本来ならば本編に挟むつもりだった、掲示板回で少しだけ言及された……無惨と、縁壱と、うた、三人の過ごしたとある日常のお話。
「……釣れないな」
「ああ……」
私は現在、縁壱と並んで沢に釣糸を垂らしていた。
もうかれこれ一刻程はこうしているが、用意した餌はなくなる一方で、魚一匹釣れやしなかった。
まぁ……別に良いがな。
日差しを体で感じる事は出来ない私の為に、珠世が用意した服と、鳴女が選んだ笠、それらを身に付け真っ昼間に釣りに興じる鬼。
そんなバカが今の私だ。
アホ面晒して釣り糸を垂らすくらい、なんてことはない。
「ここで釣れた事はあるのか?」
「ここから魚を釣った、と言っていた奴は知っている。
私が釣った事はないし、直接見た訳ではないが」
「なんだそれは」
餌はなくなっているからいるにはいるのだろうが、気付けば針には何もついていない。
本当に釣れるのか疑わしいな。
……いや?
「もしや其奴が釣り過ぎて、魚達が学んだのではないか?」
「……そうかもしれないな」
この沢の魚は、針についた餌の取り方なんかを学んでしまったのかもしれない。
本当にそうだとしたら、なんとも忌々しい。
このままでは私の初めての釣りはボウズという結果に終わりそうだ。
ちらりと釣竿に視線を向けた。
釣りでもしてみようと縁壱に誘われて、そこらの適当な枝を削り、糸をつけただけの簡素な竿。
様にはなっていると思っていたが、もしやこれが悪いか?
ヒュン
「またか」
釣竿を引っ張りあげてみれば、やはりそこに餌の姿はなく、ただ釣り針だけが日の光を受けて輝いていた。
まじまじと釣竿……軽く形を整えただけの木の枝を見つめる。
ふうむ……先っぽを摘まんで曲げてみれば、程よく柔軟に曲がる。
びよんびよんと弾みで残像を見せる釣竿に、そこまでの不備は見当たらなかった。
「ふうー……」
仕方ないと釣り針に餌、そこらで見付けたミミズを突き刺し、再度水の中へと放り込んだ。
ちゃぽん
小さな水音と波紋は、沢の流れに巻き込まれて消えていった。
「まぁ、釣りは待ち時間を楽しむもの……らしいからな。
ひたすら待つとしよう……特に用事がある訳でもない」
「ああ……夕食に一品増やせれば上等だろう」
穏やかな昼下がり、沢の流れを眺めながら、私達二人はひたすら待ち続けた。
涼やかな風が通り抜け、日差しが水に反射してキラキラと光り、沢の流れる音だけが響いていた。
私達の間に特に会話はない。
それでもその時間を私は楽しんでいた。
きっとそれは縁壱も同じだったと、そう思う。
「む」
ひゅん
ふと縁壱が引き上げた釣り針の先には、やはり何もついていなかった。
「ふーむ、こう何度も私にも縁壱にも気取られず餌のみ奪うとは、ここの魚は本当に遣り手だな……」
「魚達も生きるのに必死なのだろう。気長に待つさ」
縁壱は手馴れた様子で針にミミズを取り付け、即座に水面へと放り込んだ。
ちゃぽんっ
はてさて……今度は釣れるかどうか……。
釣れるとしたらどちらが先だろうか?
私の釣竿を見るも、やはりピクリともしない。
クイクイと軽く揺すってみるも、何の手応えもなかった。
「おー。釣れとるかー?」
釣れる事もなくまた一刻程過ぎた頃、そんな明るい声が響いた。
振り返って見れば、うたが私達の用意していた籠を覗き込んでいた。
「なんじゃあ、まだ釣れとらんのか」
……何故か両手にカエルを掴んで。
「お、見よ見よ、でっかいカエルじゃ。ここ数年で一番でかい二匹じゃぞ。珍しいじゃろ」
そう言ってぺかーと笑顔を見せた。
……まぁ、言われてみればでかい、か……?
カエルの大きさなどとんとわからん……。
ゲコォッ……
……鳴いたな。
なんだか少し悲しそうに見えるのは、私の気のせいだろうか?
「確かにでかいな。今年は餌が豊富だったのだろうか」
「じゃろー?また沢山おたまじゃくしが産まれるのぉ!楽しみじゃな!」
「……それは良いが、そろそろ離してやったらどうだ?
確かカエルは体の粘液がなくなると死んでしまうのだろう?」
うたの手の中のカエルが哀れだ。
二人の会話は相変わらず少しズレているし、そのままではカエルが干からびてしまいそうだ。
「む、そうじゃな。じゃあ放してやるとするかの」
「捕まえたところで放したほうが良いんじゃないか?」
「おお、それもそうじゃ……な?おい、無惨殿、それ引いてるのではないか?」
……なに?
うたに言われるがままに竿の先を見てみれば、さっきまでピクリともしていなかった竿の先が強くしなっていて、釣糸の先が不自然に上流へと向かっていた。
「お、おぉ……!?」
軽く引いてみれば強い……生きた手応え。
ぐいん、と強くしなる釣竿を改めて握り直した。
「おお、頑張れ頑張れ無惨殿ー!」
うたの声援を受けながら、私と魚の格闘が始まった。
……とはいえ後は引っ張りあげるだけなので、その後は特に波乱も起きず……。
バシャンッ
ぴちぴちぴちっ
見事に釣り上げる事が出来た。
「おぉ……本当に釣れたな」
引き上げた釣竿の糸の先に、魚が一匹しっかりと食いついていた。
宙にぶらんと吊り上げられた魚は、びちびちとその体をうねらせている。
まじまじと魚を眺めていると、うたが満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。
「おめでとう無惨殿!ようやっと一匹目が釣れたのぉ!」
「ああ、魚を釣ったのは初めてだが……やってみれば中々に面白く……嬉しいものだな」
じんわりと、胸に広がっていく満足感と喜び。
強い歓喜という訳ではない、静かに感情が高まっていく感覚……悪くない。
口元が自然と吊り上がって、恐らく今私は満足気な笑みを浮かべていることだろう。
……ふふ、それに……同じ条件の縁壱より先に釣れたのは、少しだけ優越感があるな。
「む……」
魚を針から外そうと四苦八苦していると、縁壱の竿にも反応があった。
「お、縁壱もか。無惨殿に負けるでないぞ!」
「ああ……」
おや、少し顔が引き締まったな。
妻に応援され、やる気が出たか。
ふふ……なんだなんだ、老成していると思っていたが、縁壱もなかなか歳相応な面もあるではないか。
バシャッ
やがて当然のように釣り上げ、うたにちやほやされている縁壱を後目に、魚を籠に放り込み終えた私は、釣り針に餌をくくりつけていた。
ちら、と横目で縁壱を見れば、少し挑戦的な顔になっている気がした。
うたの『負けるな』の言葉に、その気になっているようだな。
……ふふふ、微笑ましい。
さて、どうするか。
別に勝ち負けに拘りはないが……。
「……縁壱、簡単には負けてやらんぞ?」
「ふ……望むところ」
「おー、燃えとるのぉ。二人とも頑張るんじゃぞ!」
互いに不敵な笑みを浮かべあい……ほぼ同時に沢へと糸を垂らした。
ポチャンッ
「次はどちらが先に釣るかのぉ!」
釣糸の先と私達を交互に眺め、うたはニコニコと笑みを浮かべていた。
そんなうたの底抜けに明るい様子が、それを微笑んで見守る縁壱の雰囲気が、とても温かく、心地よかった。
……願わくば、もう暫くは、この温かな空間で……二人と共にいたい。
そう、願っていた。
「……む?うた、カエルはどうした?」
「むお!いつの間にかすっぽ抜けておったわ!何処に行ったか……。むむむ……大丈夫かのぉ」
「大丈夫だろう、生き物は案外たくましい。
多少環境が変わろうと、生きる為の最善手を本能で選び、生き残ることだろう」
「そうかのう?ならば良いか!」
「大漁じゃあ~♪大漁じゃぁあ~♪」
水の入った籠を抱え、うたがよろよろと私達の前を歩く。
ちゃぽちゃぽと水の音がして、時折籠の中で水面を叩く音が響いていた。
縁壱との釣り勝負は結局、日が傾き始めた所で互いに三匹ずつ。
次にどちらかが釣れたら終わりと決めた所で、同時に釣り上げ、引き分けとして決着となった。
それぞれ四匹、合計八匹。
初めての釣りとしては上々の結果だろう。
自分が持つと言ってきかなかったうたに苦笑を漏らしながら、私達はゆったりと帰路についていた。
まだ明るいが、帰って魚を焼き終えた頃には薄暗くなっている事だろう。
「二人が頑張って釣った魚じゃ~♪
新鮮なうちに秘蔵の塩で焼くのが一番じゃの~♪」
……ふふふ、こうも喜ばれると流石に嬉しいな。
糸を垂らしてるだけではあったが、集中した甲斐があったというものだ。
即興だろう唄を歌ううたは、とてもご機嫌だった。
「あ、そうじゃ、確か薪が切れておったな。
わしが仕込みをしておる間に、頼むぞ縁壱ー」
「ああ、わかった」
ヒョイッ
スパスパスパッ
「ほー……見事なものだな」
薪割りに向かった縁壱に興味本位でついて行った私が見たのは、一般的な薪割りとはかけ離れた光景だった。
縁壱が放り投げた手頃な大きさの木、それが宙にあるうちに丁度良い薪へと姿を変えていた。
縁壱の手には何の変哲もない鉈が一本。
これでこうまで綺麗に切れるものかと感心を覚えた。
「大した事ではない……無惨殿なら容易く出来るだろう?」
「どうだろうか、長く生きてきたが、刃物など振るった事もないからな」
私がその気になれば人体など容易く、腕の一振りで破壊出来るからな……そういう意味で刃物、武器など必要としなかったという面はある。
ふむ……縁壱が出来るというならやってみるか。
縁壱から鉈を手渡され、どれと小振りな木を取り出した。
流石に縁壱のように丁度よい大きさには切れんだろう。
まずは真っ二つにしてみるとしよう。
ヒョイッ
「ふんっ」
バキィッ
「げ」
思わず声が出た。
私が振るった鉈は、木に斜めに入り込んでしまったようで、ささくれだちながら半壊してしまっていた。
薪には使えるかもしれんが……ほぼ均等に八分割程され、断面も綺麗な縁壱の薪とは雲泥の差だ。
むぅ……なかなか上手くいかぬものだな。
「無惨殿、それでは上手くいかない。まず、握り方はこうだ」
そっと身を寄せてきた縁壱の手が、私の手に重なる。
握り方から違うのか、握る私の手が縁壱の手によって微調整されていく。
……ふむ?確かに先程よりもしっくりくるような……?
「それと……大事なのは呼吸だ」
「呼吸だと?」
「ああ、正しい呼吸を行う、それだけで良い。
無惨殿の力は充分、後は正しい呼吸をするだけで動きは冴え渡り、私と同じようなことが出来るだろう」
「ふむ……成程」
呼吸、か。
呼吸一つでそう変わるとも思えんが……。
……ふむ、縁壱が言うならそうかもしれんな。
まあ、試してみるとしようか。
そう思い、縁壱に軽く指南を貰った。
正しい呼吸とは、こうだ、と。
……そうして次に振るった私の刃は。
ヒョイッ
スパンッ
「おぉ……」
見事に真っ直ぐ、両断することが出来た。
地面に落ちた薪を拾えば、断面は……縁壱のに比べれば荒いもののささくれもほとんどなく、綺麗なものだった。
「呼吸か……効果の程はよく実感出来たが……」
成程確かにこれは効果がある。
なんだか集中力が増した気がするし、四肢に力が過不足なく満ちる感覚がある。
結果も出ている、が……。
「……これは、常人が行えば肺が爆発して死ぬのではないか?私でも一度肺に穴が空いたぞ」
一番最初言われた通りに行った時、激痛とともにひどく噎せた記憶がよみがえる。
口の中には血の味が広がっていた為、恐らく肺が負荷に耐えきれていなかったのだろう。
この鬼の身体を持つ私が、だ。
「……そう、なのだろうか」
「縁壱、お前はこの呼吸を常にしている……のだったな?」
「……ああ……」
「私が言うのもなんだが……お前は本当に人間か?」
「……」
縁壱はむっすりとした顔で黙り込んでしまった。
……悪いことを言った自覚はあるが、なぁ。
私の身体が負荷に耐えきれない呼吸を常に行っている人間というのは……流石に疑わしい。
とはいえ私の鬼の本能は縁壱を人間だと言っているので、人間ではあるのだろうが……。
ヒョイッ
スパパパパンッ
気持ち、先程よりも冴えが良くなった鉈が縁壱の手によって振るわれる。
用意された木が全て扱いやすい薪に姿を変えるまで、どうにも気まずい空気が流れ続けたのだった。
「ぶははははっ!だから縁壱はスネておったのか!」
「……スネてない」
私達は焚き火に焼かれる魚を囲んでいた。
そうして先程の縁壱とのやり取りをうたに話してやれば、たまらんとばかりに顔を綻ばせた。
むっすりと頬を僅かに膨らませているようにも見える縁壱の頬を、うたがつついた。
「縁壱は元々人の身体が透けて見えるなどと言っておったからのぉ。自分の中では常識なのじゃろうが、わしらも同じだと思われると流石に困ってしまうのお」
「人の身体が透けて……?筋肉や内臓、骨などが見えるのか?」
苦笑いするうたの言葉に驚き、縁壱へと問い掛ければ、むっつりとした表情のまま頷いた。
……そんな事が有り得るのだろうか?
人体が透けて見える……うーむ、目をどれだけ凝らしても見える気がしない。
表面で見える動きから人体の中の状況を予想、それに基づいて筋肉や骨の状態を推測、それを意識せずに行える……と考えればわからなくはないか……?
だが口振りから、普通に見えているようだし……少し違うか?
まあ、どちらにせよ、普通の人間には無理だろうな。
「ああ。無惨殿なら見えるのではないか?」
「見えん見えん。私でもそんな光景は見たことがない」
一緒にするな、という言葉は流石に飲み込んだ。
縁壱を傷付ける言葉を吐くのは本意ではない。
とはいえ、出来ん事を出来るとは言えん……。
……やめろ縁壱、なぜそんな切なそうに私を見つめてくるのだ。
お前はもう少し自分が特殊である自覚を持ったほうが良いぞ?
「ぶはははははは!」
そんな私達のやり取りを眺めていたうたの笑い声が、暗くなり始めていた辺りに響いた。
やがて焼き上がった魚、その焼き立てに豪快にかぶりついていた。
香ばしく、身は柔らかく油がのっていて、しっかりふられた塩っけがたまらない。
うたの焼き加減も完璧、大変美味しく頂いた。
ものの数分で私と縁壱が二匹ずつ、そしてうたが四匹もの魚を平らげていた。
「ぷー……わしゃ満腹じゃぁ」
自分の腹を撫で、うたは満面の笑みを浮かべた。
「……ふむ、うたは最近良く食べるな。良い食べっぷりだ」
その食いっぷりは見てて気持ちが良い程だ。
私などは、物を食べても味はするが腹が膨らむわけではない為に、むしろうたにもっと食べて貰いたいくらいだ。
うんうんと、深く頷いていると、うたと縁壱が一瞬、目を合わせた。
なんだと思う暇もなく、二人同時に此方を向くと……柔らかく笑みを浮かべた。
「実はな、無惨殿」
「ここにな、縁壱とのややこがおるのじゃ」
「ややこ……子供がか……!?」
なんと、それは驚いた。
うたの食欲が増していた気はしていたが……まさかそんな。
お腹に手を当て、微笑むうたの顔はなんだか……。
……なんだか、遠い過去の記憶が、呼び起こされるような……。
「……いや、そうか。おめでとう。何かお祝いを考えるとしよう」
子供、か。
お祝い、何が良いか……無難な所では食べ物だが、高級な布などはどうだろうか?
うたが体を冷やさないように温かな服にでも、産まれた子供の為のおくるみにでも使える。
他には……ああ、なんだか考えが纏まらないな。
不思議だ、二人が二人きりで過ごしていたこの空間にもう一人過ごす事になるのだ。
年頃の男女が二人、共に助け合って生きていき、育んだ愛が新たな命を産み出す……。
その過程を、私は今見ているのだ。
命が新たに産まれる……その過程を。
「無惨殿、ややこに挨拶して貰えぬか?」
ふと気付けば、微笑んだままのうたが私の傍らにしゃがみこみ、その手をとっていた。
重ねられた手は、そのままうたの腹へと導かれていく。
咄嗟に拒絶する事も出来ず、されるがままに押し当てられ、まずうたの温もりと鼓動を感じた。
とくん
とくん
とくん……
とくん
とくん……
「おぉ……」
うたの鼓動に紛れ僅かに、けれど確かに感じる、小さな鼓動……。
それは間違いなく、うたの中に別の命が……新たな命の芽吹きを感じさせるものだった。
私は、暫く動けなかった。
知識では知っていた、男と女がまぐわい、女の胎から新たな命が産まれてくることを。
けれど実感はしていなかった。
私自身が感じたことはなかったからだ。
だが、だが今は……。
親しいと言える間柄の二人、その二人の間に産まれようとしている新たな命の鼓動を感じて、私は……うち震えていた。
感動したのだ、命を繋いでいく一つの形を目にして。
嬉しかったのだ、私にも優しさを分け与えてくれた縁壱とうたが、より幸せになるだろう未来を感じられて。
何よりも私自身が純粋に、新たな命の誕生を心から祝福し、喜んでいた。
「……そう、か。二人の子か……」
しみじみと呟いた。
縁壱もいつの間にかうたに寄り添っていて、気付けば三人で体を寄せ合っていた。
私は二人に、そしてうたの中にいる子供に、心から願った。
「安心して産まれてくるといい。君が選んだこの場所は……まるで陽だまりのようにあたたかいぞ。
……そして、家族みんなで……幸せになるんだ。私は心から君の誕生を祝福しよう」
ドクンッ
む……うたの心音が突然強く……。
そう思っていると、重ねられていた手をやんわりとふり払われてしまった。
顔をあげてみれば、焚き火に照らされているうたの頬は赤く染まっていた。
「な、なんじゃあもう、真顔で言うことか?は、恥ずかしい奴じゃのぅ……!」
「ふふ……うたは照れてるだけだ。ありがとう、無惨殿。
そう言ってくれると嬉しい……温かな家族を築く事を約束しよう」
「ふふ……そうか。楽しみにしている」
縁壱と二人、顔を合わせて笑い合えば、顔を真っ赤にしたままのうたは頬を膨らませ、両手でそれぞれ私達を叩き始めた。
「なんじゃあ天然二人揃ってわしを笑いおって!このこの!生意気じゃぞ!」
「「天然……?」」
「自覚がないときた!まったく!相手するわしの苦労も考えてほしいものじゃ!」
まったく、とぷりぷりと怒るうたに私達は再度顔を見合せ苦笑を漏らした。
うたをなだめに入る縁壱を、穏やかな気持ちで眺めていた。
後は焚き火が消えるまで、身を寄せあい、穏やかな時間を過ごした。
月明かりに照らされながら、星を眺めて、なんでもない話をして……。
そんな、他愛のない、穏やかで静かな……。
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在りし日の夢。
回想を終え、ふと瞳を開いた先にいたのは、刀、日輪刀を構えた一人の剣士。
額に不自然な痣を浮かび上がらせた、痣者と呼ばれる……鬼狩りに命を懸ける薄命の剣士。
彼の表情は憎しみと怒りに彩られ、私を殺意を込めて睨み付けていた。
「鬼舞辻……無惨ッ……!!!貴様を、殺す!」
周囲に散らばるのは、先程まで生きていたバラバラの人間達の死体。
噎せかえるような血の匂いが鼻についた。
ここは、鬼殺隊とはまた違う、日の呼吸を密かに伝え続けていた鬼狩りの拠点。
黒死牟が発見し、縁壱の痕跡を消し去る為にと黒死牟が主導し、全てを滅ぼす為に訪れていた。
辺りに散らばる死体は全て、黒死牟が切り捨てた者達。
奥へ奥へと進んでいた黒死牟の後を、興味本位でついてきた私だったが……既に後悔していた。
必要以上にズタズタにされた死体達は、ほとんどが苦悶の表情で息絶えていた。
力を誇示したいという意思が垣間見えて、見ていて気持ちの良いものではなかった。
間の悪い事に、拠点に帰ってきた……恐らくはこの拠点で最も強い者と出会してしまう始末。
私の素性も知られているようで、漲る殺意に揺るぎがない。
そして男は刃を構えて、地面を蹴った。
覚えのある呼吸、縁壱の呼吸をして駆け寄る男に、私は目を細めた。
日の呼吸!
「…………縁壱」
「今まで鬼達が殺した者達の、仇だ!」
小さく呟いた言葉は、誰にも届きはしなかったようだった。
そして一切の躊躇いなく、私の首へと刃が振るわれ始めた。
「ぜー……はー……!ぜーっ……はーっ……げほっ、ゴホッゴボッ」
数分にも及ぶ、剣戟の嵐。
その全てをかわしきった後、男は息を乱し始めた。
苦しそうに胸を押さえたかと思えば、口からは血を吐き出し、苦しそうに顔を歪めていた。
「……それで終わりか……?」
「まだっ……ぜえっ……はぁっ……!まだだっ!」
そう啖呵をきるが、見るからにもう限界だった。
顔は蒼白で体は震え……聞き覚えのある呼吸音も、既に吐血のせいで水音交じり……いや、これはもう肺が耐えきれていないようだ。
日の呼吸は……天に愛された縁壱による縁壱の為の型……やはり常人ではろくに扱えないのだろう。
それでも男は刀を構え、私への殺意を衰えさせる事なく一歩、また一歩と強く踏み締める……。
きっと彼は家族か、恋人か、はたまた親しい人か……近しい人を鬼のせいで亡くしたのだろう。
申し訳ない、その思いは確かにある。
だが……それで力を抜いて死を受け入れるかと言えば、それは否だ。
むしろ彼らが強く私に敵意を向ける度に、私の体は生きる為に足掻こうとしてしまう……。
だから、今も。
ガキィイイインッ!
「な、に……!?」
気付けば私は、そこに落ちていた日輪刀を一本手に取り、振るわれた刃を受け止めていた。
「……すまないな、殺されてやる訳にはいかない。
せめて……苦しみもなく……逝くがいい」
すぅ
大きく息を吸い込み、肺に空気を取り込んで……その手の刃を振るった。
日の呼吸 壱ノ型
男の目が見開かれ、そして男が反応するよりも早く……素早く刃を振り切った。
円舞
ズパンッ
「ばか……な……」
男の首が宙を舞い、ボトリと地面に落ちた。
そうして一拍置いた後、男の首のない体からは血が噴き出し、崩れ落ちていた。
「日の呼吸は、こうするのだ。
……もう、聞こえてもいないか……。
お前は、縁壱ではなかった。
縁壱の足元にも及ばなかった……。
縁壱の技、縁壱の呼吸を使っても、
まるでまったく、足りていなかった……」
「敵意に、殺意……私の事が憎くて憎くて仕方なかったのだろうな……」
既に首だけとなってしまった男は、もう何も語らない。
ただ、向けられた敵意だけが私の心に刻まれてしまった……。
……怖かった、恐ろしかった。
私がもしも何の警戒もなしにあの刃を受けてしまえば、僅かに私の首に届いた可能性はある。
僅かでも死の気配を感じてしまえば、死に物狂いで抗う自分が、情けなかった。
「縁壱……なぁ縁壱……何故あの時、もう少し生きていてくれなかったのだ……?」
声にならない言葉を溢して、私は皮肉気な、卑屈な笑みを浮かべていた。
「……怒りの刃も、憎しみの刃も、きっと私には届かないのだろうな」
いざ対面した時即座に逃げてしまうだろう自分が、逃げ仰せてしまう自分がありありと想像出来て、私は自嘲しながら小さく呟いた。
「あとは……私に対して怒りも憎しみも持つ事なく、刃を振るえれば……はっ。そんな人間がいるものか」
いる訳がない。
だがそうだな、もしも私に引導を渡せる存在がいるとするならば……あの時の縁壱のように全てを懸けるか……。
「
はは、そんな奴が、鬼狩りとしてやっていけるとは思えんがな……」
そうポツリと呟いた言葉は、ふと見上げた夜空へと吸い込まれていった。
夜空に浮かぶ月は明るく、私を優しく照らしている。
……月の綺麗な、夜の事だった。
……私はまだ……死にたくない……。
アンケートは蛇足に思う人がそこそこいるのでちょっと保留ですかね……もう少し様子見しようとは思います。
良ければご意見くださいませ。
誤字報告ありがとうございます。
修正しました。