それでも私は死にたくない   作:如月SQ

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無限城編7月18日放映開始決定記念


琵琶の鳴る食堂

 俺は伊黒小芭内。

 鬼の首魁、鬼舞辻無惨との決戦を終えた後、否応なしに規模を縮小せざるを得なかった鬼殺隊、その最高位柱、蛇柱だった俺は……。

 

「……よし、完成だ。持っていってくれ」

 

「はーい!鮭大根定食でお待ちのお客様ー!」

 

 鬼殺隊の経営する食堂で、料理をしている。

 小回りのきく車輪のついた椅子に座ったまま、目の前の鍋に次の注文の料理の為に具材を放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決戦の後治療を受けたが、下半身の感覚が戻る事はなかった。

 一人で立つ事も出来ないザマに自嘲しつつも、俺は素直に引退を表明することにした。

 

 とはいえ、鬼がまた生きている限り、鬼殺隊の戦いは終わらない。

 決戦で重傷者も殉職した者も大量に出た上に、柱にも離脱者が出た。

 そんな最中、まだまだ戦いは続くなか、甘露寺がまだ戦いの渦中に飛び込もうとする状態で、ぬくぬくと引退するというのは俺の矜持が許さなかった。

 戦う事は出来ない。

 ならそれ以外で貢献すれば良い。

 そうして俺が今後貢献する形に選んだのは二つ、呼吸専門の育手と……食堂経営だった。

 

 下半身が機能せず、そもそも呼吸が基本から外れた蛇の俺では、元々育手としては相応しくないと常々思っていた。

 ……事実柱稽古の時、俺の稽古をまともに抜けられたのは元々実力のある隊士だけ。

 俺なりに扱いてやったが……本当に成長したかは定かじゃない。

 俺は自分の育成能力をまったく信用していない。

 だからこそ俺が助言するのは呼吸のみ。

 型の教えは他の奴等に任せる。

 そのかわりに、隊士達の飯を作ってやろう、そう思った。

 

 ……最初の客が俺と同じ柱を引退した冨岡だったのは、良かったのか悪かったのか……。

 ひどく複雑だった。

 いざ鬼殺隊の為にと意気込んでいれば、柱を引退した冨岡の飯を作るというのだから。

 おまけに奴の事は好きじゃなかったし、兎に角複雑だった。

 

 だが、鮭大根を頬張った奴が浮かべた笑顔、今まで共にいた時間で僅かばかりも見せる事のなかった笑顔を見た時……。

 それと、食い終わった時、手を合わせて……。

 

『ご馳走さまでした。美味しかった』

 

 そう、言われた時……不思議と心が温かくなったのを覚えている。

 だから柄にもなく、わざわざ見送りに行って、また来ても良い、次はまけてやってもいいと言ってみた。

 そうしたら奴は、こう返してきた。

 

『いや、*1結構だ』

 

 と。

 こいつには二度と優しくしないと決意した瞬間だった。

 

 ……まぁ、良い。

 そもそも本命は甘露寺に満足するまで食べて貰いたいからだからな。

 笑顔で俺の作った飯をパクパクと頬張る甘露寺は、いつにも増して可愛く、美しく見えた。

 その様子を今までように近くで見るのも悪くなかったが、次の笑顔の為に尽力するのもまた、悪くない。

 

 料理で、食で人を助ける……足の動かない、鬼殺隊からすれば役立たずでしかない俺だが、それで助けになるなら……それはそれで生きてる意味がある、そう思えた。

 そうして俺は料理番として、陰ながら鬼殺隊を支えるようになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなある日の事だ。

 不死川玄弥……現風柱不死川実弥の弟が、元鬼である黒曜を連れて、訪ねてきた時があった。

 玄弥は鬼食い、鬼を食らい一時的に鬼となって鬼狩りをしていた人間であり、黒曜なんて、決戦時に鬼として散々暴れたらしい。

 俺はその日昼のピークを過ぎ、任務のなかった甘露寺とまったりとした時間を過ごしていた。

 二人きりの時間を邪魔されたうえに、俺基準では鬼と判断出来なくもない二人だ。

 不愉快だったから最初は追い出そうとしたが、真剣な面持ちの玄弥に免じ、話を聞く事にした。

 

「あの、実は……」

 

 そうして玄弥の口から語られたのは……鬼の首魁鬼舞辻無惨の過去だった。

 同時に、俺達が相対した上弦の肆、鳴女という鬼の辿った悲惨な経歴だった。

 

「……そんな」

 

 口元を押さえた甘露寺は、わなわなと震えていた。

 当然だろう、俺達が追い詰めた鬼にそんな過去があり、悪辣ではなかったなどと聞かせられれば、優しい甘露寺ではそう思ってしまうだろう。

 俺は一度目を瞑り、気持ちを落ち着かせた後……薄く目を開いて玄弥を見つめた。

 

「……それで、お前は何を言いに来たんだ」

 

 ただ甘露寺を傷付ける為に来たのなら、容赦はしない。

 首に巻き付いた鏑丸が、俺の感情を示すように牙を剥いていた。

 

「……いや、俺はただ……あの悲しい(ひと)を皆にも知って貰いたかったんです。

 鬼は……悲しくて、可哀想で、哀れな生き物だったって……。

 邪悪でも悪辣でもない、ただただ生きたくてもがいた一つの命だったんだって……」

 

 俯いてそう語る玄弥の言葉に、嘘はないように感じた。

 こいつは、心の底から鬼達を……厳密には鬼の首魁鬼舞辻無惨とその配下達を可哀想だと、哀れだと思っている。

 そして素直にその言葉を信じるなら、周知させておきたいだけで、それ以上は望んでいないように感じた。

 ……俺は、大きく息を吐き出した後、玄弥へと視線を向けた。

 お前がそう思うなら、良いだろう。

 そのまっすぐさに免じて、俺は俺で、素直な意見を言葉にしてやるとしよう。

 

「そうか、俺は可哀想だとは思わない。俺はずっと言っている。俺は鬼が嫌いだ、すぐに嘘をつき、人を騙し、殺して食らう鬼が今更哀れだと言われても俺が考えを変える事はない。上弦の肆がかつて見世物にされていた?それがたとえ真実だとして人を食らって良い理由にはならないだろう。確かに悲劇だ、悲しい事だ、だがそんな悲劇この世にはいくらでもある。それこそ貴様の兄、不死川実弥や、認めたくはないが竈門炭治郎を始めとした奴等は、悲劇が起きようと真っ直ぐ生きている。俺からしたら鬼は所詮、悲劇の主人公を気取って甘えてる奴等だとしか思えない。自分の意思に反して鬼になってしまったと、人を食うことを罪だと認識出来ているなら、さっさと日に当たって焼死するか、人を食わずに餓死でもするべきだったんだ。それが出来ず、なんだかんだと理由をつけて生き永らえて、悲劇を振り撒く化け物に成り下がっていた時点で、鬼舞辻無惨はどうあっても死ぬべきだった。……その生を僅かでも肯定されるべきじゃない」

 

 つらつらと述べてやれば、玄弥は呆気に取られたようでポカンと口を開けて此方を見ていた。

 ふん……当然か。

 真正面から否定してやったんだからな。

 さあどうする、怒るか?悲しむか?

 どちらでも良い、そんなくだらない事を言いに来たのであれば……。

 

 一度瞑目し、様子を伺う為に薄目を開けてみれば、玄弥は何故か此方を見て笑みを浮かべていた。

 ……は?なんで笑っている?

 気でも狂ったか?

 

「伊黒さんって……結構優しいんですね」

 

「はぁ?」

 

 今の話の何処に俺が優しい要素があった?

 本当に気が狂ったのか?

 

「そんな事を本気で思ってる人が、鬼達の冥福を祈る為に社なんて作らないでしょう」

 

 なっ、何故こいつがそれを知っている!?

 

「何故知ってっ……!甘露寺!」

 

「ご、ごめんなさい、伊黒さん……」

 

 視線を向ければ、甘露寺は心底申し訳なさそうに眉を下げた。

 ……よし、全て許そう。

 だが、あまり周知されるのは問題か……玄弥には釘を刺しておこう。

 顔を玄弥へと戻し、眉を寄せた。

 

「……知られてしまった物は仕方ない。

 だが、言い触らす事は許さん。もしも誰かに話せば、その口縫い合わせ、二度と口がきけなくしてやる」

 

「わかりました」

 

 社、それは食堂の庭の奥にある小さな木製の社だ。

 決戦の後、甘露寺と共に作った……鬼達の冥福を祈る為の社。

 

「はぁ……おい、ほっこりしているんじゃない。

 それに、さっき言った言葉も別に嘘じゃない、鬼達が哀れだとは俺は思っていない。

 奴等は死ぬべきだったし、滅ぶべきだった。

 そこにもしもは存在しない……あってはならない。

 鬼の殆どは悪辣で、生き汚く、卑怯な嘘つきだ。

 それを、俺は産まれた時から、柱になるまで……そして柱になっても実感し続けてきた」

 

 気付けば、頬に手を当てて喋っていた。

 今も隠したままの頬の傷、あの鬼に裂かれた頬……。

 ズキリと、その傷が痛んだ気がした。

 

「鬼に隙を見せれば、そこを鬼は必ず突いてきた。

 俺の呼吸が水の呼吸の派生なのは知っているな?

 ……水の呼吸の剣士は、甘い奴が多い。

 そこまで言えばわかるだろう。騙し討ちされて死んだ知り合いが、幾人もいた。哀れな様を装って、同情を狙って……。

 そんな鬼が跋扈する中で、そんな甘い考えで鬼殺隊をやれるバカは生き残れない」

 

「まぁ……普通は、そうですよね。普通は……」

 

 玄弥は言葉を濁した。

 ああ、そんな大バカが確かに一人生き残っていたか。

 ……しかもとびっきりの功績を引っ提げて、な。

 あいつが、竈門炭治郎が、あの甘ちゃんが甘いままで鬼の首魁を討伐した……決戦後に目を覚まして教えられた時、どれだけ驚いたか。

 お館様の語る鬼舞辻無惨の人物像も合わせて、あいつが決着をつけたなんて微塵も信じられなかった。

 だが現実は……。

 ……そうだな、そうなんだろう。

 

「……知ってはいたんだ。

 俺達柱は、大なり小なり……気付いていた。

 鬼達が例外なく悪鬼では無いことに、気付いていた。

 気付いていて……気付かない振りをしていたんだ」

 

 ボソリと呟いたのは、ある意味懺悔とも言える言葉だった。

 知っていた、わかっていた、鬼が全て性根から悪ではないと。

 

「……だが、それをどう見分ける?初対面の人間が善か悪かわからないように、鬼も同じだと見極める時間を設けるか?

 それでどうなる?善の鬼がいたとして、人を食わねばならんのは同じ、見逃せば結局人が犠牲になる。

 そして、そんな鬼を、悪い奴じゃなかったかもしれない、なんて苦悩して切り捨てていく隊士が傷つかない訳がない。

 ……そうやって、鬼の前で油断して……あいつらも死んでいったんだ」

 

「それは……」

 

 玄弥は一度口ごもった後、俯きながら絞り出すように答えた。

 

「すみません、軽率……でした」

 

 俺は小さく頷いた。

 

「それは、あまり広めるべき話じゃない。お館様が柱だけに語っていた理由がわかるだろう?

 鬼殺隊の全員がそれを知る必要はない。鬼殺の妨げになる。

 未だ討伐されていない鬼は、鬼舞辻無惨の配下ではなかった鬼だ。そいつらは、ほぼ悪辣で卑怯な鬼だと断言して良いだろう。

 そんな鬼を今後討伐しなければならない鬼殺隊にとって、余計な話、知るべきではない話だ。

 俺が社を作ったのは……罪滅ぼしのような物だ。

 俺が斬っただろう、悪とは言い切れない鬼達の、せめてもの冥福を祈る為の自己満足……それだけだ。

 ……わかったな?この話は……俺達の胸の内にだけ留めておくべき話だ」

 

 玄弥は口を引き結び、深く頷いていた。

 

「ならば話は終わりだ。さっさと帰れ。

 俺はそろそろ仕込みを始めなければならない」

 

 夕飯時まで時刻にまだ余裕はあるが、早めに来る客もいるので油断は出来ない。

 しっし、と手を振ると、玄弥はハッとした顔で隣に突っ立っていた黒曜の背を押した。

 

「あっ……と、本題があって、ほら、黒曜」

 

「なに?」

 

 本題?

 話をしにきただけじゃ……いや、そうか。

 それだけなら黒曜がいる必要はなかったか。

 鬼殺隊の制服を着て、既に頭角を現し始めている黒曜……。

 元鬼という事で内心複雑だが、優秀な事に変わりはない。

 眉を多少寄せるだけに留め、黒曜に視線を向けた。

 

「蛇柱様、これを」

 

 そう言って黒曜が差し出したのは、巾着袋。

 花柄の服か何かで作ったのだろう、巾着袋だった。

 

「上弦の壱の……遺品です。どうか、蛇柱様の社で、共に祀ってはいただけないでしょうか」

 

「……………………ふぅー……成程」

 

 俺はたっぷりと時間をかけ、大きく息を吐き出した。

 ここでそう持ってくるか。

 ちら、と玄弥のほうを見れば、気まずそうに視線を逸らした。

 ……まぁ、実害はない。

 それに、鬼の冥福を祈るなどと言う、嘘ではないが本当の事でもない言葉を吐いた手前、断るという選択肢はなかった。

 この状態を狙って引き出していたとするならば、玄弥の評価は一段階上げなければいけないな。

 好感度は下がったがな。

 

 暫し思案したが、結局俺に断るという選択肢はなく、諦めたような息を吐き、頷いた。

 

「……わかった。それも社に入れていい」

 

 そう答えた時、玄弥はホッと安堵の息を吐き、黒曜は僅かに頬を弛めていた。

 へぇ……何処か時透に似ているから無感情なのかと思っていたが、存外表情豊かなんだな。

 なんとなく、そんな事を考えていた。

 

「それと、もう俺は柱じゃない。伊黒で良い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コトリ

 

 開けた社の扉の中に、花柄の巾着が静かに置かれた。

 中には()()()()()()()()()()()()()()()が納められている。

 そこに新たに置かれた、花柄の巾着。

 

「中身は何が入ってるの?」

 

「手彫りの笛のようです。詳細はわかりません」

 

「ふうん……上弦の壱、黒死牟さんだったっけ。

 誰かに貰った笛だったのかな?お父さんとか?」

 

キィ……

 

パタン

 

 社の扉は静かに閉められた。

 元々あれらを納めた時にもう開くことはないと思っていたが……今度こそもう、開くことはないだろう。

 

パン、パン

 

 手を叩いて、目を瞑り、祈りを捧げる。

 鬼達を幾人も殺した俺達の祈りなんて捧げられたくもないだろうが、知ったことではないな。

 これは所詮、俺の自己満足だ。

 精々なんとも言えない顔をするがいい。

 

「……伊黒さん、ありがとうございました」

 

 声がして目を開けば、黒曜と玄弥が深く頭を下げていた。

 座ったままの俺よりも低いところにあるつむじに、俺は視線を逸らした。

 

「別に……鬼を祀る場所なんざ少ないほうが良いだろう」

 

 俺はそう呟いて、社をじっと見詰めた。

 

「それじゃ、俺達は失礼します」

 

「今度はごはんたべにきます」

 

「あー、好きにしろ……」

 

 気の抜けた返事を返して、俺はただぼうと社を見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 知っていた、知っていた。

 鬼が悪辣なだけの、悪鬼しかいない存在ではないなんてことは、蛇鬼から解放された時……俺は既に知っていた。

 俺の一族は女ばかりが産まれる一族で……鬼に支配されていた。

 鬼が喰うために殺した人間の金品で生計をたててる、ろくでもない一族だった。

 そんな中産まれた珍しい男だった俺は、ずっと監禁されて過ごしていた。

 蛇鬼は忌々しい事に俺を大層気に入り、大きく育ててから喰らうのだと、俺の頬を自分と同じ形に裂いて、溢れた血を旨そうに舐めていた。

 

 このままじゃ殺される、喰われる、そう思って逃げ出そうと足掻いた……けど、蛇鬼の警戒心は強かった。

 それはそうだ、お館様の話が本当なら、玄弥の話が事実なら、蛇鬼のような鬼は……思うがままに人を喰らい、飼育するように人を従える鬼は、鬼舞辻無惨が認める筈がない。

 きっと奴は、慎重に隠れ潜み続けていた。

 だからこそ常に警戒を続けていた。

 だからこそ俺は直ぐに見つかり、そして……殺されそうになった。

 

『これまで育ててやったというのに、この恩知らずが!』

 

 そう吐き捨てて牙を剥いた蛇鬼に対して、俺に抗う術はなかった。

 ただただ恐怖に、死に怯え、震える事しか出来なかった。

 

 ……そんな俺を助けたのは、一族の、血の繋がった家族でも、表向きは俺を救出した事になっている、当時の炎柱でもない。

 

【ベベンッ】

 

 突如宙に現れた、襖の向こうで佇む、琵琶を携えた黒い長髪の女だった。

 琵琶が鳴り響いた瞬間、蛇鬼の蠢く長い身体を、開いた襖がいくつも通り過ぎた。

 そして、それが何か奴が把握するよりも早く、再度鳴り響いた琵琶の音。

 

【ベベベベベンッ】

 

『ギャァアアアアアアアッ!』

 

 気付けば蛇鬼は身体がバラバラになって地を蠢いていた。

 閉じられた襖が、血まみれとなった襖が、空に溶けていく不思議な光景を眺めながら、俺はただ呆然とその場に座り込んでいた。

 

 あっという間の出来事だった。

 俺達一族の……まるで鬼のような一族の、呪いが断ち切られた瞬間だった。

 蛇鬼はまだ生きてはいたが虫の息で、俺を見てもいなかった。

 長年俺を、俺達一族を苦しめ続けた元凶とは思えない程に、情けない、哀れな姿だった。

 

 そして、蛇鬼の血がついた頬を無意識に擦っていた俺の手と頭に、温かな感触があった。

 

『……無事のようですね。良かった。間も無くここに、刀を持った人間達が来ます。その人達に助けて貰いなさい』

 

 襖の向こうで座ったままの女は、俺にそう言い聞かせて微笑み、優しく頭を撫でてくれた。

 ちらりと見えたその顔は、口と鼻は整っていたものの、大きな一つ目の明らかな異形の姿をしていた。

 ……けれど、その優しい口調に、温かな感触に、何よりその透き通った真摯な瞳に……俺は不思議な安心感を覚えて、大人しく頷いていた。

 

『よし、良い子良い子……さあ、いきなさい。

 これからの貴方の道行きに、幸あれ……』

 

 そう言って女は……いや、決戦の時に俺が対面した上弦の肆、鳴女は……微笑んで、俺の未来を……幸運を祈ってくれた。

 そいつが人外だと、蛇鬼と同じ鬼だと、化け物だとわかっていても、俺はその言葉が……一瞬だけでも与えられた温もりが、心の底から嬉しかった。

 

 後に再会した蛇鬼の癇癪によってほぼ全滅した一族の生き残り、従兄弟の女からも与えられなかった温もり。

 それこそ、甘露寺と出会うまで、まったく感じられなかった温もりを与えてくれた、そんな()()だった……。

 

ポタッ……ポタッ……

 

「伊黒さん……」

 

 眉を寄せた甘露寺が、俺の肩に手を乗せた。

 触れた肩から感じる温もりに……俺の心はまた張り裂けそうだった。

 

 何故忘れていたんだろうか?

 鬼殺隊として鬼を殺し続ける事に疲れたからか?

 悪辣な鬼との戦いに身を投じ続けて、心が疲弊してしまったからか?

 

 思えば、竈門炭治郎の事が気に食わなかったのは、鬼を連れて鬼を庇っていたことだけじゃない。

 

『善良な鬼と悪い鬼の区別もつかないなら柱なんてやめてしまえ!』

 

 柱合会議の時の奴のその言葉が……ひどく癪に障ったからだった。

 

 俺はいつから鬼を判別する事を諦めた?

 あいつが騙されて殺された時か?

 あいつが油断して喰われた時か?

 俺が……見逃そうとして背中を刺された時か……?

 

 ……俺は、自分がしてきたことが間違いだとは思っていない。

 『悪鬼滅殺』……柱となってこの文字を刀に刻んだ時に、葛藤は全て捨て去ったつもりだった。

 それによって沢山の人々を救う事が出来たと、自負もある。

 ……だが俺は、恩()を忘れ、その生きざまに……死にざまに唾を吐いた。

 

 足に触れる。

 あの時天井に押し潰された俺の足は、触っても何の感覚もない。

 俺が立つ事は二度とないだろう。

 これはきっと、報いだ。

 因果応報……恩を忘れ、温もりを忘れ、左目を曇らせた俺への報い。

 

 自然と溢れた涙が太ももを濡らす。

 ぽたぽた、ぽたぽたと……。

 

 ……この事は、甘露寺以外には話していない。

 というより、社を見て泣き出してしまった俺に心底心配そうに詰めよってきた甘露寺に、嘘をつける筈もなかった。

 そしてこの話は……玄弥の話と一緒だ、誰にも、決して話す事はないだろう。

 

「っ……すまない……」

 

 涙を拭い、濡れた口元の包帯を乱暴に外した。

 露になる醜い傷跡、風に吹かれてじくじくじくじくと、痛みを訴えてくる。

 痛む筈も、ないのに。

 

「なぁ、甘露寺、俺はこれからも鬼殺隊の為にやれる事をし続けるつもりだ」

 

 それでも、だからこそ、俺は止まらない。

 止まってはいけない。

 

「……!うん!私も頑張るよ!最後まで、柱として!」

 

 どんな形だろうと、鬼殺隊の為に、鬼殺の為に。

 恩を仇で返した償いの為に……未だ世に蔓延る悪辣な鬼を滅殺する為に、協力は惜しまない。

 

「ああ、毎日甘露寺の為に、甘露寺が満足するまで……美味い飯を作らせてくれ」

 

 その為に、甘露寺に最高の食事を振る舞おう。

 甘露寺の笑顔も見れて、一石二鳥だ。

 いや、俺も嬉しくなるから、一石三鳥か?

 

「……えっ!?」

 

ポンッ!

 

 甘露寺の驚いたような声が響いて……顔を向けてみれば、顔を真っ赤にして口元を押さえていた。

 なんだ……?変な事を言った……か?

 

「あの……伊黒、さんそれ……その、ぷ、ぷろぽーずってやつですか……?」

 

 …………?

 

『毎日飯を作らせてくれ』

 

 …………!!!

 

 カーッと顔が熱くなった。

 な、なんて事を勢いで言ってしまったんだ俺は……!

 この思いは、最後まで胸に秘めているつもりだったのに……!

 

「そ、それは……」

 

 二の句が続けられない俺に、甘露寺は突然眉を下げ、悲しげに俯いた。

 

「そ、そうよね……こ、こんな怪力女……それに、痣出しちゃってもうすぐ死んじゃうし……伊黒さんにはもっと相応しい女の子が……」

 

 目尻に涙すら溜め始めた姿に、俺はもう堪らなかった。

 色々考えていた、俺は幸せになってはいけないとか。

 甘露寺はもっと幸せになるべきとか。

 それでも出来る限りの事なら、汚れた俺の血を全て入れ換えた、生まれ変わった先で一緒になりたいとか、そんな事を思っていた。

 

 けれど、そんな考えは俺のせいで泣きそうになってる甘露寺を見て、全て吹き飛んでいった。

 

「なっ……そんな事はない!君は素敵な女性だ!

 俺は!君が好きだ!ずっと好きだったんだ甘露寺!」

 

 気付けば俺は甘露寺の手を握り、強く、強く思いの丈をぶちまけていた。

 目を見開いて、瞳に涙を溜めた甘露寺が……蜜璃が頷いて……俺達は……夫婦となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『べべんっ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蜜璃との時間は、そう長くはなかった。

 それでも他の痣を出した奴等よりは長く生きてくれた。

 その歳が30を刻んだ時……眠るように息を引き取った。

 

 幸せだった、最高の日々だった。

 子宝にも恵まれ、子育てに食堂経営に鬼殺隊の応援にと四苦八苦する日々だったが、充実した日々だった。

 ……そんな日々の中でも、社へのお参りは欠かさなかった。

 

「おとーさん、このお社はなにをまつっているの?」

 

 蜜璃によく似た娘は、俺の膝の上に乗りながらそう問い掛けてきた。

 その問いに俺は包帯のしていない顔で、優しく微笑んで静かに返した。

 

「俺の……命の恩人を祀っているんだ。

 この人がいなければ、俺はここにはいなかった。

 だから、この社はこれからもずっと……この場所で祀り続けてくれ」

 

「わかった!ありがとうー!やしろさん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「店主さーん」

 

「ん?なんだ?」

 

「あの庭の外れにある、ちょっとボロいのってなんなんですか?」

 

「あー。ご先祖様の恩人を祀ってるとかいう社だ。

 一応毎日掃除しているんだが、そろそろ改修を考えてるところだ……よし、ギガ盛り定食あがり。持ってってくれ」

 

「はーい!」

 

「おおー、相変わらず凄い量。いただきまーす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ベンッ』

*1
これだけ美味い鮭大根を安くして貰うなんて恐れ多い。是非とも金を払わせて貰いたいから




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