それでも私は死にたくない   作:如月SQ

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「雄月、お前は鳴女の様子を時折見てやってくれ。

 何かあれば……手助けしてやって欲しい。頼むぞ」

 

「わかりました」

 

 旅立つ直前、鳴女が活動する予定だという町と程近い山奥で、私と雄月は言葉を交わしていた。

 数十年、山奥で生活をしていたからか、雄月には特に不満はないようだった。

 それを有り難く思いつつ、雄月にも別れを告げた。

 

 鳴女と雄月、二人の鬼と離れる事に一抹の不安はある。

 今まで私が鬼とした存在と離れる事はなかった。

 その間、私との繋がりがどうなるのか……そういう検証でもあるが……やはり不安だ。

 ……とはいえこの数十年、問題は起きてなかったのだ。

 大丈夫だと自分に言い聞かせ、私と珠世は旅立つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅を続ける中、数十年何不自由なく生活をしていたからか、戸惑う事が多くあった。

 まず、屋根のある生活とは素晴らしかったのだと再確認出来た。

 何せ日中、殆ど何も出来ないのだから。

 

 一番酷かったのは雨宿りをしていたら頭上の木が雷で折れ、その後即座にからりと晴れた時だろうか。

 周囲にまともに日の光から逃れる場所がなかった、あの絶望感はなかなかだった。

 産まれて初めての穴堀りだったが、二度とやりたくはないな。

 移動は必ず夜にするべきだと、改めて認識する出来事だった。

 

 実験や検証はそれからも続けていた。

 やはり、鬼の問題といえば人を食わねばならぬ事。

 それさえなければただ体の丈夫な超人なのだが……やはりそう上手くはいかない。

 

 妖術という観点から見れば、人を食らうという罪深い行いをし続ける業を背負う事で、鬼という強靭な肉体を得ているのだろう。

 つまり人を食わなくなれば、鬼としての利点も失う事となる。

 それだけ聞けば人を食べなければ人に戻れそうなものだが、それを鬼の本能が邪魔をするのだ。

 

 鬼の感じる飢餓は限界を迎えると、形振り構わなくなる。

 珠世は一度鬼の本能に打ち勝ったが、もう一度耐えられるとは思えないと言い切っていた。

 欲を言えば、飢餓状態に陥らせてから更に時間が経てばどうなるのか、確かめたくはある。

 だが、それを珠世や鳴女、ましては自分で試す気にはなれなかった。

 

「ぐ、ががががががっ…………あっ……」

 

「……ダメか」

 

 薄汚い野盗の男が、口から血を流して事切れた。

 私達を獲物として殺そうとしてきたから返り討ちにし、検証の為に私の血を与えたが……。

 こいつは私の血に耐えられなかったようだ。

 ……ふむ、なかなか上手くいかないな。

 

「……こうして見ると、もしかして私や鳴女ちゃんは相当幸運だったのでしょうか……?」

 

「それは!そうではないと……思いたいが……」

 

 その様子を見ていた珠世が、少し不安げに呟いた。

 言い返すも、現実は変わらない。

 これで実験の為に鬼にしようとした人間は、10を越えてしまった……。

 それを考えると否定しきれず、しりすぼみになってしまう。

 

 うーむ、しかしなんだ?何が違う?

 私の感覚はこの程度の量なら問題なく鬼に出来ると告げているのだが……。

 ……まあ仕方あるまい。

 

「殺してしまったものは仕方ない。処理をして、食事としよう」

 

「……はい」

 

 なんとも言えない表情を浮かべる珠世に、私もそれ以上何か言う事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一応の旅の目的としては、鬼を人に戻す方法の模索、だ。

 鳴女が楽士として生きたいのならば、鬼である事は間違いなく負い目となる。

 なればこそ、人に戻し、楽士としての生を満喫させてやりたい。

 そう思って研究を続けていた。

 まぁ、まだ何の切っ掛けも掴めていないのだが。

 

 青い彼岸花も何らかの切っ掛けになるかと探してはいるが、まったく情報はない。

 ……まぁ、仕方あるまい。

 やはりまずは、目先の事から一つずつ進めていくしかない。

 

「あ、無惨様、あの山の中腹辺りに綺麗な花が咲き誇る場所があるそうです。

 一緒に見に行きませんか?」

 

「……成程、確かにそういう場所に、青い彼岸花が紛れ込んでいる可能性もあるか。

 そうだな、見に行ってみるか」

 

「えっ」

 

「えっ……?」

 

「あっ、いや……そうですね!探しに行きませんと!」

 

 ……なんだろうか、私は間違っていただろうか?

 首を傾げる私に対して、珠世は誤魔化すように笑っていた。

 

 なお、山の中腹の咲き誇った花の中に、青い彼岸花は残念ながらなかった。

 しかしながら月明かりに照らされた、色とりどりの花の美しさは素晴らしかった。

 その夜は暫くの間珠世と肩を並べ、無数の花を静かに眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな最中、死にかけの人間と遭遇する事があった。

 獣にでも襲われたのか腹から内臓が顔を出していた、ほぼ手遅れの男。

 まだ生きていて、苦しそうに歯を食い縛っているが、もう長くはないだろう。

 

「ふっ……ふっ……ふっ……」

 

 それを男自身も理解しているのだろう、私達を見つけても腹を押さえて荒い呼吸を繰り返すだけ。

 助けを求める事もなかった。

 ……けれど、その瞳には涙が浮かび、自らに忍び寄る死の影に怯え……。

 無意識だろう、口がパクパクと動きはじめ、音は出ることなく、それでも言葉を紡いだ。

 

『死にたくない』

 

 声なき声が聞こえた時、私は気付けば死にかけの男に血を投与していた。

 

 そして……私は、私の血は、想像以上に私の意思を反映していたのだと気付く事になった。

 結局の所、全ては私の意思次第だったのだ。

 思えば、そうだ、その感覚は既に鳴女を鬼とした時にうっすらと気付いていた。

 私の血を与えた人間は……私が心の底から鬼にしたいと思っていないと、鬼にはならないのだ。

 

「あ……ぐ、ぅ……」

 

 バキバキと音をたてて腹部が治っていく男の犬歯が、鋭く尖り始める。

 

 結局、私は鬼で飢餓実験など、出来る訳もなかったのだ。

 何故ならば、鬼にしたいと思うのは、死んで欲しくないと思ってしまった者だけ。

 そんな人間に残酷な仕打ちが出来る筈もない。

 ただの小汚ない野盗など、生きて欲しいと思う訳もなく……。

 それに、そんな存在でも心の奥底では、苦しませるような行いをしたくはなかった。

 

 ……矛盾している。

 ならば鬼の生は苦しみがないとでも言うつもりか?

 珠世がまったく苦しんでいなかったとでも言うのか?

 なんと浅ましいのだ、全ては私の主観ではないか。

 鬼と化した男が、私の目の前にゆるりと跪くのを見下ろして、私はただただ自分の身勝手さに辟易していた。

 

 そんな私の背中に、珠世が身を寄せた。

 胸元に手を回され、ぎゅうと抱き締められ……。

 その温もりにすがるように、その手を重ねた。

 珠世は……何も言う事はなかった。

 ただただ、静かに共にいてくれた。

 

 それが、何よりも心地よかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 各地で私が助けたいと思ってしまった人を身勝手に助け、鬼としての()を振り撒いていた旅の最中。

 見事な満月の中、月光に照らされる海を眺めて、月見酒を楽しんでいた。

 

ザァアアアア…………

 

 波の音が心地よい。

 

「……日光に照らされた海も美しいのですよ」

 

 珠世の酌を受け、くい、と酒を傾ける。

 酒の味はよくわからないうえに、鬼の身で酔う筈もないが、こういうものは雰囲気だ。

 雰囲気に酔う……とでも言うのだろうか。

 ふふ、大人の男という感じで格好良い、という珠世の思いが伝わってくるぞ。

 

 ……ん?それはつまり、いつもは大人の男だと思っていなかったのか?

 はて?私は常に大人の男の筈だが……。

 

「日光に、か。私には縁遠い話だ」

 

 ……まぁ、いいか。

 くい、と器を傾け、酒を飲んでいく。

 

「もし、人に戻れたら、また一緒に見ませんか?」

 

 穏やかな笑みと共に告げられた言葉に、目を細めた。

 ……そうか、珠世は私が人に戻る為に青い彼岸花を探していると思っているのか。

 私はあくまでも、鳴女の為に鬼を人に戻す事を目的としているだけで……。

 ……まぁ、わざわざ無粋な事を言う事もないか。

 

「ああ……それも、悪くはないな」

 

 そう答えてやれば、珠世はその笑みを深めて、私の手の中の器にまた酌をしてくれる。

 ふふふ……悪くない時間だ。

 以前花見をした時も思ったが、美しいものを眺めてゆったりする時間というのは、良いものだ。

 心が休まるというか、癒されるというか……。

 こんな時間を時折設けるのも……悪くはないな。

 

 そうして、美しい月、美しい海、美しい珠世に囲まれながら、至福の時を過ごし、満ち足りた気分で迎えた翌朝……。

 

『……申し訳、ありません……無惨様……』

 

「…………雄月……?鳴女……!」

 

 雄月の最期の言葉が伝わり……彼が消滅した事が、わかってしまった。

 そして……鳴女の声は、聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それまで……。双方、ご苦労だった……。

 今宵の入れ替わりの血戦……勝者は……挑戦者……。

 堕姫、妓夫太郎……お前達が……新たな上弦の陸だ……」

 

「か、勝った……!」

 

「当然だなァ……二対一だからなァ……」

 

 ……そうか、ついこの間、鬼になったばかりだと言うのに、もう上から六番目まで駆け上がった、か。

 

 我が居城、無限城にて、久方ぶりの入れ替わりの血戦があった。

 入れ替わりの血戦とは、黒死牟が提唱した十二鬼月、その位を勝ち取る為の決闘だ。

 自分より位が上の相手に挑む事が出来て、挑戦者が勝った場合はその位が入れ替わる事になっている。

 一年に一度、猗窩座が黒死牟に挑み、負けた猗窩座を嘗めた鬼が猗窩座に挑みボロボロにされるまでが恒例行事となっている。

 他には起きても、挑戦者は返り討ちにされるばかりだった。

 

 しかし今、行われた血戦では、死闘の末に挑戦者である堕姫と妓夫太郎が勝者となり、十二鬼月の上弦の陸の地位を勝ち取ったのだった。

 この二人は今まで数え切れない程の人間を鬼としてきた私でも見たことのない、二人で一人の特異な鬼だった。

 

 私達鬼の弱点はいくつかあるが、そのうちの一つ、鬼殺隊が用いる日輪刀、あれで頸を斬られると死んでしまう。

 しかしながら、堕姫と妓夫太郎は二人で一人という特異性があったからか、片方が頸を斬られても死ぬ事はなかった。

 鬼狩りに襲われ、その特性を活用して勝ったのだと自慢気に話す堕姫を訝しんでいると、突如としてその頸が落ちた。

 

『日輪刀ならば……ある。試してみれば……わかる事……』

 

 きょとんとした顔で何が起きたかわからない様子の堕姫は、頸だけで私を見上げ。

 次に日輪刀を振るった黒死牟を見て。

 私を、瞳に大粒の涙を浮かべ、何かを訴えるように見つめてきた。

 

 その後、大泣きする堕姫を慰めるのも、黒死牟に襲い掛かる妓夫太郎を宥めるも、嬉々として参戦してきた猗窩座を止めるのも、面白がって茶々を入れ始めた童磨を押さえ込むのも大変だった……。

 最終的には、辺りをズタズタに切り裂いた黒死牟の顔面を陥没させる事で場を収めたが……出来れば二度と体験したくないな。

 

 ……脱線したな、話を戻そう。

 今回堕姫と妓夫太郎が上弦の陸となった事は良い。

 いや、その陰にある犠牲者を思えばどうかとも思うが、そこは置いておこう。

 

「では……無惨様……お願い致します……」

 

「…………やはり私がやるのか」

 

「当然です……十二鬼月の任命、そしてその瞳に数字を刻むのは……無惨様をおいて……誰にも出来ませぬ……」

 

「は、はい!お願いします!無惨様!」

 

 堕姫は手を横にしてピンと背筋を伸ばして立ち此方を見つめている。

 ……はぁ、仕方ない。

 

「わかった、姫、目を開いて動くなよ」

 

 神経を使うこの作業は苦手だ……。

 左手を堕姫の顎に添えて少し上を向かせ、右手の指をゆっくりと堕姫の瞳に近付けていく。

 じい、と顔をみつめ、その可愛らしい顔立ちに小さく笑みを浮かべた。

 まだ幼さが残っているな……こんな子を鬼にし、上弦の陸になる程に人食いをさせた事に思う事はあるが……そうせねばこの子は生きてはいないからな……。

 そこの判断だけは童磨を褒めてやろう、そこだけは。

 

 さて、とそれでは堕姫の瞳に数字を……。

 

「ぴぃっ……」

 

「……何故顔を逸らす」

 

「はっ、あの、近っ……あの、いひぅ」

 

 ずい、と顔を近付ければ堕姫は顔を赤らめて顔を逸らしてしまう。

 ……これでは瞳に刻めぬではないか。

 

「なにやってんだァ?お前は本当にグズだなァ……無惨様に迷惑かけてんじゃァねえよ」

 

「そ、そんな事言ったって……!お、お兄ちゃん先にやって貰ってよ!わ、私無理ぃ、心臓が破裂しそう……!」

 

 ……面倒な。

 まあ、無理だというなら無理強いはしない。

 では言われた通り先に妓夫太郎に刻むとしよう。

 堕姫は私から弾かれるように離れ、様子を眺めていた鳴女に泣きつきに行ったようだった。

 それと入れ替わるように妓夫太郎が私の前に立ち、ペコリと頭を下げた。

 

「あァ……すみませんね無惨様妹が……。

 それに俺の顔を近くで見せちまって……気色悪いだろゥ?」

 

 気色悪い?何を言うかと思えば。

 

「くだらん」

 

 私は、ずいと妓夫太郎に顔を近付けた。

 

「何を気にする事がある。お前が自分をいくら気色悪いと醜いと思おうと私は気にしない。

 それに、自分を醜いと自嘲しつつあれだけ美しい妹を守り続けたお前は、誇り高い男だ。

 今の血戦でも見事だった。

 その特性があれば堕姫は放っておいても構わないのに、手傷を負わせぬよう立ち回っていただろう?

 誇れ。そう自分を卑下するな。私はお前の全てを肯定する」

 

 これだけ誇り高い男が卑下する姿は、見るに堪えんからな。

 もっと自分に自信を持つといい。

 さて……それでは今度こそ瞳に……。

 

 そう思って指を近付けるも、気付けば妓夫太郎は顔を赤らめながら、私から必死に視線を逸らしていた。

 

「お兄ちゃんも逃げてるじゃん!わかるでしょ!?ねぇ、ねぇ!」

 

「う、うるせェ……!」

 

「…………始まってもいないんだがな……どうしたものか」

 

 困ったように後頭部をかき他の上弦達を見回すも、首を振るだけで何の役にも立たなかった。

 その後もなかなか落ち着かず、さりとて適当にやる事も出来ず……最終的には私が目だけ出した頭巾を被る事になった。

 ……何故、こんな事をしているのだろうな。

 そんな事を考えながら、微かに頬の赤い堕姫の瞳に『陸』という数字を刻み込んでいった。

 

 結局二人に刻み終えるまで、ほぼ丸一日かかってしまったのだった。

 ……やはり瞳に刻むのはおかしくないだろうか?




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