嵐が道連れとなりまして   作:ムラムリ

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粘土弄りの合間に、休日にちまちま書き進めてたら形になりました。


谷底より地底へと潜りまして

 ラージャンを倒せるようにまで狩人としての技量を上げる間、クシャルダオラと色々な話をした。

 完全に共鳴したとは言え、クシャルダオラの力を込めた? 鱗というものを使っての半ば強制的な共鳴だからか、常に会話までを出来る訳ではない。

 クシャルダオラとある程度距離が近付いた時だけ。要するに、人知れず俺達人間の住む場所の近くにまでやってきた時や、俺がストレス発散に近場の山に登った時などに唐突に会いに来た時。

 まだラージャンに及ばないのかと急かすようにしながらも、単純に近況をそれぞれ伝えたりだとか、互いの知らない事を教え合ったりする事は結構楽しかった。

 

『南の方に行ったらあの鬱陶しい猛毒を持つ棘竜が殺意をむき出しにして突進してきてな。

 躱して角を破壊してやった上で、嵐の下で磔にしてやった。中々に良い気分だった』

「はぁ……」

 

『今度は久々に同族に会ったのだがな、年季も実力の差すらも分からぬ若造だったから、至極丁寧に躾けてやった。

 何。その程度で人にまで手を出したら容易く殺される事まで教えてやったから安心しておけ』

「……そうですか」

 

『私からは人里に近付く事も基本していないというのに狩人共がやってきてな。

 単純にこの私を乗り越えようとしてきたのだろうが、手にしていた武器がどれもこれも毒の染み付いたものばかりでどうにも腹立たしくなってしまってな……。

 私としては珍しく苛立ってしまって、それぞれにきっちりその武器の毒を返してやった。

 私を侵すつもりの毒でのたうち回る狩人達を見れば、あの棘竜を磔にした時とは比べ物にならない程に清々しい気分となったな』

「あっ、はい」

 

 ……そんな、時に俺がドン引くような事も伝えてきたりしたが。

 またこちらの事も結構覗いているようで、面白いのはバギィに興味を持っている点だった。

 ラージャンに群れの自分以外を滅ぼされたという来歴は狩人であっても同情に値する事柄で、更に夜になれば都度魘されて叫びながら飛び起きる、碌に眠れてもいないやつれた姿を見せつけていれば、バギィという睡眠液をぶっ掛けてくる厄介な鳥竜でも可愛がられるようになる。

 時を経るに連れて段々と眠れる時も増えて元気にもなりつつあるが、それでもトラウマが消えた訳ではなく、外に出してみれば居もしないラージャンの陰にいつまでも怯える始末。

 幾ら強くなろうとドスバギィにしか成れないバギィは、最早、再び野で生きる事は出来ないのかもしれない。

『ドスバギィより貧弱な肉体の人間でもラージャンや、時にこの私より強い古龍をも倒したりするのに』

「いやいや、ドスバギィは薬を作る事も、武器や防具を作ったりする事も出来ないので」

『バギィなどという肉体に生を授かった事そのものが不幸なのだな』

「…………」

 やはりクシャルダオラは古龍である。

 

 ラージャンを倒せる程に強くなる為に何が出来るか、と問われても、クシャルダオラとキリン亜種の鱗を身に着けている俺が選ぶ事の出来る選択肢はほぼない。

 鱗を着けたままでは竜は逃げていくし、鱗を外して遠くに行こうとすれば、あのブチッと切れた嫌な感覚がしてクシャルダオラが駆けつけて来るだろうという訳で。そもそも竜と戦う為には鱗を外しても問題のない距離の範囲内にある、限られた、閉じられたフィールドである必要がある。

 要するに闘技大会とか。

 強いて言えば、そういう場所に現れるような竜や古龍も対象ではあるが、そういう相手はそもそもラージャンを単独で狩れるような狩人でないと太刀打ち出来ないようなヤバい奴等ばっかりである。クシャルダオラが返り討ちにしたというエスピナスの、更に凶暴なその亜種だとか、満月にのみ現れる、姿を自在に消しながら縦横無尽に切り裂き回るナルガクルガの希少種だとか、金銀火竜だとか、どれも下手をしなくとも古龍を上回る力を持つ奴等ばっかり。

 そんなこんなで、限られた、切れ味も良くない装備で竜をポコポコと毎日のように殴っていれば、帰ってきて何故いきなり闘技大会に熱中し始めたのか同じ狩人の誰にも首を傾げられたし、そしてクシャルダオラにも。

『何故そんな悪趣味な事ばかりをしているのだ?』

「あんたのせいですよ!?!?」

 思わず声に出して叫んでいた。

 でも、次に会った時に何か鱗に手を加えたのか、結構離れても大丈夫なようになった。

 ……ただ察するに、鱗により力を込めたという事で、怪訝な目で見られる事も更に増えた。

 やっぱりクシャルダオラは古龍である。

 

 闘技大会で、完全に触れられる事なくトビカガチを倒してちょっと話題になった。

 バギィを連れて近くの野山に出かけたらクシャルダオラと会って鱗により力を込められた。

 体力だけは狩人としても無駄にあるから、一日に複数のクエストに赴くようになれば、段々便利屋扱いをされるようになっている事に気付いた。

 一人で中々に手強いティガレックスを討伐した。成長を実感したが、中々にボロボロになって帰ってきた俺を見て、暫くバギィにはクエストに行かないように懇願され、クシャルダオラにはまだ先は遠いなと若干呆れられて、今度は俺が納得がいかなかった。

 バゼルギウスが襲来して鱗を身に着けたまま飛んでいったら、いきなり逃げられて俺自身を調査される前に逃げる羽目になった。

 イビルジョーを四人で捕獲した。眠らされて研究所に運ばれたそれをバギィが見て、ラージャンと同じ雰囲気を感じたのか見るからに背筋を逆立たせて逃げていき、その日は久々に添い寝をする事になった。

 

 新大陸の報告書の話をしたら、クシャルダオラは己の実力ではまだ行くには危険が過ぎると直感して行った事が無いのだとか。

『あの大陸は死期を察したような老齢の古龍や、または命知らずが行くような場所として、古龍達の中では有名だ。

 帰ってきた者も早々に居ない』

 それ故に興味津々で聞き入っていた。

 ……それより、クシャルダオラですら危険だと直感する場所に、下手すりゃ何十年もずっとその地で生きる事を強制されながらも集まる調査団って一体……。まあ、ロマンだと言われたら俺も言い返せる立場にはないんだが。

 元凶のゼノ・ジーヴァとそれの成長した姿であるムフェト・ジーヴァ。地脈を操り、環境を自分好みに作り変えてしまうという力を持つ古龍。それは卵の時点ですら、老齢の古龍を誘き寄せてその死骸を己の糧にするという能力として備わっている。

 他にも地殻変動を引き起こすアン・イシュワルダ。全ての属性を自在に操る禁忌の古龍、アルバトリオン。ネルギガンテに、ヴァルハザクに、イヴェルカーナに、ネロミェールに。

 最後にネルギガンテは自然の自浄作用の化身なのかもしれないという報告書の締め括りを聞いて、納得の行かないような雰囲気を感じた。

「会った事があるんです?」

『いや。だが、聞いただけではイビルジョーのように思える奴が、自浄作用だとか大それた役割を担っているとは思えないだけだ。

 それに、イヴェルカーナとは会った事があるし、そいつからも大体似たような事を聞いている』

 イヴェルカーナが確認されているのは、その新大陸と、カムラ、エルガドの方面。

 エルガドの報告書の話をすると、行った事があるどころか、傀異克服した事があるというとんでもない話が返ってきた。そして、あの状態を維持するのも色々大変だったから、キュリアを殺したらその内元に戻ったとも。

『あの羽虫を目の敵にしている彼の地の王は、皮肉な事に誰よりも羽虫と相性が良いのだよな。言ったら殺されるが』

 冗談半分に言いつつも、クシャルダオラが己より明確に強いと認めている相手の事を話すのは初めてだった。

『だが彼の地の王や、イヴェルカーナ、そしてきっとネルギガンテとやらや何であろうとも、そもそもの空気が殆どない、あの山の上に立つ事はきっと不可能だろう。それが出来るのは私のような風を操る事の出来る存在と、そして人間だけだ』

「……」

『そして、私は海にまで潜る事は出来ない。出来ないと言うよりかは、したくないと言った方が正しいが……それでも、きっと海の底の世界を見る事は、私には出来ないだろう。私などとは比べ物にならない、本物の嵐を身に纏うアマツマガツチですら、きっと、な。

 その点では、私は人間の事を少しばかり羨ましく思っている。翼すら持たない矮小な体躯も、鱗にすら覆われていない軟弱な肉体も、百年も経たずして寿命を迎える短小さも、どれも御免だがな』

 少し恥ずかしくなりつつあったのが、付け加えられた言葉で台無しだ。

「……カムラ、エルガドの方に行ったという事は、猛き炎に会った事は?」

『あれは人間ではない』

 即座に、断定された。

『遠目から見た事があるだけだが……あれは……人間の身に詰まるはずのない寵愛を一身に受けた、人間の形をした何かだ』

「…………」

『あの羽虫を身に侍らせてみようと思ったのも、そうする事であれに敵うかどうか試してみたかったところがあるのだが……精々命を削る事で得られる力というものを意図的に出せるようになった程度で、愛された、と思える程の力にはならなかった。

 貴様はあそこまで成らなくて良いからな』

 ……例外ってどこにでも居るんだな。多分、新大陸の青い星とやらもきっとそうなのだろう。

 そして、クシャルダオラも俺も、例外ではない。

 

 キリン亜種の鱗が妙に存在感を放ってくると思ったら、青年がルナガロンを連れて唐突にやってきた。乗り人の絆石を身に着けていたが、実はそれはただの飾りとの事だった。ルナガロンと手合わせをしたら、あの時は勝てそうになかったのが、顎下に片手剣を突きつけて勝利した。その後、納得の行かないルナガロンに何度も勝負をけしかけられ、五勝二敗というところで終わった。クシャルダオラからは二敗もするんじゃないと怒られた。

 やった事は殺し合いじゃなくて単純に技量を競い合うような手合わせだったんだからと言っても、聞く耳も持たれず。

 青年は、正式には狩人にも乗り人にもならないが、取り敢えず色んなところを見て回るつもりだと言って、俺を最後まで睨み続けるルナガロンの指を引っ張ってまたどこかに去っていった。ついでに、また王様にも会いに来てねとの事だった。

 

 テオ・テスカトルが近場にやって来て討伐の依頼が飛んできた。大した個体ではないらしいが、気が立っているとの事だった。幸いクシャルダオラに聞ける状態だったので聞いてみると。

『そのような輩は大抵己の感情すらも他者に押し付けて晴らそうとする屑で、弱者のように見える人間に憂さ晴らししたいだけのどうしようもない弱者だ。

 そして古龍であるというだけで人間を玩具に出来ると今でも思っている、歳を重ねただけの阿呆でもある』

「……そうなんですか」

 キリン亜種に愛すべき馬鹿と認識された事を思い出す羽目になった。

『だが、稀に傍若無人を貫き続けられる類稀な屑も居るから、それだけは留意しろ』

 今回の個体は事前の報告通り、そうではなかった。

 四人で討伐に向かったのだが、狩人の連携に終始翻弄されていたし、お得意のスーパーノヴァも閃光玉を投げるだけで不発に終わる始末だった。

 正直、単独でティガレックスを討伐した方が何倍も辛かったし、イビルジョーがひたすらに喰らいついて来ようとした時の方がよっぽど恐ろしかった。

 クシャルダオラも、キリン亜種も、例外ではないのだろう。ただ、別格ではある。

 そして……俺にも別格になれと言われている。

 気が遠くなる話だ。

 

 それから程なくしてラージャンが捕獲され、調査された後に闘技場で戦えるとの報告が入ってきた。

 キリン亜種と再会してから……クシャルダオラにラージャンを倒せる程度にはなっておけと言われてからもう一年は経っていたが、単独ではまだ流石に勝てる気はしない……と思いきや、テオ・テスカトルを討伐した人達から誘いが掛かった。

 四人なら、という事で挑む事にして……俺以外が死んだ。

 途中まで順調だった。いや、そう思わされていただけだった。少なくとも、角が欠ける事もなく捕獲されたのは多分演技だった。演技だったとしても、何故そんな事をしたのかなど、今となっては分からないが。

 力量を見極めた上で深くに切り込んだ一人が逆に上体を掴まれたのを皮切りに、一気にその三人が屠られた。握り潰され、叩き潰され、そして呼んだ飛竜に捕まって逃げようとしたところを雷咆で飛竜ごと消し炭にされ。

 逃げられない。万一に備えていた人達の中にも、その豹変振りに加勢出来る程の腕を持つ狩人は居なかった。

 傍若無人を貫き続けられる類稀な屑……それが、このラージャンだった。屑というには語弊があるだろうが。

 …………やるしかない。

 そう心に決めて、そこから先は断片的にしか覚えていない。クシャルダオラの事すら忘れていた。記憶に残らない程に、一瞬一瞬に集中しきっていた。

 本性を表したラージャンに捕まらないようにひたすらに逃げながら、僅かな傷ばかりを与えて。いつまで経っても最後の一人を殺せない事に苛ついたラージャンの、雑になった動きに合わせて片目を潰した。けれど、後から振り返っても驚く程に集中は途切れなかった。

 ただ片目を潰した瞬間に、俺が死んだらあのバギィがまた孤独になる、俺までラージャンに殺されたと知ったら、自殺してもおかしくないだろうとだけ僅かに脳裏に浮かんだ。

 片目が潰れても、ラージャンはひたすらに暴れまわった。けれど、スタミナが先に切れたのもラージャンだった。

 俺はずっとずっと動けていた。粗食ばかりを腹に詰めながら何日も掛けて酸素の薄い場所にも登っていく、狩人としても無駄にあるばかりの体力が、そこで活きていた。どれだけ死の淵で綱渡りをし続けようとも、俺の体はずっとまともなまま動き続けてくれていた。

 足の腱を深く切り裂いた。それでもラージャンが足を引き摺りながら、殺意を滾らせて俺を殺そうと片足で跳び回る。

 最早決死になっているのはラージャンの方で、しかしそんな掴み掛かろうとしたラージャンに、俺は一歩引いて適切に躱し、もう片方の目も潰した。

 光を失ったラージャンが、とうとう怯えてひたすらにその場所で腕を振り回すのに、俺は太腿に刃を突き立てて、太い血管を切断した。

 ラージャンはそれでも暴れて、暴れて、自らの血の海の中でとうとう事切れた。

 数分経って、本当に動かず、脈もない事も確認して。

 血の海に尻餅をついて、上を見上げた。

 ……空が青かった。

 自分のものではない安堵までもが、心の中に流れ込んできた。

 

*

 

 そんなこんなで、クシャルダオラが指し示した谷底の近くまでやって来た。

 最寄りの人里から、道もないような場所を数日歩き。そんな距離を歩かせるなら乗せても良いんじゃないかと思ったけれど、それは嫌なようだった。

『私より強くなったのならば、考えてやっても良いが……』

 どうにも、背中に誰かを乗せるというのは、自分が下になるというような認識でもありそうだった。

 

『何故、片手剣を使っているのだ?』

 もうそろそろ着くだろうという距離で、その先で待っているクシャルダオラが久々に声を掛けてきたかと思えば、そんな事を唐突に聞いてきた。

「登山する上だったらそれ以外に選択肢が基本無いからですよ」

 重いものも除外。弾薬なんて持ち込んでいられない。それにそもそも、リュックを背負うから武器を背中に担ぐという事が論外。

 そうなると片手剣しかない。

『むぅ……』

 ラージャンを倒した日から、似たような事を何度も聞いてきていた。

 断崖絶壁の上で綱渡りをしているような立ち回りを長時間続けていたのはクシャルダオラにとっても心臓に悪かったようで、この俺にもっと破壊力を求めてきていた。

 その素振りからはこの俺を喪いたくないという気持ちを如実に感じられて、こそばゆい部分もあったのだが、仕方ないものは仕方ない。

 片手剣でも火力を出せる事は出せるが、得物そのものに強い破壊力がない以上、火力を出そうと思ったら体を全て攻撃に委ねる必要がある。全体重を掛けてシールドバッシュをしたり、全身を流れに乗せて切り刻んだりと。

 まあ、そんな事などラージャンの前では俺は出来ない。三人も、出来なかったから死んだ。

 そしてもう暫く歩いていれば、唐突に視界が開けた。クシャルダオラが静かに風を纏いながら、谷底の前で俺を待っていた。

 今回は兜も身につけてきていたのだが、顔が見えない事にか、ちょっと不満気な意思が飛んできた。

 兜を外せば、すっきり晴れた。

 

 川の流れが長い歳月を経て深く地面を掘ったような谷底ではなく、地割れを元にしてぱっくりと開いたような谷底。

 だからか、命の雰囲気は少なく空気も淀んでいる。

「へぇ……」

 興味津々に底を見る俺を、クシャルダオラは未だに不可思議な素振りで見ている。

『……同胞が死んだ事にも、そう悲しんでいないのだな?』

 弔いはしてきた。でも狩人だから、それも簡素なものだ。

「ん? まあ……何も感じていない訳じゃないですけど。こんなちっぽけな身で竜や、時に古龍とも対峙する奴等が、惨めな最期を迎える覚悟をしていない訳ないじゃないですか。

 俺だって、貴方と会った山に登りきった時は、そういう覚悟でしたよ」

 そんな事をあっけらかんに言う俺の事を、クシャルダオラはまじまじと見てから目を逸らした。

『…………私には、やはり、短命の者達の生き方は、理解出来ない』

「だからこそ、人間という種族は竜や古龍を相手にしてもここまで数を増やしてきたんですよ。

 それに、そういう覚悟をしなくても良い程に強い奴も居ますし。例の猛き炎とか、きっとそうですよ」

『アレか……。

 時に我等でも恐れる災厄級の古龍さえも超える人間……貴様達は、一体どこを目指しているのだ?』

「…………さぁ。ただ、行き過ぎた時は、お伽噺のように罰が下ると思いますね」

 俺の生きている内にはそんな事にはならないで欲しいが。

 

 いつもと違う旅路。最初からクシャルダオラが付いてくるし、それに特段寒くもないという事で荷物はそこまで多くない。というより、ほぼほぼ狩人としてのスタイルだ。

 だから、今回は翔虫も連れてきている。

 翔虫を使って勢いを殺しながら谷底へと降り、そして程なくしてぽっかりと開いた横穴に辿り着く。

「…………」

『貴様にもこの異質さが分かるか?』

「……ですね」

 クシャルダオラも楽々入れそうな程に大きく開いた穴。中は暗闇で、どこまで続いているかさえも、微塵も分からない。

 それだけではなく、多分、二体の古龍の力の籠もった鱗を身につけている俺が周囲にばら撒いているであろうような異質な雰囲気を、穴の中から感じる。

 穴の外に居る……きっと、元凶となる代物からはまだ遠く離れていると言うのにだ。

 振り返って周りを見渡してみれば、足跡のようなものも見当たらなかった。クシャルダオラも含めて、ここには誰も来ていない。

「災厄級の古龍でも居たりするのでしょうか」

『かもしれない。戻るか?』

 冗談ではない。真面目に聞いてきている。

 少し悩んで、返した。

「いや、行きますよ。万一何かあった時は、護ってくれるのでしょう?」

『…………そうだな』

 前を向いた。持ってきたカンテラに光を灯し、歩みを進めるが。

 どうにも付いてくる気配がないと思って振り返れば、クシャルダオラが谷の上の方を見つめていた。

「誰か居たりしました?」

『……いや、何も居ない』

 そう返すと、クシャルダオラも着いてきた。

 

*

 

 すぐに外からの光は届かなくなり、じめじめと淀んだ空気が体に纏わりつく。

 そんな空気の中に居る事は、クシャルダオラにとっても嫌なようで、風を少しばかり強くして換気のような事をしていた。

 足音と、風の音ばかりが静かに反響している。

 下り坂が続く。少しずつ、下降している。多分、下の方では雨水が溜まっている事だろう。

 岩肌を眺めた。

 この洞穴は、竜や古龍が掘り進めたものか、それとも自然に出来たものか。

 削ったような跡も見えれば、鍾乳洞のように岩の成分が染み出して逆さに伸びてきているところもあり、どちらにも見えた。

 少なくとも、この洞穴が出来てから長い時間が経っているのは確かなようだった。

 ……地底に棲む、地底で成長を遂げる古龍というのは、少なからず存在する。それらは一体どれだけの間、地底にてじっと身を潜めているのだろう?

 数十年から、もしかすると数百年、ひょっとしたら千年単位で? とにかく、この先に身を潜めているのは、そんな古龍である可能性はとても高い。

 程なくして、枝分かれした道に着いた。

『……底に進む道以外は、全て行き止まりだな』

 風を感じているクシャルダオラが、耳を動かしながら言った。

『どうやら、外へと通じる道を見つけたから、他に掘り進めていた穴は全て不要となったらしい』

「成る程……」

 クシャルダオラはまた一度、後ろを振り向いた。それから、これから進む方向に印を付けるように岩壁を強く削った。

 どうにもいつもと違う、落ち着きのない雰囲気を感じたが、きっと聞いても答えてはくれないだろう。

 

「……何か、適当に聞いていいです?」

 いつも通り、俺と歩幅を合わせてゆっくりと歩いてくれているクシャルダオラに聞いた。

『何だ?』

「いやまあ、一緒に歩いているのに無言なのは、それはそれで重苦しいなと」

『…………そういうものなのか。それで、何が聞きたい?』

「貴方は、どのように育って来たんでしょう? ……単純に興味で」

『ふむ。古龍だからと言って、大してそこらの竜と変わらん。あの黄金の龍のように、他者を苗床にして孤独に生まれる訳でもないからな。だから卵から生まれて暫く親に養われ、生き方を教えて貰い、そして旅立つ。ただそれだけの他愛のない幼少期だった。

 竜の、そして人の営みを知り、ちょっかいを掛ける事も、掛けられる事もあったが、それのどれにも打ち勝ち、今もこうして、人にちょっかいを掛けて生きている。

 とりわけ特異な出来事も、命を賭してまで成し遂げたような出来事もこの身には起きていないが、私自身は好きに出来ているし、そう不満はないな』

 人を殺した事があるか? と聞こうとして、そう言えばこの前返り討ちにしたって嬉々として伝えてきてたな、と。

 それを察したのか。

『言っておくが、私からは人に手を出した事は無いぞ。私に挑んで来る輩は時折居るし、それに対しては生かして帰す事もないが』

「それに関しては、俺からは何も言う事はありませんよ」

『貴様は逆に、我が同族を相手にした事はあるのか?』

「一度だけ、街に襲ってきたのを何十人で相手取りましたね……あれは大変だった。

 でも、記憶を掘り起こしてみれば、それでも貴方よりは強くなかったと思います」

 街の中でとにかく建物やらを巻き上げてきたから大変だっただけで、クシャルダオラ自体は、これと比べてしまえば凡というイメージが湧いてきた。

『だろう? 私も研鑽を積んだ時期は長かったからな。

 それに、私が貴様の住むようなあんな雑多な街を襲ったならば……うむ。いや。その翔虫の前では流石に無傷では終えられないだろうな。アレが来たら逃げるし、きっとカムラの周囲には金輪際近付かない事となるだろう』

 アレ……その猛き炎とやらを俺は目にした事が無いんだが、見ただけでヤバいって俺でも思うんだろうか?

「まあ……襲わないでください」

『別に私は、戦う事を生き甲斐とはしていないし、甚振る事も壊す事も趣味ではない』

 生き甲斐という点では、俺とクシャルダオラは似ているのだ。だからこうして繋がるまで至った。

 そして、加えて気付いた。クシャルダオラにとって待ちに待った地底への探検だというのに、ずっと落ち着かない様子を見せているどころか、そもそも、まるでワクワクしていない。

「この先、何が居るのでしょうね」

 クシャルダオラは少しばかり言葉を選ぶように黙った後。

『…………。少なくとも、私が今まで見てきたものの中で、最も驚くものではないだろう』

 ……どういう意味だ?

 

 別に毒ガスやらが漏れている訳でもない。水や落石で道が塞がれている訳でもない。クシャルダオラも悠々と通れる広さの穴がどこまでも続いている。

 ただただ、奥へ、奥へと潜っていく。道は時折枝分かれしているものの、行き止まりとなる道はどれもクシャルダオラが察知する。

 それは戻る時も同じだろうに、目印のように岩肌に傷を付けているのも変わらない。

 良く分からない。

『金銀火竜のように稀有に生まれる個のようでもなく、火山地帯において特異に成長したような砕竜のようでもなく……また、キュリアや金色の龍に狂わされて強くなった訳でもなく、金獅子のように生まれながらにして強い訳でもない、ただ単純に強い、と言った竜と相見えた事はあるか?』

 唐突に聞いてきた。

「……強いて言えば、最近討伐したあのティガレックスですかね。

 そんな竜、そういう特殊個体よりも稀有ですよ」

『……そうか』

「ただ、ティガレックスに関してはそういう例がぼちぼち出るみたいですね。

 アレは欲望が単純な癖して、戦闘に関してはブレスも吐かない、空も飛ばない、地中を潜ったりだとかもしない脳筋なのに、それらをする竜と対等以上に立ち回るんですから」

 逆に言えば、自分の体の扱い方を他のどの竜よりも心得ていると言うべきか。

『翼を持っている癖に地で這うしかないあの竜の事など、大して見た事もないが……アレは強いのか』

「竜の中では」

『私にも牙を届かせられると思うか?』

「貴方が空を飛ばなければ、そして、歴戦を生き抜いた猛者としてのティガレックスなら、十分届くと思いますよ?」

『そうなのか?』

 腹立たしさの混じった、威圧の籠もった声。

「……ええ。ティガレックスには、それだけのポテンシャルがあります」

 俺が討伐したティガレックスも幾度と戦いを制してきた個体だろう。だが十分に攻撃を挟む余地もあったし、急所を目の前に晒し出すような愚行も犯してくれた。

 ただ、今まで聞いた話を纏めてしまえば、本当に歴戦と呼べるティガレックスは、あんなもんじゃないと断言出来る。

 加えて己が肉体のみで戦うティガレックスは、似たような体躯であるナルガクルガやベリオロスよりも、クシャルダオラの放つ暴風に立ち向かっていける。そう思えたりする。

『そう、か。……貴様が徒党を組んで討伐したテオ・テスカトルと相見えたらどうなる?』

「え? うーん……俺が討伐したティガレックスだと、十中八九は負けると思いますが……一を拾える可能性はありそうですね」

 クシャルダオラはそれきりまた黙った。

 何を聞きたかったのか。

「因みに、そういう竜と相見えた事はあるのですか?」

『いや、私に向かってくるような竜も、そして人も命知らずばかりだ。それ故に私は今まで命を繋げていられている、とは思いたくはないが』

 

 また分かれ道を一つ曲がると、ずい、と圧力が強くなったのを感じた。

 ……近い。

 思わず、足を止める。

 洞穴の中を進むばかりで、時間の感覚が余りない。どれだけの地の底にまで来たのか、どれだけの距離を歩いたのか、最早ある程度しか分からない。

 変わり映えの無い真っ暗闇な洞穴。

「一度、休みませんか?」

『疲れたのか?』

「いや……いや、そうかもですね。一回、緊張を解しておきたくて」

『……そうだな』

 クシャルダオラが先に座った。

 俺も座って、水を少し飲んでから。

 単刀直入に聞いた。

「何を気にしているのです?」

 クシャルダオラは俺をじっと見た。

『……私はな。この洞穴の存在を、私だけで見つけた訳ではないのだ。

 エルガドの王から、ここらに大地の裂け目がある事を知って、そしてこの穴を見つけた。

 …………あの王は、この先に何があるのか知っているのではないだろうか? その上で、私に教えたのではないだろうか?

 その疑問が、ずっと付き纏って離れない』

 エルガドの王。キュリアを憎む、原初を刻むメル・ゼナ。

「……」

『彼の王も、己の手で光を灯す術を持たない。私が貴様を連れて中へと進んだら、もしかしたらやって来るかと思ったが……。

 今のところは感じない。それだけだ』

「そう、ですか。因みに、来る前にそれを伝えたりは?」

『していない。あの王の伝手は至る所に張り巡らされている。

 アレは正しく、偉大な王であるからな。相当に遠くに行かない限り、私がどこで何をしているのか、すぐに彼の耳にまで届くだろう』

「…………」

 この洞穴は、そのメル・ゼナの配下が存在する範囲の中にある、という事か。

 エルガドからは結構な距離があるはずだが……。

 それはともかくとして、数日間クシャルダオラは谷底の近くで俺を待っていたようだし、まあ来ようとするのならば、来るのだろう。

 ……ちょっと意地悪な質問が思い浮かんだ。

「もし猛き炎が付いてきたらどうするんです?」

『えっ…………。……それは嫌だ。とても』

 思わず素が出たような声だった。

『嫌だな……本当にそれは。王は良い奴だと言っていたが、それでも私はアレを近くに寄せたくはない』

「はぁ……」

 嫌悪感までがありありと伝わってきて、聞いているだけで俺までその猛き炎を嫌いになってきそうな。

 その時だった。

 クシャルダオラの雰囲気が唐突に変わった。

『……兜を付けろ』

 俺も即座に立ち上がって、それに従う。

 クシャルダオラが俺の前まで歩いて、先に立ち塞がるように構えた。

 古龍の威圧。繋がっている俺でさえも、思わず後退りそうになりそうな程のそれがクシャルダオラから強く放たれた。

 龍属性の黒い雷が、バチバチとクシャルダオラから溢れ出してくる。

 俺は、それでもクシャルダオラの助けになるように前を照らした。

「…………」

 何も、現れては来ない。けれど、クシャルダオラはその先から何かが来ていると感じている。

『己の身を守る事だけに専念しろ』

「……分かりました」

 …………。

 ……………………。

 じゃり。

 足音が聞こえた。

 それは、自然としたものではなく、ばれているのならば仕方ないと開き直ったかのようにした足音だった。

 じゃり、ざり。

 曲がりくねった洞穴の先から、段々と影に生えたシルエットが見えてくる。四つ足と翼。クシャルダオラと似た体躯の古龍。尖った口に、二本の角。

『……誰だ、貴様』

 そして視界に姿を現した古龍を、俺は初めて見た。

 ただそれが原初を刻むメル・ゼナであると俺はすぐに察し、そしてクシャルダオラの口ぶりから、それがエルガドの王ではない、別の個体である事までを理解した。

 

 クシャルダオラより硬質な金属で覆われたような、鱗というより鎧というべきような全身の甲殻。

 深い青を基調とした頑強な翼。クシャルダオラより太く、先端が三叉に分かれ、物も摘めそうな尾。

 そしてキュリアという赤い羽虫を身に纏っていないそのメル・ゼナ。

『……近寄るな』

『−−−−−−−−』

 クシャルダオラは冷徹に言ったのに対し、メル・ゼナはクシャルダオラに何かを話し掛けていた。

 俺にその内容までは分からない。

 ただ、クシャルダオラの警戒は一切途切れる事はなかった。クシャルダオラにとっても予想外であろうその存在。

 返された言葉に対して、クシャルダオラは続けた。

『だと言うのならば、そいつを罵倒してみろ。

 王は事ある毎にソレの事をあらん限りの言葉で蔑んでいた。出来るよな?』

 そいつ、ソレ……多分、ガイアデルムの事だ。エルガドの一帯に座していた人達が災厄に見舞われた元凶。

 数多の竜が狂わされ、立ち向かったメル・ゼナまでもが狂わされた、アマツマガツチやアン・イシュワルダと言ったそれと同等の、規格外の古龍。

 目の前のメル・ゼナはそれに対して、身を固めた途端。

 クシャルダオラは暴風を浴びせた。

 

*

 

『ふ、ふふふ。

 そんなそよ風でこの私を吹き飛ばせるとお思いで?

 私は、かつてはただの手先だった。自我さえも喪いかけ、彼の者が地上に出る為だけに短絡的に暴れ回るだけの、哀れな道化だった。

 けれどあの陶酔は、戻っても忘れられなかったわ。狂っている時の悦びは、正しく性行為をしているに値していたわ。

 だから、私は探したの。地に潜む、同じの誰かを。そして、決めたの。今度こそ、彼の者に太陽を見せようと』

 

 ……嵐が、効かない。

 足が一歩、前へと出される。

『近寄るな!!』

 

『ふふふ、ふふふふ。

 私は、私はね、親よ。

 太陽を知らず、地の上の事など何一つとして分からないままに、それでも陽の輝きを浴びようと足掻く哀れな我が子のね。

 自我を保ったまま、力と快楽を享受出来るように、私は我が子を躾けた。私は我が子から力を受け取った。

 私は、我が子の化身を身に侍らせた。適切なだけ、狂うことなく、それでいて体に悦びを覚えられるだけ、ね』

 

 そいつは見せつけるように翼を広げた。どれだけの嵐を浴びせてもびくともしない。

 

『ふふふふ、ふふふふふふ。

 私は最早、完全よ。

 元来の甲殻を喪う事なく、岩盤をも砕いて見せる膂力も喪う事なく。

 それでいて龍の力を体外に放つ能力も、力を溜めて瞬時に跳ぶ瞬発力も手に入れた』

 

 ……タラタラとベラベラと喋るそれが、強者の余裕である事、見下している事にはとうに気付いている。

 だが、動けない。力の差。明らかに王と同等以上の力を感じた。あの世界に愛された狩人にも牙を届かせられると直感する力だ。

 

『……ありがとうね。

 この頃、我が子が別の物も食べたいって言って聞かなくて。おやつまで持ってきてくれて、美味しく頂くわ』

 

 メル・ゼナは、心の底から感謝を伝えるようにそう言うと、身に隠していたキュリアを見せびらかし、また翼で体を包むようにして。

『構えろッ!!』

 次の瞬間、消えた。

 

*

 

『構えろッ!!』

 ……え?

 その瞬間、俺の体から重力が消えている事に気付いた。視界がぐるぐるとめまぐるしく回っている。

 全身が砕けたかのように痛む。視界が開けていて、兜が破壊されたらしい事が分かった。

 半ば無意識に翔虫を飛ばした。

「ぃぎぃあっ?!」

 全身が悲鳴を上げて、ごろごろと転がった。

 起き上がる事すら出来ないまま、それでも男はどうにか秘薬を手にして噛み砕いた。

「う、あがぁっ!!??」

 めぎめぎと音を立てながら骨が繋がっていく。腕も足も、そして肋骨も、至る所の骨が砕かれていた。

「ぎぃあ゛ぁっ!! ぐげっ?!?!」

 男の全身で、砕かれた時以上の最早脳の許容量を超えた痛みが弾ける。意思とは関係ない声が飛び出していく。それでも、男は唇を噛み千切る勢いで痛みを耐えながら、前を向いた。そうしないと死ぬと分かっていたから。

「う゛うあっ、うぎっ?」

 そして、視界が半分無い事に気付いた。

 片目が潰れているようだった。けれどそれよりも何よりも、反応するどころか、何をされたのかすら分からなかった事に気付いた。

 目の前に真っ二つに割られた兜が転がっている。きっと、兜がなければ頭すら真っ二つにされて死んでいた。

 ……どうしろと??

 カンテラは破壊されていなかった。頭が未だに狂ったように明滅しているが、それでも体を起こした。

 目の前ではクシャルダオラがメル・ゼナと組み合っている。しかしクシャルダオラの放つ龍属性も、暴風すらもメル・ゼナはものともせず、更にパワーそのものもメル・ゼナが上回っていた。

「グ、ググッ……」

 そしてクシャルダオラより柔軟に駆動し、目の前の相手に突き立てられる両翼爪が、クシャルダオラに向けて引き絞られる。

 クシャルダオラは敢えてメル・ゼナに密着して、それが首を引き裂こうとしたのを避けた、が、そのまま翼爪は肩を引き裂いた。

「イ゛アア゛ッ!!」

 クシャルダオラが無理矢理メル・ゼナを振り解き、突き飛ばし、全力の嵐でせめて遠ざけようとするが、メル・ゼナは悠々と一歩一歩近付いてくる。

「ググ、グググ……」

 鋼の甲殻も容易く貫く翼爪。肩を貫かれたクシャルダオラの前脚は震えていた。この洞窟の中では逃げる場所もない。奥に進んだところでガイアデルムが待ち構えている。

 クシャルダオラの最大の一撃であるブレスも、それが出来るだけの溜めの時間を与えてくれはしないだろう。

 どうすれば……と思った時、過去に会話した事柄が脳裏に浮かんだ。

『だが彼の地の王や、イヴェルカーナ、そしてきっとネルギガンテとやらや何であろうとも、そもそもの空気が殆どない、あの山の上に立つ事はきっと不可能だろう。それが出来るのは私のような風を操る事の出来る存在と、そして人間だけだ』

 叫んでいた。

「メル・ゼナの周囲から空気を取っ払え!」

『……!!』

 出来るかは分からない。けれど、この洞窟という場所なら、もしかしたら。

 企みに反応して、メル・ゼナがまた身を翻した。何をされたか分からない攻撃が来るっ……!

「閃光玉ッ!!」

 咄嗟に叫んで投げた。

「ギャッ!?」

 暗闇の中に長く居たんだ、特別苦手じゃなくとも効くだろう!?

 その直後クシャルダオラがメル・ゼナの周囲に竜巻を作った。瞬時に形成されたそれは、外へと容赦なく空気を排出していく。

 メル・ゼナが逃れようと翼爪を竜巻の外へと突き立てて来た。一本目を、クシャルダオラが尾で弾いた。二本目に、小タル爆弾を投げつけた。

 どこも掴めなかった翼爪が竜巻の中へと戻って、そしてまた突き立てては来ず……。来るっ!?

 身構えた瞬間、メル・ゼナが瞬間移動したかのように竜巻を脱出してクシャルダオラの目の前へと現れた。クシャルダオラが飛び退こうとする前に、今度は龍属性の波動がクシャルダオラへと浴びせられた。

「グッ!」

 それはクシャルダオラにとって大したダメージではない……が、再びメル・ゼナを包もうとしていた竜巻が乱れた。

 空気を奪う攻撃は効いている証左ではあった、が。

 加えて翼爪の連撃を避けて、避けて、身を軽く横に動かしたと思えば三叉の先端を持つ尾がクシャルダオラの首を掴もうとしてきて、それもギリギリで避け。しかしそれでも連撃は止まらず、今度は全身を捻ってドリルのように突っ込んできた。クシャルダオラが避けきれずに撥ねられた。

「ガァッ!?」

 ドシャッ!!

 体躯自体は大して変わらないというのに、クシャルダオラが壁にまで叩きつけられる。

 そして身を翻したメル・ゼナが怒気を滲ませて、クシャルダオラの後ろに居た俺に翼爪を向けてきた。

 ……無理だ。そう思いつつも、反射的に一発目を前へと潜って避けていた。片手剣を握り締め、一太刀叩き込もうとして、俺の全身がメル・ゼナの前足に掴まれていた。

「えっ」

 全身が宙に浮く。メル・ゼナの口が開いて、幾多に並んだ鋭い牙を覗かせてくる。

「うあああああっ!!」

 が、その前に投げ捨てられた。クシャルダオラがメル・ゼナに突進しに来ていたのを、メル・ゼナは受け止め、逆に組み伏せた。クシャルダオラは抜け出せずにひっくり返されて、仰向けにまでさせられる。

 更にメル・ゼナは三叉の尾と四肢で、クシャルダオラの尻尾から頭までをも押さえつけ、その剥き出しとなった首に牙を突き立てた。

 俺が起き上がるまでの、数秒の出来事。

「カッ、ハッ……」

「やめ、ろ…………」

 今度は俺が助けようと動こうとすれば、未だ自由な翼爪が俺へと照準を定めていた。

 動け、ない……。

 ごく、ごく……。ごきゅ、ごきゅ……ごきゅん。

 メル・ゼナは勝ち誇ったかのように、止めまでは敢えて刺さずにクシャルダオラの血を勢い良く我が物にしていく。

 けれど、今、どうにかしなければ、俺もこの後殺される。何かしなければ……と思うも、その瞬間、翼爪が俺のはらわたを貫いて来る予感しかしない。

「ア……ガ…………」

 首に噛みつかれ、血を吸われ、クシャルダオラもびぐびぐと震えるばかり。

 どうすれば、どうすれば……。

 だが、何故か。メル・ゼナはクシャルダオラの首から口を離した。

 遅れて、地を揺らす程の振動が伝わってくる。来た方向から。誰か……来る。

 エルガドの王か? と思ったが、しかし来たのは、明らかにメル・ゼナではなかった。

 頭から捻じれ上がった極大な角を生やした、真っ黒な古龍。

 クシャルダオラが華奢に見える程の分厚い肉体で、全身から棘を生やしたそれは。

「……ネル、ギ」

 ガンテ?

 声を出し終える前に、それは俺の目の前を通り過ぎ、クシャルダオラを踏みつけ、メル・ゼナを吹っ飛ばして、その先へと走っていった。

 新大陸以外ではほぼほぼ見られてすらいないはずの古龍が、何故ここに? 何がどうなっているんだ??

 しかし、更に続いて。起きた物事に理解が及ぶ前に、奥からこのメル・ゼナと瓜二つなメル・ゼナが現れた。

 そいつは倒れているクシャルダオラと俺を一瞥すると、三叉尾でクシャルダオラの首を掴んで俺の方に投げて、そしてガイアデルムの親となったメル・ゼナと向き合った。

 凛然とした振る舞い。その堂々と立つ風貌。

 見ただけで分かる。そいつは……エルガドの王は、先に通り過ぎていったネルギガンテに、我が子の危機に追い掛けようとするメル・ゼナを視線だけで縫い止めた。

「ギ、キキ……キィアアアアアアアアアア!!!!」

 殺意ではない。侮蔑と、哀れみの目線を向ける王に対し、親となったメル・ゼナはあらん限りの怒りを込めた咆哮をし、王へと襲い掛かった。




良いとこ取りメル・ゼナ:
ガイアデルムに敗北し、手下になる
=> 討伐される事なく、ガイアデルムが死亡
=> 何らかの理由で原初に戻る
=> 狂っていた時の事を忘れられず別個体のガイアデルムを発見
=> ガイアデルムが小さかったのもあり、親代わりになった上で、狂わない程度にキュリアを新たに獲得

原初ゼナの攻撃、防御能力を保ちながら、瞬間移動や龍属性のビームも普通に放ってきて、更に多大な隙も出ない。
伏魔響命スキルを持ってる感じ。
流石に原初と比較すると体力は少ないけれど、吸血でそこは補う。



人に友好的なクシャルダオラを書くのこれで2回目なんだけど、その古龍を描く狩人のクシャルダオラと比較すると以下な形。

古龍を描く狩人/今作
強さ:
例外レベル(今回のメル・ゼナも嵐で磔に出来る)/特例レベル(ネルギガンテや原初ゼナには勝てない)
温厚さ:
命を狙ってきた相手でも殺さない/敵は殺す
親しくしている人間が死んだら:
凹みはするが、短期間でいつも通りに戻る/めっちゃ凹んでかなり引き摺る
背中:
親しい人を乗せる事は厭わない/親しくしてても嫌だ
暴虐を振るった数:
実はかなり多い/あんまり無い

どっちが好きか聞いてみたいところはあるけれど、まあ……両方読んでくれた人じゃないと比較出来ないよねというところ。

次で最後です。
期間はまた同じくらいは空くと思う。
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