先ほど、メスメルとの問答を行った際に、隠された地に行くには裏門からの隠し通路から入ることになると理解した。そのルートについても、中心にある柱を使って梁の上へと向かい、そこから見える部屋を出た先にあるとおしえてくれた。
俺は再び門番をしているクードに壺を下げ、目の前に見える部屋の入口へと向かう。
メスメルに貰ったこの紐は、どのように伸びるかをまず試してみる。俺は白い紐を、俺の手に括り付けるようにして持ち、柱に向かって振る。すると、紐が俺を飲み込めるほど巨大な蛇の似姿へと変化し、柱に嚙みついた。しばらくすると、蛇の体長が縮まっていき、俺も体が引っ張られる。
「なるほど、食らいついたら離さない。素晴らしいものを頂いたな…!」
「ああ…。戦士の壺様、お待ちを…!」
中心の柱に向かって振ったので、部屋にまだいる壺巫女たちからどんどん離れていく。俺が突き出した足場に岩の足を付けてから少しして、白蛇は雲散した。上っている途中で蛇が消えることは無さそうだ。
しかし、如何に食いつきが良く、丈夫だったとしても気は抜けない。一人一人運ぶのが手一杯だろう。俺は蛇綱を振り、元の場所に戻った。
俺は、壺巫女に対して小目標を話す。
「壺巫女殿!少し時間はかかるが、一人一人運んでいく。順番待ちの同胞や巫子たちの相手をしていてくれるか?」
「承知いたしました。順番はどうされるおつもりですか?」
「まずは、大きい生き壺だ。もし予期せぬことがあっても、生き小壺や巫子たちを護衛できる。…同胞よ、やってくれるな。」
俺は壺巫女に返答しながら、大きい生き壺に聞く。腕を組んでいた生き壺は、体を使って頷いた。何とも頼もしい壺だ。
彼を一番先にするのは、蛇綱の耐久性を確認するためでもある。俺と同じ大きさの生き壺と一緒に、梁の上へ行くことができれば、他の面々を運ぶときに千切れることはないだろう。無論、毎回の運搬で蛇綱の損傷があるかの確認は忘れない。
「では、壺巫女殿。下の皆のことはよろしく頼んだぞ!」
「はい。しっかり見守らせていただきますね。」
俺は壺巫女に向かって頷くと、生き壺のごつごつした手を握った。この岩の腕も頑丈だ。自分の重みで崩れることはないだろう。
蛇綱を使って柱の中心まで再度来た俺は、上を見渡す。標本にされているものが視界を塞ぐが、上の方に部屋があるのは分かる。まずは、柱に突き出た足場を進もう。俺は上に向かって蛇綱を振った。
横移動とは違い、ぐんと体が上に向かうことで浮遊感に満たされ、不思議な気分になる。俺の腕を両手で掴んでいる生き壺も同じように感じているようで、体をそわそわさせている。地に足がついていないと不安になる気持ちがよくわかる。
足場を上り終え、先端からなら丁度届きそうな部分に梁がある。俺は生き壺に対し、絶対手を離さないように言い、蛇綱を飛ばす。狙うのは少し幅が広がった柱だ。蛇綱は噛みつく際、頭部を更に大きくしそれに噛みついた。この蛇は意思を持っているかのように、柔軟に対応を変えてくれる。斜め移動であるので、俺が梁にぶつからないようすさまじいスピードで縮んだ。俺が着地し、遅れて生き壺も足を着ける。梁を渡っていけばもうすぐだ。
道中で、眠っていた蝙蝠がこちらに気づき飛んでくる。こちらの様子を見て攻撃をやめるつもりはなく、寧ろ下に突き落としてやろうという野生の狡猾さが表れていた。
蛇綱は柱を掴むことができる。ならば、生き物に向けて放ったらどうなるのだろうか。俺は、生き壺に少しばかり梁を掴むように言い、俺も空いた手で梁を掴んだ。
「これはどうだ!」
蛇綱を蝙蝠の翼に向けて飛ばす。すると出現した蛇は蝙蝠に噛みついた。その一撃で、蝙蝠は柔らかい翼が千切られ、高い鳴き声を上げながら自由落下していく。蛇綱は俺を引っ張ることをせず、元の紐へと戻った。移動手段だけでなく、飛び道具としても使える威力だということを理解できる。
とんでもなく便利なものを渡してくれたと、俺は改めてメスメルに感謝した。
梁の上を渡り、部屋まで生き壺と共にたどり着くと、小休憩してから気合いを入れ直す。後は抱きかかえるだけなので少し楽ではあるが、これから梁渡りを往復十七回だ。肉体は問題なく動くが、精神的な疲れはある。判断ミスは厳禁だ。
俺は、蛇綱を掲げると生き壺に話しかける。
「同胞よ。これから連れてくる家族のことを頼むぞ。」
生き壺は右拳を俺に見せ、答える。俺は、彼の頼もしさで胸をあつくしながら、壺巫女たちの元へ向かった。
降りてくると、部屋の入口にクードが寄りかかっていた。クードを見る俺に、壺巫女が話してくれた。
「この騎士様は、戦士の壺様が上に行かれてから少しして、来て下さったのです。何でも、暗室とここは近いから問題ないそうで。」
「クード殿…!ありがたい!メスメル公の騎士は何と、誉れ高いことか…!」
俺が両手を壺の前で組んで感謝を伝えると、クードは首を振りながら視線をずらした。
心配で見に来てくれたのだろうか。この火の騎士がいれば安全だ。俺は再度感謝を伝えると、生き小壺の一体を抱えて跳んだ。
一回一回丁寧に順序を踏み、生き小壺や巫子たちを運んでいく。まずは生き小壺だ。生身の巫子たちと違って、抱えるだけで良いし、多少荒くても首が存在しないので体にダメージを受けにくい。
俺が抱きかかえると、生き小壺は大人しくはしていたが、部屋に下ろしたとき明らかに気分が良くなっていた。個体によっては、もう一度やりたいとばかりに腕にくっついてきたり、そもそも俺の腕から離れない者もいた。生き壺と協力して引きはがすのに手間取りはしたが、一旦離されたら他の生き小壺と遊び始めたので支障はなかった。
生き小壺を運んでいたら、少しずつ巫子たちが目を覚まし始めた。その目覚めは俺が治療した順番に近く、壺巫女が起きた者に拾い集めていた肉などを食べさせていた。物は食べさせるべきだと思うが、やはりお腹を壊したりはしないのだろうか。早々に火を通したものを食べさせたいと思う瞬間であった。
巫子たちは、皆一様に俺の金色を神格化していた。
「神よ…。壺の身でありながら、貴方は空も駆けるのですね。」
「俺は戦士の壺だ。これはメスメル公から貰った綱のおかげで、飛んでいるわけではない。」
ある者は、俺に翼が生えていると勘違いし。
「ああ、神様。貴方の抱擁は、とても温かい…。」
「次が待っているからな。俺は戦士の壺だ。…同胞よ、彼女を頼む。」
ある者は、俺の体にくっついたまま動かないことがあった。次の巫子を運ぶからと言っても離れない辺り、生き小壺よりも聞き分けが悪い。毎回一人一人に、戦士の壺だと訂正するのも疲れた。起きたばかりで、意識がはっきりしていないからだと信じたい。
目覚めた者から運んでいき、最後に壺巫女が残った。俺は、運んでいる間ずっと皆を見ていてくれたクードに壺を下げる。
「貴殿のおかげで、安心して皆を上へ送り届けられた。この恩は忘れない。必ず貴殿の力になる。」
「ありがとうございました、騎士様。」
クードは、壺巫女に対し一礼すると扉の前へ戻っていった。俺はその後ろ姿を見届けると、壺巫女を岩の腕で手繰り寄せた。そして蛇綱を掲げ、跳んだ。
壺巫女を下ろし、皆が揃っているか確認する。往復十七回の梁渡りを終えて、メスメルから貰ったこの力の基本的な部分は、使いこなせるようになったように思う。道中で違う場所から飛んできた蝙蝠についても、うまく対処できたため、移動と攻撃の具合は感覚で覚えられた。
俺は生き壺に感謝してから、皆に言う。
「同胞よ、巫子らよ!これから貴殿らの故郷、巫子の村に出発する。準備は良いか!」
生き壺たちは拳を上げ、巫子たちは手を組む。結局のところ、影の地の生き壺は巫子が入っている。ならば、記憶を失い別の生命になっても、巫子の村は故郷なのだ。俺の中にいる巫子もこれを望んでいたはずだ。
俺は壺巫女に向き直り言う。
「ようやく、壺巫女殿の目的が達せられそうだ。」
「はい…こんなにも早く。貴方様のお力あってこそです。ありがとうございます。」
「壺巫女殿の思いあってこそだ。だがまだ、たどり着いていないのだ。気を抜かないで行こう。」
「ええ。承知しております。」
俺は再び皆に向かって拳を振り上げると、部屋の外に出て皆に分担を説明した。
「巫子たちが起きた。ならば、生き小壺一体とペアになってもらう。巫子とペアにならなかった者は、この同胞に付いてもらおう。」
「かしこまりました、壺様。」
巫子の一人が返答する。俺が訂正したことはしっかり聞き入れてくれたようだ。生き小壺が小さな足で巫子の足元に行く。一人は余ったというよりも進んで生き壺の横に行った。
俺は吹き抜けの小さな昇降機を見る。ぎりぎり一ペアずつ入れるので、順に並んで行くように伝える。生き小壺と巫子はすぐに打ち解けたようで、手を繋いでいる者も見受けられる。
壺巫女を含めた八つのペアが降り、残るは俺と大きい生き壺、生き小壺になった。俺たちは明らかに乗れない大きさであるため、生き小壺のみを昇降機で行かせ、俺と生き壺は手を組み、蛇綱を使って下へとゆっくり移動していく。
無事下り終えた俺たちは、先に待っていた皆と合流し、少し大きめの昇降機にすし詰め状態で乗り、二往復させた。
裏門に辿り着いた俺たちは、目の前に広がる出口とは別のところに、「隠された地」への入口があると知らされていた。右の大きな部屋に列になって移動し、首のない女性の像を見上げる。
それは、王都ローデイルにあった大きなマリカ像に似て、腕の角度が違っていた。そして、その腕の角度はボニ村の外れで見た木製の像に酷似していた。
壺巫女が一歩出て、像の前に膝をつき、両掌を天井に向けた。これは、メスメルが母を思う姿であっただろうか。
慈悲を。攫われた巫子たちに。
壺巫女が取った特定の姿勢により、首のない像は右に逸れ、隠された地への道が開いた。
階段を下り、外に出ると美しい情景が広がっていた。色鮮やかな花が一面に広がっている。この地こそ、この世の楽園だ。
壺巫女と、その「妹」である巫子が俺に指し示す。
「壺様、あの道の向こうに…。」
「私たちの故郷が見えます。」