それでも私は死にたくない   作:如月SQ

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「そろそろ限界のようだな」

 

 あいつが、上弦の壱が体のあちこちから刃を出し始めてからそう間を置くことなく、俺達は限界を迎えた。

 俺はもう、漆ノ型の一撃に全部を賭けてたからろくに体を動かせなくて、時透さんも腹からいっぱい血を流してて、玄弥はまともに見切れていない様子で。

 悲鳴嶼さんと不死川さんが体を張って守ってくれてたけど、それもあっという間に限界がきた。

 そりゃそうだ、あんな飽和攻撃するような奴に長々と戦っていられない、と俺主導で短期決戦に臨んで力を出し切ってたんだから。

 

 悲鳴嶼さんも不死川さんも変な痣を出しながら奮闘してたけど、本気……いや、形振り構わなくなった上弦の壱の攻撃は苛烈過ぎた。

 剣士としては負けた、それは本気でそう思ってたんだと思う。

 あの時、俺が頚を切り落とした時、負けを認めたあの声色に、偽りはなかった。

 けどその直後、平然と頚を繋げたあいつは、覚悟を決めたようだった。

 強い、折れない意志を掲げた人特有の力強い音がしてた。

 

 ……鬼の癖に、どいつもこいつも……。

 ただ敵としてだけ見られたなら、どれだけ良かったか。

 感情の全てがわかる訳じゃないけど、上弦の壱からは満ち足りた者の音がした。

 きっとあいつは今の自分に満足してたんだ。

 だからなのか、それでもなのか、そんな自分が負けても……本当に守りたい存在の為に全てをなげうつことが出来たんだろう。

 

 こっちとしては良い迷惑だ……もう、俺達に上弦の壱を打倒する力は残ってない。

 さっきとは桁違いの刃の嵐、仮に俺が万全になったとして、今度も掻い潜る自信はない。

 倒れたままの俺の体はまだ膝が笑ってる。

 その気になれば壱ノ型を一連くらいは出来るかもしれない。

 それが、あの化け物相手に何の役に立つんだろうか。

 獪岳の仇はうちたかったけど、こりゃあ……流石に無理じゃないか?

 

「はぁっ……はぁっ……まだだァ……!」

 

 不死川さんはズタボロの体を更にズタズタにされながらも、目を見開いて睨み付け続けて、俺達を守りながらもどうにか突破口を探っているけれど……芳しくはない。

 不死川さんはなんでも特別な稀血で、匂いを嗅いだだけで鬼は酔っぱらってしまうらしいんだけど、その様子は無数の刃に遮られて、隙すら見えない。

 

「くそっ……!」

 

「時透さん!アンタはもう無理だ!血を流し過ぎてる!」

 

 震える体で日輪刀を持って参戦しようと時透君は足を踏み出すけれど、玄弥に止められていた。

 その顔色は真っ白で、明らかに血が足りてない様子だった。

 

「ぐぅっ!」

 

「がぁっ!」

 

 やがてギリギリその猛攻を捌いていた悲鳴嶼さんと不死川さんもこっちに弾き飛ばされて、倒れこんだ。

 目と鼻の先には上弦の壱が……体の各所から刃が、更には角も生え、腕も六本に増やした、完全な異形と化した一匹の鬼が……修羅が此方を見据えていた。

 

 なんだそりゃ……こんな鬼に……勝てる訳ないじゃんか。

 一本の刀を持った、剣士として戦ってたこの鬼に、柱三人含めた五人がかりで、漸く頚を落とせたんだぞ……?

 こんな化け物……どうやって……。

 

……醜い姿だ。

 お前達はよく戦った……せめて一思いに切り捨ててやろう」

 

 がくりと首を落としながら、一歩一歩近付いてくる上弦の壱を見据えていた。

 六本の腕全てに刀を持ち、一斉に振りかぶる姿が、妙にゆっくりに見える。

 

 ああ……じいちゃん……俺、獪岳の仇うてなかったよ……。

 炭治郎、伊之助、カナヲちゃん……禰豆子ちゃん。

 ごめん、みんな……。

 

ピクッ

 

「……無惨、様……?」

 

 諦めて俯いたその時、そんな小さな呟きが聞こえて、上弦の壱の動きが止まった。

 

 そして。

 

ゴゴゴゴゴゴ!

 

 突如轟音を響かせて、俺達五人がいる床だけが迫り上がり始めた。

 

「なっ……んだァ!?」

 

 一瞬で上弦の壱の姿は見えなくなり、一気に上昇していく負荷で床に体が押し付けられた。

 

「ひっヒィイイイ!何何何ィ!?何が起こってんのぉ!?」

 

「うっせェぞ我妻!黙ってろ!」

 

「ひゃいっ!」

 

 やっぱ不死川さん顔怖っ!

 いや、上弦の壱の姿が見えなくなって、身がすくむ圧と覚悟の決まった音が聞こえなくなったから、といつもの調子出した俺が悪かったけどぉ!

 

「南無……どうやら外へと運ばれているようだ……外の気配がする……」

 

「……ええ、もうすぐここ無限城は……崩壊するみたいで。最後に中に残っていた人達を皆、外へと運んでるみたいです」

 

「……?玄弥、何故そんな事を知っている?」

 

 ……そう言われてみれば。

 それに今のは確信を持った言い方だった。

 ふと玄弥のほうを見れば、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

「まぁ……後で、皆で生き残れた時にでも、お話ししますよ」

 

 そう言って辛そうに顔を歪めてはぐらかす玄弥を、誰も追及することは出来なかった。

 ……とりあえず、玄弥の言う通りなら外に出られるらしい。

 生き埋めってのも頭にはあったから、そこは一安心……かな?

 皆はどうしてるだろうか、煉獄さんは無事かなぁ?

 

ズゥウウウウン……

 

 そんな事を考えているうちに、景色はいつの間にか外に移り変わっていた。

 床はいつの間にかただの地面に、上を見上げれば夜空。

 完全に外だ……。

 

 悲鳴嶼さんと不死川さんは上昇している間に、最低限の手当ては終わらせていたみたいで、しっかりと二本の足で立って辺りを見回していた。

 俺も漸く、体がいうことを聞くようになってきた。

 けど、それよりも、既に俺の耳は剣戟の音を拾っていた。

 鉄同士がぶつかる、明らかに刀による戦闘音……まさかもう上弦の壱が追ってきたのかと背中にヒヤリとしたものを感じる。

 

 ……いや、あの滅茶苦茶な音じゃない。

 水の呼吸の……水の呼吸同士の音……?

 

 聞こえてきた剣戟の音は、そう捉えてしまえるような、そんな音だった。

 

「あちらで戦闘音が聞こえる……戦える者は行くぞ。

 玄弥、お前は無一郎を頼む」

 

「俺も……!……いや、わかりました。時透さんを預けたら、直ぐに戻ります!」

 

 悲鳴嶼さんの言葉に一瞬言い淀むも、既に意識のない時透君を見て、考えを改めたようだった。

 頷いて、慎重に時透君を抱えた玄弥は、この場を後にしていた。

 

「……けっ。戻ってくんじゃねェ。安全な場所で大人しくしとけ、戦闘の邪魔だ」

 

 不死川さんの不器用な優しさに思わず笑いそうになっちゃったけど、見つかったら絶対に睨まれて怒られるから、無表情を維持することに努めていた。

 

「よし……行くぞ」

 

 悲鳴嶼さんの号令と共に、俺達三人は未だに止まない剣戟の音のする場所へと、早足で向かっていった。

 

 そして……その先の光景に、俺は言葉を失った。

 水柱の冨岡さんが一人、幼い少年と切り結び、少し離れた位置でカナヲちゃんがしゃがみこんでいて……その手が()()()()()()()炭治郎の首を撫でていたから。

 カナヲちゃんの頬を涙が伝ったのを見て、炭治郎が血の海に倒れているのを見て、口元を血に染めた少年の鬼を視認して、俺は即座に戦闘態勢に入った。

 悲鳴嶼さんと不死川さんも身構えたのを視界の端で確認して、いつも通り深く構えをとった。

 

 現状はよくわからない、ただ、炭治郎があの少年に何かされた事だけは確か。

 炭治郎の傍らにいる頚のない体はちょっと気になるけど、冨岡さんの援護が優先。

 冨岡さんは左腕を喪ったようで、苦戦してるみたいだったから。

 悲鳴嶼さんと不死川さんもそう判断したんだろう、その少年へと各々切りかかっていた。

 

岩の呼吸

 

風の呼吸

 

雷の呼吸

 

 まだ俺は本調子じゃない、漆の型は使えない。

 でも四連くらいならもう使える。

 二人の攻撃の後、出来た隙を一気にぶち抜く!

 

 柱二人を囮にするようなやり方だけど、悲鳴嶼さんと不死川さんもそれが一番効果があると言葉にせずとも理解してくれているようだった。

 少し大袈裟なくらいに、派手な一撃をかましてくれようとしていた。

 

「どけェ、冨岡ァ!そいつ、切り刻んでやらァ!」

 

「……!?駄目だ、攻撃するな!」

 

「はぁ!?意味わかんねェこと言ってねェで、どけェ!」

 

 ……?冨岡さんは何を言っているんだ?

 

壱ノ型・塵旋風 削ぎ

 

 不死川さんの荒々しい突進技があの鬼へと放たれ。

 

「くっ!」

 

拾ノ型・生生流転

 

 それを縫うような、流麗な動きで冨岡さんの日輪刀が振られて。

 

伍ノ型・瓦輪刑部

 

 そこを跳躍した悲鳴嶼さんが、刃と鉄球で追撃をしていた。

 逃げ場のない、端から見てて即席とは思えない見事な連携だと思っていたのだけど……なんと相手は健在だった。

 

「きゃは、きゃはははっ!」

 

 無邪気な笑い声を漏らして、技の一つ一つをつぶさに観察して……。

 ……なんて澄んだ音なんだ。

 産まれたばかりの赤子みたいな、そんな音……。

 

 一瞬切ることに躊躇いを覚えるも、血に染まった口元を見ればアレが人食い鬼であることは疑いようもないことだ。

 なら、三人の技に夢中になってる今……不意をついて、切る!

 

壱ノ型・霹靂一閃

 

 俺が地面を蹴ったその瞬間。

 

四連!

 

 左右で色の違う瞳が俺を見つめていて、背筋にひどい寒気が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……本当にそれが貴方の願いなんですか?

 

「……何を言っている。黒曜は止めなければいけない。

 善悪の判断のつかない、理性の薄いあの子を放っておけば、どれほどの被害が出るか……わかる筈だ」

 

 それは、わかります。

 黒曜という鬼は、ここで止めなければいけません。

 でも……本当の願いは別にある筈です。

 

「別に……?いや、黒曜を止めてくれさえすれば、私の心残りはない。

 あの子が罪を犯す前に、止めてくれ。それで、私は……」

 

 本当にそうですか?

 どんな止め方だろうと……貴方は納得出来るんですか?

 

「ああ、勿論だ。全ては私の身から出た錆……多くを願うのは間違って……」

 

 貴方は、黒曜を救いたいと思ってる筈です!

 

「……!だが……あまりにも都合が良すぎるだろう。

 黒曜が今こうして鬼として生き永らえているのも、全ては私の自分勝手な思いでしかない。

 死にかけていた胎児を、無理矢理生かした……私の業だ。

 そんな存在を、なんの責任もない君達にわざわざ危ない橋を渡らせて、救わせるなど……。

 元より私が、完璧に制御出来なかった時点で何かしら対策をうたねばならなかったのに、私は何も出来ていない。

 こんな体たらくな私が、君達にこれ以上求めるのは……」

 

 そんなの今更じゃないですか?

 貴方の言うことが正しいなら、鬼の被害が全て貴方のせいなら、これまで人々が受けた被害は想像も出来ない。

 

「う゛っ……それは……」

 

 縁壱さんは貴方を許してました。

 でも俺は許してません!

 家族が死んだのが貴方のせいなら、貴方には償って貰わなければいけない!

 禰豆子を狙ってたことも、俺は怒ってますよ!

 むん!

 

「そ、そう言われてもな……君達には本当に申し訳ないことをしたと思っているし……私の尻拭いばかりさせて本当に悪いと思っているがな……もう私に出来ることなど……」

 

 俺を救おうとしてくれてるじゃないですか。

 

「……それは前提条件だろう。そもそも君は黒曜のせいで死にかけて……」

 

 戦ってた時も相当手加減してた身でそれですか……本当に貴方は偽悪的というか、自分を悪く言わないと気が済まないんですか?

 

「…………」

 

 無惨さん、俺は貴方の慈悲に甘えた形で生き伸びてたんです。

 浅草で会った時に、貴方はこの耳飾りを見て、即座に殺すことだって出来た。

 今までだって、俺を殺す機会なんていくらでもあったでしょう?

 全ては、貴方の慈悲なんじゃないですか?

 

「……そんな高尚なものではない。ただ、自ら手を下すことが嫌だっただけだ」

 

 人ってのはそんなものですよ。

 嫌なことを、本当はいつだって誰だって、誰かにやらせたがる。

 俺だって正直、貴方のような人を切る役目は、誰かに代わって欲しかったですし。

 ただ、やらなきゃいけなかったからやっただけ……これだって全ての人間が出来る訳じゃないってことくらいはわかります。

 普通の人は、そんな重荷からは逃げてしまうってことも。

 貴方は、本当に人らしいですよ。良くも、悪くも。

 

「……そう、か。そういう、ものか……」

 

 だから、鬼の首魁として頼むのが嫌なら、ただの人として、どうですか?

 

「人として……」

 

 自分勝手で身勝手な、ただの一人の人間として、俺に最期の願いを、想いを、夢を、託してくれませんか?

 言いたくないならそれでも良いですけど、諦めませんよ?

 言わないなら、それを無理矢理聞き出すことを、貴方への復讐にします!

 

「……はははっ……!なんだその復讐は、聞いたことがない!

 いや、なんの復讐にもなっていないではないか!」

 

 そんなことないですよ!貴方が嫌がることを無理矢理してるんですから、ちゃんとした復讐です!

 

「はははっ……君には、敵わないな……。

 心底……私に引導を渡したのが君で……良かったと思うよ」

 

 それじゃあ……。

 

「ああ……炭治郎……頼む。黒曜を救ってくれ。

 呪われた鬼の生から解き放ち、人として、日の当たる場所で生きていけるようにして欲しい……。縁壱とうたの分まで、幸せに生きていけるように……」

 

 ……任せてください。

 縁壱さんと、うたさん。そして、貴方の分まで、彼が幸せに生きられるようにしてみせます!

 

「っ……ふははっ……本当に君には……敵わないな。

 私の残る全てを注ぎ込む、君ならきっと耐えられる。

 改めて頼む、私の夢を叶えてくれ……。

 黒曜を……救ってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました時、見覚えのある背中が見えた。

 頭の横に蝶の髪飾りをつけた女の子、カナヲが、日輪刀を震える手で構えて、何かから俺を守るように、立ちはだかるように立っていた。

 

 辺りを見回せば、無数の斬戟痕が刻まれた地面に、悲鳴嶼さん、不死川さん、冨岡さんに善逸が、それぞれ傷だらけで膝をついていて、誰もが驚いた顔で俺を見ていた。

 そして俺は、カナヲの肩に手を回して、直後凄まじい速さでカナヲに振るわれた日輪刀を、素手で受け止めていた。

 

ギャリィイッ!

 

 素手で受け止めたとは思えない音を響かせながら、その黒い日輪刀が動きを止める。

 今の俺は人間じゃないと、ハッキリわかる。

 

 目と鼻の先で、俺の刀を握っていた黒曜は、不思議な顔をして、首を傾げていた。

 

「あぅー?」

 

「カナヲ、大丈夫?」

 

「炭、治郎……!」

 

 驚いた顔のカナヲに、小さく頭を下げた。

 

「ありがとう、カナヲ。俺を守ってくれてたんだな」

 

 黒曜は随分と暴れたみたいだけど……まだ誰もやられてない。

 良かった、まだ無惨さんとの約束は、守れそうだ。

 

「もう、大丈夫。これが最後の戦いだ。この子を、止める!」

 

「あはっ、きゃははっ」

 

 強く宣言した俺に対して、黒曜はただ楽しげに笑うだけだった。




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