遠くからでも見える、巨大な炎に俺はどうしようか考える。ユミル卿の大教会側から蛇綱を使うことも考えたが、岩壁があまりに急で、蛇が噛みつける部分がない。
ルートを考え、結局炎の兵器が知覚できないほど離れた場所から進むことにした。火球を飛ばしてきたとしても、木に向かって蛇綱を飛ばして緊急回避を行えば良いはずだ。
俺は壺巫女を抱えると、端をそろりと歩くことに尽力した。
しばらく観察していたら、炎の兵器は同じルートを回り続けていることが分かり、視認されないタイミングで移動を繰り返し、無事森の中に入ることができた。俺たちは二人して安堵する。
「これで、一旦危機は去ったな…。」
「ええ、後は牢獄へ向かうだけです。」
それから俺たちは、炭化した建物しか残らないボニ村を通過し、橋を渡ってボニの牢獄までやってきた。最初にこの場所から出たときは少なからず開放感を覚えたが、今再び潜ることになって思いは違っていた。一人でも、一体でも多く助ける。冷たい牢獄から皆を連れ出したいという思いに。
牢獄の入口をくぐり進むと、俺たちが使った道は静寂に満たされていた。助けられず俺の中に収めた巫子以外、入口付近には誰もいなかったため、変化していないということだ。
俺は、吊り下げられた壺を見ながら、そういえばと思い返す。この牢獄はしっかりとした道になっていない部分が多かった。ならば建物としては作られていても、地続きでない部屋があるのではないか、と思い立ったのだ。俺は上や下をくまなく観察しながら、下り坂を進んでいく。
「…壺巫女殿!下にでっぱりが見えるぞ。」
牢獄の鍾乳洞群が光源を反射しているからか、俺は明らかに地続きでない部屋を発見した。どうそこへ降りればいいか考えていると、その部屋の丁度上に大きな壺が吊り下げられている。あれを使うべきか。
「あそこにも人が隠されているかもしれない。壺巫女殿、俺と足場にしっかり掴まっていてくれ。」
「承知いたしました。鎖が脆い可能性もあります、お気をつけて。」
「ああ、対処は誤らないようにする。」
俺は壺に飛び移った。そして、二個目の壺に乗って蛇綱で安全に降りようとする。すると突然壺が動き始めた。鎖が千切れたかと思い壺から離れようとしたが、どうやら違うようだ。
「昇降機だと…?」
鎖はゆっくりと壺を下ろし、ある一定のところで止まった。部屋の前の足場には、壺の蓋と同じデザインをした光るスイッチが埋め込まれている。踏むことで壺を動かすことができるようだ。
俺はふと気になり、壺の蓋を外して確認する。そこには遺体が隙間なく詰められていた。
「なるほど…どこまでも辱めたいというわけか。」
巫子が入っているならば、植え継がれた女性が一人詰められているはずだ。ということは、これは純粋なる「罪人」への懲罰であるのだろう。俺は少し気分が悪くなり、蓋を閉める。罪人側と角人側、どちら側の記憶も俺の中にあるが、これはやりすぎだ。吊り下がった壺も、いずれは外へ出し弔わなくてはならないと新たに決意した。
壺巫女は足場に乗り移っていたため、見えていないのがまだ良かった。黙りこくった俺を見て疑問を口にする。
「戦士の壺様、どうかなさいましたか?」
「…早く、この場所から皆を連れ出さねば。そう思っただけだ、気を遣わせてしまったな。」
「ご無理はなさらないでくださいね。」
俺は体の縁を押さえながら返答する。
部屋に入ると、壺の隙間から影の霊体が俺に跳びかかってきた。俺はそれを体で受け止めると、粒子を使って影の霊体に触れる。牢獄でうずくまる姿は見かけたが、こうも正気を失った者は初めて遭遇した。
影の霊体は粒子に包まれると、俺の体から一歩ずつ離れていき、両手を組みながら消滅した。彼は霊体になってもずっと、この壺に囲まれた場所で孤独に過ごしていたのだろうか。彼の落ち窪んだ眼窩からは、透明な粒子がこぼれていた。
「ああ、この方も苦しんでらっしゃったのですね。どうか安らかに…。」
「御仁の記憶は詰められなかったが…俺は覚えておこう。ゆっくり休んでくれ。」
壺巫女は、影の霊体が消滅した場所に向かって祈る。俺もしばらく黙祷し、落ちていたヒビ大壺を拾ってから上に戻る。ここは地獄だ。ならば、霊体になっても苦しむ人たちに触れることも行っていくべきだろう。俺たちは歩を進めた。
坂を下りたところで錆びた鉄柵があったため、思い切り殴りつけ破壊すると、先へ進む。牢獄の扉を保存していたところで、誰も得はしない。
入った部屋には、遺体を棄てるために作られた木製のダストシュートがあった。その前で佇む二人の影の霊体がいたため、粒子を纏った手で触れていく。やはり俺が触れたことによって、最後に正気を取り戻し消えていった。
下水の流れる場所に降り立つと、見覚えのある地形であった。脱出する際に使った道だ。つまり下に降りれば、遺体の山の中に生き壺たちがいる。
「壺巫女殿、まずは同胞に帰還を伝えることにする。その後、協力してくれそうな同胞を連れて、奥へ向かおう。」
「はい。…あの心優しい、壺の方々をようやく助けられるのですね。」
俺は頷くと、汚水の通る道を下っていく。そして、俺の体がぎりぎり通れる穴が目の前に現れる。大きい生き壺を上げる際に邪魔になるため、これも俺は殴りつけ穴を広げる。
壺巫女をしっかり固定しながら、遺体で埋め尽くされた足場に降り立ち宣言する。
「同胞よ!俺は、帰ってきた!貴殿らと共に、故郷へ帰るために!」
俺の張り上げた声を聞いて、生き小壺が反応しこちらに向かってくる。中には壺の前面を押さえ、信じられないとジェスチャーをする生き小壺もいた。俺は拳を振り上げる。
「貴殿らの協力のおかげで、村まで辿り着くことができた!今こそ俺から、貴殿らに恩を返そう!」
遅れて大きい生き壺が二体やってくる。彼らは壺に手をやって、少し体に角度を付けている。俺がどうやって皆を連れて上に戻るか、疑問を持っているようだ。俺は蛇綱を掲げ、宙に打ち出した。巨大な白蛇が長く伸びて、牢獄の壁に食いつく。
その様子を見て、生き小壺たちは俺にくっついてきたり、俺の手に興味を持ったり、自分たちが出られることに喜んだりしていた。大きい生き壺の二人は、壺を揺らして納得してくれている。
俺は生き壺たちに皆を集めてもらうように言った。すると大きい生き壺が、掌を前に出し、しばし待てとジェスチャーする。俺は頷くと、皆が揃うまで、俺たちに群がってくる生き小壺たちの相手をすることにした。
「ふふ、本当に愛らしいですね。記憶を失っても、壺の方々には家族が詰まっていて…。再び生を受けてくれて、ありがとう…。」
壺巫女は、膝の上に乗ってくる生き小壺を撫でながら、呟くように話しかけている。俺にとっての同胞は、壺巫女にとっての家族だ。形が変わっても、その愛は変わらない。この悍ましくも悲しい遺体の山で、生き小壺の相手をする壺巫女は、倒錯的な美しさを感じさせた。
俺はその光景を眺めながら、生き小壺を持ち上げて遊んであげたり、生き小壺の壺の側面を柔らかく撫でたりして時間を過ごした。
しばらくして、大きな生き壺が同胞たちを連れて戻ってきた。数えれば、生き小壺が八体、大きい生き壺が三体だ。脱出のときには見かけなかった大きい生き壺は、どうやら眠っていたらしく、生き壺と生き小壺たちで起こしたようだ。顔がないのに、ジェスチャーで眠い自分を表現している。
俺は改めて、生き壺たちに小目標を話した。
「同胞たちよ、俺たちを助けてくれて感謝する。最終的には皆で外へ出るつもりなのだが、まだここでやることがあってな。こちらの壺巫女殿のような…壺の中身にされた巫子を助けに行きたいのだ。無理は言わないが、俺たちと共に奥へ進んでくれる同胞はいるか。」
俺がゆっくり問いかけると、生き小壺の内三体がぴょんと飛び跳ねながら手を上げ、大きい生き壺が一人拳を見せた。他の生き壺たちは、腕を組んで微動だにしなかったり、自由に遊んでいたりするため、ここで待機するようだ。
俺は再びの協力に感謝すると、彼らを連れて空いた穴に向かおうとする。ふと俺は上を眺めた。強く刺すような感覚を味わったからだ。その感覚の先を見ると、光に照らされた肉塊の巫子が立っていた。俺の声に反応したのか、じっとこちらの方を向いている。
「あれは…戦士の壺様、お願いいたします。こちらへ連れてきてくださいませ。」
「もちろんだ。」
俺は突き出した柱に蛇綱を伸ばし、岩壁に開けられた穴に向かって跳ぶ。着地すると、俺に向かって肉塊の巫子は肉片を飛ばしてくる。俺はそれを払いのけると、片腕で彼女をしっかりと抱き上げ、下に降りる。
治療は、俺の粒子と壺巫女の励ましの両方が必要不可欠だ。壺巫女の「姉」は、生きることに疲れてしまっていた。だから、助からなかったのだ。
必ず生きてもらう。そしてその先にある未来を、家族と共に見てもらいたいのだ。
俺は下で待機していた壺巫女に駆け寄り、早速粒子を腕に込める。
「私たちが迎えに来ましたよ…。一緒に帰りましょう?」
叫び声をあげて暴れていた巫子は、その勢いを無くしてだらりとし、俺に身を任せた。
どろどろに溶けていく肉片を、片方の手で壺の中にしまっていく。俺の頭の中で、罪人の怨念が歓喜する声が聞こえる。
肉片が完全に溶け、巫子の肢体が露になる。彼女の息は安定しているため、治療は成功したようだ。
生き小壺たちが嬉しそうに飛び跳ねるのを眺めながら、俺は壺巫女に言う。
「上にまだ苦しんでいる人がいるかもしれない。壺巫女殿、同胞たち、少し待っていてくれ。」
「ええ…お待ちしております。」
壺巫女と生き壺たちのエールを背に、もう一度岩壁の向こうに行く。進むと、動物の革のようなもので簀巻きにされた遺体があり、その近くで影の霊体が二人へたりこみ、泣き声を上げている。
俺は真っ先に彼らを癒す。簀巻きになった遺体の傍に、夜の剣士が着ていた鎧が一式落ちているのを確認した。おそらく女性であろうその遺体に、次来るときは必ず牢獄から出すと独り言ち、鎧を抱え壺巫女たちのもとに戻った。
俺は、治療した巫子と鎧一式を、待機する生き壺たちに託し、穴を通った。俺が影の地に降り立った部屋を通り、階段を下りていく。崖の近くには、影の霊体が呆然と佇んでいたり、呻き声を上げていたりする。
粒子を纏って彼らに触れると、俺の壺の蓋にその魂の欠片がすっと入っていく。それにより俺は理解した。
彼らは壺に詰められてなお、霊体として出現してしまい、詰められる恐怖を永劫に感じていたようだ。彼らを牢獄に残してはならない。そう強く思った。
岩の腕を広げないようにして、狭い入口を通り、鉄柵がかかった入口は破壊して進む。すると行き止まりに来て、先ほど見た壺の昇降機がつり下がっている。真上を視界に入れると、俺が蛇綱で上った空間であるようだ。俺がまず昇降機に乗り、次に生き小壺たち、壺巫女、大きな生き壺の順に降りた。
その後、巫子が二人壺から飛び出してきたり、通路横の部屋から巫子が手を突き出しながら出てきたりした。俺はそれらに落ち着いて対処し、光の力を使っていった。徘徊する影の霊体にも漏れなく使っていく。
治療できた三人の巫子を生き壺たちに運んでもらい、牢獄の最奥部にやってきた。
俺は感づいていた。ここがダンジョンであるならば、最奥部には特別な敵が待ち構えている。円状に広がっており明らかに広い空間。俺は壺巫女たちを制止し、言う。
「おそらくこの空間は、牢獄において最も危険な場所だ。ここで待っていてくれるか。同胞よ、皆を守っていてくれ。」
「承知いたしました。…ご武運を。」
俺は両拳を構えて中へ入る。人であれば、話し合いでどうにかなるかもしれない。粒子を拳に多く纏い、ここの主を探した。
突然、黒い霧が辺りを包む。完全に視界が黒に染まる前に見えた。仮面を付けた人間だ。刃を俺に当ててくるその人影の腕を何とか掴み、話しかける。
「貴殿、俺の言葉が分かるならば聞いてくれ。貴殿もともに牢獄を出るのだ!」
俺の粒子が効いたのか、黒い霧が次第に晴れていく。目の前の仮面を付けた剣士には、理性が戻っている。しかし、刃はそのまま俺にぶつけられた。
「貴殿…。」
俺は手を離した。剣士から深い絶望を感じるのだ。それは理性が戻ったからといって、取り除けるものではなかった。俺から距離を取り、剣士は俺に構えるように促す。彼は死にたがっていた。
交渉など意味を為さない。俺は拳を再び構え、走った。
剣士が舞うような蹴りを放つ。俺はそれを拳で相殺すると、右腕を薙いだ。剣士はバク転しながら、円刃で切り付けてくる。俺は岩の両手を組むことで簡易的な盾にすると、それで攻撃を受け、剣士を殴りつけた。ボロ布の衣類であるためか、俺の攻撃は重かったようで、剣士は体を岩壁に叩きつけられた。
剣士はすぐさま距離を取り、口から黒い霧を吐き出した。俺は金色を全身に纏うことで、光源を確保し見えなくなる前にラリアットをかました。
ぜいぜいと息を荒げ、剣士はぐっと力を込めると大きく跳躍した。二つの円刃が俺に突き刺さるが、それを体で受け、そのがら空きの体に両拳を叩きつけた。それが決定的なダメージになったようで、剣士は円刃を地面に落とすと崩れるように倒れる。
俺はその様子に、傷の治療をしようと駆け寄ったが手で制される。そして、剣士はその懐から灰色の何かを取り出すと、俺に手渡した。これは、遺灰だ。
剣士はそのまま、動かなくなった。
「…貴殿も、共に行こう。」
例え命尽きようと、ここで一人残すわけにはいかない。俺は剣士の体を抱きかかえ、体の中に入れる。
幽閉の中で同じ境遇にあった呪剣士の片割れ。彼女が死したとき、彼の心は闇に染まり、長い時の中で正気さえも失った。この苦しみは、今この瞬間から俺と共にある。
俺は呪剣士ラビリスから受け取った遺灰を握り締め、壺巫女たちの元に戻った。
生き小壺八体、大きい生き壺三体、巫子四人。多くの同胞と巫子を牢獄から出し、目的は達成された。
しかし愛する者を亡くし、生きることに絶望した呪剣士は、救われなかった。深い絶望から救い出すには、どうすればいい?喜びを全身で表現する生き壺たちに心を温めながら、俺はずっとそれを考えていた。