昇降機を上がると、書物、いや石板がびっしりと並べられた屋内に入ってきた。奥には全身に角を生やした巨大な獣がいる。あまりの大きさに視界を狭めて確認してみると、一向に動く様子はない。どうやら亡骸のようだ。
俺は、外にいた火の騎士たちから得た、「メスメル公は城の頂にて鎮座している」という情報を元に、上を目指そうと考えている。まずは、俺の右に立っている、黒い霊体のような見た目をした老人に話しかけることからだ。左手で杖をつき、遠くを見つめる老人に俺は近づいた。
「貴殿、思索中だろうか。失礼する。俺は戦士の壺だ。メスメル公への謁見を望んでいるのだが、進むべき標をおしえていただけないか。」
突然話しかけられたことで驚いたのか、影の老人は体を大きくのけ反らせ、その落ち窪んだ眼窩を大きく開いた。そして、いつのまにか壺を外して小脇に抱えていた壺巫女と俺とを交互に見て、頷く。何か納得がいくことがあったのだろうか。
影の老人は言葉を介さず、ゆっくりと俺の前を通り過ぎ、左の廊下へと歩いていく。こちらに攻撃をしてこない。ついてこいと言っているようだ。俺と壺巫女は面を見合わせた後、影の老人の後ろをついていく。
石板が大量にしまわれた棚の間を進んでいくと、巨大な獣の亡骸がさらに大きく見えてきた。そして影の老人の立つ場所には梯子がある。これを上れと言わんばかりに、影の老人の指は天を示している。
「梯子を上った先に、メスメル公がおられるのか…。」
「戦士の壺様…よくご確認を。貴方の大きな体ですと、この隙間を通ることができません。」
「…確かに無理だな。」
梯子の伸びる先には、木製の天井があり、人一人が通れる四角の穴が開けられている。太っていたり、壺の身では無理なほど小さな穴だ。壺巫女であれば上れるだろうが、その先に俺はいけないため無防備になってしまう。昨晩、彼女と一緒にいるところを誓ったのに、すぐさま別行動などできないし、するつもりもなかった。
俺は、道を示してくれた影の老人に対して感謝を述べた。
「貴殿、案内をしてくれて感謝する。しかし、俺と壺巫女殿は共にあるつもりでな…。この壺の身では通ることは難しいだろう?別の標について、おしえていただけないか。」
影の老人は、俺の言葉を聞くと、廊下に付いた手摺の下を指さした後、左方向へその指を曲げた。なるほど、迂回をしろということか。
俺は老人に再度礼を言うと、壺巫女を腕で固定して、棚の上に飛び移り安全を確保しながら降りていった。
上手く着地できた。影の老人の示してくれたように、左の部屋へ進もうと体の向きを変える。
すると、俺の背後から高く濁った声とともに、小さな人影が飛びかかってきた。がん、と俺の壺に固い物がぶつけられる音がする。
敵かと思った俺は裏拳でその人影を殴り、すぐさま振り返る。それは、俺に殴られたことで吹き飛んだらしく、巨大な獣の亡骸に背を張り付かせていた。
全身を真っ黒の布で包んでおり、頭には黒い頭巾を被っている。その右手には、長い柄の先に鋸が付けられた得物を持っていた。俺は、このような姿をした敵をエルデンリングをプレイしているときに見た事がある。彼らは卑兵と呼称されていた。
俺の記憶にある卑兵は、ボロボロの衣服を付けていた。しかしこの卑兵は、綺麗に裁縫された衣類を身に着けている。城の内部にいて、綺麗な服を着ているのならば、メスメルの庇護下にあると推測するのは自然だろう。俺は、卑兵の黒い頭巾にある、小さな二つの目の光について、少し愛らしいなと思いながら掌を翳す。粒子を卑兵に当てると、卑兵は元気よく動き回り、目の前から去った。
「殴ってしまってすまなかったな。だが俺たちは敵ではない。ここは通してもらうぞ。」
俺は左の通路を行き、石碑を調べている影の霊体の人々に、宣言しながら進む。不思議なことに、俺へ攻撃をしてくる影の人はおらず、昇降機まで簡単に辿りつけた。
真ん中にあるスイッチに乗ると、昇降機は下へと移動し始めた。メスメルがいる場所とは真逆である。
「あのご老人…なにか意図があるのだろうか。」
俺が持った少しの疑念は、昇降機を下りてすぐに解消されることとなった。
少し進むと、残骸が落ちている。俺のよく知る、儀式壺の破片だ。そしていたるところから、うめき声が聞こえてくる。
「戦士の壺様、ここはまさか…。」
「まだ早合点だが…。まず情報を集めよう。」
奥に進んだ先で、俺と同じ大きさの「生きている壺」がいた時点で、俺の推測はほぼ確信に変わった。
俺は壺巫女を後ろに下げながら、生きている壺に話しかける。
「同胞よ、ここで会えるとはな。俺の言葉が分かるか。」
俺が尋ねると、腕を畳み静かに佇んでいた生き壺が、腕を組んで相対する。生き壺は壺を縦に揺らした。声は出せないが、やはり意識ははっきりしているようだ。
「貴殿も、誇り高い生き壺のようだな。同胞よ、俺たちは貴殿らと巫子たちを助けに来た。貴殿も共に来てくれるか?」
生き壺は俺の言葉に、二の腕を曲げぐるぐると回すことで同意した。そして、俺の前を先行し奥の通路へ進んでいく。俺は気を引き締めるため、両拳を握った。
「壺巫女殿の目的が果たせるかもしれないな…。勿論、俺の目的も。」
「戦士の壺様、私の家族をどうか…お救い下さい。」
生き壺が進む先には、やはり初めて会ったときの壺巫女に似た、罪人の肉を植え継がれた巫子たちが徘徊していた。通路の脇には武具の他に、小さな儀式壺も置かれており、もれなく中身も入っている。
中身の入った壺に対して、俺は光の力を使ってみたが、まったく反応がない。やはり原型も留めないほど潰され、意志の無い肉塊になることは、俺の力に意味を持たせないのだろうか。
巫子たちは目隠しをされているはずだが、自身の前にいるものに対して反応し攻撃してきた。肉をひも状に伸ばしたり、肉片を飛ばしたりなどだ。俺は植え継がれた肉たちを、岩の手で掴み、粒子を拳に纏わせていく。それにより、肉片が溶け、巫子の体も治る。
俺が巫子たちを浄化している間、壺巫女は彼女らの傍でずっと囁いていた。励ましと未来のことを。
「あきらめないで、皆。一緒に帰りましょう?」
俺の粒子による癒しと壺巫女の励ましが功を成したのか、巫子を七人も救うことができた。牢獄のときのように力尽きてしまうこともなく、皆息をしている。七人の内一人が、攻撃性のある血の泥を地面から出現させる技を使ってきたが、その巫子は壺巫女における「家族」であり、他の六人については顔を知らないという。
壺巫女が上気した顔をこちらに向けて話す。
「戦士の壺様、ありがとうございます。…彼女らは私の妹です。顔を知らずとも、例え別の場所で生まれていたとしても…家族として一緒に帰りたいのです。」
そして壺がたくさん置かれた場所に、生きている子壺が計九体もいた。彼らは最初、突然現れた俺たちの様子を観察していた。しかし、俺が粒子をもって巫子を癒している姿を見ると、近くに寄ってきてペタペタと俺の体を触ったり、周囲を回ったりし始めた。彼らは、牢獄にいた壺と同じように無邪気で、こちらに敵意がないことを理解してくれたようだった。
しかし俺にはどうしようもできなかった巫子もいる。診療用のベッドに寝かせられ、蠅がたかっていたその遺体には、何も変化をもたらせなかった。
その遺体たちには、肉を取り除こうとした形跡があり、治療方法を模索していたことが伺える。
毛布を、遺体の寝かせられたベッドから拝借して、巫女たちを寝転がせていると、巫女の一人が目を覚ました。目隠しを外したため見える美しい瞳は、まだ虚ろだったが、俺に重要な情報を残した。
「神よ…感謝、いたします…。」
「マリカの子…メスメル様は…。あの方は憤りと、哀しみに染まった声を…。」
「ああ、癒しを与える神よ…私たちの神として、彼をもお救い、下さい…。」
彼女は途切れ途切れにそう話すと瞼を閉じ、やがてすーすーと息を立て始めた。この巫子は、苦痛で精神が曖昧になっている中でも、案じ続けていたのだろう。メスメルが持つ苦悩を。とてつもない精神力だ。
俺は、俺に引っ付いてくる小壺たちを下ろしながら、宣言する。
「同胞たちよ。俺はこれから、壺巫女殿や巫子たちとともにメスメル公に会いに行く。共に行こうではないか!」
小壺たちも俺の言葉を理解できるようで、両拳を天に向ける者や、片腕を振り上げる者、両手を広げて万歳する者、色々な反応を見せた。大きな生き壺は、俺に向かって右拳を見せつける。やはり、壺人とは善良なのだ。
影の老人は初めて会った俺たちに、この上ない指南をしてくれた。またあの階にたどり着くことができたら、改めて礼を言おう。俺は生き壺たちと協力して巫子たちを運び始めながら、そう思った。