それでも私は死にたくない   作:如月SQ

6 / 50
閲覧、お気に入り登録ありがとうございます。
感想、評価、ここすきも大量にいただきまして、感無量です。
日間一位効果……凄まじいですね……。
ここまで反応があると流石にモチベーションも高くなりますので、連日更新といきたいと思います。




「まず……改めて自己紹介といこう」

 

 私の申し出を受け入れた珠世という女とその夫に向き直り、小さく頭を下げた。

 

「私は鬼舞辻無惨、こちらは鳴女。私達は人ではなく、鬼だ」

 

 鳴女の前髪をかきあげ、その大きな一つ目を露にする。

 

「ひっ……」

 

 珠世が小さく悲鳴をあげ、その夫も息を飲んだ。

 

「……むぅ」

 

 二人の反応が気に食わなかったのか、鳴女は直ぐ様顔を前髪で隠し、傍らに置いてあった笠を被ってしまった。

 その反応があまりにも子供らしく……人らしくあったからか、珠世はハッとした様子で、気まずそうに俯いていた。

 

 少し拗ねた様子の鳴女の頭を笠ごしに撫でて宥めながら、私は言葉を続ける。

 

「この通り、人外である私達だが……鳴女はその昔は飢饉で死にかけたただの村娘だった。

 それを私が鬼とし、人の理から外れる事となった……。

 実を言えば、私も元は体が弱く、20まで生きられぬと言われていた身だったのだが、とある医者に投与された薬によってこの鬼の体を手に入れたのだ」

 

「つ、つまり……生き永らえさせる手段というのは……」

 

「……そうだ、珠世と言ったか。鬼となれば……お前は生き永らえる事が出来る」

 

 私の言葉に、珠世は瞳を揺らした。

 パクパクと口を開いては閉じ、言葉が上手く出てこない様子だった。

 傍らにいる夫の視線は、私と珠世を何度も行き来し、言葉も出ない様子だった。

 

「戸惑って当然だ。いきなりな話だからな……。

 故にまずは、私達鬼がどんな存在なのか……説明してやろう」

 

 日に当たれず、人を食わねばならん化け物となるのだ。

 その説明を省いて、生きようと足掻く者を鬼とする事は出来まい。

 例えば今、珠世に血を与えれば良くて死亡、最悪は鬼と化し夫と子を食い殺すことだろう。

 ……生き足掻いているこの女に、その仕打ちは酷だろう。

 

「私達鬼は、人を食わねば生きていけぬ」

 

 二人の目が見開かれ、その顔に明らかに怯えが浮かんだ。

 私はあえて二人をそれ以上見ぬように目を瞑り、顔を俯かせた。

 

「日の光を浴びれば体は灰となり、人を食いたいという衝動を抱える事になる。

 だが、その代わりに強靭で健康な肉体と、老いぬ体を手に入れる事が出来る。

 その身を蝕む病も、治るだろう」

 

 ちら、と見た珠世の瞳に光が灯ったのがわかった。

 ……感触は悪くない、か。

 まぁ、それはそうだろう、目の前に生と死の選択肢があり、死を選べる者がどれだけいるというのか。

 

「だが、鬼となるにはいくつもの危険を犯さねばならん。

 それは一つ間違えば命を失い、やもすれば取り返しのつかない事態を引き起こすかもしれん。

 そうならないよう全力を尽くすが、確実な事は……」

 

「やります」

 

 思わず顔をあげた先で、その強い瞳に一瞬圧された。

 死にかけているとは思えぬ程に、強い意志の籠った視線だった。

 

「私の状態は、私が一番良くわかっています……私の体は間違いなくもう保ちません……。

 可能性があるなら、それに賭けてみたい……」

 

「……人食いの化け物となるのだぞ?それに、私がお前達を騙し、食おうとしているのかもしれんぞ?」

 

「くす……可笑しな人ですね……本当にそう企んでいる人は、そんな事言いませんよ」

 

「……私は鬼だ。人ではない」

 

 くすくすと笑う女は、やはりとても美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はそれから更に詳しく説明を続けた。

 危険はいくつもある。

 例えばそもそも、私の血に適応出来ない可能性もある。

 適応出来たとして、負担に耐えられない事も有り得る。

 鬼と化したとして、夫や子供に手を出すかもしれない。

 更には、人間であった記憶を失う可能性すら有り得る。

 

 そんな危険を犯して手に入れた体は、強靭で老いない。

 けれど日の下を歩く事は出来なくなり、人を食わねば生きていけぬようになり……人食いの罪を背負って生きていく事になる。

 

 それら全ての説明を終え、憔悴した様子の二人を見て、一晩、時間を置く事にした。

 客間を使わせて貰えることとなり、柔らかな布団に寝転んだ鳴女は嬉しそうに微笑んでいた。

 

 一方で私は、寝転び天井をぼうと眺めながら、鬼にならないかと誘った事を後悔していた。

 何故ならば、改めて羅列した鬼のおぞましさと、鬼となる時の危険性に辟易したからだ。

 全ての危険がもしもそれぞれ半々の確率で起きた場合、珠世の願いが万全の状態で叶うのは16分の1、1割にも満たないのだ。

 無論全てが半々という訳ではないだろう、それでも……危険には違いないのだ。

 

 それでいて仮に上手く行ったとて、その先にあるのは血塗られた生だ……。

 私はただ徒に彼女を翻弄し、その最期を苦悩で彩らせてしまっているだけなのではないか?

 変に希望を持たせてしまっただけなのではないか?

 そんな、後ろ向きな思考が止まる事はなかった。

 

 グルグルと回る思考は私から眠気を奪う。

 久々の布団だというのに、私は一睡もする事なく朝を迎えたのだった。

 

 すやすやと安らかな寝息をたて眠る鳴女を、苦笑し、眺めて―――。

 

「……鳴女!そこで寝返りをうつな!日が当たるぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その申し出……受けようと思います」

 

「……そうか、わかった。明日の夜、始めよう」

 

 私は、覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うがぁあああああああああああああああああ!!!」

 

「落ち着け……落ち着け!」

 

 私は必死に鬼と化した珠世を押さえ続けた。

 血には適応した、負担で死ぬ事もなかった。

 だが、案の定、飢餓状態となり、歯を剥き出しにして吠え続けていた。

 

 少し離れた場所で珠世の夫が子を抱え、全てを見届けると意気込んでいる。

 そちらへ……この空間で唯一の人間に、珠世は正気を失い襲い掛かろうとしていた。

 こうなるならば、やはり夫達には避難していて貰ったほうが良かったかもしれない……だが、珠世と夫の意志も尊重してやりたかった……。

 

「珠世!しっかりするんだ!」

 

「母ちゃん!頑張って!」

 

 体を作り替えられる苦痛に耐え抜き、飢餓に喘ぐ珠世は、口から涎を垂らして二人へと手を伸ばす。

 凄まじい形相だ、美しく穏やかな普段の雰囲気の欠片もない。

 そんな珠世に、夫と子は涙ながらに声をかけ続ける。

 苦しむ妻に、母に届けと、頑張れと、また、三人で暮らそうと。

 

「くそ……!耐えろ、耐えるんだ……!」

 

 気付けば……珠世も涙を流していた。

 食い縛り口の中を切りでもしたのだろう、口からは涎だけではなく、血が混じり始めていた。

 体の抵抗も、少し和らいでいるように感じる。

 

「子の成長を見届けるのだろう!鬼ごときの本能に負けるな!」

 

「珠世!」

 

「母ちゃん!」

 

「う、あぁあああああああああああああああああ!!!」

 

 一際大きく咆哮した珠世は、体を大きく震わせた。

 振り回そうとする腕を押さえ込み、その爪が私の腕にめり込む。

 

「頑張れ……耐えろ……!」

 

 ぎり、と強く噛み締められた珠世の口から音が漏れ、その顔が不意に、真っ直ぐ夫と子の二人へと向けられた。

 三人の視線が交わった、そう思った瞬間、珠世の体がピタリとその動きを止めた。

 

「ああ……あ……」

 

 そのまま珠世の口から弱々しい声が漏れたと同時に、その四肢からくたりと力が抜けた。

 その額には汗が滲み、荒い息を吐き出し、服は乱れに乱れ、乳房がまろびでていた。

 

「少し、待て!」

 

 動きが止まった瞬間、思わず駆け寄ろうとした夫と子供を止める。

 珠世の体はそのまま押さえ込み続け、その薄く開いた瞳を覗き込んだ。

 

「……調子はどうだ……自分が何者かわかるか?」

 

 珠世はゆっくりと一度、二度と瞬きをしてから、薄く笑みを浮かべた。

 

「生まれ変わった……気分です……私は、珠世、ですよ……」

 

 あの人の妻で、あの子のお母さんです、そう珠世は言い切った。

 そんな珠世に、二人は堪らず駆け出し、抱き着いた。

 二人を容易く受け止めた珠世は、笑みを浮かべた。

 心からの笑み、満面の笑みを。

 その浮かべた口からは尖った犬歯がちらりと覗いていて、珠世は確かに鬼と化していた事が、感覚でもわかる。

 それでも珠世は……飢餓状態のままで正気に戻り……二人を食らう事はなかった。

 

 三人はそのまま抱き締めあった。

 互いの愛を確かめあうように……。

 その流れる涙は……本当に美しく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、その光景に、気付けば涙していた。

 素晴らしかった、美しかった。

 珠世は間違いなく飢えている、目の前の人間を馳走だと思っている。

 それでも……彼女は耐えきったのだ。

 

 愛……そう、全ては家族への愛で。

 人は、醜い。

 私はそう思っていたし、今もそう思っている。

 私を殺そうとした両親も、一人旅と見るや食い物にしようとする野盗も、戦を起こす愚者達も。

 それでも……どうしようもなく輝きに魅せられてしまう時がある。

 

 例えばそれこそ……鳴女の母親だ。

 鳴女を私が世話をし続ける道理等、本当はないのだ。

 鬼にしてしまった負い目を含めても、一人で生きられるようになれば後は放ってしまっても構わなかった。

 それを今も連れて共にいるのは、そんな輝きを魅せてくれた彼女への義理立てもある。

 ……絆された、という面も否定は出来ないが。

 

 珠世は、やり遂げたのだ、彼女の強靭な精神が、人食いの本能に打ち勝ったのだ。

 私はそれが……どうしようもなく―――。

 

「無惨様……!ありがとう、ございます……!

 これで、私は……私は……!」

 

 だくだくと涙を流し、珠世は私へと頭を下げた。

 

「全てはお前が耐えた結果だ。誇れ、お前は強い……。

 暫し待っていろ。今、食えるものを探してくる」

 

 私はふいと珠世に背を向け、闇夜の中、外へ繰り出した。

 事前に、雄月には野盗を捕らえておくように伝えてある。

 それを拝借するとしよう。

 珠世が飢えたままである事は変わらない、食わねば結局は悲劇が起こるかもしれん。

 奇跡を見せてくれたのだ、便宜は図ろう。

 

 月明かりに照らされた私の顔は、どんな表情を浮かべていただろうか……?

 

 その後、私は珠世の経過を観察しつつ、医者である彼女の協力の下、私の体について調べ、検証していく事となる。

 医術を学び、彼女と、彼女の家族と親交を深めていった。

 その日々は……私が鬼となって初めて感じる、穏やかで平和な……かけがえのない日々だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その匂いを初めて嗅いだのは、あの日、禰豆子以外の全てを喪ったあの日、家に帰った時だった。

 嗅ぎ覚えのない匂いが()()あって、そのうちの一つがそれだった。

 

 二度目は浅草で、珠世さんに出会う前、西洋風の格好をした男からその匂いがした。

 鱗滝さんから聞いていた鬼の首魁、鬼舞辻無惨。

 それがその男だと思って、俺は無我夢中で追い掛けた。

 

 そして、その男からは……優しい匂いがした。

 左右を男女が固めていて、その男女からはひどい血の匂いがしたのに、その男からもするのに。

 それでも俺は、その()を優しい()なんだと思った。

 

 鬼にされてしまった人を人混みの中で取り押さえながら、その男が去っていく姿を見つめていた。

 嘘の匂いと、深い悲しみと後悔の匂いを残しながら去っていく男を……俺はなんとも言えない思いで見送る事しか出来なかった。

 

 そして、三度目……。

 

 目の前に、棘に固定され、珠世さんと密着している男が、凪いだ瞳で此方を眺めている。

 この次の瞬間にも、柱の皆さんの一撃も、俺の一撃も通る。

 その場に居合わせた全員が渾身の一撃を叩き込もうと刃を振りかぶっているそんな瞬間。

 男は……鬼舞辻無惨は、その目をゆっくりと細めた。

 

 霞の呼吸 肆ノ型

 

 蟲の呼吸 蝶ノ舞

 

 蛇の呼吸 壱ノ型

 

 恋の呼吸 伍ノ型

 

 水の呼吸 参ノ型

 

 風の呼吸 漆ノ型

 

 それぞれが高まった戦意のままに……吹き飛んだお館様の屋敷、そこに佇む鬼の首魁へと叩き込もうとしていた。

 

 俺も、その一人として刀を振りかぶっていた。

 

 ヒノカミ神楽……!

 

 けれど……。

 

ベンッ

 

 何処からか鳴り響いた琵琶の音と共に、その場の全員の足元に突然襖が現れて開いた。

 切りつける為、最後に地面を強く踏み締めるその瞬間を狙われてしまったようで、誰もそれに反応出来ていなかった。

 まんまとはめられた、と悔しさに顔を歪めて落下していく中、無惨はただただ静かな態度で此方を見つめていた。

 その視線が、俺を見つけて……僅かな驚きと、悲しみに満ちた匂いがした。

 

「竈門、炭治郎か……」

 

「無惨……!」

 

 柱の皆さんが次々と落下して行く中で、無惨はその姿が見えなくなるまで、俺を見ていたように思う。

 結局俺は、彼を、無惨をどう思っていいのかわからなかった。

 彼は鬼の首魁だ、倒さなきゃいけない。

 でもその優しい匂いが、俺の判断を狂わせてくる。

 今更になって……こんな事になる前にどうにかならなかったのかと頭に過ってしまう。

 

「今宵……()と鬼殺隊の因縁は終わる……」

 

 瞬間、無惨から発する匂いが、突然ガラリと変わった。

 深い悲しみと後悔の奥から覗く、優しい匂い。

 それら全てが……憤怒の匂いへと。

 

「私の配下の鬼を撃ち破り、私の元へと……辿り着けるものならば辿り着いてみるが良い!」

 

 意味が、わからなかった。

 襖に飲み込まれて落下していく中で、俺はただただ、困惑し続けていた。

 その憤怒の匂いが……誰に向けた怒りなのか……俺にはわからなかったから。

 広大な空間と滅茶苦茶な景色の中で、落下しながら、姿の見えなくなった無惨を、無惨のいた方向を、ずっと、見つめていた。




誤字報告ありがとうございます。
修正しました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。