聖園ミカに転生した男の話 作:本当に先生は聖人なのか?
病室には、静かな機械音だけが響いていた。
窓から差し込む夕暮れの光が、白いベッドと床を淡く照らしている。
ベッドの上には、先生が横たわっていた。
腰には包帯が巻かれ、腕には点滴の管が繋がっている。
まだ顔色は良くない。
けれど――呼吸は穏やかだった。
そして何より。
「……先生」
ベッドの脇に立ったシロコが、小さく呟いた。
「……よかった」
その声には、いつもの落ち着いた響きがなかった。
ほんの少しだけ震えている。
先生は薄く目を開ける。
「……シロコ?」
「うん」
シロコは頷いた。
その後ろには、ホシノ、セリカ、アヤネもいる。
四人とも、先生が目を覚ましたことを確認すると、ようやく張り詰めていた表情を緩めた。
「先生、おはようございます!」
アヤネが声をかける。
「手術、無事に成功したって聞きました。本当に……本当に良かったです」
「うへ~……」
ホシノが胸を撫で下ろす。
「先生が蹴られた時はどうなることかと思ったよ~」
「ちょっと、ホシノ先輩!」
セリカが慌てて遮る。
「そういうこと言わないでよ! 先生、まだ病人なんだから!」
「いやいや、セリカちゃん。事実を言っただけだよ~」
「そういう問題じゃないでしょ!」
いつものようなやり取り。
その光景を見て、先生は小さく笑った。
「……みんな、来てくれたんだね」
「当たり前」
シロコが即答する。
「先生だから」
その一言に、病室が少しだけ静かになった。
セリカは視線を逸らす。
「……別に、心配だったから来たわけじゃないからね」
「セリカちゃん、顔真っ赤だよ~」
「うるさい!」
アヤネも微笑む。
「でも、本当に心配したんですよ」
「……ごめん」
先生が謝ると、四人の表情が変わった。
「先生」
シロコが静かに言う。
「謝らなくていい」
「そうですよ」
アヤネも続ける。
「あの場で逃してしまえばもう話は聞けなかったかもしれないんです。先生に非はありません」
先生は答えなかった。
ただ、目を伏せる。
するとホシノが、いつもの眠そうな笑顔を浮かべた。
「きっと話し合えば誤解は解けるよ」
「……ホシノ」
「だから、先生はちゃんと休むこと」
シロコが念を押す。
「勝手に起き上がったり、無理して仕事したりしたらダメ」
「はい……」
「返事は一回でいい」
「はい」
「……よし」
シロコが満足そうに頷く。
セリカが呆れたように息を吐いた。
「まったく……先生ってば」
「でも……先生が来てからアビドスは良い方向に変わりました」
アヤネが窓の外を見る。そんなアカネの姿を見ながら先生が口を開いた。
「砂嵐もピッタリ止んだし…ホシノも明るくなったよね。これも全部私のおかげかな?」
「
そんな風に笑い合うアビドス高校の面々の先生の間には和やかな雰囲気が流れていた。
窓から差し込む午後の光が、白いシーツの上を淡く照らしている。
感謝の言葉を述べて病室を出たアビドス対策委員会の面々を見送った先生はベッドの上で1人ゆっくりと天井を見上げていた。
身体にはまだ包帯が巻かれ、腕には点滴の管が繋がっている。手術が成功したとはいえ、身体を少し動かすだけでも鈍い痛みが走った。
それでも、先ほどまでここにいたアビドスの生徒たちの声を思い出すと、自然と頬が緩んだ。
「……みんな、元気そうだったな」
そう呟いた、その時だった。
「先生、失礼します」
病室の扉が静かに開いた。
入ってきたのは、看護師だった。
「はい?」
先生が顔を向ける。
看護師は手元の書類を確認すると、穏やかな口調で告げた。
「先生、担当の先生がお呼びです。少しお話をしたいとのことです」
「担当の先生が?」
「はい。手術後の経過について、いくつか確認したいそうです」
先生は一瞬だけ考えた。
「……分かりました」
看護師はベッド脇まで歩み寄る。
「歩くのはまだ大変だと思いますので、こちらの車椅子を使いましょう」
「ありがとうございます」
看護師に支えられながら、先生はゆっくりとベッドから身体を起こした。
その瞬間――
「……っ」
股に痛みが走る。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ちょっと痛んだだけなので」
先生は苦笑しながら答えた。
看護師は心配そうに先生を見つめたが、それ以上は何も言わず、慎重に車椅子へ移るのを手伝った。
やがて病室を出る。
廊下を進む間、先生は窓の外を眺めていた。
青い空。
穏やかな街並み。
ほんの数日前まで、あの空の下で激しい戦いを繰り広げていたとは思えないほど、街は静かだった。
やがて看護師が一つの扉の前で立ち止まった。
「こちらです」
「分かりました」
扉が開かれる。
中には担当医が待っていた。
机の上には先生の診療記録が置かれている。
「来てくれましたね、先生」
「はい。何かありましたか?」
医師は椅子を示した。
「まずは座ってください。少し長くなるかもしれません」
先生は頷き、椅子へ腰を下ろした。
医師は診療記録を開き、ゆっくりとページをめくる。
「手術そのものは成功しています。今のところ生命に関わるような問題はありません」
「……そうですか」
その言葉に、先生の肩から少しだけ力が抜けた。
「ただし」
医師の声が少しだけ低くなる。
先生は顔を上げた。
「今回の負傷は、かなり重いものでした。」
「……はい」
「今は助かったことを喜んでいい状態です。しかし、破損した部位の機能が完全に回復する事はないでしょう」
医師は記録を閉じ、先生の目を見る。
「しばらくは絶対に無理をしないでください」
先生は黙って医師の言葉を聞いていた。
「特に運動は厳禁です」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間。
先生の脳裏に、アビドスの生徒たちの顔が浮かんだ。
そして、あの巨大な敵との戦い。
自分を庇うように前へ出た生徒たち。
最後まで諦めずに戦った仲間たち。
先生はしばらく黙り込んだ後、小さく息を吐いた。
「……分かりました」
医師は少し驚いたように目を細めた。
「本当に分かっていますか?」
「はい」
先生は苦笑する。
「今回は……さすがに、みんなに心配をかけすぎましたから」
そう言って、先生は自分の包帯の巻かれた腕を見る。
「少しくらい、休ませてもらいますよ」
医師はその言葉を聞いて、ようやく穏やかな表情を浮かべた。
「それなら安心しました」
そして診療記録を閉じる。
「では、もう一つ大事な話をしましょう」
「……まだあるんですか?」
先生が少し困ったように尋ねる。
医師は頷いた。
「退院までのことです」
病室へ戻る廊下の向こうでは、先生の帰りを待つアビドスの生徒たちの声が、かすかに聞こえていた。
〜〜〜〜〜〜
砂埃が舞う荒野。
そこには、先日の戦闘によって大きく損傷したビナーの残骸が横たわっていた。
巨大な装甲は至る所が砕け、内部の機械構造が露出している。
戦闘が終わった直後から、この場所にはカイザーPMCの部隊が展開していた。
残骸の周囲には簡易フェンスが設置され、回収用の大型車両まで並んでいる。
「……やっぱり、もう来てるか」
遠くから声が聞こえた。
複数の車両が砂煙を巻き上げながら近づいてくる。
先頭の車両が停止すると、扉が開いた。
最初に降りてきたのは、聖園ミカ。
その後ろから、ミレニアムサイエンススクールの生徒たちが次々と降りてくる。
彼女たちは大型の解析機器や端末を運び出し、すぐにビナーの残骸へ向かっていった。
「思ったより損傷が酷いですね……」
一人のミレニアム生徒が端末を操作しながら呟く。
「でも、解析できる部分はまだ残ってます。特に内部機構は興味深いですね」
「ふむふむ……」
別の生徒が残骸を見上げる。
「これ、本当にあのビナーなんですよね? 実物を間近で見ると迫力が――」
「ちょっと、感心してる場合じゃないよ」
ミカが苦笑する。
「今日は見学に来たんじゃなくて、解析のために回収しに来たんだから」
「は、はい!」
生徒たちは慌てて作業に取りかかった。
ミカはその様子を眺めた後、ビナーへ視線を戻す。
「滅多にないサンプルだから慎重にね⭐︎」
「もちろんです」
ミレニアムの生徒が頷く。
「トリニティから依頼された案件ですから。可能な限り、構造・動力系・残存データまで全部解析します」
「ありがとう」
ミカが微笑む。
しかし――。
「そこまでだ!」
荒々しい声が響いた。
PMCの兵士たちが一斉にこちらへ向き直る。
指揮官が数人の兵士を従えて歩いてくる。
「ここはカイザーPMCの管理区域だ。許可なく立ち入ることは認められていない」
ミレニアムの生徒たちが作業の手を止める。
ミカは振り返った。
「許可なら取ってるよ?」
「こちらにはそのような記録はない」
「そう?」
ミカは首を傾げる。
「じゃあ、確認してみたら?」
「確認するまでもない。ビナーの残骸は我々が確保している」
指揮官はビナーを指差した。
「現在、この残骸の管理および回収作業はカイザーPMCが行っている。貴校の生徒には撤収してもらう」
「……貴校?」
ミレニアムの生徒が眉をひそめる。
「私たちはミカさんから正式に解析依頼を受けて来ているんですが」
「依頼元が誰であろうと関係ない」
「いやいや、それは困りますよ」
別の生徒が端末を抱えながら口を挟む。
「せっかくここまで来たのに、何もせず帰れっていうんですか?」
「そういうことだ」
「それは困るなぁ……」
ミカは少しだけ目を細めた。
引き下がらない生徒達に指揮官の声が荒くなる。
「この残骸には莫大な価値がある! 我々にはそれを確保する権利がある!」
ミレニアムの生徒が負けじと口を開いた。
「だから私たちが解析します」
「兵器として再利用するためじゃない」
別の生徒が続ける。
「未知の技術体系を調査して、危険性や構造を明らかにするためです」
「それに」
端末を操作していた生徒が顔を上げる。
「カイザーPMCが独占してしまったら、解析結果がどう扱われるか分かりませんからね」
「……!」
指揮官の顔が険しくなる。
「貴様ら……この件は〝上〟に報告させて貰うぞ」
兵士たちが銃を構える。
ミレニアムの生徒たちもそれに応じる様に一斉に警戒態勢に入った。
ミカだけが、その場に静かに立っている。
「報告ってーー」
ミカが言葉を遮った。
その声は静かだった。
「これから貴方達もカイザーコーポレーションも全員消えるのに誰に何を報告するつもりなの?」
「何を――!?」
「いい加減目障りだったんだよねアナタ達」
聖園ミカはいつもの笑顔を浮かべていた。
ただし、その瞳だけは――少しも笑っていなかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
アビドスの砂漠。
灼熱の太陽が照りつける中、そこだけが異様な静けさに包まれていた。
砂丘の一角には、カイザーPMCの兵士たちが残されていた。
――いや。
「兵士たち」と呼ぶには、あまりにも原形を留めていなかった。
砂の上には、破壊された装備とともに、兵士たちの身体が無秩序に
誰のものなのか分からない腕。
砂に半ば埋もれた脚。
転がったヘルメットの傍らには、それを被っていた者のものと思われる身体の一部がある。
しかし、その組み合わせすら正しいのかは分からない。
何人もの兵士が一ヶ所に集中していたはずなのに、今となっては、それぞれの身体を元通りにすることさえできない。
まるで巨大な力によって一度すべてがばらばらにされ、そのまま砂の上へ投げ捨てられたかのようだった。
武器も、装甲板も、通信機も、身体の一部も。
すべてが区別なく混ざり合っている。
風が吹くたび、砂がそれらの隙間を静かに埋めていく。
一つのヘルメットが砂の上を転がり、その先で止まる。
その周囲には、いくつもの装備品と身体の一部が重なっていた。
それでも、声はない。
呻き声も、通信も、助けを求める声もない。
ただ、砂漠だけがそこに残されたものを静かに覆っていく。
遠くから眺めれば、黒い軍装と装備品が砂の上に無数に散らばっているだけに見える。
だが、近づけば近づくほど、それが「倒れた兵士たち」ではなく、
何人もの人間が原形を失ったまま混ざり合っている光景なのだ
ということに気づかされる。
その事実こそが、戦場の跡地とは思えないほどの静けさの中で、異様な不気味さを放っていた。
そして砂漠には、誰もいない。
ただ風だけが、何事もなかったかのように吹き抜けていた。
異変が起きたのは、一人目の失踪からだった。
カイザーコーポレーション傘下の重要施設を統括していた幹部が、ある朝を境に突然姿を消した。
社用車は自宅の駐車場に残されていた。
端末も、金庫も、仕事用のデータもそのまま。
ただ一つ、本人だけがいなかった。
当初、カイザー側は「個人的な事情による一時的な不在」と発表した。
しかし――。
二人目。
三人目。
そして四人目。プレジデントと呼ばれるカイザーコーポレーションの実質的なトップが忽然と姿を消した事で隠し通す事は最早不可能となった。
失踪者はいずれもカイザーコーポレーションの中枢に関わる幹部ばかりで失踪する時間帯も場所も共通点が見つからない。
警備記録には異常なし。
監視カメラにも決定的な映像は残されていない。
本人たちが最後に誰と接触したのかすら、判然としなかった。
そして、失踪事件が連日続くようになった頃。
キヴォトス中のニュースネットワークを通じて、クロノススクールの報道番組が緊急ニュースを伝え始めた。
――画面に映し出されたのは、カイザーコーポレーション本社の映像。
『臨時ニュースです』
キャスターの声は、普段よりも明らかに緊張していた。
『カイザーコーポレーションの幹部複数名が、ここ数日の間に相次いで行方不明となっていることが判明しました』
画面が切り替わる。
失踪した幹部たちの顔写真。
その横には、最後に確認された日時と場所が並べられていく。
『これまでに確認されている失踪者は複数名に上り、その全員がカイザーコーポレーションの経営・軍事部門において重要な役職を務めていた人物です』
スタジオ内に、一瞬の沈黙が流れる。
『また、関係者への取材によりますと、失踪した人物の中には、直前まで通常通り業務を行っていた者も含まれているとのことです』
そして、画面下部に新たな速報が表示された。
《ヴァルキューレ警察学校、連続失踪事件として捜査を開始》
『この事態を受け、ヴァルキューレ警察学校は本件を連続失踪事件として正式に捜査していることを明らかにしました』
現場からの映像へ切り替わる。
カイザーの関連施設を取り囲むヴァルキューレの捜査官たち。
入口には規制線が張られ、施設内部では証拠品の収集が進められている。
『ヴァルキューレ側は、現時点で事件性を否定できないとしており、失踪者の行動記録や通信履歴、関係者への聞き取りを進めています』
しかし――事件は、それだけでは終わらなかった。
幹部の相次ぐ失踪によって、カイザーコーポレーション内部では指揮系統が次々と機能不全に陥っていった。
重要な決裁が滞り、複数の事業が停止。
金融機関や取引企業は次々とカイザーから距離を取り始め、株式や関連資産の価値も急落していく。
やがて、カイザーコーポレーションは従業員への給与支払いすら困難な状況に陥った。
そして数日後。
クロノススクールのニュース番組が再び緊急報道を開始した。
『続いて、カイザーコーポレーションに関する続報です』
画面には、閑散としたカイザー本社の映像が映し出されている。
『幹部の相次ぐ失踪を発端とした経営混乱により、カイザーコーポレーションは事実上、事業活動を継続することが困難な状態となりました』
キャスターの表情は硬い。
『複数の金融機関が融資を停止し、主要取引先も契約の見直しを進めています。さらに、社内の意思決定機能も大幅に低下しており――』
一拍。
『カイザーコーポレーションは、事実上の倒産状態に陥ったとみられています』
画面下部に、速報が表示された。
《カイザーコーポレーション、事実上の経営破綻》
続いて映し出されたのは、閉鎖された関連施設。
かつて大勢の社員や兵士が行き交っていた場所には、もうほとんど人影がない。
『なお、ヴァルキューレ警察学校による幹部連続失踪事件の捜査は現在も継続中です』
『事件と今回の経営破綻との直接的な因果関係については、現時点では明らかになっていません』
キャスターが資料へ視線を落とす。
『しかし、捜査関係者の間では、複数の失踪事件がカイザーコーポレーションの内部事情と何らかの関係を持っている可能性もあるとして、慎重に捜査が進められています』
画面が暗転する。
最後に表示されたのは、たった二つの文字列だった。
《カイザーコーポレーション――事実上の倒産》
《幹部連続失踪事件――捜査継続中》
かつてキヴォトス各地に巨大な影響力を持ち、トリニティ、ミレニアム、アビドスなど数多くの学園に進出していた大企業は、わずかな期間でその中枢を失った。
そして誰もが疑問に思っていた。
――何故カイザーの幹部たちは姿を消したのか。
その答えは、まだ誰にも分からなかった。
次回ワカモの洗脳が解けます
先生ですがアニメ先生にしようと思ってるんですがどっちが良いですかね?
-
アニメ先生でも良い
-
好きにすれば良い
-
アプリ先生で