それでも私は死にたくない   作:如月SQ

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 鳴女があまりにも人を食いたがる。

 あまりにも駄々をこねるので、私の血を与えてみた。

 嬉しそうに指にしゃぶりつく鳴女。

 そんな鳴女が体を痙攣させのたうち回った事で、私はもっと自分の体の事を知らねばならぬ事に気付いたのだ。

 

 まず、前提として、私の血には人を鬼にする力がある。

 だが同時に、人にとっては毒でもあるのだ。

 それは、野盗に手首からだくだくと流れる私の血を与えた所、苦しみ悶えながら息絶えた事でわかった。

 

 では鬼になるのと、死ぬのでは何が違うのか?

 与える血の量が多ければ死にやすいのは確かなのだが、その量も個体差がある事がわかってきた。

 例えば鳴女は一滴で鬼となった。

 先程息絶えた男は手のひらで掬える程度の量の血で死んだ。

 そして目の前、同じ量を与えたのだが、男は耐え、鬼となり始めていた。

 つまり、厳密に言えば私の血は人を鬼に変え、その過程で体に強い負担をかける。

 それに耐えられた者のみが、鬼となる事が出来るのだと仮定する事にした。

 

「うがぁああああああ!」

 

 しかしながら、鬼にする為の量もだが、その負担が曲者だ。

 体を根本から作り替えるのだから当然と言えば当然だが、鬼となった者は酷い飢餓状態に陥る。

 鬼となった瞬間、正気を失うくらいに。

 

「……ほら、これを食え」

 

「……!」

 

 先刻鬼にした男がぐちゃぐちゃと音をたてて人肉を食らうのを眺めながら、考えを整理していく。

 鳴女もそうだったが、鬼と化した場合直後正気を失い、人肉を食らうまで暴れ回る。

 それを私の力で押さえ込む事も出来るが……あまりしたくはないな。

 

 また、私が鬼とした者と私には、なんらかの繋がりが出来ている事がわかってきた。

 朧気ではあるが、その者の思考等が伝わってくる時がある。

 例えば鳴女は今、男が肉を食らうのを羨ましそうに……。

 

「……先程も食べただろう鳴女」

 

「もっと食べたいです。無惨様」

 

「……食わなくても平気ならば、あまり食うな」

 

 ……そして、もう一つ、鬼と化した影響なのか、直後の暴走が原因か定かではないが、人間だった頃の記憶は失われているようだった。

 鳴女は鬼と化した後、自らの母親を食い殺し涙した訳だが、涙した事は覚えていても、何故泣いていたのかはわかっていない様子だった。

 

「お前、自分の名は言えるか?」

 

「…………?」

 

 同様に、目の前の男も自分が何者だったのかすら、覚えていないようだ。

 口元を血で赤に染めた男は、何もわからないようで首を傾げていた。

 

 それと……これは幸か不幸か判断に困る事だが……鬼と化した者は鬼らしい価値観、と言えば良いのか、人を食う事を忌避しないようになる。

 私も覚えがある……私が馳走だと思って食べた肉、あれは人、しかも相当世話になった女中だった。

 それを人とすら思えず、ただの馳走としか見えず、夢中で食らった……常に人があのように見えているとすれば……やはり鬼とはなんと。

 

「あー」

 

「こら、鳴女、食うなと言っただろう……お前も言われるがままに差し出すんじゃない」

 

 なんとおぞましく、悲しい生き物だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼と化した男も連れての旅。

 名もなかった男に雄月(おがつ)と名付け、旅をしつつ検証を続けた。

 そうしてわかってきたのが、私が追加で血を与えると鬼としての力を増すという事だ。

 勿論体に相応の負担はかかるものの、それによって良い事もあった。

 

「……♪」

 

ぴちゃ、ぴちゃ

 

 雨の中、水溜まりを見る度に飛び込んでいる鳴女は、今まで毎日欲していた人肉を、一ヶ月に一度程度まで我慢出来るようになっていた。

 雄月のほうは週に一度と言った所だろうか。

 恐らく、与える血を増やす事で私の体に近付くのだろう。

 

 だが、やはりそれも個体差がある。

 鳴女はまだ耐えられそうだが、雄月は既に私の血を受け付けなくなっているようだった。

 元になった人間としての体の強靭さは明らかに雄月のほうが上だったが、貧弱だった鳴女よりも受け入れた血が明らかに少ない。

 男女の差、子供と大人の差、色々と頭に浮かぶ可能性はあるが……確かな事は言えない。

 

 むぅ、むず痒い。

 やはり医学を学ぶべきだろうか。

 鬼と化したこの身には妖術の類の力が働いている認識はあるのだが、素人知識だけでは限界がある。

 何処かで医術の知識か……もしくはそれこそ妖術でも学ぶべきか?

 自分の体の事を解き明かすにも、手詰まりのような気がしていた。

 雨の中、鳴女を目で追いながら、腕を組んだ。

 

「ふむ……」

 

「如何しました、無惨様」

 

「いや、素人知識では限界がきたと、思っていただけだ」

 

「成る程……?俺にはわかりませぬが、無惨様がそう思うのならばそうなのでしょう」

 

 こいつはこいつでそういう方面では役にたたん。

 幼子であった鳴女も同様だ。

 どうしたものか……。

 

「ご機嫌が優れないご様子。人でも捕らえてきましょうか」

 

「いらん。お前も鳴女もそうだが、人に無闇に危害を加えるな。

 私の目の届かぬ所で人を殺すな。許可なく人を食うな。

 出来得る限り静かに暮らしたいのだ私は。波風立てるような事をわざわざするんじゃない」

 

「わかりました」

 

 やれやれ……どうせおこぼれでも貰おうとしたのだろう。

 

 ……私はそもそも、あまり人を殺したくはない。

 ただでさえ、野盗を捕らえ実験に使い、その命を徒に奪う行為に忌避感があるというのに……。

 雄月の私へのご機嫌取りというくだらない目的の為に殺されたのでは、浮かばれないだろう。

 

 しかしまぁ、一応の目的として鳴女を人に戻す、があるとはいえ……この調子では前途多難だな。

 一度何処かで腰を据えて、医学を学ぶのもありかもしれない。

 雄月には近くの山奥にでも待機していて貰おう。

 

 そうと決まれば、だ。

 

「鳴女」

 

 そう名を呼んでやれば、少し離れた所にいた鳴女は、早足で私の傍らに身を寄せた。

 鳴女は自分の一つ目があまり好きではないようで、髪を伸ばし、その瞳を隠してしまった。

 だが、その雰囲気や口元の変化が顕著なので、見れば直ぐに感情がわかる。

 ご機嫌な鳴女の頬についた水滴を拭ってやりながら、次の目的を告げた。

 

「町へ行くぞ。鬼とバレぬよう、気を付けるのだ。

 雄月、貴様は近くの山奥にでも待機していろ。

 週に一度、様子を見に行く。食事はその時だ」

 

「はい!」

 

「はい、わかりました」

 

 二人の返事に頷き、改めて歩を進めていく。

 向かうは町、きっと医者の一人二人はいる事だろう。

 そこでどうにかして医術を学ぶ事にしよう。

 そう心に決めて、雨の中歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その町で、私は運命的とでも言える出会いを果たす。

 今後長く続くその関係は、本当にただの偶然から始まった。

 

 町中で、私達の目の前で転び怪我をしてしまった幼子。

 その擦りむいた膝から流れた血に鳴女が反応した事に焦り、私はその子を抱えて家族の元へと届ける事を買って出た。

 その先で出会った人物、それこそが……彼女だった。

 

「こほっ、こほ……申し訳、ありません……このような姿で」

 

 苦しそうに咳をする病床についた女の顔には、死相がくっきりと浮き出ていた。

 健康な頃は医者をしていたと言うその女は、死にかけの身でも美しく、傍らの夫と子供に心から愛されていた。

 それだけに……彼女はひどく死を恐れているようだった。

 体に巣食う病魔は、優秀な医者であった彼女をして、既に手の施しようがない程で……女は今死んでもおかしくない程に憔悴仕切っていた。

 

 私はこれを天啓だとしか思えなかった。

 私には、彼女を救う術がある。

 彼女を鬼とすれば……きっと生きる事が出来る。

 無論、良い事ばかりではない、いくつもの危険と隣り合わせの行為だ。

 だが、その瞳に絶望を宿し、ただ死を待つだけの彼女を、夫と子供を愛し、夫と子供に愛されている彼女を……救ってやりたいと、そう思ったのだ。

 

「……もしかすると、生き永らえさせる事が出来るかもしれない」

 

 そうボソリと呟いた私に、目を見開いた女は、すがるような目を向けてきた。

 

「本……当、ですか……?」

 

 震えた声で返された言葉に、私は力強く頷いて答える。

 

「……危険はあるがな。全てはお前次第でもある……どうする?」

 

「そっごほっ!ごほっこほっ……!」

 

 苦しそうに咳を重ねる女の肩に、夫と子供の手が回される。

 ……素晴らしい家族だと、素直にそう思った。

 これならば、大丈夫かもしれない。

 無論、私も全力を尽くすが、最も大事なのは当人達の意志だ。

 だが、涙ながらに抱き締めあう家族を見れば……きっとその心配は杞憂に終わるのだと思えた。

 

「どうか……どうか……!私に、子供の成長を見守らせて……ほしい……!お願い、します。お願いします……!」

 

 頭を深く下げる三人の家族を眺め、私も覚悟を決める事にする。

 必ずこの女を救う……それが私には出来るのだから。

 

 私は……人の理では救えぬ者達を救う。

 その時、心に決めたのだ。

 

 ……なんと、傲慢なのだろうか。

 

「私は、鬼舞辻無惨という。お前の名は?」

 

 下げた頭をゆっくりとあげ、涙を浮かべた女は静かに答えた。

 

「珠世と、申します……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆炎で吹き飛んだ屋敷、先程までの穏やかな光景が見る影もない、地獄のような光景。

 燃え、吹き飛んだ頭と腕を再生させながら、私はこれで終わらないだろうな、という確信があった。

 

 それを裏付けるように突如、音も気配もなかった場所から現れた大男が振るった日輪刀……刀……?

 斧と鉄球が私を穿った。

 

ゴシャァッ!

 

 防ぎ切れず、弾け飛んだ腹と腕。

 驚異的な技の威力と冴え、見切る事も受ける事も叶わぬ剛剣……剣……?

 何処から現れたのか、そう戸惑う間も無く、突如として目の前に浮かぶのは血色の球体。

 それは瞬きの間に巨大化し、無数の巨大な棘が私の体を貫いた。

 

ドスドスドスッ!

 

「……動けんな」

 

 その棘は私をその場に縫いつけるかのように固定し、私の身動きは完全に封じられてしまった。

 ……鬼殺隊の大男が身を隠していた術も、この棘も、恐らくは血鬼術だが……こんな術を持った存在に心当たりはなかった。

 私の知らぬ、私と繋がらない鬼……それを作れるのは……。

 

ドッ

 

「……やはり、お前か。久し振りだな」

 

 成る程、鬼殺隊……こうきたか。

 私は内心で舌を巻いた。

 目の前で冷や汗を流しながら私を見つめる女、その手は私の吹き飛んでいた腹に突き刺さっていて……女の手も巻き込んで再生してしまった。

 

「はい……無惨様、お久し振りです」

 

 女は……かつての()()である珠世は、そう言って儚げに笑った。

 

「相変わらず美しいな」

 

「私には、夫も子供もおります故に……」

 

 二人で苦笑を浮かべあって、その視線を交わす。

 

「お前は、そちらに付くのだな、珠世」

 

「はい……無惨様……」

 

 暫し黙って見つめあい、私は目を細めて笑い、珠世は悲しげに眉を下げた。

 

「貴方はあの時……縁壱さんに斬られて死ぬべきだったんです……」

 

 苦し気に、絞り出すように言われた言葉。

 私は珠世の頬に手を添え、その目に浮かんだ涙を拭う。

 

「そうかもしれないな……私は、逃げてしまった。

 罪から、使命から、運命から………………友から」

 

 そうだな、そうなんだろう。

 そうすれば、少なくともこの数百年で加速した鬼の被害はなかったのだから。

 いや、当時に既にその兆しはあったのだ。

 血鬼術が洗練され始めてしまい、優秀な鬼狩りが鬼となった。

 その時点でその未来は想像出来た……出来ていたのだ。

 

「それでも死にたくなかったのだ……すまない、すまないな珠世。こんな事をさせてしまった」

 

 珠世は涙ながらに笑う。

 

「仕方ないお人ですね……でも、貴方が臆病なのは知っていますから……」

 

 その姿すら美しい。

 

「お前の事だ……ただ近付いた訳ではあるまい。何を投与した?」

 

 珠世は近付いて戦うような鬼ではない。

 今も私の腹に突き入れたままの拳……そこに何かを仕込んだ事は想像に難しくなかった。

 

「鬼を、人に戻す薬です」

 

「なに……?完成、したのか……!?」

 

 それは、驚いた。

 珠世と共にいた数百年ではその切っ掛けすら掴めなかったというのに。

 私と袂を別った後で完成させたというのか……しかし。

 

「生半可な物では、私は分解してしまうぞ?」

 

「わかっています……だからこれは賭けでもあります」

 

 そう言って強気に笑う珠世は、私に投与した薬に余程自信があるようだった。

 ……珠世の、今までの成果の結晶、か。

 

「そうか……ならばもう離れたらどうだ?

 強い気配があらゆる方向から近付いてくる……。

 もう間も無く柱が到着するのだろう?お前まで巻き込まれるぞ?」

 

 珠世は私の問いに首を振った。

 それに私は顔を顰める。

 思い出すのは、過去、珠世が子供を見届けた後の事……。

 

「生殺与奪の権を私に委ねるなと、言った筈だが?」

 

 そう、不機嫌な声色で言うも、珠世は微笑むだけ。

 そこでふわりと、珠世の手が私の頬を撫でた。

 

「私が選んだのは、貴方と共に死ぬ事なんですよ」

 

 それに面食らった私は暫し沈黙し……。

 

「……物好きな奴め、勝手にしろ」

 

 そう、絞り出すように告げた。

 

「はい」

 

 慈しみの込められた笑みを珠世は浮かべ……私はそれを心から美しいと思った。




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