少なくとも今暫くは見送りたいと思います。
一応流れとしてはオリ主は転生後、人死にを減らそうと無惨が必ずいるスポットで待ち伏せする事を思い付きます。
竈門家の兄貴分みたいなポジションに落ち着きヒノカミ神楽も習得、他の呼吸にも精通し始めるというオリ主らしい強さを身につけます。
しかし竈門家の悲劇には間に合わず、ならばと浅草で炭治郎が遭遇した時にと待ち伏せして……その性根の浅ましさを見抜かれ、縁壱を取り繕った見た目と剣術、そして原作知識からの言動に、無惨様の逆鱗に触れます。
「言う筈がないだろうが!縁壱が、そんな言葉を!私の友を馬鹿にするのも大概にしろ!貴様のような愚物が縁壱を騙るな!虫酸が走る!」
ついでに本編では触れられていない浅草での珠世様と炭治郎の会話や、矢琶羽と朱紗丸との戦いのさわりをかくつもりでした。
という訳で、浅草での出来事。珠世様視点です。
彼と、その少年と出会ったのは浅草で潜伏していたとある日のことだった。
長年隠れ潜み、研究を続けてきた。
あまりにも強すぎるあの
鬼舞辻無惨……鬼の始祖、鬼の首魁。
自他共に認める最強の鬼であり、最強の生物。
生物としてあまりにも強すぎて、それに比例するように生存本能も桁違いに強い……。
あの時からずっと……自身の本能と善性に翻弄され苦しみ続けている無惨様に……少しでも安らかな最期を与えるために……。
けれどそれも、行き詰まりを感じていた。
無惨様から離れ幾年月、私が成せた事は多くない。
精々鬼の食人衝動を抑える程度で、無惨様と共にいた時の目標である鬼を人にする事なんて、夢のまた夢。
鬼と鬼殺隊の戦いは激しさを増し、鬼も鬼殺隊もそれぞれ力をつけ、人の目は増え、身を隠すのにも一苦労。
私と愈史郎がそれぞれ身を隠す事に特化した血鬼術を扱えたからこれまで身を潜めていられたけれど……それもいつまで続くか。
鬼殺隊に見つかれば、問答無用で切られるかもしれない。
戦闘能力自体は殆どない私達では、容易くやられてしまうだろう。
無惨様配下の鬼に見つかるのも良くない。
もしもその目で私を見つけてしまえば……自惚れでなければ無惨様は直接飛んできてしまうだろう。
そうして私の目の前に現れた無惨様を……きっと、また手を差し伸べて下さる無惨様を……私は拒絶することが出来ない。
結局私は未だに何も成せず、ただ徒に日々を過ごすだけ。
逃げて、研究して、悩んで、苦しんで……。
そんな日々の繰り返し。
未だ目処すら立たない、本心では望んでいない無惨様の最期の為に……。
縁壱さんとの約束だと、私の使命だとずっと胸に刻んで……。
そうして過ごしてきた日々をふと振り返って……ひどく疲れてしまった。
「……珠世様?」
ピタリと突然動きを止めた私を、愈史郎が怪訝な顔で見つめていた。
研究の書き物の途中、止まった筆と私の顔を交互に見る愈史郎へと、苦笑をもらした。
「ちょっと、疲れてしまったようです。気晴らしに少し……散歩にでも行きたいですね」
「……わかりました。外出の準備を致します」
愈史郎は何か言いたげだったものの、開きかけた口を閉じ、柔らかく笑みを浮かべて頷いてくれた。
私はそんな愈史郎の気遣いに黙礼だけを返して、ふと月明かりが注ぐ窓から空を見上げた。
空に浮かぶ月……見上げて思い出すのはいつも、無惨様と共にいた時間、無惨様から感じる独特の空気。
凛とした静謐な夜の空気、月の光の優しい明かり。
それを……鳴女ちゃんはこう言っていたっけ。
「月明かりの匂い……」
ガチャリと開いた窓から流れ込む夜の空気に混じり、そんな月明かりの匂いがした気がした。
「無惨様……」
空に浮かぶ月に手を伸ばしたけれど、何も掴む事はない。
月は、何も答えてくれない。
目を伏せ、静かに窓を閉じた。
―――――――――――――――――――――――――
鬼狩りの少年……額に痣のある緑と黒の市松模様の着物を羽織った、息を切らせ焦燥にかられたような少年。
そんな少年の前に立つのは、洒落た洋服に身を包んだ……鬼の首魁、鬼舞辻、無惨。
浅草の人混みの中でそんな二人の邂逅の場面に出会したのは、きっと何かの運命だったのだと思う。
無惨様を視認した瞬間に、無意識にそちらへと足が延びた私を、愈史郎が必死に引き留めてくれていた。
「……こんばんは。どうかしましたか?随分と急いでいるようで――」
「おい、なんだ貴様は。月岡様に何か用か?」
「なんじゃなんじゃ無礼な。月岡様に失礼じゃろう!」
無惨様の両脇を固めていた男女……当然のように鬼であった二人は、鬼狩りの少年と無惨様を遮るように、一歩前に出た。
鬼狩りの少年もその二人が鬼であることには気付いたのだろう、腰の日輪刀に手を伸ばしながら、顔を歪ませていた。
「月岡様は御忙しいお方だ、貴様のようなみすぼらしいガキに付き合ってなどいられん。わかったか?ならば大人しく帰れ。今なら見逃してやる」
鬼達も目の前の少年が鬼狩りだと気付いているのだろう。
一刻も早くこの場から無惨様を離れさせたいと、態度に出ていた。
「ふん、矢琶羽、言って聞くような奴等じゃないじゃろ。……かといってここで暴れるのも得策ではないのう……ならば、こうしてやれば良い!」
女のほうの鬼はそう言って、突然暴挙に出た。
すぐそばを歩く男女、その男の首に常人では視認出来ない速さで指を突き刺してしまった。
ビクンと震え、みるみるうちに様子が変わっていく……いや、鬼へと変貌していく男性に、表情が歪むのがわかった。
なんてことを……こんな往来で、こんな人混みで、人を鬼へと変えてしまえば、どれだけの惨劇が起きるかわからない筈もないのに。
案の定鬼へと変えられてしまった男性は隣にいた女性……恐らくは妻へと襲い掛かってしまう。
だらだらと涎を垂らし、充血した目を見開いて牙を剥くその姿は、幾度も見た鬼へと変貌した直後の人と同じで……。
「がぁあああああ!」
「っ……!いけないっ!駄目だ!」
今にも女性に歯を立てそうになった鬼となった男性を、鬼狩りの少年は必死にしがみついて、惨劇を食い止めていた。
周りの人々がそれに気付き、どよめき、ざわめき始めた。
……何故このような暴挙に走れるのかと男女の鬼の様子を見れば、足掻く少年の姿をただ眺め、笑みすら浮かべていた。
さして今自分達が引き起こした事態を気にする風もなく、笑みを浮かべたまま、無惨様へと振り返っていた。
「誰かー!突然男が暴れ始めました!誰か警察を!さあ月岡様、ここは危険です。早くこの場を離れましょう」
「ですじゃ」
「……お前達……」
白々しくもそうのたまう男の鬼に、帽子で隠れてよく見えないものの、無惨様は渋々といった様子で頷いていたように思う。
……やはり今、無惨様の周りには本当の意味で無惨様を慮る鬼がいない。
あのようなみだりに鬼を増やす行為を、ただ鬼狩りの注意を逸らす為だけに行われた行為を、無惨様が進んでやる訳も喜ぶ筈もない。
それを、無惨様が内心で最も忌み嫌っていること、鬼を増やす行為を無惨様の目の前で行う事こそが、今の無惨様の取り巻く環境を表しているようだった。
「……ああ、すまない少年。申し訳ないが二人の言う通り私は忙しい……何か用があれば、いずれまた会えた時に頼む」
無惨様は適当に取り繕った言葉を残し、踵を返した。
鬼狩りの少年は暴れる男性を押さえ込むのに必死で、去っていく三人を眺めることしか出来ない。
歯を食い縛る少年は、三人の背中を睨み付けると、強く、強く言い放った。
「鬼舞辻、無惨っ……!
俺はお前を逃がさない!どこへ行こうと!
地獄の果てまで追いかけて、必ずお前の頚に刃を振るう!
絶対にお前を、許さない! 」
その時少年の耳に揺れる耳飾りに、振り返った無惨様の目が見開かれたのがわかった。
花札のような耳飾り……それを見た無惨様はとても悲しげで辛そうな傷付いた表情を浮かべて……静かに帽子の鍔を下げて俯いていた。
去っていくその背中はひどく儚く、小さく見えた。
そして、無惨様の背中が群衆に隠れ見えなくなった頃、人垣を掻き分けて警官が数人現れ始めた。
騒ぎを聞き付けたのだろう……こうなってはもう鬼狩りの少年も腹を括って鬼となった男性を切り、逃げるしかないだろう。
直ぐに切り捨てなかった事に少年の優しさを感じつつも、仕方ない事だと、鬼へと変えられた男性の最期を哀れんでその様子を見つめていた。
……けれど、少年は諦めなかった。
「やめてくれ!この人に誰も殺させたくないんだ!
邪魔をしないでくれお願いだから! 」
鬼と化した男性を必死に押さえ込み、周囲の人々に警告し続け、警官が辿り着いたら今度は警察から鬼の男性を庇い……。
人から鬼へと変貌し、正気を失い愛する人すらわからず暴れる彼に、ずっと呼び掛け続けていた。
「……! 」
その姿に、かつての記憶が鮮明に甦ってきた。
申し出を受け、鬼となる処置を受けた時……鬼へと変貌してから正気を失い暴れる私を、止めてくれた無惨様……。
愛する夫と子供へと歯を剥き涎を垂らす私を、必死に押さえ込んでくれた無惨様……。
お腹が空いて、苦しくて仕方なかった私に、温もりを与えてくれた無惨様……。
そんな状況が、鬼と化した相手への優しさが、かつての私と無惨様に重なって見えた。
……そう見えてしまえば……もう、耐えられなかった。
「愈史郎……ごめんなさい」
「っ……!珠世様!」
血鬼術 視覚夢幻の香
愈史郎の制止を無視し、腕に爪を突き立てた。
発動するのは血鬼術……私の血の臭いを嗅いだ相手に幻術を見せる術。
群衆に、警官に、必死に足掻く少年を見えなくなるように幻を見せた。
今なら誰も、私達を視認する事はない。
そして、困惑する少年の前に私達は姿を現した。
愈史郎は不機嫌そうだったけれど、私はこの出会いに何かを感じていた。
「あなたは鬼となった者にも『人』という言葉を使ってくださるのですね……そして助けようとしている」
縁壱さんの耳飾りをつけて、無惨様と同じかそれ以上の優しさを持つこの少年が、何かを引き起こしてくれると。
停滞してしまっていた私の……私達の現状を変えてくれる、そんな一手になると感じた。
私は自然と笑みを浮かべていた。
ここ数百年、一度も浮かべた事のない笑みを。
「ならば私も貴方を手助けしましょう。貴方なら……もしかしたら……」
それは願望が多分に込められた期待。
それでも、私はそれにすがるしかなかった。
私はその少年を……竈門炭治郎君に全てを懸ける事を、殆ど決めてしまっていた。
そうじゃなければ……次に無惨様の気配を感じてしまった時、フラリとあの人に吸い寄せられてしまいそうだったから……。
炭治郎君を拠点に誘いながらも、無惨様が消えていった方向を、私は暫く見つめていた。
血鬼術の時間もある、そもそも早めに解除するに越した事はない。
けれども、愈史郎が困ったように私の肩を叩くまで、既に何も見えないその方向をじっと見つめていた。
とても、とても名残惜しい……そう感じてしまう自分自身の弱さが、変わっていない自分が、虚しかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……花札のような耳飾りの鬼狩り、か」
「はい。その鬼狩りと人混みで遭遇してしまい……朱紗丸が人を一人鬼へと変えて足止めとし、その場を離れました」
「上弦の壱、黒死牟様よ、わしらの対応が良くなかったのかのう?無惨様がその後、機嫌を損ねてしまったように感じるのじゃが……」
「…………かつて……無惨様のお命に手を掛けた……その男がつけていた耳飾りも……花札のような耳飾りであった……。
その男は既にこの世を去っているが……もしもがあるやもしれぬ……」
「成程……では?」
「ほう……そのような物をつけとるとは……縁起でもないのう」
「矢琶羽……朱紗丸……ここから無惨様の護衛は私が代わろう……お前達は……好きにするが良い……」
「「はっ」」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
炭治郎君を連れていくことになってまず驚いたのは、鬼となった妹を連れていたことだった。
彼は鬼になった妹を人に戻すために鬼狩りになったのだという。
まさかそんな鬼狩りがいるとは思わなくて……そして何よりも、自分の大事な存在を人に戻すために尽力するその姿が、より無惨様に重なってしまった。
とても前向きで、明るく物怖じせず、芯の強く優しい少年……それが炭治郎君と話して私が抱いた彼の印象だった。
……その辺りは無惨様とは似ても似つかないけど、だからこそ好感が持てた。
けれど同時に強い懸念を感じた。
このような優しい少年に、無惨様の事を話して良いのだろうかと。
鬼となった身内をけして見捨てられなかったこの少年が、無惨様の真実を知ってあの啖呵の通りに斬ることが出来るのだろうかと。
妹の禰豆子ちゃんも何処か他の普通の鬼とは違う雰囲気も感じて……それも合わせて研究に協力して貰う運びにはなったものの、本当に彼に賭けて良いのか、迷いが生まれ始めていた。
私達のような鬼に対しても別け隔てなく接する彼を見て、彼と言葉を交わして、強くそう感じていた。
そんな最中だった。
先刻無惨様の左右を固めていた鬼の男女が、私達の拠点に攻めいってきたのは……。
「おのれ……おのれおのれおのれ……!
貴様達の頚を持ち帰れば、無惨様に認めて貰えるかもしれなかったというのに……!
……申し訳……ありません……無惨様……。
ですが……この鬼狩りだけは……無惨様を害する可能性のある、この小僧だけは……!道連れに……!なんと、してでも……!」
特異な血鬼術を操る男の鬼をどうにか倒し、炭治郎君はもう一人の女の鬼と対峙していた。
けれど、炭治郎君は既にボロボロ、女の鬼自体は驚くことに禰豆子ちゃんが対峙し、激しい応酬を繰り返していたものの、無傷。
私の見立てではこの男女の鬼は鬼となってそこまで時間も経っておらず、そこまで強い訳ではない。
けれど、炭治郎君はそれよりも弱い。
……いや、縁壱さんの耳飾りと無惨様の優しさを重ねてしまっていたからか、期待し過ぎてしまっていたのだと思う。
一般人からすれば破格の強さの炭治郎君だけれど、愈史郎の手助けがなければ、男の鬼を倒すだけで手一杯な程度の実力。
女の鬼を真正面からうち倒す体力は残っていないように見えた。
ならば……。
何処か焦燥の見えるあの女の鬼は……私が受け持ちましょう。
それでも立ち上がり刀を構える炭治郎君は立派だけれど、少し、見ていてください。
血鬼術 白日の魔香
腕に突き立てた爪、流れる血から発せられる臭い。
この血鬼術は、嗅いだ相手に偽りを許さない。
無惨様の配下、無惨様をひどく慕う様子を見せていた鬼には……罪を背負った鬼には、これが残酷な程によく、効く……。
「可哀想に……貴方は鬼舞辻無惨の事を何も知らないのですね」
「何……? 」
ピクリと、腕を増やし、それぞれに毬を構えた女の鬼は、私の言葉に眉をひそめた。
「鬼舞辻無惨が、貴女の行為に喜んでいたとお思いですか?
無為に、意味もなく人を鬼にし、楽しみながら人を傷付ける貴方を、好意的に見てくれると、本気で思っているのですか? 」
「それは……思って、いない」
今にも私へと毬を投げつけようとしていた腕が、しゅんと下がる。
先程まで嬉々として破壊を楽しみ、満面の笑みを浮かべていた女の鬼の変わりように、炭治郎君と禰豆子ちゃんが狼狽していた。
けれど女の鬼にはまだまだ気力は残っている。
私を視界にいれると、忌々しいという感情を隠すことなく睨み付けてきた。
「じゃが!お前のような無惨様の配下にいないハグレ者に言われる筋合いは――」
「貴女達のような配下を持って、鬼舞辻無惨もさぞ苦労なされていることでしょう。
貴女達は一体、誰の命でここに来たのですか? 鬼舞辻無惨はご存知なのですか?
人混みで人を鬼にした行為を、鬼舞辻無惨はお許しになられたのですか?
無闇矢鱈に破壊を振り撒く行為は? 人を無為に傷付ける行為は? 好きにせよと言われたかもしれませんが、鬼舞辻無惨本人はどう思っているのでしょうね?
鬼舞辻無惨は貴方を――――」
畳み掛ける。畳み掛ける。
私に出来る事は多くない。
炭治郎君も禰豆子ちゃんも強い訳ではない。
私も愈史郎も、直接戦闘は得意ではない。
故に、心を折る。
偽りの許さない、自らを偽る事を許さないこの香の中で。
「本当に、見ているのですか? 」
敬愛して止まない主君に見捨てられたという幻想の中で、息絶えなさい。
……そう間も無く、女の鬼はひどく衝撃を受けた表情で、ボロボロと涙を流しながら膝を折り、崩れ落ちた。
そしてその鬼を、自ら頚を差し出した鬼の頚を、炭治郎君は慈悲の刃で切り落とした。
……そちらで暫く待っていて下さい。
貴女に行った惨たらしい仕打ちの報いは……私がそちらにいった時に必ず受けます。
だから……おやすみなさい。
「わしは、わしは……! 無惨様に見て欲しかった……!
わしの命を救ってくれた無惨様の力になりたかった……!
なのに、なのに……わしを側に置こうと無惨様が見つめる先に、わしはおらんのじゃ……! わしを見とらん、わしではない何かを、懐かしそうに見つめて……! 」
水の呼吸
「それが嫌で、嫌で嫌で嫌で……! わしは、わしを、無惨様にわし自身を見て貰いたかったのじゃ!
わしが無惨様のお役に立てると! もっと強くなれると!
そして、わしを……見て……くれると……。
でも……でも……そうして……足掻けば足掻く程……無惨様の、お心は……離れて……」
伍ノ型
「……わかって、おった……わかっておったんじゃ……。
でも、それでもわしは、無惨様のお力に、なりたかったんじゃ……。
わしは……わしは……大馬鹿者じゃ……もう……無惨様に……合わせる顔が……ない……」
干天の慈雨
「無惨、様……」
「……もう……おやすみ」
「……あそ……ぼ……」
―――――――――――――――――――――――――
時は流れ、研究は進み、十二鬼月の上弦が半数欠けた頃……。
禰豆子ちゃんが太陽を克服し、そして……そのおかげで研究が飛躍的に進んだ。
そして……念願だった鬼を人に戻す薬、それも完成させる事が出来た。
「けど……足りない」
それでも、無惨様を終わらせるには足りないと確信していた。
十二鬼月の採取した血を調べてわかったことだけれど、無惨様は未だに進化を続けていたからだ。
故に、当初の想定よりも更に強くなった無惨様を終わらせる用意をしなければならない……気が遠くなる話だった。
でも、鬼殺隊からの誘いに乗り合同で研究に当たった結果、その目処すらたった。
これはきっと、私一人で研究を続けていたら、決して辿りつかなかった。
……私は改めて思う。
人の力とは、想いとは……素晴らしいものなのだと。
正と負はあれど、強い想いは結果を引き寄せる。
そんな当たり前の事実を、永く生きたことで忘れてしまっていたことを、思い出すことが出来た。
そうして完成したいくつかの薬を一人で静かに眺めていた。
この薬を投与し、鬼殺隊と協力すれば……無惨様を終わらせる事が出来るかもしれない。
苦しみに満ちた、無惨様の生を。
今もきっと……禰豆子ちゃんが太陽を克服してしまった事で、鬼殺隊を滅ぼさなければいけなくなったと苦しむ無惨様に、引導を……。
ベンッ
「!」
その時突然響いた琵琶の音に肩を揺らした。
そして……目の前に現れたのは、見覚えのある窓……。
ガラリと開いたその先にいたのは、黒い和服に身を包み、琵琶を抱えた女性……。
「お久しぶりです、珠世さん……」
「鳴女……ちゃん」
かつて無惨様と共に時を過ごした……鬼の、女性。
鳴女ちゃんが、変わらない綺麗な一つ目で、私を見つめていた。
不思議と……敵意は感じなかった。
私が今いるのは鬼殺隊の拠点の一つ。
本来ならいる場所も、私が無惨様の配下ではない鬼だということを加味してもっと焦るべきなのだろうけれど……鳴女ちゃんに私を襲うような気配はなかった。
だからか、いっそ気持ちは穏やかで、再会の喜びが上回ってすらいた。
とはいえ流石にそれを表に出すことはなく、此方を見つめる鳴女ちゃんを、黙って見つめ返していた。
ややあって、鳴女ちゃんは静かに口を開く。
「やっぱり……そちらにつくのですね」
鳴女ちゃんは小首を傾げて、悲しそうに呟いた。
「ええ……私は、無惨様を止めます」
言葉少なに、けれど想いを込めた言葉。
そんな想いで鳴女ちゃんを見返せば、その表情は悲しみに彩られたまま、瞳を閉じていた。
暫しの間があって……鳴女ちゃんは小さく頷いた。
「……なら私は、無惨様を守ります。全力、全霊で」
ベンッ
琵琶が音を鳴らした。
開いた瞳は真っ直ぐに私を見つめ……その瞳には先程までなかった『上』『肆』の文字が刻まれていた……。
私は鳴女ちゃんの想いに、覚悟に胸をうたれた。
いつの間にか視界は滲んでいて、頬を冷たい感触が通りすぎていった。
気付けば私は鳴女ちゃんに吸い寄せられるように近付いていて……そのまま抱き着いていた。
温かい……人と変わらない温もりに、より涙が溢れた。
わかってしまった……鳴女ちゃんはどうなろうと、無惨様を生き残らせる為に、どんな事でもすると。
鬼殺隊と鬼の決戦において……鳴女ちゃんが生きている限り私達の勝ちは、ない。
わかっていた、けれど覚悟が足りなかった。
私はまだ、この期に及んでほんの僅かに、理想の未来を描いてしまっていたから……。
鳴女ちゃんと、無惨様と、私が人に戻り……静かな場所で、穏やかに人として過ごすなんていう、私に都合の良すぎる夢……。
「鳴女、ちゃん……」
なんでそうならなかったんだろう?
なんでその未来に辿り着けなかったんだろう?
今でも鮮明に思い出せてしまう、無惨様が
あれさえなければ、あの事件さえ起こらなければと、何度、何度思ったか。
こんなに温かくて、優しい鳴女ちゃんが、なんであんな目にあわなければいけなかったのか。
何度自問しても……最後に出る答えは同じ。
「……全て終わったら、また琵琶を聞かせてね……」
私達鬼は、存在してはいけない生き物だから。
人食いの報いを受けずにのうのうと生きようなんて、なんと浅ましい……。
「……はい」
守られる筈もない約束を交わして、ゆっくりと体を離していく。
きっと、私達はもう顔を合わせることはないだろう。
もしも会えるとするなら……全てが終わった後……彼方で。
濡れている肩に気付かない振りをして、鳴女ちゃんに向けて笑みを浮かべた。
「さようなら、鳴女ちゃん。私はこの命をかけて、無惨様の生を終わらせます」
「……さようなら、珠世さん。それなら私は、この身をかけて無惨様を守り抜きます」
同じく命を懸けて、けれど向かう先は真逆で。
私は死を、鳴女ちゃんは生をもたらす為に。
それでも向ける忠誠の先は同じ。
無惨様の為に……ただ、それだけの為に。
「愈史郎……貴方には上弦の肆……一つ目の鬼の無力化をお願いします。
彼女が生きている限り……鬼殺隊の勝利は絶対に有り得ません。
恐らく……貴方にしか出来ないことです。
どうか、お願いします。鳴女ちゃんを止めて下さい」
愈史郎は私の言葉に表情を歪ませた。
鳴女ちゃんの話は、何度かしていた。
私が彼女を娘のように可愛がっていた事も知っている。
私の思いを察してか、愈史郎は言及することなく頷き、絞り出すように問い掛けてきた。
「……珠世様は、どうなさるおつもりですか」
「私は……無惨様にこの身を捧げます。
体にいくつもの薬を埋め込み、段階的に無惨様が吸収していくように調整し……そのまま運命を共にします」
「……!」
目を見開く愈史郎へと、柔らかく笑みを浮かべた。
今までの感謝を……そして願望を込めて……。
「愈史郎……今まで、ありがとうございました。
どうか、貴方は生きていてください」
「……ズルいお方ですね……その任、お任せください。
此方こそ今まで……ありがとうございました……」
そう言い切った愈史郎の瞳から、涙が溢れた。
愈史郎にはこれから、決戦において最も大事な大役を任せてしまうことになる。
それに心苦しさはあれど……愈史郎ならなんとかしてくれるという信頼もある。
「今まで……お疲れ様でした、珠世様……」
労ってくれる愈史郎の頭を撫で、その涙を拭う。
私を慕ってくれた彼の想いには応えられないけれど……どうか未来で幸せになってくれることを願った。
後は、誰かが無惨様を倒してくれれば……鬼殺隊の誰かが、無惨様の頚に辿り着ければ……私の望みは果たされる。
そう考えた時、頭に浮かんだのはやはり、花札のような耳飾りをした慈悲の刃を振るう少年……。
「炭治郎君……」
誰にも聞こえない、掠れた声で小さく呟いた。
炭治郎君との出会いはきっと運命だった。
彼なら、あの優しさを持ち続けた彼なら……何かを成してくれる、無惨様を止めてくれる……。
根拠はないけれど、そう思った。
炭治郎君がきっと、最後の運命の分かれ道となる、そんな予感がした。
「無惨様を……止めてあげて下さい……」
そして、準備を万全に、改めて覚悟を決めて……私は決戦に臨む。
全ては……無惨様の為に……。
あの優しく自虐的な、愛しくてたまらないあの
私は、この身を捧げる。
……それが私の……忠誠のカタチ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「山本先生は、この食堂に連れてきてくれた時、必ずこの祠に挨拶させますよね」
「言われてみれば……何かあるのかな――何かあるのか?」
「いや……あまり知らない。
けど二人が挨拶すればきっと、祠は喜んでくれると思うぞ。
……すれ違った人が挨拶しなかったら悲しいだろう? 」
「そういうものですか? 」
「そういうものか? 」
「そういうものだ」
活動報告にて、意見を募集します。
今話で48話ということでどうせならキリよく50話までかこうと思いまして、あと2話分の読んでみたいエピソードを募集します。
よければご意見くださいませ。
誤字報告ありがとうございます。
修正しました。