呼吸の男を見れば此方を見据えて警戒し続けているし、花の呼吸の女は伊之助を諌めていて……。
捕まえて凍らせている毒使いの女へもそうだけど、伊之助は奔放な言動でいて、彼らへの確かな信頼と絆を感じさせてくれる。
うーん……伊之助がそうやって絆を築いていてくれていて良かった、良かったんだけど……その相手が鬼殺隊なのが本当に複雑だ。
肆ノ牙・切細裂き
伍ノ型・徒の芍薬
再度始まった二人の連撃を捌きながら、さてどうするかと思考を回していた時、それは起きた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
「な、なんだぁ!?」
「地震!?」
二人は足を止めて辺りを見回していたけど、俺からすれば気が気ではなかった。
……無限城が、鳴女殿の支配下から外れた……。
鳴女殿がいなくなってしまった、同胞が減ってしまったことは残念でならないのだけど……結晶の御子が揺れた弾みで一体壊れてしまった。
そして……次の瞬間には他の九体も砕かれたのを感じる。
これは、
「ああ……ちょっとヤバイな」
凍て曇
地中から此方へと突き進む反応を感じて、咄嗟に足元の水の全てを凍り付かせた。
パキパキパキパキ!
音をたてて周囲が氷に包まれていく。
「……?何をしているのですか」
一番近くにいた毒使いの女が体を震わせながらも、狼狽の声をあげた。
刀を構える伊之助達も困惑して足元を見ている。
その瞬間。
ビシィッ!
「うぉ!?」
床に広がった氷に、クモの巣状に罅が広がった。
ビシッ!
ビシィッ!
何かがぶつかるような衝撃と音、罅割れていく氷に、伊之助達の困惑は強まっていく。
「なに、これ……!?何か、下に!?」
「な、なんだかやべーぞ!この下にとんでもないのがいやがる!」
伊之助達も何かを感じているようだ……まぁ当然か。
これだけ強い存在感があれば、誰でも気付くだろう。
キッツいなぁ、これ……伊之助達に気を配りながら
「仕方ないなぁ」
パキンッ
「なっ……」
毒使いの女を氷から解放することにした。
そのまま床に倒れた女から後退り、その場から離れていく。
「な、師範!」
「胡蝶!」
その女に駆け付ける二人を眺めつつ、今にも砕けそうな氷を補強し続けていく。
困惑の感情が強まっていくのを感じるなぁ。
でもこっちももう、あんまり余裕ないんだよなぁ。
「もう君達の相手をしてられるような状況じゃなくなっちゃったからさ、さっさと逃げてくれないかな?
わかるだろう?今この下に来てる存在は、君達じゃどうにも出来ないよ」
そう言っても毒使いの女は俺を睨み付けてくる。
まぁ、敵討ちの為に生きてきたんだろうし、仇に見逃されるなんて屈辱だろうからね。
仕方ないだろうけど、現実を見て欲しいなぁ。
「何の……つもりですか……情けでも、かけたつもりで……」
女のほうに支えられながらなんとか立ち上がるも、その身体は暫く氷に包まれていたことで寒さに震え続けている。
暫くはろくに戦えないだろうね。
「別に君自体はどうでも良いんだけどさ……伊之助がよくお世話になったみたいだし……そのお礼ってことにしといてよ」
「……はぁ……?」
心底理解出来ない様子で顔を歪めるけれど、ね。
「あの忌々しい女の妹である君に、懇切丁寧に教える訳ないだろ?
いいから、死にたくなければさっさと逃げることだね」
しっしと扇子を振ってやれば、その額に青筋が浮かんだ。
「このっ……!何処まで私達をバカにすれば……!
死なんて怖くない、姉さんの、仇さえ討てれば……!」
「師範!気持ちはわかります……痛い程……!でも、今はっ……!」
「カナヲ……でも、姉さんの仇が目の前にっ……!」
悔しそうに此方を睨み付けている毒使いの女だったけれど……まぁ彼女も頭ではわかっているだろう。
まともに立てもしない自分じゃ、仇討ちなんて不可能だと。
だから、さっさと諦めて行って欲しいんだけどなぁ。
そう思いながら氷を補強し続けていたのだけど、丁度その女の足元の氷、そこに集中的に罅が入った。
バキッ!
咄嗟に氷を重ねるもそれすら貫き、そこから飛び出した何かがその女を襲う。
まったく反応出来なかった女の目が見開かれた。
「危ない!胡蝶!」
そんな女を救ったのは、水の呼吸の男だった。
ドンッ
ブチィッ!
「と、冨岡さんっ!」
女を突き飛ばし救ったその代償として、その左腕が宙を舞った。
そして、床から飛び出した何かはその腕を捕えると、そのまま床下へと引っ込んでいった。
……これで少しは落ち着くだろうか。
即座にその穴を塞ぎながら、床下の気配に気を向ければ、多少は落ち着いてるように感じる。
「ぐっ……!」
「冨岡さん、なんで私なんかを庇ったんですか!貴方は柱、死に損ないの私を助けて腕を喪うなんて……!」
「……違う。体が動いてしまった、だけだ……」
「冨岡、さん……」
女は男の腕を、震える手で止血し始めていた。
結果的に彼の腕のお陰で時間が出来た、かな。
口には出さないけど、感謝しておいてあげよう。
……さて、まぁこれで二人目の柱も負傷したんだ、引いてくれることを願おう。
もうあまり時間はないけれど……。
「お前……」
最後にちょっとだけ話すくらいは、良いだろう。
猪の被り物を外し、素顔を晒した伊之助が此方を怪訝な表情で見つめていた。
……うん、琴葉によく似ている。
「やぁ、伊之助……ちょっとだけ話そうか」
ズンッ!
パラパラパラ……
床下から突き上げてくる強い存在感……うーん、本当に時間がないな。
さてじゃあ手短に……。
「君の母親は、嘴平琴葉。かつて君と琴葉は俺の庇護下にいたんだ。
ちょっと色々と不幸があってね……琴葉は死に際に君を手放す選択をとった」
ああ、本当に良かった。
あの世なんてないと思っているけど、あるとすればあっちで琴葉は嬉しそうに万歳していることだろうさ。
「君が今鬼殺隊にいるのは複雑だけど、良好な関係を築いているようで安心したよ。
琴葉はずっと……君が健やかに生きていくことを願っていたからね」
俺もこれで、漸く覚悟が出来る。
「お前……お前は俺達のなんだったんだ……?」
納得と、困惑……顔を歪ませた伊之助はそんな複雑な感情を浮かべて、俺を見返していた。
そんな伊之助へと、俺は扇子を閉じてからその前に立った。
あんな、腕の中に収まるような小さな赤子が、こんなに大きくなるんだなあと、しみじみ感じる。
まだ俺のほうが大きいけれど……もう少し成長したら並んだり追い越されたりするんだろうか?
「さてね……」
俺は、そっと、優しく、伊之助に覆い被さるようにその体を抱き締めた。
どこもかしこもゴツゴツとした筋肉質な体で、あの頃の柔らかさなんて欠片も感じられない。
「そうだな、きっと、君達二人を太らせて食ってしまおうと画策していた、ただの悪い鬼だよ」
でも……あの頃と同じく、あったかかった。
胸の奥からも湧いてくる温もりに、ぽわぽわとした気分になる。
ドォンッ!
バキイッ!
衝撃と共に、氷に大きく亀裂が走った。
そろそろこのままじゃ、限界が近い。
……もう、時間がないな。
「さぁ、行くんだ伊之助。兎に角外へ向かうと良い。
……俺の想像通りなら、きっとどうにかなるさ」
今の無限城の支配権は無惨様に移っている筈。
それならきっとここは俺に任せてくださるだろう。
そしてお優しい無惨様の事だ……下にいる
だからきっと、大丈夫さ。
体を離して、その顔を見下ろした。
琴葉そっくりな顔を、何故か歪めて……そういえば抱き締めている間も大人しかったな。
何か……感じるものでも……。
「俺……あんまりよく、わかってねえけど……お前が!母ちゃんと俺を大事にしてくれたのは、わかった!
今もしのぶを、皆を殺さないでいてくれたのは、俺の為なんだろう!?
他の奴等を殺したのは……腹立ったけど!でも!お前は!」
……何を言うかと思えば。
「……違うよ、ただの気紛れさ。
残酷な悪鬼である俺は、ただ気紛れに人を弄んでいるだけ。
ほら、へらへらと笑って――」
「じゃあなんで泣いてんだよ!」
……?泣いてる……?
頬に手をあてれば、ピチャ、と指に滴がついた。
……あれ、おかしいな。
涙を流そうとなんて、してなかったのに。
「思い出したんだよ!お前が母ちゃんと一緒に、俺を、笑って抱いてくれたことを!お前、本当は――」
ガシャァアアアアン!!!
……!床の氷が砕けた!不味い!
もうもうと煙の舞い上がる中心部へと、俺は即座に最大の血鬼術を放った。
血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩
ドズゥウウウン
氷の大仏……俺の最大の技。
轟音を響かせて鎮座した大仏から放たれる猛烈な冷気と圧倒的な質量で、どうにか
これでもきっと、時間稼ぎにしかならないけど……まぁ、伊之助達が逃げる時間くらいは稼げるだろう。
「ほら、もう行くんだ、伊之助。仲間を連れて。
あっちの二人も深く傷ついているんだ、君が手助けする必要があるだろう?」
まあ、片方は俺がやったんだけどさ。
そう指さして言ってやれば、伊之助は一瞬泣きそうな顔をした。
けれど、すぐに顔を引き締めて猪の被り物をして踵を返す。
そうして駆け出した伊之助に、俺も背中を向けた。
そこで、少しだけ背後が少し騒がしくなった。
毒使いの女が抗ってるのか、伊之助が騒いでいるのか……あまり気にする余裕はない。
今にも砕けそうな睡蓮菩薩を維持しつつ、扇子を構える。
離れていく気配を感じながら、覚悟を決め直している俺の背中に。
「ありがとう!」
伊之助の感謝の声と。
「……父ちゃん!」
俺を父と呼ぶ声が、ぶつけられた。
俺は……振り返る事も、反応する事もなく、背中を向け続けた。
やがて睡蓮菩薩全体に罅が走った頃、気配が完全に遠ざかったのを感じて、静かに呟いた。
「……琴葉の分も、幸せになるんだ、伊之助……。
俺は、お前の幸せを、心から願っているよ……」
俺の頬を涙が伝っていく。
止めようとしても、まったく止まらない。
胸が痛くて、とても苦しい。
わかっているんだ、俺はもう、目の前の脅威から逃れることが出来ないと。
全身を貫く鋭い圧に、身震いしてしまう。
時間を稼ぐことが精々で、遅かれ早かれ、俺は
……伊之助が、立派に成長した姿を見て、もっと見守りたいと思ってしまった。
けれどもう、その願いは叶わない。
俺は……ここで命を捨てて、時間を稼ぐと決めているのだから。
伊之助に貰った最後の言葉の温もり……。
同時に感じる胸の痛みと苦しさ……。
ポロポロと大粒の涙を流し続けながら、俺は感じていた。
琴葉を失った時と似たような感情を。
そして理解出来た。
これが……悲しいって感情なんだと。
辛い、苦しい……悲しい。
「こんな感情なら……知りたくなかった、かなぁ……」
ガシャァアアアアン!
睡蓮菩薩が砕け、氷が散らばる向こう、陽炎のように揺らめく
それでも俺は立ち向かう。
このまま素通りさせればきっと、伊之助達へとその手を伸ばすだろう。
そんな事は認められない。
血鬼術 結晶ノ御子
「こんな感情を抱きながら、鬼殺隊は、人間は戦ってきたのか……」
分身の氷人形を無数に造り出し続ける。
限界まで、限界以上に。
「人間って……強いんだなぁ……」
しみじみと呟く。
この胸を貫く鋭い痛みを、喪失感を……抱えて戦い抜くその強さに、鬼殺隊に対して初めて尊敬出来た。
無惨様のよく言う人の輝きを……強く感じる。
毒使いの子には、悪いことしたかな、なんて思ったりするくらいには。
……少しだけね。
「さて……寝起きかもしれないけど、暫く付き合って貰うよ」
無数の氷人形を砕きながら接近してくる
恩人の無惨様への恩返しの為、今は亡き使命に殉じた友の為……そして。
俺を、こんな俺を父と呼んでくれた子の為に。
こんな命一つ張ることに、微塵の躊躇も後悔もない。
「ゆびきりげんまん」
悪鬼童磨らしく、笑って、逝こう。
「お守りしましょう、約束しましょう」
無惨様に、猗窩座殿に、琴葉に、伊之助に……。
「あなたが大きく……なっても……俺が守るよ」
大事な人達くらいには、誇れるように。
……ただ、ちょっとだけ寂しいや。
誤字報告ありがとうございます。
修正しました。