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「今だ!皆!頼む!」
上弦の壱黒死牟の……巌勝さんの渾身の一撃が放たれた。
善逸のような、一息に近付いての抜刀術……だったと思う。
瞬きの間に、音もなく黒曜の目の前にいて、音もなく黒曜を捉えていた。
不思議な技だった。
血も出ない、音も発さない、見たところ傷らしい傷もない。
けれど黒曜はその場に崩れ落ちていた。
先程まで様々な呼吸を使って飛び回り、こっちの攻撃を歯牙にもかけなかった黒曜が、刃の振られた部分を押さえて動く素振りを見せなかった。
そんな黒曜へと、俺達は一斉に掴みかかった。
「大人しくしてろよ!」
「うぉおお!これで良いんだよな炭治郎!もしダメだったら化けて出てやるからなぁ!」
「うおりゃああああ!」
玄弥がその背後に回って羽交い締めにし、刀を握る腕に善逸が掴みかかり、伊之助が太もも辺りにしがみついた。
「いい加減に……大人しくしなさい!」
そうして身動きのまったく取れない様子の黒曜の腹部へと、カナヲによって注射器が打ち込まれた。
あれこそが、禰豆子も打っている筈の、鬼を人に戻す薬……珠世さんの想いの結晶だ。
「ぃぁっ!」
ビクン、と体を震わせた黒曜に、俺もその体を押さえ込むべく飛び掛かった。
……そうだ、もう日輪刀は必要ない。
巌勝さんの技で、黒曜はかなり弱った。
暴れていたのも、ただ力が有り余っていたこと……それとこれを遊びだとでも思っていたんだろう。
黒曜からは、悪意も善意も感じない。
姿こそ少年だが、この子はまだ赤ん坊なんだ。
善悪も知らない、理性もない、ただの赤子。
それでもその強さは桁違い、おまけに鬼の本能もある。
放っておけば、際限なく罪を重ねてしまう……。
だからこそ今、ただ暴れていただけの今、漸く弱った今、ここで止めなくてはいけない。
それにはもう、日輪刀は必要ない!
これ以上は無駄に刺激してしまうだけだ!
「このまま……人に戻す薬が効くまで、押さえ込む!」
「うぅー!」
左腕にしがみついて、俺は叫ぶ。
唸る黒曜が鬱陶しそうに身動ぎするも、流石に動けない様子だった。
まだ、黒曜が人を殺していないうちに、ここで止める!
薬が効いてくるまで、皆で押さえ込むんだ!
そんな時だった、山間から顔を出した朝日が、俺達を照らした。
ジュッ!
「ぐあっ!」
「熱っ……!」
「ぎゃあ!」
音をたて陽光によって焼かれる、俺と、玄弥と、黒曜。
いや、熱い!本当に炎で炙られてるみたいだ!
それでも、俺も玄弥も、黒曜を離す気はない。
無惨さんは黒曜は直ぐに太陽を克服する、と予想していたけれど……流石に今すぐ……とまではいかないようで、悲鳴をあげて暴れ始めてしまった。
「ぎゃあー!あぅあー!」
「うぉおおお!あっ……ばれんなぁっ……!」
「炭治郎!大丈夫なの!?」
「耐えるしかないっ……!今黒曜を逃がしてしまったら、取り返しのつかないことになる……!」
じゅうじゅうと音を立てて、俺達の体は焼かれていく。
熱い……!けど今離す訳には、いかない……!
いつもは心地好い朝陽も、今だけは忌々しい……!
黒曜は逃れようと暴れる力を強めていくし、俺達は焼かれるし……!
早く、人に戻す薬よ、効いてくれ……!
そう願って黒曜を押さえる手に力を込め続けていた時、フッと俺達に差し込む日差しが何かに遮られ、陽光焼けが止まった。
ヒリヒリするその跡に顔をしかめつつ、日の射してきた方向へと顔を向け……その光景に目を見開いた。
「お前っ……!なんで……!」
玄弥の疑問に満ちた声が、その目の前の男にぶつけられる。
黒死牟……巌勝さんが、朝陽から俺達を遮るように仁王立ちしていたのだ。
じゅうぅぅぅう!
当然巌勝さんの体は太陽に焼かれ、その体からは白煙が上がる。
その手にしていた刀もその場に焼け落ちていった。
「良い……既に私は数え切れない程の人間を喰らった……その報いは受けねばならぬ。
それに……今鬼の王はお前だ、炭治郎……ならば私が体を張って守ることに、微塵の疑問も後悔もない」
その言葉には何の躊躇いもなかった。
肉の焼ける匂いが鼻を掠め、その覚悟に俺は大きく頷いた。
「っ……!ありがとう、ございますっ!黒曜ーっ!大人しくするんだ!」
「ぐぅうう……がぁあああああああああ!」
それでも黒曜はその身を大きく震わせ、その背から触手を生やし始めた。
まずい……!俺達全員で黒曜の四肢を押さえることに精一杯で、触手にまでは、手が回らない……!
少し日に焼かれて、興奮して……食人衝動が起きてる……!
俺以外が、危ない……!
「黒曜!やめろ!」
ここで黒曜が誰かを手にかけてしまえば、無惨さんの願いは本当の意味では叶わない!
声を荒げ、どうにか止めようと手を伸ばしたけど……間に合わなかった。
無情にも、4本の触手が皆に襲い掛かる。
鬼になって強化された動体視力が、やけにゆっくりと動くその触手を眺めていた。
ボコンッ!
ズバンッ!
その瞬間だった、地面から飛び出した何かが、黒曜の触手を穿った。
地面から飛び出した勢いのまま空高く舞い上がったそれは、胴着のような物を着た、頚のない体だった。
そのまま日を浴びて塵となっていくその体に、その頚に……黒髪の男の人の穏やかな笑みが見えたような気がした。
「狛治、さん……」
そのまま塵と化していく体を呆然と見上げていた俺の耳に、囁き声が響く。
『……無惨さんを止めてくれて……ありがとう、炭治郎……』
頚のない体が言葉を発する訳もないのに、そう聞こえたんだ。
「ぐぅうううう……がぁぅあああああ!」
それでも、黒曜はまだ止まらなかった。
中程から穿たれた触手は、再度皆を狙って襲い掛かってくる。
それを……伊之助の側にいた氷人形が受け止めていた。
バキンッ!
無数のヒビが入り、今にも砕け散りそうな氷人形は、手に持つ扇をヒラヒラと振った。
「っ……!と……!」
まるで、伊之助に別れを告げるように。
バキャンッ
パキィンッ!
砕け散った氷人形は、その身の氷を黒曜の触手へと殺到させていた。
そのまま根元まで凍り付いた触手は、完全に動きを止めている。
……再生する様子は、ない!きっと、薬が効いているんだ……!
呆然とする伊之助には悪いけど、このまま、黒曜を……!
「ぐぅうううううう……!がぁあう!がああああう!」
「ぐっ……!おぉおお!まだ、まだぁあ!」
「まだ暴れんのかよぉ!いい加減、大人しくしろよ!」
「伊之助!呆けてないで!しっかりして!」
「っ……!呆けてなんかねえ!ちゃんとやってる!」
牙を剥き出しにして暴れる黒曜を、皆と協力して押さえ込み続ける。
薬は、効いてる筈だ……!
皆が、力尽きる前に……朝陽を遮ってくれてる巌勝さんが耐えている間に……!
「ぐっ……」
じゅっ
その時、巌勝さんが片膝を折った。
見れば、既に片足が焼け落ちてしまっていた。
そうしてしゃがみこむ形になってしまい、朝陽が黒曜を照らしてしまった。
「ぎゃぁああああ!」
悲鳴を上げて暴れる黒曜の牙が、口が、押さえ込んでいたカナヲを掠めた。
ブシュッ
「きゃあっ!」
首から鈍い赤色が噴き出し、カナヲの悲鳴があがった。
それでもカナヲは自分の止血より、黒曜を押さえ込む方を優先してくれた。
ダラダラと流れていく血は、隊服を赤く染めていく。
……皆もボロボロで、体力も限界で……。
それでもまだ黒曜は暴れ続けて……。
そこで俺はカチン、ときた。
いい加減にしろよと、そう思ってしまった。
「黒曜ーッ!」
歯を剥き出しにして暴れ続ける黒曜の顔を、両側から挟み込み、俺は、言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「もう、やめろ!もう怖いものはない!大人しくするんだ!」
「がう!がうぅう!」
ガチン、ガチンと歯を鳴らす黒曜は、止まる様子はなかった。
こんなに、皆が繋いできたんだ、やっと辿り着けるんだ。
無惨さんがゆっくり休めるんだ。
だから。
「もう!いい!加減に!」
体を大きく反らして。
黒曜の頭をがしりとしっかりと掴んで。
「しなさいっ!」
思い切り、黒曜のおでこに、俺のおでこをぶつけた。
ドゴンッ!
「…………」
ぽろ、ぽろ
額を赤くした黒曜が、声もなく涙を流している。
俺の頭突きが決まった後、自分でも驚くくらい凄い音がした。
黒曜は動きが完全に止まって、目を大きく見開いて俺を見ていた。
やがて、じわりと目尻に涙が溜まって、それはぽろぽろと流れていった。
「うわぁ……すっごい音したけど、本当に大丈夫?頭骨割れてない?」
善逸は心配そうに黒曜の額を眺めて。
「あががが……あれはいてぇぞ……食らったことがある俺が言うんだから間違いねぇ……」
伊之助は自分の頭を押さえて踞って。
「お、おい坊主、頭大丈夫か……?」
玄弥は黒曜に恐る恐ると言った様子で話し掛けて。
「……うん、大丈夫そう。割れてはない、かな。
でも本当に凄い音がしたし、後で検査はしたほうがいいかも」
カナヲは黒曜の額に直接触れて、その様子を確かめてくれてるようだった。
……うん、自分でやっておいてあれだけど、それで頭骨砕きました、は流石にちょっとやばいよね、うん……。
朝の日差しが降り注ぐなか、俺達は緩んだ空気の中、黒曜を取り囲んでいた。
黒曜は涙が流れていくにつれ、そこからまるで鬼の成分でも抜けていっているかのように、鬼の特徴が消えていった。
鋭い牙と爪に、左目の縦長の瞳孔が、ゆっくりと人のものに変わっていく。
そして今、カナヲに涙を拭って貰った黒曜は、もう完全に人の子供となって、その場にぺたりと座り込んでいた。
「……あぅー……」
人の言葉はやはりまだ話せないみたいで、涙を流しながらカナヲにすがり付いていた。
カナヲも、苦笑を浮かべながらその赤くなった額を優しく撫でてあやしてくれている。
「……はぁ、良かった……人に戻ったみたいだ」
その落ち着いた様子に、カナヲの血の匂いを嗅いでも何の反応もしない様子に、鬼を人に戻す薬が効いた確信が持てた。
もう黒曜は鬼じゃない、人に戻れたんだと。
「あ、てかおい炭治郎お前!日の光平気なのかよ!?」
あ、そういえば……朝陽が射す中、普通にしてたけど……日の光に当たっても、体が焼けない……?
「え、あ、あれ?……大丈夫みたい。というか玄弥こそ!」
「俺はもう鬼化の時間切れだよ。お前……この短時間で克服しやがったのかよ。流石禰豆子の兄貴ってことか……?」
自分の変化に自分自身で驚いていると、背後から声がかかった。
「……そうか、ならば……もう、良いか」
「巌勝さんっ!」
振り返った先にいた巌勝さんは、人の形を保っているのが奇跡な程に、体の殆どを焼かれ、塵と化していた。
それでもその佇まいは堂々としたものだった。
「貴方のお陰で、黒曜を……人にすることが出来ました。
無惨さんの最期の願いを、叶える事が……出来ました」
「……ああ。私ももう思い残すことはない」
巌勝さんはゆらりと体を揺らしながら、けれど確かな足取りで黒曜のほうへと向かう。
その間も体は燃え続け、左腕がポトリと落ちて焼失していった。
「……そうだな、縁壱……
戯言だと思っていたが……今なら理解出来る。
ああ……安心だ、我が……長き生に……幕を引こう」
ごそりと胸元を探った巌勝さんは、何かを取り出して、黒曜へと差し出した。
「あぅ?」
首を傾げながらもそれを、巾着袋のようなものを受け取った黒曜の頭を一撫でして、巌勝さんは踵を返した。
途端にがくりと折れた足、右足が焼失し、倒れそうになる。
がしっ
「……すまん、な」
「いや……無惨さんのとこ、だろ。そんくらいしてやるよ」
そんな巌勝さんを、倒れこむ前に玄弥が支えた。
日の光を浴び始めた無惨さんの首のない体は、既に少しずつ塵になり始めている……。
巌勝さんは最期を、その側で過ごしたいと、そう思っているんだろう。
俺達に背を向け、玄弥に担がれながらそこへ向かう巌勝さんは、一度此方に振り返った。
燃え続けている体で、凄まじい苦痛が体を包んでいるだろうに、彼はニコリと笑った。
「……心優しき、戦士達よ……ありがとう」
穏やかな、心底穏やかな笑みだった。
俺の記憶にある、縁壱さんの笑顔によく似た、晴れやかな笑顔だった。
「あぅあー」
黒曜の声が響く中、俺は最期を迎えようとしている鬼達の冥福を祈った。
無惨さんも、巌勝さんも……鬼達は皆きっと許されない。
けれどどうか、ひとつでも多くの救いを胸に、少しでも穏やかな最期を迎えられるように……そう願った。
破れた胴着と、砕けた氷の破片が散らばる中、無惨さんの体の前に跪いた巌勝さんは、頭をゆっくりと下げた。
「……」
そして、そのまま、その身は日の光に焼かれていく。
傍らの無惨さんの体と共に、日の光に抱かれて、塵に還っていく。
立ち上る煙は天へと昇っていくようだった。
その様子を、俺達はただ黙って見守っていた。
鬼殺隊の長年の因縁が終わる瞬間……。
達成感はある。やり遂げたと、誇らしい気持ちもある。
けれど……手放しで喜ぶことは出来なかった。
無惨さんのこれまで味わった苦しみを思えば、もっとマシな終わりがあったんじゃないかと思ってしまう。
けれど、これ以上鬼による悲しみを拡げたままにもしてはいけなかった。
……今のどうにも晴れない気分は、やるせない、が一番近いだろうか。
悪意なき悪鬼、鬼舞辻無惨……。
せめて安らかに眠ってください……。
その体の全てが焼失し、その煙が天高く昇っていくと同時に、深く、頭を下げた。
これで……鬼殺隊の長年の因縁が終わったんだ。
「……炭治郎」
握り締めていた拳に、カナヲの手が心配そうに重ねられた。
やるせなさに知らず握っていた拳をそっとほどき、その手を優しくとった。
その温もりに、救われたような気分だった。
「……ありがとう、カナヲ」
傍らにいる黒曜ごと、カナヲをそっと抱き寄せた。
「きゃ」
「ああぅー?」
託された黒曜を……俺は立派に育てて、幸せにしてみせる。
「……炭治郎……?」
「黒曜は、俺が引き取る……無惨さんとの約束だ。必ず立派に育ててみせる。
けど、俺一人じゃきっと無理だ……だから……」
すぅと息を吸って、朧気に思っていた事を言葉にする。
その手を両手で挟み込むように握って、カナヲの顔を真っ直ぐ見つめて、真剣に告げた。
俺の、心の底からの本音を。
「カナヲ、結婚しよう」
「……うん……うん?はいいぃっ!?」
恐らく次回最終話。
誤字報告ありがとうございます。
修正しました。