まぁでも……本当の本当にこれでおしまい。
本当に、最後のおまけです。
掲示板回四話を前後編に編集しなおしております。
しおりや既読話等が変化しておりますので、ご注意ください。
緑の格子状の盤面。
無数の、私の黒が支配する盤面。
対面が指揮する白の数は明らかに少なく、私のほうが珍しく優勢であった。
長らく勝ちを拾えなかったが、漸く勝てそうだと、雪辱を果たせそうだと、白黒の石の黒の部分を上にして追加し、更に盤面の黒の数を増やす。
ぱたん、ぱたん
そうして白を黒へとひっくり返し、最早盤面の白の数は僅か。
その成果にふんふんと鼻を鳴らして、対面の顔色をちらりと伺った。
この差は勝っただろう、悔しそうにしているだろう。
そんな思いで向けた視線の先で盤を挟んで対面していた対戦相手は、笑みを……不敵な笑みを浮かべていた。
「え」
驚いて思わず漏れた言葉に反応する事もなく、白の石がパチリと盤面に置かれた。
ぱたん、ぱたん、ぱたん、ぱたん
一筋、白が黒の中を進んでいった。
私が戸惑う間に、黒を侵食していく白。
次は私が置く番にもかかわらず、少なくとも一つ、引っくり返せなければ置けないルールによって、私が置ける場所はない。
増やし過ぎた我が陣営が、今更になって恨めしい。
「……………………パス」
ニヤリと笑みを浮かべていた対戦相手に、長い沈黙の後、絞り出すように告げれば、堪えきれないとばかりに噴き出された。
「ははっ、なんだ、蚊でも鳴いたか今?」
「……………………うるさい、です」
「はははっ」
ぱちん
ぱたん、ぱたん、ぱたん
「……………………………………パス」
「あははははっ!」
結局、私の作り出した黒が圧倒的な優位だった盤面は覆され、目の前には白に支配された盤だけが残った。
腕を組んで何が悪かったのか悩むも、やはりよくわからない。
自分の幼さを理由に、目の前の大人げない男を糾弾したい気持ちが湧くも、それは私の矜持が許さない。
うーん……リバーシ、難しいなぁ。
「まだ輝愧には負けないな」
そう言って微笑む、長髪を後ろで一つに纏めた男性。
僕の、じゃなかった。
私のお父さん……でもなかった。
私の父上である、産屋敷輝壱である。
自分の実子である私に対して大人気ない勝利をもぎ取った父上は、私の頭を優しく撫でてくる。
それに口を尖らせながらも、私はされるがままに撫でられ続けた。
私の名は産屋敷
昔から長く続く名家、産屋敷家に産まれた、世間一般的に言うお坊っちゃまである。
一応名に「輝」の字を戴いてるので、後に当主になる……可能性が高いので、最近は言葉遣いを気にしているところなのである。
……あれ、ちょっと変かな?
「なんじゃ輝壱、また輝愧を苛めとったのか?」
「母上」
そこで襖が開かれて現れたのは、母上の産屋敷唄子である。
古風な喋り方だけど、優しくて私は大好きだ。
視線は白に染まったリバーシの盤面に向けられていて、呆れたように父上を見下ろしていた。
「苛めてなんかいない。男と男の真剣勝負だ。
……それより、そっちは大丈夫だったか?」
身を寄せてきた母上の胸元にすり寄り、頭を撫でて貰っていたが、父上の言葉にハッとさせられ、母上の顔を見上げた。
穏やかに微笑んだ母上は、小さく頷いた。
「勿論じゃ。二人とも良い子だからのう、今はぐっすり眠っておる」
その言葉に安心して、私は母上の温もりに身を任せた。
二人、とは母上が産んだばかりの双子の、私の弟達の事だ。
双子で出産当時は母上は大変だったようだが、『輝愧の時に比べれば、屁でもないわ!』と叫んで切り抜けたのだという。
私は産まれ落ちてかれこれ6年となるが、危うく死産となる所で、その当時母上の体にも相当の負担がかかっていたと後に聞いた。
なんとも我が事ながら、今更どうしようもない事ながら、申し訳無い話である。
双子の弟達を母上が寝かし付けている間、私と父上はリバーシを楽しんでいた。
……いや、楽しんだのは父上だけかもしれないけど。
「母上、父上が大人気ない……」
「おーおー、また大負けしおってからに。
ぽけもんやらすとらてじーやら色んな要素が絡むげーむでは滅法強いのにのぉ。
何故しんぷるなげーむになるとこんなにも弱いのか、まったく面白い奴じゃのぅ」
「うー……わかんない」
「ふふふ、愛い奴じゃな」
よしよし、と撫でてくる手に改めて感じる悔しさを紛らわすように、頭を擦り付けた。
「よし、では今度はわしと一緒に輝壱をとっちめるとするか!」
「……本当?やる!おと……父上とっちめる!」
途端に、今までにこやかに此方を眺めていた父上の笑顔が、僅かに歪んだ。
父上は私よりボードゲームが強い、それは確かだ。
「うーん……それは、困ったな……」
「ふふふ、たまには母親として良い所も見せねばな」
けれど、私達家族で最もボードゲームが強いのは母上だ。
「はは……お手柔らかに」
苦笑する父上に、母上の腕の中で抱え込まれるようにして再度対峙し、また新しくゲームを始めるのだった。
これが、僕の、私の、産屋敷輝愧の愛する両親。
温かくて、優しくて、互いに少し負けず嫌いで。
何処か友達みたいな気安さもあって、まるで産まれる前から知っていたかのように懐かしく、まるであるべき形になったかのように収まりが良い。
新たな家族も産まれて幸せ続きな、そんな自慢の家族だ。
「旦那様、奥様、お坊っちゃまをお迎えにあがりました」
都合父上を三回、ほぼ母上の力で完膚なきまでに負かした頃、襖を叩く音の後、幼くハキハキとした声が響いた。
「む、もうそんな時間か」
その声に私はひょいと母上の膝の上から飛び上がり、自ら襖へと向かっていく。
この声は、間違う筈もない。
私は自らの手で襖を開けた。
そこには私と同じ、いや少し幼い少女が膝をついて此方へと頭を下げていた。
「稀世、すまない。時間を忘れて父上と母上に遊んで貰ってしまった。山本先生を待たせては悪い。行くとしよう」
「いえ、家族団欒の場をお邪魔してしまいすみません」
「気にしなくて良い。輝愧の勉強も大切な事だ」
「そうじゃそうじゃ。それに稀世もほとんどわしらの子のようなものじゃ、甘えてくれて構わんのじゃぞ?」
「いえ……そんなの恐れ多いことです……それでは、失礼致しました、旦那様、奥様。
行きましょうか、お坊っちゃま」
父上と母上にそう言われても稀世は態度を崩さないものの、その表情には隠しきれない喜びが滲んでいるように見えた。
稀世は三年程前、家の前に行き倒れているのを私が発見し、助けた少女だ。
どれだけ調べても身内は見つからず、捨て子として引き取る事になっていた。
そうして今、稀世は私の従者のような立ち位置で共に暮らしている。
私に命を救われたから、と従者としてのスタンスを崩すことはないが、まぁ妹のようなものだな。
「うむ、では父上、母上、行ってきます。また後程」
「行ってらっしゃい。お勉強頑張るのじゃぞ」
「行ってらっしゃい。今日は午後からはアレだからな?忘れるなよ?」
「勿論!今日は初めてのお役目だもん!……は、い、行ってきます!」
ああ、つい嬉しくて態度が……!
父上と母上の生暖かい視線から逃れるように、私は稀世の手を取り、身を翻した。
「ぼ、ぼっちゃま……!」
ちらと見えた稀世の頬が紅く染まっていたが、私が近くにいるといつも染まっているから、あまり気にすることはない。
手を繋いでいるのを見た山本先生、若い男の家庭教師が『不純異性交遊ー!』『タマヨサマー!』と何時もの落ち着いた態度をかなぐり捨て、叫び出す事がある程度の事だ。
そして……稀世と共に勉学を終え、目を覚ました双子と共に家族で昼食を摂り、いよいよ待ち望んだ初めてのお役目の時間がやってきた。
代々伝わるぶかぶかの服で着飾り、顔を布で覆い隠し、鈴のついた七支刀を持って……私の曾曾祖父、産屋敷家九十八代目当主、産屋敷輝利哉様の前に立つ。
隣には同じような、色合いの違う服を着た少年……とはいえ私よりも一回りも二回りも大きな男の子が立っている。
去年はここにいるのは父上だったけど、隣の男の子は変わってはいなかった。
今日は、産屋敷家、並びに竈門家に伝わる奉納の舞の日。
かつて存在していたと言われる鬼を、今は亡きもう一人の曾曾祖父、竈門黒曜様が討伐したと言われる日。
そして、黒曜様の命日であり……僕の誕生日だ。
僕、私が産まれる直前まで人食いの鬼がいたのだとか言われても、ピンとくるものではない。
けど、なんとなく……それは嘘ではないんだろうなと感じていた。
それを告げる両親の表情は嘘を言っているようには見えなかったし、私も何となくすんなりと納得出来ていた。
そして何となく、こうしていられるのは、黒曜様のおかげだと、誰に言われた訳でもないけど、そう思うのだ。
シャン
隣で竈門家の男の子、竈門炭彦君の手の七支刀の鈴が鳴る。
シャン
それに合わせて、私も鈴を鳴らす。
まぁ、今は置いておこう。
ちらと見えた神社の先、よぼよぼのおじいさん、産屋敷輝利哉様はその曲がった腰を頑張って伸ばし、垂れ下がった瞼を見開いて、此方を見詰めている。
あれ程ご高齢なのに、それでも私達の奉納の舞をしっかりとした姿勢で見ようとしていらっしゃる。
そんな輝利哉様に、恥ずかしい姿を見せる訳には、いかない。
改めて気合いを入れ直し、七支刀を持つ手に力を込めた。
奉納の舞は沢山練習した。
父上にも母上にも、お祖父様にもお祖母様にも褒められた。
それなのに、初めてのお役目で、この大一番で、いずれ当主になるかもしれない僕が、失敗する訳には……!
緊張でドクンと、強く胸が跳ねた、その時だった。
「……あんまり気負わない方が良いよ」
そこに、びっくりする程平坦で穏やかな声が、僕にだけ届くような声量で届いた。
シャン
鈴の音で遮られて他の人には届いていなかったけれど、その言葉は間違いなく隣の炭彦君から発せられた言葉だった。
え、と思い視線だけ向けると、布の隙間から苦笑いがちらりと見えた。
「僕も最初緊張して大ポカしちゃったからさ。
緊張するのはわかるけど、大丈夫、いつも通りやれば良いだけだよ」
シャン
鈴の音がする。
産屋敷家の、竈門家の、集まった親戚の人達の視線を感じる。
心臓の鼓動は、ドクドクと五月蝿くて、額に冷や汗が浮かんだ。
それでも、炭彦君は変わらない声質、静かに、ゆっくり、穏やかに言葉を紡ぐ。
「大丈夫だよ、皆、君の家族だから」
シャン
「あ……」
その言葉は不思議なくらいに僕の胸に染み込んでいった。
背後に感じる視線、気配。
大好きな父上と母上、愛しい弟達、可愛い妹分、頼もしい先生。
他に感じる、似た気配の人達。
そして何より、その全てを包み込むように、優しく全てを見守って下さる、輝利哉様の温かな視線。
ドクン
先ほどとは違う、緊張とは違う感覚で、心臓が強く跳ねた。
身体中がカーッと熱くなっていって、同時に力が満ちていった。
今なら、きっと……なんでも出来る、そんな気がする。
「……ん、頑張ろうね」
シャン
炭彦君が、僕に向き合うように姿勢を変えた。
シャン
それに合わせて、私も体を向き合わせる。
……その時、感謝の意を伝える為に小さく頭を下げた。
ありがとう、炭彦君……おかげで私は完璧に舞える。
一年に一度の、
炭彦君が七支刀を構える。
それに合わせて、私も七支刀を構えた。
昔から繋げ続けた、二つの伝統的な舞。
太陽と月の名を冠した、永遠に繋げ続けていく奉納の舞。
炭彦君が舞う日を冠した『日ノカミ神楽』が昼を照らし、私が舞う月を冠した『月明カリノ舞』が夜を照らす。
一日中この神楽を交互に舞い続け、これからの世の総てを見守り、照らし続けていくように。
それが、『昼夜奉納の舞』。
……流石に今は半々日、六時間程度だけれども。
これからの世が明るく照らされていきますように、と願いを。
これまで世を照らし続けてくれてありがとう、と感謝を。
太陽と月に祈りを捧げよう。
続けていこう、繋げていこう。
まだまだ若い……幼いこの身だけれど、温かな繋がりに包まれながら、その一つになれたことが……とても誇らしい。
だから、精一杯舞おう、祈りを捧げよう。
幸せになって、子を成し、幸せにして、繋げて。
この身に満ちる温かさを、幸せな想いを、次に伝えていきたい。
そんな想いを込めて、舞を捧げよう。
この世に生きる全ての命に、祝福を……。
円舞
闇月 宵の宮
長らくお付き合いいただき、ありがとうございました!