感想、評価、ここすき、毎回隅々まで拝見させて頂いております。
鬼となり、長い時を生きた。
私を殺そうとした両親を、感情のままに喰い殺した。
……その行動に込められた愛に気付かずに。
飢饉の中で人の醜さと輝きを見た。
誤って人を鬼にしてしまった。
鬼の身体の実験をする過程で、自分の意志で人を鬼にした。
生きたいと願う女を、鬼にして生き永らえさせた。
その時に、人を喰らわねば生きられぬおぞましい生物である自分が、少しだけマシな存在になったような、そんな気がしたんだ。
人の醜さを見て、人の輝きを見て、自暴自棄になって、癒されて、感動して、憎んで、怒って、涙を流した。
幾人もの人々を見送り、幾人かの人を鬼として私と同じ呪われた生に引き込んで。
そうして長々と生きた、千年余りの時間……漸く終われそうだ。
辛い、苦しみに満ちた生だった。
何度も生きていたくないと思った。
私が存在してしまったばかりに、いくつもの悲劇を引き起こしてしまった。
それでも私は、死にたくなかったのだ。
死ぬのが怖かった。
私のせいで人が死ぬのに、人が死んだのに、友を喪ったのに、それでも死にたくないと訴えてくる、恐怖するこの身体が大嫌いだった。
日光に身を晒しても、本能のままに即座に逃げてしまう、覚悟を決めた友の刃からも逃げ出す、そんな醜い私が大嫌いだった、常に八つ裂きにしたい程の強い怒りを抱えていた。
……そんな、生き恥を晒し続けた生も……終わる。
炭治郎、縁壱の想いを繋いだ少年。
力はまるで及ばない、足元に到達しているかも怪しいかもしれない。
けれどやり遂げたのだ、優しさを捨てずに……その想いを、私にまで届かせた。
『晴天の驟雨』……縁壱が老衰する直前、私に放とうとした技。
時が過ぎ、時代が移り変わり、それでも脈々と続いた技は、炭治郎の放ったそれは、見事に私の頚を落とした……。
痛みや苦しみがあればきっと、私は逃げ出していた。
死を感じてしまえば、私は死に物狂いで暴れただろう。
あの時……そして今も……まるで日だまりにいるかのように暖かかった。
あらゆる苦しみから解放された……そして何より人の想いの結晶、背を向け逃げ出した友の時を越えた想いが私の心を満たしていた。
……後悔はある。
いくらでもある。
どうしようもないこと、どうにか出来たことは無数にあるし、世の移り変わりを見て行きたいという気持ちがない訳ではない。
けれどそれはもう、私が関わるものではないのだ。
今からの世を構成するのに、私のような老人は、ましてや化け物は必要ない……。
黒曜を止める為に尽力してくれる彼等を見ると、強くそう思う。
若き力に溢れた、若人達。
これからの世を担っていく若者達……。
彼等が子を成し、守り、育てたその子がまた子を成していく……そうして脈々と繋いでいく……。
強い想いがあってもなくても良い、そうやって続いていく命が尊く、素晴らしい……その連鎖が既に奇跡なのだ。
「人の想いとは……永遠なのだな……やはり、人は素晴らしいな……」
伊之助の二本の刀が振られ、縦横無尽に駆ける善逸の姿がブレる。
「炭治郎、私の夢を託した、最後の鬼の王よ……ありがとう……」
玄弥の放つ銃弾が木となってうねり、カナヲの振るう刃に黒曜が身を翻した。
「私の最期の願いを……黒曜を頼むよ」
炭治郎の手には、木で出来た七支刀がいつの間にか握られていて、それで黒曜の持つ赫く染まった漆黒の刀とぶつかりあっていた。
シャンッ
柄についた鈴が音を鳴らす。
舞うように、踊るように身を翻し続け、黒曜と斬り結び続けていた。
炭治郎達の狙いは……鬼を人に戻す薬の投与……。
珠世の配下だったらしい鬼が持っていたその薬を、あの五人のうちの誰かが受け取り、隙を見て投与をするつもりのようだ。
……私にはもう、祈ることしか出来ない。
だが、きっと……君達なら成し遂げられると思っている。
『きゃはははははっ!』
それでも黒曜は縁壱の子だ、私の血を色濃く受け入れた子だ、容易くはない。
『がっ!』
真正面から善逸が玄弥のほうへと弾かれ、銃撃と木による攻撃の手が止まってしまった。
そこを補うべく炭治郎が動くより早く、黒曜が動いた。
『あぅあー!』
地面を削りながら突進する、風の呼吸の技……その狙う先には伊之助。
ゼェゼェと息を荒げる伊之助は地面を蹴ったが……。
『うっ!』
そこで運悪くか、もしくは限界か……伊之助の膝がガクン、と折れた。
縦回転する竜巻と化した黒曜は、そのまま伊之助を飲み込まんと迫っていく。
だが、それは伊之助を襲うことはなかった。
ピキンッ!
『あぅ?』
突然黒曜の身体が氷に包まれたのだ。
二本の刀を構えたまま動けずにいた伊之助は、目の前に立つ、自分の半分程の氷像を唖然とした様子で見下ろした。
……童磨の、結晶ノ御子……伊之助に一体、張り付けていたか。
……親の心子知らずとは言ったものだが、その逆もまた然り……か。
まさか……童磨に欺かれているとは思わなかった。
『……とーちゃん……おぉおおお!猪突猛進!猪突猛進ーッ!』
……野性味は溢れ過ぎているが、良い子に育ったものだな。
童磨……お前には随分と気を遣わせてしまっていたようだ……。
『……っ!きゃっははっ!』
自らの体についた氷は容易く砕き、伊之助の振るう刀に、黒曜は楽しそうに応戦し続ける。
氷人形の放つ氷も、玄弥の放つ木の銃弾も、どちらも生半可な者では対応すら難しいにも関わらず、時にひらりひらりと避け、時に切り落とし、時に砕いて、全てを捌ききっている。
その間も炭治郎とカナヲは攻撃し続け、遅れて善逸も復帰しているにも関わらず、やはり未だに決定打すらない。
童磨の結晶ノ御子は本体と同等の血鬼術を扱えるが、そもそも黒曜の封印には結晶ノ御子十体がかりで漸く成功していたのだ、一体では、その動きを多少制することが限界のようだ。
だが、それでもそれらの動きを抑制されるようなことが不愉快だったのか、黒曜はむず痒そうに身を揺すると、地面を蹴って宙に飛び上がった。
そうして両の腕から飛び出したのは、触手。
右手から伸びた触手は炭治郎の刀を掴み、左手から伸びた触手は先端が大きな塊となって……。
正に、あの岩の柱の日輪刀のような形をとっていた。
『あぅあー!きゃはははははははっ!』
『悲鳴嶼さんの技かっ!』
『うぉっ!あぶねぇ!』
そうして放たれる、刃と鉄球を模した触手の乱打。
善逸は即座にその場を離脱し、伊之助は結晶ノ御子が氷で防いでいた。
『はっ!』
『はあぁっ!』
カナヲは炭治郎と共に刃を振って切り抜けていた。
『クソッ……!手数が多い……!』
だが、玄弥では手が足りなかった。
酒呑の血鬼術だけでは対応し切れず、その身に刃がかする。
『!きゃはーっ!』
そこを黒曜は即座に突いた。
全員が受けに入っていたその瞬間、玄弥に攻撃を集中させたのだ。
『しまっ……!』
玄弥では対応出来ない、鬼化していようと戦闘不能は免れないような、強力な一撃。
目を見開く玄弥に、殺到する触手……。
捌ノ型・月龍輪尾
ズバァッ!
突如として玄弥を守るように発生した月状の刃が切り捨てた。
『あぅ?』
『なっ!?』
黒曜は不思議そうに首を傾げ、途中で切れた触手を目の前に持ってきて眺め。
そして、玄弥は驚きの表情を浮かべて振り返った。
目の前には、六本の腕を生やした黒死牟が、刃を振りかざして立っていた。
『……どいていろ』
その言葉を聞いて、玄弥は……ついでに延長線上にいた炭治郎もその場から飛び退いた。
玖ノ型・降り月 連面
『ぎゃう!きゃぁー!』
降り注ぐ月状の刃の一つが、黒曜を捉えた。
僅かばかりに頬に切り傷が走り、ほんの少し血が出たものの即座に塞がってしまった。
黒曜は俊敏な動きで足元に転がった漆黒の日輪刀を掴むと、一気に異形と化した黒死牟から距離をとった。
『ぐるるる……!』
歯を剥き出しにし、威嚇している様子だった。
黒死牟を、新たに現れた闖入者を警戒しているようだった。
その姿を黒死牟は目を細めて見つめていた。
……そうだろうな、黒曜の姿は縁壱によく似ている。
幼少期の縁壱を、黒死牟は……巌勝はよく知っている筈だ。
だから私は……黒曜の存在を封印を一任していた童磨以外には、隠していた。
黒死牟にとっては特に、存在そのものが酷だと思っていたからだ。
だから今……こうして黒死牟がどう反応するのか……少し心配だった。
既に私と黒死牟に繋がりはない。
私の頚が切れたその時に、全てが途絶えてしまった。
故にその内心を知ることは出来ない……。
突然炭治郎達を全員斬り殺したりしないだろうか?
黒曜を縁壱の身代わりとして切り捨てたりしないだろうか?
そんな私の心情を知ってか知らずか、目を細めたまま黒曜から視線を外した黒死牟は炭治郎へと視線を移した。
そうして、その六つの目全てを穏やかに細め、小さく頭を下げていた。
黒死牟のその行動に私が困惑している間に、黒死牟のその体は、頚を喪った私の体の側にあった。
……私は既に全てを炭治郎に注ぎ込んではいるが、まだ僅かに体は生きている。
動くことも出来ないし、もう再生することもないが、朝日が昇るまではその身体は抜け殻としてそのままだ。
そんな私に……黒死牟は恭しく膝をついた。
『我ら鬼の首魁として、我々を導いて下さった事……心より感謝申し上げます。
今まで、長きに亘りお疲れ様でございました。
無惨様……どうか安らかにお眠りください……』
…………ああ。
そうか、そうか……。
あんなにも私の身を案じていた黒死牟にすら、私は見透かされていた、のか。
私がもう……疲れきっていたと。
黒死牟も、童磨も、猗窩座も、鳴女も……珠世も。
皆……私には勿体無い程の…………。
……いや、そうだな、炭治郎。
偽悪的、自虐的過ぎるか。
皆、最高の、配下達だった。
皆が私の『家族』で、私の『家族』になってくれて……幸せだった……。
黒死牟……いや、巌勝……もうこの声も聞こえていないだろうが。
……私の最期の夢を……炭治郎達を手助けしてあげてくれ……。
お前の甥を、縁壱の忘れ形見を……救ってやってくれ。
そうすれば、私にもう、思い残すことはない……。
『……御意に』
聞こえていない筈なのに。
巌勝は……
立ち上がりながら晴れやかな顔で、いつの間にか腰に差していた刀を引き抜き、
あの時のように焦燥に駆られていない、満ち足りた背中は、眺めているだけで安心出来る気がした。
……ああ、安心だ。
きっと黒曜は……大丈夫だ……。
その後ろ姿を見ていると、自然と、そう思えた。
巌勝……悠久を生きられるという誘い文句は……嘘になってしまったな……。
だが、最期まで私に忠を尽くし……今も私の為に立つお前を……誇りに思う。
黒曜を、頼む。
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長きに亘り、充実した日々を送った。
私を超えようとする者達と共に、研鑽する日々。
根が善良だが偽悪的で自虐的な主を、主を慕う、志を同じくする者達と共に、支え続ける日々。
これ程に充実した日々はなかった。
それでも、喉の奥に刺さった小骨……それが老人となった縁壱との再会だった。
あの時、死の間際にいた縁壱にすら、私は勝てなかった、完敗だった。
あと数秒縁壱の寿命が長ければ、無惨様は命を落とされていた。
……あの瞬間に、私は主君に仕える侍として、既に死んでいたのだ。
だからこそ、それ以降私は無惨様の為に全てを擲って良いと思えたのだ。
心の何処かにあった、日ノ本一の侍になるという目標すら、どうでも良かった。
ただ、無惨様の為に。
どれ程の生き恥を晒そうと、守り続けようと、そう決めたのだ。
……あの時、手を差し伸べてくれた、愛すべき主君の為に。
故に、頚を斬られた時、その敗北を自然と受け入れられた。
負けたと、剣士として積み重ねた技が打ち破られたのだと。
晴れ晴れとした思いだった、いっそ愉快ですらあった。
私がかつて見限った鬼殺の剣士達は、私が目指して止まなかった至高の領域へと、人の身で踏み入る事が出来たのだと。
縁壱のように。
……身を焦がすような嫉妬の思いはもう、湧いてこなかった。
かつて私が心から同情し、哀れんだ頃の縁壱の姿に瓜二つだった。
詳細は無惨様から何も聞いていない。
無惨様から最期の願いを託された、日の呼吸の剣士、耳飾りの剣士、最後の鬼の王、竈門炭治郎は、目の前の縁壱そっくりの鬼を『黒曜』と呼んだ。
かつて……縁壱が鬼殺隊に入るきっかけとなった事件、縁壱の臨月の妻が鬼に殺された事件。
その胎の中にいたという、無惨様がお救いになられた、子供。
……私は何も知らなかった。
縁壱がそんな目にあっていた事も、無惨様がそれを匿っていた事も。
ただ、親友同士であったという無惨様と縁壱の、互いの想いが、物悲しかった。
黒曜が、様々な呼吸の技を使い、縦横無尽に駆け巡る。
「きゃはっ、きゃはっ!きゃははははははは!」
無邪気に笑って、思うがままにその力を振り回す。
理性も何もない、けれど威力と速さと鋭さは凄まじい。
けれども。
漆ノ型・厄鏡 月映え
彼等に振り下ろした刃を全て斬って捨てる。
増していく技の冴えは、縁壱と比べても遜色がなくなっていく。
炭治郎以外、そろそろ対応が難しくなるだろう。
だからこそ、
「攻撃は全て私が引き受ける。お前達は好きに動け」
拾陸ノ型・月虹 片割れ月
「あうっ!」
動き出した黒曜の出先を止める。
不服そうに口を尖らせる甥を見続けた。
どんな動きも、その一挙手一投足を見逃すまいと。
ひらひらと身を翻す黒曜に合わせて、私も技を変え、動きを変え、その全てを切り捨てていく。
風も、岩も、水も、雷も、花も……そして日も。
炭治郎と共に舞うように、踊るように振るう日の呼吸は、流麗で素晴らしかった。
始まりの呼吸、最強の呼吸と呼ばれるだけはあると、改めて理解が出来た。
だが、同時にわかるのだ、これだけでは無惨様を殺しきれないだろうと。
『最強』ではあれど『完璧』ではないのだと。
拾肆ノ型・兇変 天満繊月
炭治郎と技を相殺した瞬間を狙い、技を放つも、軽い足捌きで避けられてしまう。
「あぅっ!きゃぁー!」
だが、ああ、よくわかった……こうすれば良かったんだな。
その才能に嫉妬して、縁壱になりたいとすら思っていたのに、今は不思議とその思いは湧いてこない。
日輪よりも柔らかく、淡く光り見守ってくれる
それに……日輪に照らせるのは昼だけだ。
「
拾漆ノ型・無烈 朧新月
「ぎゃっ……!」
一瞬完全に見えなくなった無数の刃が、突然その全てが黒曜に牙を剥いた。
流石に堪えたか動きの鈍った黒曜へと、氷が殺到していた。
四方から完全に詰めていく鬼殺隊達を、私はいつの間にか一対に戻っていた目で見つめる。
「そうだ……私は……縁壱が私を超える才を持っていたと気付いた時……本当は……誇らしかったのだ」
自分の役立たずだと思われていた弟は、本当は誰よりも優れた存在だったんだぞと、自分の事のように嬉しかったのだ。
ただ、そう……自分がそんな弟より劣っていた事が、悔しかっただけだった。
そうだ……縁壱、私は……お前になりたかった訳でも、超えたかった訳でもない。
鬼となってお前に勝ちたかった訳でも、ましてや殺したい訳でもなかった。
ただ……お前に相応しい兄になりたかったのだ……。
お前が慕い、尊敬を向けるに相応しい、最高の兄に……。
「こんな、今更になって気付くとは、お前の兄は本当に愚図だったな、縁壱……」
すぅ、と頬を雫が流れていく。
まだ、流れる涙があったことに驚いた。
いつの間にか一対に戻っていた腕で、刀を腰だめに構え、腰を低く……低く、低く……。
そうだ……昼は縁壱が照らし、夜は私が照らす。
一人では出来ぬことも、二人なら出来た。
そうなれたにも関わらず、私のちっぽけな矜持が、その未来を奪ったのだ。
ああ……だからこそ、黒曜……縁壱の子よ、愛しき甥よ。
殺到していた炭治郎達を一息に弾き返した黒曜へと……渾身の力を振り絞って、最後の技を……放とう。
それが、無惨様への恩返しに。
私自身のけじめ、縁壱への……いや、この世全ての命への謝罪と……感謝としよう。
突如目の前に現れた私へ、目を見開いて歯を剥き出しにして威嚇する黒曜へと、私の……最後の刃を解き放った。
拾捌ノ型・日輪 縁皆月蝕
山間から射してくる朝日が、私達を照らし始めていた。
誤字報告、ありがとうございます。
修正しました。