それでも私は死にたくない   作:如月SQ

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今まで閲覧、感想、評価、ここすき、誤字報告……ありがとうございました。
これにて完結、今までお付き合いいただき、重ねてお礼申し上げます。


エピローグ

 悲鳴が聞こえる。

 助けを求める声が。

 

「きゃぁああああ!誰か、誰かぁ!」

 

 それを嘲笑う声が聞こえる。

 尊い命を、身勝手に奪おうとするそんな声が。

 

「誰も来やしねえよ!大人しく喰われ――」

 

 助けを求める声を、嘲笑う耳障りな声を聞いて。

 静かに息を吸って、駆け出し……。

 

日の呼吸

 

「来たよ」

 

壱ノ型・円舞

 

ズバンッ

 

「――ろぉお……?」

 

 手にした黒色の刀で切り捨てた。

 角の生えた、化け物としか形容出来ない異形、僕が頚を切り捨てた鬼は、地面に頚が落ちると形を保てずにぐずりと崩れていった。

 

 涙を溢れさせ、必死に走っていた女の子はいつの間にか足を止め、此方を目を見開いて見つめていた。

 ……見たところ、怪我は無さそうだ。

 ()()()も酷使による筋肉の断裂程度で、大事は無さそうで一安心。

 

「大丈夫?」

 

 見ればわかることだけど、こういう事は口に出したほうが良いと()()()()からは口を酸っぱくして言われてる。

 だからそう言いながら、鞘に刀を納めた。

 

「だ、大丈夫……です。あり、がとう」

 

 呆気に取られてたようだけど、すぐにお礼を言えるくらいには落ち着いてるみたい……この分なら大丈夫そうかな。

 

「近くに他に鬼は?」

 

 肩に乗る烏に問い掛ければ、僕の鎹鴉は静かに首を横に振った。

 無口だしあんまり飛ばない稀有な奴だけど、情報はいつも正しい。

 そんな木郎が言うなら、この近くには鬼はもういないだろう。

 

「多分もう安全だと思うけど……家は何処?送っていこうか?」

 

 正直さっさと帰りたいけど、安全だとはいえ置いていくのはあまり良くない。

 だからそう言って、女の子に手を差し伸べる。

 

「あ、はい、お願いします……えと、貴方、は?」

 

 女の子は少し戸惑いながらも涙を拭い、僕の手を取りそう問い掛けてくる。

 

「ああ……僕は鬼殺隊の、日柱……」

 

 そこで一度切り、その子の顔をしっかり見つめた。

 黒と緑の市松模様の羽織を整えて……と。

 自己紹介は、目を見て真っ直ぐ……。

 

「竈門黒曜」

 

 淀みなく……と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご苦労だったね、黒曜」

 

「はっ……お館様もご壮健そうで何よりでございます」

 

 女の子を無事に送り届けた後、お館様に呼ばれていたので隠の人に背負われ、お屋敷へと移動していた。

 ()()()()()()()()()()()()昔からの仕来たりみたいなものだから、と続けているらしい。

 面倒だね。

 

 座敷でお館様と対面し、跪いて挨拶を交わした。

 僕とそう背格好の変わらない筈の産屋敷輝利哉様は、その歳に反して堂々とした態度で穏やかな笑みを浮かべている。

 先代の産屋敷耀哉様とあまり会ったことはないのだけど、記憶に残る耀哉様の雰囲気によく似てきたと思う。

 

「これで君の管轄内での、差し迫った鬼の情報はなくなった。暫く、体を休めると良い」

 

「はっ」

 

 僕達鬼殺隊の役目は文字通り鬼を滅殺すること。

 昔と比べると随分と数は減ったらしいけど、鬼が一人いれば何人もの人が犠牲となる。

 まだまだ鬼殺隊の仕事は終わらないらしい。

 

「丁度ご母堂が蝶屋敷に定期検診に来ているようだね。

 この後向かい、そのまま帰宅すると良い」

 

「わかりました、お心遣いに感謝致します」

 

 頭を下げ続け会話を続けていると、不意にお館様の放つ気配が緩んだ。

 僕とお館様しかこの部屋にいないことを察して、僕もゆっくりと顔を上げる。

 

「……無事に産まれる事を願ってるよ、黒曜」

 

 柔らかな笑みを浮かべて、親しみを込めて言われた言葉に、僕も笑顔を返した。

 

「ありがとう、輝利哉」

 

 『鬼殺隊の最高責任者のお館様』ではなく、『僕の友人産屋敷輝利哉』としての温かい言葉に、胸が満たされる思いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 輝利哉と取り留めのない会話を交わし、屋敷を後にしようと廊下を歩いていると、人相の悪い二人とばったり出会した。

 

「お、黒曜か」

 

「よう、黒曜。炭治郎とカナヲは元気か?」

 

 よく似た悪い目付きの二人だけど、どちらもその瞳を和らげ、此方を見てくる。

 

「こんにちは、不死川実弥さん、玄弥さん」

 

 身体中傷だらけの人が、風柱不死川実弥さん。

 恐らく鬼殺隊で最も鬼に対して色々と激しい人だ。

 他人に厳しく口は悪く目付きも悪くて色々勘違いされがちな人だけど、甘味が大好きな根は優しい人だ。

 よくおはぎを頬張っているところに出会すからか、いつの間にか僕におはぎを奢ってくれるようになった。

 この人のくれるおはぎは美味しいから、好きだ。

 ただ、体を見る限り……寿命がもう殆ど残っていない。

 そう遠くない将来、彼の命は尽きてしまう……もう傷だらけのあの手で撫でられることはなくなるという事実が、少しだけ物悲しかった。

 

 彼の鬼への激しい態度はその裏返しだ。

 それでも八つ当たりのようにいたぶったりはしないのだから、彼の生来の人柄がわかるだろう。

 そんな彼と、弟である玄弥さんとの仲を取り持つのは大変だった。

 自信満々だった()()()が青筋を浮かべた実弥さんに吹き飛ばされた時に、僕がやらないと駄目だと強く実感した。

 

 結果的に僕は彼等二人の対面する機会を兎に角増やしたけれど、結局は実弥さんの寿命を知った玄弥さんが辛抱強く何度も言葉を交わすことで、二人の仲は改善していった。

 僕が何をするまでもなかったなぁと、満面の笑みを浮かべた()()()と並んで、長年の確執を解消し抱き合う兄弟を眺めていた。

 実弥さんの心残りが一つでもなくなり、穏やかな最期を迎えられるように……願っている。

 

 そして玄弥さんは実弥さんの弟で、厳密にはもう鬼殺隊の隊士ではない。

 岩屋敷という、鬼の被害者の孤児を拾って育てる施設の管理者をしている。

 ()()()達とは個人的にも仲が良かったらしく、僕が鬼殺隊として活動する前から、良く顔を合わせていた。

 管理者を始めた頃は死にそうな顔色をしていたけれど、最近は女の人の人手が増えて、随分と余裕が出てきたらしい。

 善逸さんがそれをからかっていたけれど……からかうようなところがあったんだろうか?

 

「お館様にご挨拶ですか?」

 

「あァ……そろそろ先代様の命日だからなァ。日程の相談もある」

 

「兄ちゃん毎年張り切ってるもんなぁ」

 

「あァ?当然だろうが。輝利哉様に不満はねェが、俺にとってお館様は耀哉様のままだ。俺がまだ元気なうちにやっとかねぇとな」

 

 そんな実弥さんの言葉に玄弥さんの顔が曇った。

 前を歩く実弥さんはそれに気付かないので……僕は空気を変える為に話題を強引に切り替えた。

 

「そういえば、そろそろ()()()がお産の準備に入るんですよ。僕も暫くお休みを頂いたので、このまま蝶屋敷にいる()()()を連れてお休みに入ろうと思います」

 

「お、もうそんな時間経ったのか……出産祝い考えとかないとな」

 

「馬鹿野郎お前、まずはお産が上手くいくように祈るのが先だろうが。元気な子が産まれるように祈ってるぜ」

 

 ニカッと気持ちの良い笑みを浮かべた実弥さんに釣られるように、玄弥さんも笑みを浮かべた。

 二人とも、心底()()()のお産を祝福してくれていて、とても嬉しかった。

 

「ありがとうございます、伝えておきますね」

 

 胸がほわりと温かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「異常はないですね。経過は順調のようです……ゴホッゴホッ」

 

「しのぶ姉さんは、大丈夫?」

 

「んんっ……失礼、大丈夫です。可愛い妹の可愛い子供が産まれようとしてるんですから、大丈夫ですよ」

 

 蝶屋敷にて。

 お腹の大きく膨れた()()()、竈門カナヲと、その姉である胡蝶しのぶさん、そしてその背後で無表情で立つ冨岡義勇さんのいる空間に僕は足を踏み入れた。

 

「やあ、母さん」

 

「黒曜、来てたのね」

 

「あら、どうも黒曜君」

 

「……」

 

 母さんは大きくなったお腹を抱えながら振り向き、しのぶさんは柔らかな笑みを浮かべて……義勇さんは無表情のまま小さく頭を下げた。

 お腹を抱えて嬉しそうに笑う母さんの様子を見るに……順調のようだ。

 まぁ僕が見る限りでも問題は無さそうだったから、あまり心配はしてなかったけれど。

 

 そしてその後、朗らかに微笑むしのぶさんと母さんの会話を眺めていた。

 しのぶさんはどうも体に毒が溜まっていて、随分と体が弱っていた。

 僕が初めて見た時から確かに減っているのに、その全てはなくならず、その体は弱ったまま。

 どういう経緯でそうなったのか少しだけ気になるけど、悲しい顔をする母さんから無理矢理聞き出そうとは思わなかった。

 

 そんなしのぶさんに付きっきりなのが義勇さん。

 片腕が無く、無口で、しのぶさんの補助をし続けている人。

 元々は鬼殺隊の水柱で、今も間違いなく戦えるだけの力を持っていると思うんだけど……ここ蝶屋敷でずっとしのぶさんの手助けをし続けているらしい。

 二人の間に何があったのか、何があるのかわからないけれど……父さんと母さんの間にあるものとも違う、よくわからない繋がりが二人にはあるように思う。

 それが何かは……いつか大きくなったらわかるのかな?

 

「それじゃあ、姉さん、ありがとう。体に気を付けて」

 

「ええ、カナヲも……元気な赤ちゃんを産むんですよ」

 

「……気を付けろ」

 

「もう、義勇さんたら。もっと気の利いた言葉、かけられないんですか?」

 

「炭治郎にも、よろしく。……………………幸せになれ」

 

 しのぶさんに言われて、無理矢理絞り出したような、義勇さんの不器用な優しさを感じて、母さんは顔を綻ばせた。

 何処かぽやぽやとした空気を感じながら、母さんを連れて蝶屋敷を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕も鬼殺隊の柱という事で、他の柱の人とも交流があったりする。

 とはいえ、今現役なのは恋柱の甘露寺蜜璃さんと、霞柱の時透無一郎さん、あとは鳴柱の我妻善逸さんくらいだ。

 無一郎さんと善逸さんは多分この後会うから良いとして、蜜璃さんは実弥さんや僕と同じように日本中を回って鬼退治に勤しんでいる。

 三年前にあったという決戦、そこで鬼の始祖と決着をつけた鬼殺隊は、規模を大いに縮小したらしい。

 柱も殉職者や引退者を多数出し、隊士もかなりやられらしい。

 そこで岩柱、炎柱が殉職したのだという。

 他にも音柱、蛇柱、蟲柱、水柱と半数以上が負傷によって引退し、当時のお館様も後にお亡くなりになり、隊士も戦いを生き残った者達の半数以上がそのまま鬼殺隊から脱退したらしい。

 

 柱の引退した方々とは面識があるけれど、確かに戦い続けるには難しい負傷ばかりの方々だった。

 義勇さん以外は。

 とはいえそれでも育手として隊士の育成に関わっていたり、しのぶさんは隊士の治療、療養に力を入れている。

 つまりなんらかの形で鬼殺隊に関わり続け、何かしらの補助を行っているのだ。

 玄弥さんもその一人、隊士からは退き、裏方として鬼殺隊を支えているのだ。

 そんな彼等彼女達は、そのいる場所が戦場……立場は違えど互いに尊重しあって協力し合うべきだと、父さんは語っていた。

 感謝を忘れるな、と。

 

 蝶屋敷へと向かうのだろう隠の人とすれ違い、そんな彼に会釈をする。

 僕が柱だからだろうか、大いに慌てた隠の人に様子に笑みを浮かべてその場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり!黒曜!カナヲ!」

 

 雲取山、父さんの家があるのはこの山だ。

 母さんの大きなお腹に気遣いつつ、辿り着いた家の前では、父さんが元気に薪割りをしていた。

 僕の炎のような痣とは違い、ただの火傷のような痣の浮かんだ額を拭い、父さん、竈門炭治郎は輝くような笑みを見せた。

 

「ただいま、炭治郎」

 

「ただいま父さん」

 

 二人は暫し見つめあった後、そっと柔らかく抱擁をした。

 そして、二人が満足したら次は僕の番だ。

 帰ってきたら抱っこするのがこの家族の決まり。

 暖かい温もりに包まれるこの時間は……いつになっても大好きでいたい。

 少し汗臭い父さんの匂いも気にならない。

 二人の確かな愛を感じて、僕は穏やかな気持ちで暫しその温もりに身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 父さんも母さんも、元々は鬼殺隊だった。

 二人とも三年前の決戦の後に、前線から退いたのだという。

 母さんはしのぶさんと同じく蝶屋敷で働いていたのだけど、妊娠を機に完全に鬼殺隊から脱退するらしい。

 正直僕が見る限り、二人を超える隊士は片手の指で足りる程しかいない。

 だから妊娠した母さんは兎も角、炭焼きをしている父さんを見ると少し勿体無いとも思ってしまう。

 

『俺に残された時間は少ないからね、黒曜の為にカナヲの為に、これから産まれる家族の為に、少しでもお金を残さないと!』

 

 そう言って雲取山の一部を禿げ山にしそうな勢いで木を伐採する、()()()()()()()()()父さんの姿にはいつも首を捻っていた。

 父さんは右目が見えてないだけで、正直かなり強いと思うんだけど……鬼殺隊で随分と頑張ったらしいし、母さんも微笑んでそれで良いと賛同していた。

 だからまぁ、惜しいとは思うけど……それで良いのかもしれない。

 

「あれ、義姉さんに黒曜君!帰って来たんだ、おかえりなさい」

 

「お、おかえり!どんぐり丸が心配してたぞ!」

 

 そこに通り掛かってきたのは、父さんの妹の禰豆子姉ちゃんと、猪の被り物をしてる嘴平伊之助さんだ。

 ちなみにどんぐり丸というのは僕の鎹鴉、木郎の親。

 伊之助さんへの連絡係なんだけど……あまり伊之助さんの周りには姿を現さない。

 でもその口振り的には、伊之助さんとなんか会話があったのかな……?

 なら少しは関係が改善されているのかもしれない。

 

「ただいま」

 

 禰豆子姉ちゃんは洗濯物をたらい一杯に入れて、干す為に移動しているみたいだった。

 

「手伝う?」

 

「大丈夫!伊之助さんに手伝って貰うから!

 黒曜君は帰ってきたばかりなんだから、ゆっくりしてて!

 ……うん、行こっか親分」

 

「おう!任せろ任せろ!」

 

 こうやって今伊之助さんは禰豆子姉ちゃんに良いように使われてるけど、この人もかなり強い。

 柱になってないのが不思議なくらいだ。

 ……まぁ、結構自由奔放というか、自分の法則で生きてる人だからその辺りで何かあったのかもしれない。

 ああ、後伊之助さんもよく蝶屋敷に顔を出してるらしい。

 アオイさんがよく摘まみ食いされると愚痴ってたっけ。

 

「そっか……まぁ何かあったら手伝うよ。じゃ、母さん行こっか」

 

「うん、禰豆子ちゃん、ありがとね」

 

「いえいえー」

 

 母さんの礼に、にぱーとした笑みを返す禰豆子姉ちゃん。

 二人のそんなやり取りを眺めて、笑顔を浮かべて、僕は家に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー!禰豆子ちゃーん!疲れたー!労ってー!」

 

「ただいま。黒曜とカナヲも帰ってきてたんだ、おかえり」

 

 そう言って帰ってきたのは鳴柱の我妻善逸さんと、霞柱の時透無一郎さんだ。

 善逸さんは帰ってくるなり禰豆子姉ちゃんにすがりついていた。

 

「おかえりなさい!善逸さん、無一郎さん。お疲れ様です」

 

 なんとも情けない様子で禰豆子姉ちゃんに甘えてるけど、恐らく今鬼殺隊で一番強いのは善逸さんだ。

 この人の本気を一度だけ、かなり強力な鬼を合同で討伐しに行った時に見たことがあるけど、僕が見切ることが出来なかった。

 動きの始まりと終わりだけしか見えなくて、気付いたら鬼の頚が落ちていた。

 僕が真似出来ない技なんてのは、初めてだった。

 

「禰豆子ちゃ~ん!」

 

 だから、普段がどれだけ情けない、年下の女の子に甘える見苦しい姿を見せられても、僕は心の底から善逸さんを尊敬している。

 ……まぁ正直普段もその本気の時の一割でもかっこ良かったらなぁ、と思う事はあるけど。

 未だに討伐任務を言い渡されると嫌がって暴れる姿が見られるからなぁ……。

 

「ふふふ、よしよし、今回もお疲れみたいですね」

 

 そんな善逸さんを禰豆子姉ちゃんは嬉しそうに甘やかすから、多分改善されることはないんだろうなあって思う。

 

「それじゃ、僕はお風呂でも沸かしてこようかな……」

 

「あ、ごめんなさい無一郎さん、お願いしますね」

 

 無一郎さんもかなり強い。

 掴みどころのない技の数々は、僕も見切りきれない時がある。

 ふとした時には目の前からかききえてしまうような、そんな気配の薄さを活かした技は、鬼が切られたことに気付かないこともある。

 ただ普段は父さんをよく慕っているし、穏やかでいつも笑顔の優しい人だ。

 二人ともとても温かい、良い人達だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが僕の家族、竈門黒曜の家族だ。

 

 ……父さん、母さんって呼んでるけど、実のところ僕と二人に血の繋がりはない。

 処か、今一緒に住んでる人達の中で血の繋がりがあるのは父さんと禰豆子姉ちゃんだけだ。

 禰豆子姉ちゃんと善逸さんは仲は良いけど結婚はしてないし。

 そんな、血の繋がりはないけど……本当の家族のように仲が良い、温かい、それが僕の自慢の家族だ。

 

「美味しい!禰豆子、これ美味しいなぁ!」

 

「あ、それカナヲさんが作った奴だよ」

 

「ふふ、良かった。いっぱい食べてね」

 

「カナヲちゃん料理して大丈夫なの?」

 

「……美味しいけど、炭治郎にあんまり心配かけないようにね」

 

「うめぇ!うめぇ!」

 

 そんな良い人達ばかりの家族に今度、僕の()()()が出来る。

 心の底から嬉しい。

 僕が僕であると認識して二年、皆が与えてくれた愛は果てしない。

 その想いを、温かな愛を、今度は僕が与えていきたい。

 いつかは、父さん母さんのような、温かい家庭も築いていきたい。

 そうして幾星霜続いていく命を……ずっと、ずっと繋げていきたい。

 

「黒曜?どうした、お腹いっぱいか?」

 

 きょとんとした顔で、顔を覗き込んでくる父さん。

 それに合わせて、皆の視線が僕に集まる。

 僕はそれが少し可笑しくて、噴き出しながらも目を細めた。

 

「ううん、幸せだなぁって、父さんと母さんの子供になって、ここの家族になれて良かったなぁって思ってただけだよ」

 

 そう言って箸を動かし始めた僕に、父さんと母さんは顔を見合わせてから、朗らかに笑った。

 

「ああ、俺達も、黒曜が息子になってくれて良かった」

 

「黒曜なら、絶対良いお兄ちゃんになってくれるもんね」

 

「うん、勿論」

 

 僕は大きく、自信満々に頷いた。

 産まれてくる子がどんな子かはわからない。

 けど絶対良い子が産まれてくると、そんな子達の良い兄になろうと、改めて心に刻んだ。

 

 元気に、産まれてくるんだぞ。

 皆、待ってるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日の呼吸

 

「こっの……」

 

拾弐ノ型・炎舞

 

「クソジジイがぁ……!」

 

ズバンッ!

 

 最後の鬼の頚が落ちて、やがて塵と化した。

 鬼殺隊の勢力が衰える現代まで身を潜め続けた、実に賢しい鬼だった。

 ……僕の寿命が尽きる直前に、油断して出て来てくれて、良かった。

 これでもう……この世は鬼に脅かされることのない、鬼のいない世界に……なった。

 古くからずっと、鬼殺隊の宿願だった願いが、叶った。

 

 既に僕の寿命は残り僅か、身体中が痛むし、今すぐにでも逝けるくらいに体は弱りきっている。

 そんな体で呼吸を使ったものだから、僕は急速に死へと近付いていた。

 

 もう僕の子も子を産み、更に子を、そして子を成した。

 ……時は大正から昭和、激しい人同士の戦争を終えて、平和な平成へと移り変わり……そうして今、遠い過去からの遺物、鬼を漸く滅ぼすことが出来た。

 達成感と脱力感に苛まれながらも、僕は最後の心残りを果たす為に、痛む体に、動かない体に鞭をうち、どうにか歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「曾じい様!」

 

 僕を迎えてくれたのは、曾孫の産屋敷輝壱。

 僕の若い頃によく似てる、輝利哉の曾孫にも当たる子だ。

 この子の子供が、生死の境を彷徨っていた時、輝利哉が言ったんだ。

 

『最後の鬼を滅しないと、この子は産まれない』

 

 産屋敷の勘は、正しい。

 だから僕は即座に、輝利哉の勘のままに飛び出したんだ。

 そして……それは正しかったらしい。

 

「無事、産まれました!産まれた時は泣かなくて!

 でも、突然息を吹き返して!良かった、良かった……!」

 

 涙を流す輝壱の肩を優しく叩き、僕はふらつく足取りで、産声の聞こえるほうへと、歩いていった。

 

 そして、その顔を見た瞬間、僕はなんだかとても懐かしい気持ちになった。

 僕は……父さんと母さんに拾われる前の記憶は殆どない。

 けれど、微かに覚えていることがある。

 暖かな空間で愛されていた記憶と、突然周りが冷たくなった記憶……。

 そして……誰かにずっと見守られていたような、そんな記憶。

 その見守ってくれた何かの気配と、目の前の赤子の気配は同じように感じた。

 

 酷く懐かしい、郷愁の念とも言えるような感情で胸がいっぱいになって、僕の目からは気付けば涙が溢れていた。

 その産声をあげ続ける赤子を抱く、疲れきった表情の輝壱の妻、産屋敷唄子は柔らかく目を細めていた。

 

「曾おじいさま……元気な、男の子ですよ……」

 

 差し出された子を抱く力ももう、僕の体には残っていなかったけれど、震える手で泣き続けるその子の頬に手を添えた。

 とても、温かい……命の力強さを感じる……。

 今までの子にも孫にも現れなかった僕の痣と似た痣を持つ、新たな命。

 何故か懐かしく温かな気持ちになる、そんな不思議な子だった。

 

 もう鬼はいない。

 それを証明するかのように産まれたこの子はきっと……神仏に祝福された子なんだろう……。

 

「おぎゃあ!おぎゃあ!おぎゃぁ!」

 

 元気に産声をあげる可愛い赤子。

 

「……輝愧(てるき)……と名付けようと思います……。

 曾じいさま、名をよんであげてください」

 

 輝壱の言葉に頷いて、僕はその子へ……輝愧の名を呼んだ。

 

「輝愧……ありがとう……産まれてきてくれて……どうか、元気に、大きく育つんだよ……」

 

 涙でぼやける視界の中、産まれたばかりでくしゃくしゃの顔の輝愧は、ほんの僅かにその表情を和らげたような、そんな気がした。

 

 ああ……満足だ。

 最期の心残りも、なくなった。

 鬼も倒し、鬼殺隊としての最後の役目も果たした。

 もう……何一つ後悔はない。

 

 少しずつ暗くなっていく視界、遠退く意識。

 満ち足りた気分で迎える、家族に囲まれたその最期……。

 

 ……でも、そうだね、うん。

 それでもちょっとだけ、死にたくないなんて思っちゃうな。

 まだ皆のこれからを、この子達の成長を、見守りたいなんて思ってしまう。

 そんな我が儘な、往生際の悪い自分に少しだけ呆れながら、笑みを浮かべて……。

 温かな気持ちに包まれて、僕の意識は闇に溶けていった。

 

「おぎゃあ!おぎゃあ!」

 

 産声がまるで僕を見送るかのように、最期まで響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでも私は死にたくない』

 

           ―終―




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