俺は去り際、壺巫女に尋ねた。蠅のたかる遺体たちについてだ。
彼女らも巫子だった。壺からこぼれ出る遺体にも混じっているのだろう。隠された地に行くならば、彼女らも連れて行きたい。そう思ったのだ。
「壺巫女殿…俺の思いなのだが、ここに横たわる巫子たちの遺体も共にありたい。どうだろうか。」
「戦士の壺様、考えていてくださったのですね。彼女ら、苦痛の果てに絶望してしまった、家族のことを。…どうかお願いいたします。」
「承知した。同胞たちよ、少し待っていてくれ。彼女らも俺に詰めていく。」
壺巫女が両手を組んで、俺に言葉を返す。壺巫女も、この助からなかった家族のことをずっと気にしていたようだ。俺は、準備を終えた生き壺たちに言うと、生き壺たちは個性豊かなジェスチャーをもって快諾してくれた。
俺は牢獄で出会った巫子を詰めたときのように、柔らかく遺体を抱え、ゆっくりと俺の中に沈めていく。まずは、ベッドに寝かせられた者、次は壺からこぼれ出た者を順々に入れていく。ただ、人数が多い。
それだけメスメルが巫子を助けるために奔走したのだろうが、俺の壺の体には収まりきらない質量のように思う。彼女らを収めるたびに、俺の体が重くなっていくのを感じる。
俺は試しで全身に力を入れ壺を光り輝かせてみると、どういうわけか体が軽くなり壺の中に空間ができた。少しだけ、俺は俺の中を触ってみる。そして表面のどろどろとした部分を掬うと、金色の液体が俺の手に付着した。俺が力を込めるたびに詰めた人々は金色へと変化するということか。
しかし、詰めた彼らの原型が無くなってしまっても、俺は覚えている。
罪人たちの苦痛に塗れた死、巫子の植え継がれる苦しみ、ボニ村で過ごす村人たちの日常、火炎壺師の旅、そして今得た巫子たちと罪人たちの記憶を。
決して、皆のことを忘れていない。詰めた彼らの記憶は、俺と共にずっと生き続けるのだ。
巫子や罪人たちを詰めては体を輝かせる行為を、幾十も続け、ようやくこの治療場における遺体を俺の中に全て詰められた。体の動きは先ほどまでと同じで鈍っていないが、俺の心にずっしりと重みを感じる。必ず、巫子の村にたどり着かなくては。俺は、壺巫女と生き壺たちに終わったことを告げると、巫女の二人をしっかり俺の腕で固定して昇降機へ向かった。
現在俺たちは、俺を含めた生き壺十一体に、女性たち八人の、計十九にもなる集団だ。
移動できる足だけで二十四本あり、いっぺんに昇降機へ乗るのは難しい。まずは俺と生き小壺四体が乗り、次に壺巫女と生き小壺四体、最後に大きい生き壺と余った生き小壺が一体ずつ乗る予定である。
つい先ほど、昇降機前でどう巫子を運んでいくか考えていた。
大きい生き壺と俺は、巫子を二人は体で支えられるため両脇に抱えた。生き小壺たちは、小さい体でも力に自信があるようで、三体で一人の巫子を運ぼうとしていたが、壺巫女が待ったをかけた。
「私は、十分元気です。一人は背負えます。」
「ありがたい…だが、無理のないようにな。」
壺巫女が力強く頷き、ぐいと巫子を背に乗せた。
これにより、生き小壺たちは四体ずつで巫子を運ぶこととなり、一体はあぶれることになったのだ。
何か他にできることがないか、そわそわとしている生き小壺を見ると、俺は心がじんわりと温かくなった。
皆が昇降機で上ってきたのを確認すると、俺が先頭で、大きな生き壺が後ろを守る列を組み、歩き始めた。周囲で石板の文字を調べていた、影の霊体たちは、俺たちが集合するたびに反応し、最終的にはこちらをじっと見ている。その視線は、生き壺と巫子どちらにも注がれている。
俺は好機だと考え、声を張り上げながら進む。
「俺は戦士の壺!貴殿らの研究を邪魔して、申し訳なく思っている。しかし、俺たちはメスメル公へ謁見を望みやってきた!俺たちは貴殿らの敵ではない、俺たちを通してくれ!」
狭い棚の隙間を歩きながら、メスメルに会いに来たことを明確に宣言し、城に俺の声を響かせる。
実際のところ、このように集団を率いている状態で接敵するのは分が悪すぎる。今まで影の城で会った、火の騎士や影の霊体は仁義を重んじる人たちだった。ならば、目的を明確に言葉へ出せば、道を譲ってくれるのではないかと考えたのだ。
俺たちはぞろぞろと階段を上っていく。近くにいた、赤い布を付けた尖った兜の火の騎士は、俺の姿を見て臨戦態勢を取るも、後ろから続く生き壺の列を見ると武器をゆっくりと下ろす。
俺単体の宣言よりも、この列をなしていることが、彼らにとって矛を下ろす理由になるようだ。やはり、メスメルがしようとした治療のことを知っていて、故に通してくれるのだろうか。
俺は火の騎士に礼を言い、宣言することを続けながら、上へ上へと突き進んだ。
道中で会う、尖った兜の火の騎士は皆同じような反応を示し、俺たちのことを見なかったように振舞った。影の霊体たちは、じっとこちらを見ており、人によっては進むべき方向を指さしてくれる。
廊下を進んでいくと、黒い頭巾を被った卑兵の集団が道をふさいでいた。初めに会った卑兵は俺に攻撃をしてきた。今の状況であれば、どう反応するのだろうか。彼らは高く濁った声で会話し、こちらを見ては話すことを繰り返している。
「貴殿ら、頼む。ここを通してくれないか。俺たちはメスメル公に会わなければならないのだ。」
卑兵たちに俺は訴えかける。卑兵たちは、しばらく会話を続けると、得物を廊下に突き立て、すぐ横にある石膏の像のようなものに一人また一人と飛び移っていった。そのまま、石膏像を進むとこちらを振り返る。
俺は目の前で立ったままの卑兵を見た。その小さな右腕を真横に広げ、左手で指を振っている。
「この廊下の先は、道ではないということなのか?」
俺が視界を下に集中して尋ねると、卑兵はきききと声を鳴らす。なるほど、道案内をしてくれるのか。
どこまでも協力的な城の人たちに、出ない涙を流したい気持ちだった。あるいは彼らも、望んでいるのか。巫子たちと、メスメルの会合を。
俺は足場の不安定さと、地面との距離の開き具合に命の危機を感じながら進んだ。この城はまともに最上階まで上がれないのだろうか。それとも壺の体が引っかかるから移動手段が限られてしまうのだろうか。
どちらが理由にせよ、俺だけでない沢山の人命を預かる身だ。俺も、皆も死なないようにせねば。
俺は角がたくさん生えた人像の頭から、部屋にまで跳躍しずしんと音を立てて着地した。
俺は、巫子たちを床に一旦寝かせ、器用に足場を通ってくる生き小壺と巫子を手で迎えながら待つ。卑兵たちが攻撃してこなくて本当に良かった。
大きな生き壺が慣れた様子で、部屋の中に飛び込み、最後は壺巫女の番になった。高い足場から降りるのを、足がすくんで躊躇している。俺は、壺巫女に向かって両腕を伸ばし言う。
「壺巫女殿、背負っている巫子と一緒に、俺の手に飛び込め!」
「は、はい!」
視界不良はまずいからか、壺をいつの間にかしまって相貌が明らかになっている壺巫女は、眉を歪ませ不安を押し隠せない表情だ。俺は再度両腕を突き出す。覚悟を決め、壺巫女が飛んだ。俺は出来る限り跳躍し、壺で体を強打しないように柔らかく抱き上げる。大きな音を立てて着地し、壺巫女と背負う巫子に怪我がない事を確認する。
「戦士の壺様、私の不安を消してくださり、ありがとうございました。」
「壺巫女殿、俺は今までで一番、死ぬかと思ったぞ…。俺も、皆もよく渡ってきたな…。」
生き壺たちを見渡し、健闘を称える。彼らは巫子を下ろし、ぐったりとした様子で拳を掲げた。
落下による命の危機はもうたくさんだ。俺は、壺巫女や生き壺の状態を見てから、再度進むまでを決めた。一旦は休憩だ。
俺は皆が休憩している間、生き壺たちへ光の粒子で触れていった。生き壺は中に入った肉に宿った精神が元で動いていると、俺は推測していた。そのため、罪人と巫子が詰められた肉そのものというよりは、壺人という一つの生命であり、俺が光の力で癒したとしても、彼らの中から人が出てくるわけではないと考えた。
結論この推測はほぼ正しいと判断できる結果であった。俺が粒子を使った生き壺たちは、より元気を取り戻した。部屋の中で追いかけっこをしたり、外を見ながら足をぱたぱたと動かしたり、先程の疲れは無くなったようだ。
俺は壺巫女と軽く談笑し、生き壺たちもやる気を取り戻したところで出発する。おそらく、後もう少しの道のりだ。
部屋から出て、左の階段を上っていくと船のようなものが四隻置かれており、その全てから近づいても熱くない炎がたちあがっている。船というと、エルデンリングにおいては「ティビアの呼び船」だろう。死に生きる者たちの一人である。死と船は密接に関わっていることから、船を燃やすことで弔いとしているのだろうか。推測の域を出ないため、危険がないかだけを判断する。
前方に尖った兜の火の騎士が立っているのが見える。外では、俺の宣言が聞こえていない可能性もあるため、再び声を張り上げた。
最初は褪せた金色の波動のような祈祷を使って攻撃してきたが、俺の後ろに隠れた壺たちが露になると手を止め、奥へ歩いて行った。俺たちは外壁の隙間に落ちないよう注意しながら、沿って進み、再び城の中へと入った。
俺の丈ほどに大きく育った鹿の骨を横目にしながら、奥へ奥へ進んでいく。しばらくすると、突然城の中心にある、吊り下げられた獣の遺体が、がこんと音を立てて移動し始める。中心にある柱が上に伸び、保存された亡骸を置いた広い足場も向きを変え始めたのだ。
階段近くにいた尖った兜の火の騎士が、足場を指さす。直接的に火の騎士に道を示されるのは初めてだったが、また高所を渡らなければならないという事実に心は参った。
俺の体の幅よりも狭い道の前にたどり着く。本当に行かなければならないのか?
俺は後ろで待機している皆を、火の騎士や影の霊体を視界に入れる。火の騎士がこくりと頷いた。そうか。
「皆、覚悟を決めていくぞ!」
死地に向かう兵士のように、俺は生き壺たちを鼓舞する。生き壺たちは、俺の掛け声に合わせて、巫子を支えていない方の拳を振り上げる。ここが正念場だ。
俺は木製の段差を、なるべく足場から足を離さないように乗り越え、巨大な獣の亡骸の隙間をぎりぎり通り抜け、亡骸の固まった尾や背を道にして部屋に飛び移る。巫子たちを壺の中にいれることも考えたが、遺体ではない彼女らは俺の体に留まり続けるため、その分重くなる。いつも通りの動きができなくなる懸念は、拭い切れなかった。
部屋に入った瞬間俺は、出ない冷や汗が全身を覆っているような感覚に陥った。すぐさま皆を迎え入れる準備をする。そして先程よりも顔色が悪い壺巫女を抱き留め、不安がなくなるまで続けた。
粒子の出力を増やして生き壺たちを癒して回った後は、休憩を多めに取った。生き小壺の中には、恐れ知らずな個体もいる故か、散らばる紙をおもちゃにして遊んでいる者もいる。
だいぶ不安定な足場での綱渡りが嫌になったが、体の調子は一定まで回復したため皆と部屋を出る。
右の階段を上ると、熱くない炎を使った背の高い燭台が等間隔に並んでおり奥に大きな扉がある。その前には門番としてか、火の騎士が立っている。
俺は、その火の騎士から感じる威圧感に壺を震わせた。城の外で手合わせした火の騎士は強かった。目の前に立つ火の騎士は、更に強い。やはり、扉の奥にいるのはメスメルで間違いなさそうだ。
俺は名乗りを上げた。
「貴殿、俺は戦士の壺!この城にいた巫子と生き壺を連れ立ち、メスメル公への謁見を望みに来た!必ず実りある話をすることを誓おう!ここを通してくれるか!」
騎士然とした風貌の兜を付けた騎士は、今までの火の騎士とは違い、巫子たちをその場に下ろすよう指示してきた。なるほど、そうか。力を認めた者に、謁見を許す。これは試練だ。俺は隣にいる壺巫女に小さく言葉をかける。
「壺巫女殿、見守っていてくれ。俺が受ける試練を。」
「はい。ここで見て、お待ちしております。」
壺巫女はそう言うと、その場に座り込み両手を組んで祈り始めた。
これまで出会った相手の誰よりも強い、目の前の騎士に向かって、俺は拳を掲げる。
「俺は、戦士の壺!皆の思いを、メスメル公に届ける…!騎士殿、いざ尋常に勝負!」