ある時、ある場所で。
怒号と共に金属の甲高いこすれ合う音を鳴らし。
血を撒き散らし、焦げ付く匂いを漂わせ。
生と死が密接であることを見つけるように心臓から赤いモノが吹き出し。
殺して焼いた、奴らの名は。
“魔物”と言う。
刃を突き立て喉を裂く、牙で食いつきはらわたを啜る
その間も、視界は赤く。やがてはドス黒く。
生々しい水音と、鼻を刺す屍の匂いだけが命があったことを示す。
命を奪うを自然の営みと言うならば、これは自然に反した非道だ。
“魔物”は快楽のため肉を裂く、醜悪な欲望のため血を浴びる。
どこもかしこも血血血血血血血血血血血血、赤から黒へ、変わっていく。
どれだけ人が、残れただろうか?
どれだけ人が、殺されたろうか?
いつまで“魔物”の、欲のはけ口であれば良いのだろうか?
憎む、憎悪する、“魔物”許すまじ、と。
だがそれも、食われて無くなる、死は言葉を奪う。
そんな光景は、世界の常だった。
人は喰われるものだと、人は諦めていた。
人は、世界の定まった摂理に諦めていた。
故に、彼は生まれる理由を持つ事はないはずだった。
しかして人は、世界の枠を超えて、愚かさを突き詰めた、人が人のまま、人であり続けられる事に労することなく、幸せを享受出来る世界を望んだ。
だからこそ、彼は生まれた。死して魂となり、人の力で引き寄せられたこの世界で、体を、命を、再び動かし始めたのだ。
だが、世界はそれを認めなかった。
彼は、彼は、彼は、生まれながらに、全てを奪われた。
★
走る走る走る、命がけで走る。
今この瞬間足を止めれば死んでしまう。
奴らが来る、命を欲望で刈り取るモノが。
“魔物”が来る。
生き残った二人の兄妹の手を引いて、俺は走った。
泣き叫ぶ二人と2年しか離れていない、弱い俺の力でも千切れそうなか細い腕を引いて、草木が茂りツタが絡み合い、年中濃霧が晴れない森をひた走る
この森は“魔物”であっても迷う森、迷わず歩けるのは故郷の村の人間だけだ、そういう俺も先日父から歩き方を習ったばかり。あやふやになっているところもあった。
だが、今は、そんなことで足を止められない
「止まるな、走れ、走れ、二人は死んではいけないんだ、俺が絶対生き延びさせる」
走りながら誓った言葉はまだ幼い二人には難しく聞こえた事だろう、それでも言葉を覚えてくれて、いつか意味がわかってくれればそれでいい、意味がわかる日が来ることがどれだけ俺の心を救うことになるだろう。
何もかもゼロになった俺の、最後の希望は二人だけだ。
俺には、俺には、忘れたくない物がある。
___俺が生まれたのは、今から六年前だった。
おぎゃあと泣いては母に乳をせがんで、父を狼狽させていたと聞いていた。
その時の記憶ははっきり覚えている、何者もにも代えがたい記憶として。
俺が、俺であることを自覚したのも、六年前だった。
この世界ではない別の世界で生まれたはずの俺はその世界で生活をし、やがては死んだ。自分のことなのに曖昧かつ不明瞭な事が多いのは、やはり前世だからだろう。
生まれてから三年は俺も浮かれていた、俺の価値観の基準にしてリアルだった前世では無いものがこの世界には溢れていたからだ。
魔法、神話、迷宮、不可思議な生き物。
前世を超えた興奮がここにはあった、本当にあの頃は良かったと思う。
毎夜毎夜父の聞かせてくれる冒険譚やおとぎ話は新鮮で心をくすぐられ、母の作ってくれた料理の味や買ってくれた玩具などは忘れもしない、それに妹もいた、弟も、ふたりとも可愛い子たち、2年しか離れていない、可愛い子たち。
父に似た妹、母に似た弟、ふたりとも可愛かった、あの子達は双子でお互いに言葉少なに通じ合う事もでき、それが羨ましいと感じたこともあった。
でも、俺がそう思う時はふたりとも俺の方へ来て手を握ってくれた、温かくて小さな手で、ぎゅっと指を握ってくれた。あまりの愛しさにふたりまとめて抱きしめた事はもう数え切れない。
それに住んでいる所もまた良い所で、山を背にした小さな農村は季節の変わり目こそ厳しく文化の程度も違う為悩むこともあったが、皆が支え合い、隣人は家族とさえ思える和気あいあいとした空間がそこにはあった。
そんな、平和で幸せな日々は、転生という不可思議な事象を忘れ去らせ、俺がこの世界にいる意味を探す理由を奪っていた。
理由もわからず、意味も分からず、ただ幸せならそれでいい、それでいいじゃないか、二度目の人生を歩めてこれ程までに満ち足りたものなら、何もかも全て良かったじゃないか。
転生だって、何か運が良かっただけのこと、それだけのことかもしれない。
そう、思ったのに。
“魔物”は全てを奪った。
俺から幸せを全部、父を、母を、奪った。親しかった人を残らず食い荒らした。
戦った人は肉になり、逃げた人は形が残らず、若くて小さい子どもたちは悲鳴を上げることすら出来ずに命を絶たれた。
唯一生き残ったのは俺と、双子の兄妹だけ。それも、父と母が命がけて逃がしたくれたおかげだった。
“魔物”には様々な種類がいる、俺の村を襲ったのがたまたま足が遅いタイプの豚人間、いや、分かりやすくオークと言おう、オークだったおかげで、奇跡的に生き延びられている、子供だけで“魔物”から逃げ切れることはまずない
オオォーン オオォーン オオォーン
過去へ巻き戻っていた俺の思考が現実に引き戻される、オーク
の遠吠えが森に響く、だがこの濃霧で追い付かれることはまずないだろう、そう思った矢先に霧が晴れた
「なんで……!今日が晴れ日なんて…!」
年中濃霧が漂う森にも、霧が晴れる日がある。
そうか、だから“魔物”が村を見つけられたのか、理由はそれだけじゃないはずだが、これも理由の一つだろう。
霧が晴れた事によりオーク達は木々をなぎ倒して俺達を追いかけ始めた、いくら足が遅いと言っても木を平気で無視して進んでくるのと、子供の足で避けながら進むのでは速さが違う。
このままではすぐに追いつかれてしまうと、俺は背筋が凍りついたが、同時に少しの希望も見えて来た。
先から道標がちらほら見え始めている、これは森を隔てて向こうにある村が近い事を示している、一度村を襲ったオークは立て続けに村を襲うことが無いとされている、助かる希望が、見えている
「この森を抜ければ近くの村に出れる、頑張ってくれふたりとも」
「うん!」
「がんばる…!」
まだ、4歳のこの子達がここで死ぬなんてあってはならない。
俺は足に込める力を強め一気に森を駆け抜けた、森を抜けた先はやはり村があった。
外周を丸太で作った柵で覆われ警備の為に何人かが武装して立っている、助かる、助かるんだ
だがオークも諦めが悪く、背後に迫ってきている。
完全に森を抜けると、そこは平坦な野原で踏み固められた道路以外は背の低い草が生えっぱなしになっているばかり。
つまり、隠れることも邪魔するものも何も無いと言うことだ
「オオォーン!」
背後からオークの声と共に何かが飛んでぐる、木だ。木が飛んでくる、俺より太く大きい木がオークの尋常じゃない腕力で投げ飛ばされてきた
「先に行け!」
俺は二人の手を離し、背中を押した。俺は覚悟を決めた。
「「にーちゃん!」」
「行けっ!走れ!止まるなっ!」
二人に背を向けて飛んできた木をはじき飛ばす為に、たった一つ習っていた魔法を使う。
「守れ大地の友!ノーム!」
地面が隆起し、勢いよく柱が突き上がり壁となって木を防ぐ。
俺が魔法を使った間に二人が村へ走っていく、これでいい、振り向かずに走れ、迷わず走れ、生きるために走れ。
俺の分まで、生きてくれ。
魔法を使った反動は子供にとっては大きく馬鹿にならない、魔法は魔力を消耗して精霊と呼ばれる見えない存在に働きかける技で、元々魔力量が少ない子供が魔法を使うと、生きる為に必要な魔力まで持っていかれ一時的に酷い倦怠感と眠気に襲われる
「くぅ……はっ、はっ、はっ……」
頭痛にうなされながら、オークの群れが来ることを目視した。一応は逃げようと体を動かすが重く縛り付けられたように動かない
「生きて、くれ…、父さん、母さんの、村人の分まで……」
……そういえば、父から遺言を託されていたっけ。
『二人を頼む』
だっけ、父さん俺はやり遂げたよ、オークから逃がしたよ。俺もそちらへ行くよ、行けるか分からないけど、転生して、前世の記憶も持っていた普通じゃない子供だったけど、俺もそっちに行っていいかな、良いよね……
この六年、神様がくれた延長戦だったと思うよ。
「だから俺は……もう一回死ぬ、悲しむことはないんだ」
ある魂があるべき場所へ帰るだけ……それだけの話だ
「オオォーン」
追いついたオーク共は俺を見つけると醜い笑顔をすると足をひっつかみ持ち上げた、そして膝から下を握りつぶす
「がっァァァァァァ!?」
痛みで思考が支配される、鈍化した感覚が蘇り痛みがハッキリ伝わる。
そんな俺の痛がる様子を見たオークは更に笑みを深め、今度は別個体が俺の胴体を掴み、右腕を摘んで引きちぎった
「ぐあっ」
意識が、飛んだ。
俺は、死んだ……のか。