俺は二人の言葉を聞き、あの丘の上に彼女らの村があることを理解する。そして、隠された地からはヨラーンが同行したいとユミル卿が言っていたため、鉤呼びの指薬を保管していた壺巫女から受け取り、岩の指に取る。
橙色の粉を散布すると、俺が立っている場所の近くに、金色のサインが表れた。影の城を通らないルートがあるのだろうか。ユミル卿の底知れなさを感じる。
俺はそのサインに触れ、ヨラーンを呼び出す。サインに触れてしばらくすると、金色に染まったヨラーンの霊体が姿を見せた。
「さっきぶりだな、ヨラーン殿。ここは良い景色だと思わないか?」
俺はヨラーンに対し、問いかける。ヨラーンは俺のことを一瞥し、ふいと顔を背ける。
すると、その背けた先に壺巫女が回り込み、ヨラーンに話しかける。
「ヨラーン様にも、見て頂きたかったのです。この景色、そして私の家族たちを。」
『…ユミル卿の意だ。今回は貴様らに協力する。』
俺や壺巫女の周りに集まった彼女らをじっと見て、また別の方向を見るヨラーン。その誰にも向けない視線からは、哀しみを仄かに感じた。
隠された地を進むためのメンバーは揃った。ヨラーンには満足に戦えない巫子や生き小壺を優先して守ってもらうことを話し、俺を先頭にして列を組んだ。
しばらく進んでいると、全身と搭乗する馬を黄金の鎧で固めた騎士たちが、巡回しているのが見える。騎士は二人おり、それぞれ得物が違うが、俺には同じものに仕える騎士に見えた。あれはリムグレイブやローデイルで何度も見た、ツリーガードだ。
しかしここには黄金樹はない。ならば、受けた命令を守り続けているのだろう。入口さえ閉じられたこの地で、ただひたすらに。俺は、彼らを見た瞬間に剣を向けようとするヨラーンを手で制し、ツリーガードに呼びかける。
「貴殿ら、誇り高き黄金樹の守り人よ!俺は戦士の壺!メスメル公の許しを得て、この地までやってきた!彼女ら、治療した巫子たちを村まで送り届けたい。助力をお願いできないか!」
俺は、少し離れたところから声を張り上げる。ツリーガードの機動力は、モニター越しではあったが理解している。実際に視界に入れて、彼らの強大さがひしひしと伝わってくるのだ。この二人を敵に回すのはまずい。あっという間に皆が割れ壺にされてしまう。
しかし、俺の懸念は杞憂に終わったらしい。ツリーガードは俺たちをじっくりと確認すると、黄金のハルバードで丘の方を指した。行って良しとのことらしい。
「良かった。彼らもまた守る者。分かってくれたようだ。」
『メスメル公だと…?貴様ら、あの君主に許可を取ったというのか…。』
「ヨラーン様、私が説明しますね。」
ヨラーンの小さな呟きにも反応し、壺巫女は彼女の横で今まであったことを話しだす。ヨラーンは鬱陶しがっているそぶりを見せるが、それも満更ではないように見える。
俺たちは話しながら丘を登り、そしてそこに天国を見た。
無い目を見張る光景だ。無人であるのに、様々な色の花が自生しており、養分を取り合っていないように見える。草花が互いに寄り添い合い、完璧な調和を作り上げている。この地が楽園ならば、この村は天国だ。
壺巫女とその妹は、俺の前をゆっくり歩いていき、誰一人村にいないことに気づく。
「ああ、やはり…皆連れ去られてしまったのですね。」
「姉さま、問題ありませんよ…。」
二人は俺たちに聞こえないほど小さく呟くと、俺を揃って見る。そして、俺たちを手招いた。
「皆、こちらに来て。村の中でお話ししましょう?」
生き小壺たちは両手を高く上げて、花畑を走り回る。巫子たちは、この幻想的な光景を受け止めきれないようだ。ただ、両手を組んで美しい光景を眺めながら歩いている。大きな生き壺も、生き小壺の面倒を見るために先に行くと、村の入口には俺とヨラーンだけになった。
俺は、剣を離さないヨラーンに話しかける。
「想像以上の美しさだな…。ヨラーン殿はどうだ?」
『…私の美も星も、全てユミル卿にある。』
「貴殿も、ここに遊びに来てほしいのだ。気に入ってくれたら、それだけで嬉しいのだが。」
ユミル卿は世界を知ってほしいと言っていた。ならば、ヨラーンには一歩ずつ知ってもらいたい。まずは俺たちとの繋がりを持つことで少しずつ心を成長させる。そしていずれ、ヨラーンは自分の考えを持って、ユミル卿の傍にいることができる。
俺のその言葉に、ぴくりと首を動かし、しばらくしてからヨラーンは言った。絞り出すような声だった。
『美しい、と思う。夜の星空とは、違った美しさだ。』
「それは良かった。次来るときは生身だな。メスメル公に許しを得て、貴殿も通れるようにしておかなければ。」
ヨラーンは剣をしまった。ここは安全だと考えてくれたのだろうか。
俺はヨラーンとともに、こちらに手を振る壺巫女の元に向かった。
生き小壺たちは、大きい生き壺にお願いし、集まった俺たちは今後の目標を話す。やはり第一は、牢獄にいる巫子と同胞の救助だろう。次に俺の修行。メスメル公による火脂の製法書や蛇綱によって力は得られそうだが、地力を鍛えなければ、皆を守ることは出来ない。影の地にいる強者に手合わせを願い、高みを目指すべきだ。
そして最後に、褪せ人の存在だ。俺がゲーム上で操作していたプレイヤーに当たる彼、あるいは彼女。今のところ、メスメルとは戦っていないようだが、間違いなく来ると俺は踏んでいる。
褪せ人が、影の地を見逃すはずがない。それぞれが信じる使命のために、飽くなき未知への好奇心を持って旅をしているからだ。プレイヤーのような褪せ人自体が存在しない可能性もあるだろうが。
この話をしたら、皆一様に首を傾げた。
「狭間の地の英雄?戦士の壺様、それはお知り合いなのですか。」
「いや伝聞で聞いただけだ。俺は、戦士の壺だろう。だから色々と知っているのだ、強き者の話を。」
『ふん。そんな奴が来ようが、私はどうでもいいが…ユミル卿に手出しするなら切る。』
「待った!その英雄が来たら、俺が説得する。一旦矛を収めて見ていてくれ。」
苦しい言い訳で、壺巫女以外の頭がまた傾げられる。焦っていると、ヨラーンの殺気だった言葉を吐いたため俺は更に慌てる。褪せ人は道を塞ぐものが現れたら、殺されても必ず立ち上がり、絶対に敵を殺す。
狭間の地にいるデミゴッドは皆倒せることから分かる。敵対すればヨラーンはやられる。
俺の言葉に、殺気をかき消しまた鼻を鳴らすヨラーン。俺は巫子たちに続けた。
「かの御仁は、どういう人物かまだ分からないのだ。もし貴殿らに刃を向ける人間だったら…それを回避してみせる。巫子殿らも、協力してほしい。」
「もちろんでございます、壺のお方。」
「非力ではございますが私、術には少し覚えがございます。身は守ってみせます。勿論、壺様にも利があるように。」
巫子たちは口々に言う。危なかったら、家屋の下にでも隠れてもらおう。感知できない場所には攻撃はしないはずだ。
壺巫女は、今までの話をまとめる。
「戦士の壺様。これからは、巫子の村に家族を連れてくること。貴方様の鍛錬。最後に、褪せ人様の動向を探る。これでよろしいでしょうか。」
「ああ。後は…俺がまだ知らない秘儀を探しに行こうと思う。救助と鍛錬の旅の間に、見つかるかもしれない。皆が傷つかなくても良くなる、そんな技が。」
「戦士の壺様…。」
壺巫女はぎゅっと両手を組み合わせる。しばらくして目を開くと、彼女の妹と巫子たちに向けて言った。
「私は引き続き、戦士の壺様にお供いたします。またすぐに戻ってきますから、身を守る術をもって生きてください。」
考えてはいたが、壺巫女は俺と行くことを選択したようだ。巫子たちも想定していたようで、こちらの安全を祈り始める。
壺巫女の妹が、壺巫女に話しかける。また小さく、囁きかけるように。俺の聴覚で判断することは出来なかった。
「姉さま、気を付けて。必ず…」
「ええ、勿論。」
俺たちはこの美しい花畑を見て、しばらく休憩してから再び出立することにした。不安が残るが、生き小壺と大きな生き壺が揃ってこちらに合図してくる。彼らが巫子たちを守ってくれるようだ。
俺は村の入口にて、同胞に大きく手を振った。巫子たちを頼むと言い、坂を下りていく。
俺は保険をかけるため、丘を見上げるツリーガードたちに手を合わせた。彼らに巫子たちを守ってほしいと願ったのだ。その答えは了承であった。ツリーガードの一人が村の入口を守り、もう一人が坂の前を巡回してくれるようになった。
確かにここには、神マリカの愛がある。俺はツリーガードと生き壺たちの守りに安心し、前を見た。
この地を離れる前に、やるべきことがもう一つある。神秘の遺跡で吊り鐘を吹くのだ。
俺は、ヨラーンと壺巫女とともに橋の向こうへと進んだ。
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壺巫女の耳に、その妹が囁いた。
「必ず、神様を連れて帰ってきて。私たちの希望を。」
壺巫女は深く頷いた。彼とともに家族を甥を、彼の手が届く全ての人を救うのだ。壺巫女は使命に蕩けていた。