それでも私は死にたくない   作:如月SQ

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 珠世と鬼の研究、検証を進めていく過程で、まず急務だったのは珠世の人を食らう間隔を伸ばす事だった。

 人としての記憶を保持したまま鬼となった珠世は、価値観が鬼に染まる事はなかった為、人肉を食らう事を非常に苦痛に感じているようだった。

 それでも鬼の体はそれを馳走だ、食べたいというものだから、日々苦しみ続けていた。

 

 それを解消したのが、定期的に血を飲む事だった。

 なんと、それで食人衝動をかなり抑えられたのだ。

 珠世は、週に一度は人を食わねばならないと判断していた。

 それが、夫の血を週に一度一口摂取するだけで、一ヶ月以上食人衝動を抑え込む事が出来たのだ。

 

 ただし、新鮮な血でなければ効果が薄いようで、事前に保管という手は取れなかった。

 故に週に一度、珠世は夫の首筋に噛みつき血を飲むようになった。

 人肉を食わないように……とまではいかなかったものの、それも今後の研究次第だろう。

 

 人の血の可能性を感じながら、私達は研究を続け……医術を学び、自らの体でも実験、研究を繰り返していった。

 ただ、やはり鬼の体自体は医学だけでは説明のつかない事も多く、全てを解明する事は出来なかった。

 それでも、何も知らなかった頃に比べれば、かなりの進歩だ。

 わからない事がわかる、それが大事なのだと珠世は語った。

 

「何故鬼が人肉を食べないといけないのかはわかりませんが、血でその衝動を抑え込める事はわかりました。

 根本的な解決ではありませんが……こういうものは一朝一夕で抜本的な解決法が見つかるほうが奇跡なのです。

 少しずつ、一つずつ、進めていきましょう。

 私達には、時間があるのですから」

 

「そうか……そういうものか……」

 

 微笑みを浮かべる珠世は、生を謳歌していた。

 愛する夫と可愛い子に囲まれ、医者としても働き、鬼の研究にも勤しみ……。

 

「……しかし、働き過ぎではないか?あまりお前が休んでいるのを見た事がないのだが……」

 

「鬼は眠らなくても大丈夫ですからね、つい夜更かししてしまいます……普通の食事も摂れませんし……」

 

「肉体の疲れはないだろうが、精神は疲弊するぞ。

 人でいたいのならば、睡眠は取るべきだ。

 ……お前達も甘味等を食べるくらいは出来ればいいのだがな」

 

「そこはこれから次第ですね。色々と試してみましょう。

 ……それにしても、本当に青い彼岸花という物は存在するのでしょうか?聞いた事もありませんよ」

 

「ふむ……まぁ、それも焦らず行こう。

 足場を固めて行くという方針は私も賛成だ」

 

「ええ、同感です」

 

 鬼の体、鬼の可能性、一つずつ、一つずつ研究を、検証を重ねていく。

 様々な事があった。

 日の差さない日に珠世の家族に鳴女も連れて、遠出をした事なんかもあった。

 楽を見て、聞いて、楽しんだ事もあった。

 ……まるで、人間のように、ただ日々を楽しんで過ごした。

 

 本当に……楽しい日々だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数十年、あっという間の時間だった。

 人が、子供が成長し……死ぬには充分な時間だった。

 

 珠世は墓の下に眠る愛する家族に、手を合わせて祈りを捧げていた。

 珠世の夫が死んで、数十年……子も死んだ。

 二人は最期まで、若く美しいままの珠世に負の感情を見せる事なく、その命を終えた。

 

 私は、二人が生きている間に一度、提案していた。

 鬼とならないかと。そうすれば珠世と共に永遠を生きられるのだと。

 ……二人は、鬼になる事を拒んだ。

 定められた命を謳歌して、それで充分なのだと。

 

 その心を、思いを、私は理解する事が出来なかった。

 愛する家族と永遠を生きられる可能性が目の前に転がっているのに、何故手を取らないのか理解出来なかった。

 それでも、強い意志の感じる目で見られてしまえば、それを無下にする事も出来なかった。

 

 ……戸惑う私は、珠世に問うた。

 彼らは何故鬼とならないのか、と。

 

『……無惨様が、いつも苦しそうだからですよ』

 

 そう言って悲しげに微笑んだ珠世の表情を、永遠に忘れる事が出来なさそうだった。

 私は……いつもどんな顔をしていたのだろうか?

 辛そうな顔をしていた覚えはないのだが……。

 そう言って頬をこねる私を見て、珠世は苦笑を溢していた。

 

 ……黙祷を捧げてから顔をあげれば、珠世がしゃがみこんでいた身を伸ばす所だった。

 くるりと振り返った彼女は、晴れやかな顔をしていた。

 

 子がもう長くない事は、一ヶ月前にはもうわかっていた。

 死因は単純、老衰……。

 故に心の準備をする時間は、充分だったのだろう。

 そこかしこに死が転がっているこの世では、マシな死だったと言えるだろう。

 

 子は珠世に強い憧れを抱いていて、私と共に学びながら、順当に医者となった。

 配偶者にも子宝にも恵まれ、今は子の子……珠世の孫が医者となっている。

 命が繋がっていく……不思議な感覚だった。

 

 珠世は子が医者となってからは、表に立つ事を止めた。

 一所に安住し、誤魔化すには……その若く美しいままの姿では限界だったのだ。

 それでも、夫と共に穏やかな時間を過ごし、その死を見送り……。

 そして今日、子の死を見送った。

 珠世の、鬼と化してまで叶えたかった願いは、これで叶ったのだ。

 

 珠世は、微笑みを浮かべると、私の目の前でゆっくりと跪いて頭を垂れた。

 その行動に私が疑問符を浮かべていると、珠世が静かに口を開く。

 

「ありがとうございました……子の成長どころか死まで見守る事が出来て……望外の喜びでした。

 ……もう、思い残す事はありません。

 無惨様……私は生きる理由を失いました。

 これより私の命……その全てを無惨様に捧げます……」

 

 その言葉に、私は瞬時に言葉を返した。

 

「私に、お前の生殺与奪の権を握らせるな」

 

 ハッとした様子で顔をあげる珠世の額に、指先を突き付けた。

 

「夫と子を見送ったのなら、お前はもう自由だ。

 好きに生きれば良い。私は、お前達の行動を縛ろうと思わない。

 やりたい事をして、生きていけば良い。私にその生を委ねるんじゃない」

 

 ただでさえ、背負っているのだ……これ以上背負わされたくない。

 それに……珠世には世話になった。

 互いに利があるからと、この数十年世話になってきたが……個人的には、私のほうが貰いすぎていると思っている。

 だからこそ、柵の全てなくなった珠世には……自由に生きて貰いたかった。

 その生は既に血で彩られてしまっているのだから……。

 

「…………ふふ……私のやりたい事は、貴方を傍らで支える事なんですよ。

 この数十年で、確信したんです。貴方にはそんな人が必要だって」

 

 それでも珠世は不敵に笑って、そう宣ったのだ。

 その言葉に、私は何も返せなかった。

 珠世の浮かべた笑顔が……あまりにも綺麗過ぎて。

 

 私はふい、と珠世から視線を逸らし、突き付けていた指を下ろした。

 

「……物好きな奴め、勝手にしろ」

 

「はい」

 

 花が咲いたような笑みを浮かべた珠世が、改めて私に頭を深く下げたのを横目で見て……私は不思議な充足感を感じていた。

 

「…………」

 

 その様子を、美しく成長した鳴女が、何かを悩みながら眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、なんだ。人の世で、生きたいと……?」

 

「はい、無惨様」

 

 突然の鳴女のその申し出に、私は困惑の声を漏らした。

 いや、鳴女が楽器に興味を持っていたのは知っていた。

 だが、そこまでの思いを抱えているとは思わなかった。

 

 鳴女の申し出は簡単に言えば、音楽を自力で学びたい、との事だった。

 楽で見て聞いた、掻き鳴らされる琵琶の音に魅了されたのだと。

 

 私は、その申し出に酷く悩んだ。

 何故なら、鳴女の姿は兎も角、顔を見れば即座に人外だとわかってしまうからだ。

 そんな状態で人の世で生きていけるとは思えなかった。

 

 ……だが……。

 

 天を仰ぎながら悩み、不意に視線を下に向けた時……その一つ目に宿る強い意志を感じて……私は気付けばその頭を縦に振っていた。

 てこでも引かない、そんな強い意志の込められた瞳に、根負けしてしまったのだ。

 途端にパアッと表情を明るくさせて飛び込んできた鳴女を抱き止めながら、その頭を優しく撫でた。

 

「ありがとうございます!無惨様!私、頑張ります!」

 

 むん、と気合いをいれる鳴女の姿に毒気が抜かれる気分だった。

 

 ……まぁ、なんとかなるだろう。

 穏やかな日々で手に入れた、楽天的な考えだが……。    

 鳴女が好きに生きられれば良いと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無惨様、どうかお元気で」

 

「ああ……鳴女。お前もな。これは……餞別だ」

 

「これ、琵琶……?」

 

「ああ。一つ見繕って貰った。弾いてみてくれないか?」

 

「……!はい!」

 

ぴょべぃん

 

「……いずれは、この琵琶で……無惨様に美しい音色を聞かせて差し上げます」

 

「ああ……楽しみにしている、鳴女。また会う時が楽しみだ」

 

 私と鳴女は顔を見合わせて笑った。

 当時の私は、鳴女が笑って生きていけると信じて疑わなかった。

 

 この時の事を、後悔しなかった日はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私と珠世は、数十年過ごした町をあとにする事にした。

 この世を、色んな場所を見て回り、更に見識を深め……青い彼岸花を探す旅。

 いくつもの思い出の残る町をあとにするのは、やはり少しもの悲しい。

 けれど、この旅もきっと悪いものにはならないと、そう思えた。

 

 ちら、と後ろを振り返れば、珠世はにこりと微笑みを返してくれる。

 珠世はこの先、私を支えてくれるらしい。

 なんとも、有り難い話だ。

 私は、自分が完全無欠な存在とは程遠いと思っている。

 珠世のような者が助けてくれるなら……それに越した事はない。

 

「無惨様、改めてこれから、よろしくお願い致します」

 

「ああ……こんな美人が私と共にいてくれるというのだから、嬉しいものだな」

 

「くす……それ、口説いてます?申し訳ありませんが、私には夫と子がおります故に……」

 

「違う」

 

 コホンと、改めて一つ咳払いをして、くすくすと笑みを洩らし続けている珠世へと向き直る。

 

「珠世、私からも改めて……だ。これからも宜しく頼む」

 

 そう言って差し出した手に、珠世は嬉しそうに笑い、その手を重ねた。

 ぎゅうと握りしめて、私も微笑みを返した。

 

「はい、無惨様」

 

 そうして、私達はそれぞれ新たな道を歩き出した。

 それはとても、晴れやかな気持ちだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒死牟、話とはなんだ……?」

 

 六目の鬼、元鬼狩りの剣士、黒死牟は私に頭を垂れていた。

 何か提案があるとの事で直接出向いてみたのだが、会った瞬間にこれだった為に少し面食らっていた。

 

「数多いる、雑多な鬼は……弱すぎる……戦力を整えるべきと愚考致します……」

 

「……どうやってだ……」

 

 鬼の強さは私の血への耐性や、人をどれだけ食ったかで強化されていく。

 私の血を体に受け、どれだけの量を耐えられるか……。

 これは素質の面が大きく、あまり後から何か出来るとは思えないが……。

 

「鬼殺隊の柱のように……強い鬼に特別な位を与え……その位を奪い合わせるのです……。

 さすれば、強さを求める者は切磋琢磨し……強さを磨き上げていく……。

 逆に強くなろうとしない鬼は……自然と排斥されていきまする……そのような制度を設ける事……ご検討、いただければと……」

 

「……成程」

 

 黒死牟の説明からは具体的にどう強くなるか、それが抜けているように思う。

 恐らく、これを実行した場合……人食いを積極的に行う鬼が増える事だろう。

 ……あまり、好ましい話ではないが……。

 

「…………いいだろう」

 

 もう、今更……か。

 元より血塗られた生、既に血まみれだ。

 それに、黒死牟の話の一番の焦点は恐らく……このままでは自分が強くなれないという事だろう。

 元鬼狩りの鬼、黒死牟は人間の頃の強さもあり、素養もあり、私以外のどの鬼よりも強い。

 だが、それだけでは黒死牟が求める、強さの果て、至高の領域へと踏み込む事は出来ないと思っているのだろう。

 

 黒死牟が強くなる為にそれが必要なのであれば、多少の被害は目を瞑らねばならない、か。

 必要なのはわかるが……やはり感情は別だな……。

 それでも……黒死牟にはその容姿から……つい便宜をはかってしまう。

 

「英断……感謝致します……これの名は、どういたしましょうか……」

 

「名、か」

 

 不意に求められたのは、新たに設ける位に相応しい名前。

 鬼狩りでいう、なになに柱、等という名称だろうか。

 

「……そうだな、分かりやすく、数字を入れよう。それと……」

 

 ふと、夜空を見上げれば、満天の星と、赤く染まった満月が見えた。

 今宵の月は……まるで血で染められたかのように赤く染まっていた。

 月、か。

 

「鬼月……数は……十二程で良いか。

 名を……十二鬼月としよう。黒死牟、当然お前は壱だ。

 今、お前を越える鬼は私しかいないからな」

 

「壱……拝命、致しました……」

 

 黒死牟はその数字に、少し思う所があったのだろう。

 一瞬だけ顔を歪めていた。

 ……少し皮肉が過ぎただろうか。

 だが、黒死牟以外に適任がいないのも事実だ。

 今のところ目ぼしい、これだ、という鬼はいないが……こう設けたからには黒死牟が名指しをするか、自分を売り込みにくるような鬼も出る事だろう

 やがては黒死牟の望む、切磋琢磨する関係も出来る事だろう。

 

「励むといい、黒死牟。お前の望む強さを目指して、な。

 私は……お前の行いの全てを肯定しよう」

 

 跪く黒死牟を見下ろしながら、私は静かに告げた。

 

 強さを求める修羅、黒死牟……。

 積み重ねた懸命な努力、長く濃密な年月……。

 そんな彼よりも、生物として一つ上にいるというだけで強い私には、彼の思いの全てを察する事も出来ず、その行いを否定する事も出来ない。

 

「一目でその位がわかるよう……瞳に数字を刻んでいただきたく……」

 

「……瞳だと……?正気か……?」

 

「正気ですが……」

 

 ……本気らしい。

 いや、確かにまぁ、一目ではわかるだろうが……。

 変な所で天然なのだ、この男……。

 そういう所は、多少、弟に似ているように思う。

 

 結局は、瞳にその数字を刻む事になった。

 刻むのは私で、意外と神経を使う上に、入れ替わる度にやらねばならなくなった。

 ……やはり瞳に刻むのは、やめておけば良かっただろうか。

 当時から変わらず壱、と刻まれた瞳を向けてくる黒死牟を見返しながら、そんな事を思っていた。




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