それでも私は死にたくない   作:如月SQ

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日間ランキングに何時の間にやら載ってまして、閲覧やお気に入りが跳ね上がり、困惑している今日この頃……。
感想も評価も沢山頂きまして、本当にありがたいです。




「私は青い彼岸花を探している。知っているか?」

 

「むざんさま、ひがんばなってなぁに?」

 

「…………」

 

 医者の手記にかかれていた、青い彼岸花という文字。

 他には聞いたことがあったり、手に入れる事が出来たりするものばかりの中で、それだけはどうしても見付ける事が出来なかった。

 聞いた事もない辺り、かなり貴重な代物であり、それを使った薬を私に投与した……らしい。

 となるとこの体が……鬼と化した理由、原因はそこにあると、推測していた。

 その青い彼岸花という物が、私を変貌させたものならば……。

 

「……?」

 

 この幼子を、鳴女を人間に戻せるかもしれない。

 

 私の旅に、特別目的という物はない。

 それならばまずは青い彼岸花を探し、鬼としてしまったこの子を元に戻す事を目指してもいいのかもしれない。

 

 ……という事はもしかすると、私も人に戻れるのか……?

 

 不意にそう思い至った。

 しかし、そうなると私の体はどうなる?

 私が鬼となり、既に十数年の時が経っているが、私の体は力が満ちたまま。

 衰える様子もなく、かつて死の影に怯えていた時とは比べ物にならない程に丈夫な体だが……。

 もし、人に戻った時に……その体に戻るのならば……。

 

 私の頭に過るのは、布団の上で痛みに苦しみ、無力感に苛まれた日々……あの日々に戻る……。

 更には、あの頃に戻るのならば、死はすぐそこにあるだろう。

 ぞわりと、恐怖が私の背筋を這い回った。

 死にたくない、私の心はその思いで埋め尽くされていった。

 

「むざんさま?」

 

 それが霧散したのは、私をきょとんとした顔で見上げた鳴女が私の名を呼んだ時だった。

 恐怖に早鐘をうつ胸を押さえ、息を吐き出し、鳴女を見下ろして首を振った。

 

「ああ、なんでもない」

 

 その頭を軽く撫でてやり、夜の闇の中でゆっくりと歩み出した。

 ……青い彼岸花を手に入れてからの事は……後々考えよう。

 そう、心に決めた。

 今、私は生を謳歌しているのだ、死ぬ事を考える意味はない。

 

「何を見に行こうか、鳴女」

 

「……?むざんさまがみたいもの」

 

「そうか……」

 

 鳴女を連れて、私は旅を続けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳴女を鬼としてわかった事だが、私が血を与えて鬼とした人間は、私とまったく同じ存在、という訳ではなかった。

 日光に当たれず、人外の力を持ち、傷は直ぐに治り、人の血肉を食わねばならない。

 それは同じだが……私と鳴女では色々と勝手が違う事がわかった。

 まず、人外の力とはいえ、私と鳴女でそれこそ大人と子供程の差があった。

 体格もあるので当然ではあるのだが……それでも鳴女は人を容易く引き裂ける程の力はある。

 傷の方は転んだ時等の傷が即座に治らない辺り、私よりも確実に遅かった。

 そして……人の血肉を食わねばならないのは同じなのだが……頻度が違った。

 私は半年に一度程度食べれば充分なのだが……。

 

「むざんさま、おなかすいた」

 

「……昨日襲ってきた野盗を食べたばかりではないか……」

 

「おなかすいたー!」

 

 鳴女は毎日人肉を欲していた。

 現在、私達は笠を被り、体をすっぽり覆う外套を身に纏い、道を進んでいるのだが、鳴女は時折こうして駄々をこねた。

 

 何故私と鳴女でこうも違いがあるのか?

 やはり、直接薬を投与されたかどうかの違いがあるのだろう。

 鳴女は私の血のみで鬼となった。

 私を鬼とした場合、鳴女は現在鬼もどきと言える状態なのだと仮定している。

 いずれ私と同じ存在になるのか、それとも鬼もどきのままなのか、それはわからない。

 だが、これは非常にまずい。

 一所にいて人を毎日食らえば、流石に何かしら感付かれてしまうかもしれない。

 人食いの化け物という一点で、明らかにこちらの分が悪い。

 簡単に殺されてやるつもりはないが、殺意を向けられる事自体が苦痛だ。

 

 他にも鳴女が毎日人を食いたがっている理由に心当たりはある。

 鳴女は私と違い、幼子の状態で鬼となったが、その時から一周り大きくなったように感じている。

 ある程度成長している……どのような理屈で、誰が判断しているかは知ったことではないが、いつまでも小さいままではないのは良い事だろう。

 

 まぁ、それによって今、私は苦悩している訳だが。

 だが、腹を空かせたまま歩かせても疲れて座ってしまうだけ。

 それに、一日二日食わなくとも死ぬ事はないが、飢えはするのだ。

 それは……可哀想だろう。

 

 どうしたものか、そう思っていると遠くから雄叫びのような声が響いた。

 様々な音……人の雄叫び、悲鳴、鉄同士ぶつかる音に、擦れる音……。

 そして、濃密な血の臭い。

 

「…………!」

 

「あ、こら……!」

 

 鳴女が目を輝かせて小走りで駆けだした。

 私は手を伸ばし、咄嗟に鳴女を抱き上げる。

 バタバタと暴れるものの、力の差は歴然。

 それに鳴女が私を害する事が出来る筈もない。

 鳴女は暴れ続けるものの、私は出来る限り気配を消し、繁みに身を隠しながら、それらの音がしたほうへと慎重に進んでいった。

 

 そして、その先にあった光景に、息を呑んだ。

 

『ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』

 

ガキンッ!

 

キィンッ!

 

ドシュッ!

 

『ギャァアアア!』

 

『討ちとったぁ!』

 

 それは、言葉にしきれない光景だった。

 何十、何百という人間達が、武装しぶつかり合う光景。

 血飛沫が飛び、いくつもの命が消えていく。

 雄叫び、生きたいという叫び、怨嗟の声、殺意……。

 それら全てがない交ぜになった……戦場。

 旗を互いに掲げているから、何処かの勢力と何処かの勢力が争っているという事はわかった。

 しかし……。

 

「なんと、惨い……」

 

 ちら、と鳴女を見下ろす。

 つい先日、生きたくても生きられない人々が飢えて死んでいく様を見た私としては、わざわざ争い命を捨てていく行為は、ひどく癪に障った。

 腕の中の鳴女がいなければ、この争いを止めるのも吝かではない程に。

 

「しかし、何故こんな殺し合いなどするのだろうな」

 

 そう呟いてみたものの、本当はわかってはいる。

 例えば、それこそ先日の飢饉だ。

 飢饉が自らの領地で起きた場合、それを何処かで補わなければならない。

 自らの貯蓄だけで間に合えば良いが、そうでない場合……何処かから持って来なければならない。

 その対象が別の領地となれば……それは戦だ。

 

 無論それだけではないだろう、いや、それならまだ必要に駆られた行為、まだ納得は出来る。

 一番理解に苦しむのは、領地を増やしたい、つまり肥えたいという元に行われる戦だろうか。

 何故ただ日銭を稼ぎ、静かに暮らす事が出来ないのだろうか。

 わざわざ血を流し、苦しみを増やす……なんとも理解に苦しむ……。

 今刺し殺された男にも、家族がいただろうに……。

 

 そこでふと、私が殺した輩にも家族がいた事に、漸く思い至った。

 私を殺そうとした、父上が従えていた者達、私を襲おうとした野盗ども。

 野盗すら、もしかしたら飢饉で仕方なくそういう行為に身を染めていたのかもしれない、守るべき家族がいたのかもしれない。

 ……私が殺し、食らった事で、二度と帰らぬ父を待つ家族を……。

 

「……くだらん、そこまでは私が考える事ではないだろう」

 

 ドツボにハマりそうな思考を切り替える。

 そうだ、そこまで考えてはキリがない。

 なんせ、これから私が生きる上で、人は必ず食らっていくのだから。

 ……ただ、この時以降、私は人を食う度にその人間を殺した影響、という物が頭に過るようになってしまった。

 その解決策は……。

 

「……む、鳴女……鳴女!?」

 

 そこで胸に抱いていた筈の鳴女がいない事に気付いた。

 思考に夢中になり、腕が緩んでしまっていたようだった。

 辺りを見回せば……とことことご機嫌な様子で駆けていく後ろ姿が見えた。

 行き先は当然、戦場……恐らく人間食べ放題だとでも思っているのだろう。

 

 しかし、まずい。

 鳴女は鬼だ、普通の人間なら問題ない。

 だが、ここにいるのは人殺しをする為に存在している人間なのだ。

 万が一がある。

 それに、今は昼間だ、笠を壊されるだけで私達は死んだも同然だろう。

 

 死ぬ……。

 

ぞわり

 

 目の前で起きている惨状と、十分に有り得る自分の死に様……。

 久しく感じていなかった死の影が、蠢いたような気がした。

 

「……仕方ない」

 

 それでも、鳴女を見捨てる事は出来ない。

 私は肌が露出しないように改めて服装を整え、鳴女を回収する為に慎重に駆け出す。

 風を切り、鳴女の向かったほうへと急げば、その姿は直ぐに見つかった。

 

 噎せ反るような血の臭いを感じ……口内にたまる唾を忌々しく思う。

 目の前では、事切れた男の腹に顔を突っ込み、喰らい続ける鳴女がいて……その様子を複数の男が取り囲み、刃を手に取り睨み付けていた。

 

「なんだぁ……?もののけの類いか……?まあいい、殺せ!」

 

 男達はその手に持つ刃を、夢中で血肉を啜る鳴女へと振り上げ……。

 

「悪いな……」

 

ヒュンッ

 

「……なんだ?風の」

 

ズバンッ

 

「お前達に恨みはないが、死んでくれ」

 

「お……とぉ……」

 

ゴロンッ

 

どさどさどさっ

 

 それらの体は上下で泣き別れとなった。

 途端に更に濃厚に香る血の匂いが、頭を揺さぶった。

 頭に過った可能性は、知らないふりをして、私は鳴女へと向き直る。

 

こつん

 

「あぅ」

 

 その頭を軽く小突き、その顔を私へと向けさせた。

 

「勝手な行動をするな。するにしてももっと警戒心を持て。

 私達は不死身ではないのだ。笠を壊されていれば、死んでいたかもしれんのだぞ」

 

 鳴女は真っ赤に染まった顔で、こてりと首を傾げた。

 ……まぁ、まだ子供なのだ。

 これからしっかり教育し、改めて言い聞かせれば良いだろう。

 

「……取り敢えず、ここで食事にしよう。死体を拾ってくる。

 身を潜めて食らう事にしよう。

 鳴女……お前は生きた人間に手を出すんじゃないぞ?」

 

 肩に手をおき、視線を合わせ、鳴女へと言い聞かせると、今度は理解出来たようで、にぱっと笑うとこくりと頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

「お、お助けください……」

 

「あれぇ、無惨様、それ、お食べにならないのですかぁ?」

 

 私の目の前で、身形の良く、血色の良い少女が私を見て震えていた。

 それを疑問符を浮かべながら見ているのは、童磨。

 私の配下の鬼だ。

 その口元にべったりと血をつけ、人の手を持ち、へらへらと笑っている。

 ぎょろりと珍しい虹彩の瞳が少女を射抜いた。

 

「ひっ……!」

 

「この子の両親はもう()()()あげましたから、遠慮なくどうぞ?」

 

 ……童磨は万世極楽教という宗教で教祖をしている。

 そこで人間を……心の弱い人間を救済と称して食らう、それがこいつの食事だ。

 少女の震えと涙は、その教祖が人食いだったから……だけではなさそうだ。

 恐らくは、目の前で食らったのだろう、この子の親を。

 

「……いらん。この娘くらいは、助けてやれ……」

 

「あら、そうですか。わかりました」

 

 そこで、童磨が鉄扇を構えた瞬間に、言葉を選び間違った事に遅れて気付いた。

 

「たっ―――」

 

ゴロンッ

 

ピキリッ

 

 首から上を失った少女の体が、次の瞬間には凍りついた。

 

「今はお腹いっぱいだからね、後で食べてあげるよ。

 そうすればお腹の中で家族揃って俺の一部になれて、幸せだよね」

 

 ……こいつにとって『救い』『助け』とは食らう事だったな……失敗した。

 目の前でむざむざと失われた命に思う所はあるが……命は回帰しない。

 失われた物に拘ったままではいられない。

 

 そもそも童磨の様子を見に来たのが失敗だったかもしれない。

 人が人を殺す戦が起こる理由の一つ、宗教の違いを聞いてみたかったのだが……童磨に聞こうと一瞬でも思った私が愚かだった。

 

 ……こいつは元気そうだし、もう良いだろう。

 

「邪魔したな、帰る」

 

「ややっ、もうですか?

 ウチの信者達はお気に召しませんでしたか?

 おっと、あとはお見送りを……」

 

 すくりと立ち上がった童磨はなおもへらへらと笑い続けていた。

 

「いらん。鳴女」

 

ベンッ

 

 琵琶の音とともに目の前の中空に襖が現れる。

 この襖は鳴女の血鬼術で、我が居城への瞬間移動が可能だ。

 くぐればそれで、居城へと帰る事が出来る。

 私の目の前で開いた襖の向こうでは、鳴女が琵琶を構えてこちらを静かに見据えていた。

 

 そこで、ふと後ろを振り返り、恭しく礼をしていた童磨へと向き直った。

 私は正直、こいつを鬼にした事を後悔している。

 常にへらへらと軽薄な童磨だが、その使命……人を救うという目的だけは本気で思い、実行してしまっている。

 人を食らう事で、人を救った気に本気でなっているのだ。

 空虚で、哀れで……おぞましい、鬼。

 

 だが……童磨を鬼にしたのは私だ。

 ……ならば私は、彼を鬼にした者として……。

 

「童磨よ、これからも邁進するといい。私は、お前を肯定する」

 

 その生を、肯定しなければならない。

 

 私の言葉に顔をあげ、にんまりとした笑顔になった童磨は、鉄扇をひらひらと振った。

 

「はぁい、頑張りますね」

 

 その言葉に私は視線を切り、襖をくぐり抜けた。

 短時間だったが……どっと疲れたような気がするな……。

 襖が閉じるその時まで、童磨の朗らかな視線を感じ続けていた。




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