俺たちはある程度道を戻ると、大きな木を基点に左方向へ進んだ。墓地平原は、空の色もあってかどこか褪せた印象を受けるが、それでもその広大さと景観の美しさは、言葉では言い表せないほどだ。俺は半透明の墓標に触れられるのか試したり、景色を楽しんだりしながら歩き、鉄柵や鉄籠が大量に置かれている牢獄前までやってきた。
「影の城からだいぶ遠くなったな…。救助が終わったら、一旦中継地点を挟んで戻るとしようか。」
「ふふ。それをお話しされるのは、少し早いですよ。」
確かに、生き壺と巫子を助けてから考えるべきではある。俺はうっすらルート構築を考えながら、壺の蓋を触って壺巫女に謝ると、牢獄の中へと入っていった。
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影の地。隠者川と呼称されている川の、すぐ近くの滝で男が瞼を閉じ、静かに耐えている。男は落葉派と呼ばれる求道者であり、落葉のダンと呼ばれている。ダンは、自身に近づいてくる人影があるのを感じた。滝行中であり、相当な理由があっても中断することはない。しかし肌で感じる神気は尋常ではなかった。男が薄目を開けると、そこには自身の信奉する神人がいた。神人ミケラである。
ダンはすぐさま滝から上がり、ミケラの前で粗相がないよう、すぐさま自身の正装を着る。
その上で視線を合わせることなくミケラの前で跪き、彼の命に耳を澄ませる。
試して。動き回る壺が、私の旅路を阻むのかを。
ミケラは、その幼い手でダンに示した。指の先には、墓地平原、その奥にある牢獄があった。
ダンはより深く跪き、ミケラがその場を去ったことを感じると、すくりと立った。男は思っていた。ミケラ様の障害になり得るものは、早々に消す。
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街ベルラートに近いこの牢獄は、ボニの牢獄以上に広いように感じられる。それ故に多くの罪人や巫子がここに入れられているのだろうと推測できた。助けられる数は多い方が良いが、それでも痛ましい神事が、数えきれない回数行われていることも想像できてしまう。
心あらずな状態であったからか、横の部屋から飛び出してきた影の霊体に一撃をもらう。俺はボニの牢獄と同じように、粒子を纏った手で霊体に触った。すると霊体は呻き声を上げ始め、そのまま消滅する。俺が困惑していると、壺巫女が横から言う。
「彼は…おそらく狂気に身を任せてしまったのではないでしょうか。それか、ここを守るという使命に燃えていたとか。」
「確かに、苦しんでいるわけではなさそうだったな。うーむ…。」
影の霊体であると、俺の中に記憶が入り込むことが少ないため、どういった背景の者なのか分からないのが難点だ。しかし、彼らが望んで霊体として出現しているわけではないのは、理解している。また横からの攻撃は危険性が高まるため、放置するのも良くない。
部屋の奥を覗いてみると、頭を押さえ苦しむ霊体が見える。とにかく、状態の様々な影の霊体がいるのは間違いないようだ。俺は蹲る霊体にも粒子を当て、先へ進んだ。
階段が途切れているため蛇綱で降りるかと考えていると、突然足場が崩れた。とっさのことであったので、驚いている壺巫女を庇うようにして地面に着地する。崩れた石に乗っていたおかげか、足に衝撃はほぼ無かった。俺は壺巫女に怪我がないか確認し、何やら地面を漁っている霊体たちに触れ、左の部屋に入る。
殴りかかってきた霊体や佇む霊体を無力化し、部屋から見える細い道を歩いていく。道の先には石を投げる霊体もおり、こちらに対して攻撃的な者が多いようだ。
壺で埋め尽くされた部屋に入り通り抜けて、空いた穴から鉄柵で加工された足場を下りる。ここは蹲っていたり項垂れていたりする霊体が密集している。祈るようにして消えていく霊体に黙祷しながら進んでいくと、半透明に光る霊体がいた。うわごとのように、壺は嫌だと繰り返している。狭間の地にもいた、話しかけられるが、返事が返ってくるわけではない霊体だ。
『…嫌だ、壺は嫌だ もうしない。二度としない 天に誓う。善き人になる だから、許してくれよ…』
「戦士の壺様…彼は…。」
「やってみよう。俺の力も、通じるかもしれない。」
壺巫女が両手を組んで、瞳を潤ませて俺の方を見る。俺は粒子を纏わせ、半透明の霊体に触れた。すると、蹲って震えていた霊体が動きを止め、怪訝そうに立ち上がる。
『壺のお迎えが来た…。だけど、なんだ。体が温かいよ…。』
「安らかに、貴殿。」
俺の方を見た霊体は俺の体に驚くが、刻まれた皺が緩み、そのまま消えていった。やはり意思疎通は取れないが、こうして苦しみから逃れさせることは出来るようだ。俺と壺巫女は、消えていった霊体に祈りを捧げた。
待ち構えていた影の霊体の攻撃を避け対処すると、奥に見える部屋を目指す。おそらく進行方向は下に大きく空いた穴で、壺を足場にして降りていくのだろう。帰るときは、無い骨が折れそうだ。
部屋に入ると、左のすぐ手前の壺から、ゆるりと肉塊の巫子が出てくる。俺は壺巫女と面を合わせると、救助の態勢に当たった。
壺巫女が血濡れるのも構わず、肉塊の巫子を抱き上げ話しかける。
「皆が待っています。私たちの故郷、巫子の村で。体を治して、一緒に帰りましょう…?」
肉片を飛ばそうとする肉塊の巫子に、俺は手を近づける。肉が溶けだし、くたりと眠り始める巫子を見て成功したことを安堵する。次は、下へ続く道だ。
穴の淵に座り込んでいる影の霊体が、俺の体に残る粒子に震える手を伸ばし、そのまま嬉しそうに消えていく。永遠に近い時間を、凍える寒さの牢獄で過ごすことから解放され、喜んだのだろうか。影の霊体でなければ、彼らにも未来を与えられたかもしれない。
しかし、まずは生きている者から助けていかねば。感傷を覚えたが、目的に集中する。
壺を吊り下げた鎖が問題ないことを確認しながら、蛇綱を使って渡っていく。片腕に巫子を抱え、壺巫女には、俺の体にしっかりしがみついてもらっている。
壺を五個足場にしたところで、木でできた足場が見える。俺はそちらを目指して渡っていく。降りた先では生き小壺が二体、休息を取っていたようで動き始める。俺は生き小壺二体と、下で走り回っている生き小壺、彼らを見守っている生き壺に挨拶した。
「初めましてだな、同胞たちよ!俺は戦士の壺!貴殿らを外に…」
上から降りてくる生き壺は珍しいのか、生き小壺たちは喜んでくれているようだ。追いかけっこをしていた下の生き小壺二体などは、こちらを手招きしている。一緒に遊びたいということのようだ。俺が嬉しがりながら挨拶をしていると、木の足場の隅で破裂音がしたため、言葉を中断する。肉塊の巫子だ。
「ここにも、私たちの家族がいたのですね。戦士の壺様。」
「ああ、助けよう。早速なのだが、同胞たちよ。俺はこの巫子らも助けに来たのだ!協力を願いたい!」
俺に伸ばされる肉の鞭を、粒子を纏った手で掴むと、生き壺たちに目的を話す。突然現れた俺に対しても、彼らは頷いてくれた。木の足場に乗っている生き小壺たちが、俺の抱える巫子を支えてくれたため、俺たちは肉片を撒き散らす肉塊の巫子に触れられた。
治療が完了すると、改めて彼らに俺たちが来た目的を話す。この暗くて冷たい牢獄から、同胞と巫子を救う。そして、この牢獄にいる全ての生きている者を、外へ連れ出す。
生き壺たちは、言葉はないがジェスチャーにて協力の意思を見せてくれた。俺はそれに感謝し先へ共に進むことにした。巫子の近くにあった木箱のヒビ大壺は回収しておく。
少し進むと、とてつもない勢いでこちらに走ってくる肉塊の巫子と壺から出てくる巫子の二人がおり、すぐさま粒子を使った。彼女らは比較的力が残っていたようで、寝息も元気さが表れている。部屋を出たところには肉塊となっても祈り続けている巫子がおり、俺たちが助けると涙を流し、そのまま寝息を立て始めた。
部屋を出るのは、生き小壺二体になった。追いかけっこをしていた個体だ。生き小壺たちは元気が有り余っており、走り回りたくてうずうずしている。
この先どういう構造になっているか分からないため、巫子は残る生き壺たちに任せた。
橋をほとんど渡ると、大きな壺をすっぽりと被った巫子が飛び出してきたり、逆様に置かれた壺に扮していた巫子二人が走ってきたりした。そのため治療した後、三人をまた部屋に運んでおく。大きい生き壺があたふたしていて申し訳なく思った。何せ身ぐるみ剝がされた巫子が八人だ。介抱するのも一苦労だろう。
そのため、同行していた生き小壺二体が、自発的に部屋に戻り、サムズアップをくれた。皆、善良を通り越した存在である。俺はすぐ戻ることを宣言し、壺巫女と二人で奥へと向かった。
橋から歩を進めると、またしても足場が崩れる。俺は蛇綱を柱に向かって伸ばし、落ちないようにした。
崩れた下を見ると、壺で埋め尽くされた大部屋がある。そちらも行かねばならない場所だろう。
俺は、見上げるほどに巨大な大壺が祀られているのを確認する。角人にとって、罪人と巫子を壺に詰めることは神事だ。故に壺自体を神聖視する派閥もあったのだろうか。壺巫女が置かれた壺を調べていると、ある一つの壺を持ち上げた。そして、俺に壺を見せてくる。
「これは、蓋の紋様が違います…!影の地の物ではないのでしょうか…。」
「なるほど…。壺巫女殿、回収してくれるか。」
「承知いたしました。」
壺の蓋は、狭間の地のものだった。中には何も入っておらず、用途は不明だ。だが死肉に塗れていなければ、使い道は多くあるだろう。壺が祀られている場所に置かれたものであるため、壺巫女にそれをしまってもらうと、再び下を見る。降りたときの着地は、衝撃が強く出そうだ。俺は壺巫女をしっかり固定して、降りた。
大部屋は壺で出来た迷路のように、入り組んでいた。壺に隠れている巫子を早速治し、徘徊する影の霊体にも触れていく。壺巫女が、治した巫子の顔に見覚えがあると言っていた。故郷にいた家族のようだ。
巫子によって塞がれていた隙間が通れるようになったため、その道からも大部屋を隈なく探す。
大部屋からは後に五人の巫子が見つかり、合計六人の巫子を運ぶことになった。巫子の中には壺の上で苦しんでいた者や、通路の端の壺に隠れていた者もおり、隈なく探して本当に良かったと安堵した。落ちているヒビ大壺や他諸々の道具も回収していったため、戦備の蓄えは順調だ。
大部屋を出ると、生き小壺二体が両手を広げていてゆったりとしている姿や、少し離れたところに大きな生き壺が手足をしまっているのが見受けられた。俺は彼らに声をかける。
「おーい、同胞たちよ!俺は戦士の壺!治療した巫子らを運びたいのだ、手伝ってくれるか!」
俺の声に反応した計三体の生き壺たちは、こちらに向かって動き始め、俺の様子をじっと見ると岩の手を伸ばした。そして巫子を抱えてくれる。
俺の声に反応した者は、彼らだけではないようだ。向かい側の壺が割れ、肉塊の巫子が飛び出す。下は奈落であるため、生き壺たちに巫子らを託し、肉塊の巫子が崖から落ちないように支える。勿論暴れるが、何とか岩の腕で押さえ、壺巫女にこちらへ来てもらう。
「危なかった…。俺の声も気を付けなければな。」
「間一髪で家族を救って下さり、ありがとうございます。ですが、まだ目の前に救いを求める巫子らが残っています…!」
「む、その通りだ!」
俺は、目の前の逆さ壺がゆっくりと足を伸ばすのを視認し、そちらに駆け寄る。三人相手では抑えが効かず苦しいところがあったが、何とか壺巫女と協力して、治療を終えることができた。
ここにも元々家族だった巫子がいたらしく、壺巫女は涙を流して喜んでいる。俺は安全を重視して、彼女ら四人を生き壺たちの元に連れて行った。
ぼんやりと立つ影の霊体に触れてから、俺は最奥部へ向かうことにした。
生き壺たちと壺巫女には、そのまましばし待ってもらうことにする。最奥部には、まだ牢獄に閉じ込められたものが残っているのだ。
下には誰もおらず、また大きな広間がある。俺はどのような敵が待ち構えているのか警戒しながら、広間の入口を抜けた。
すると、広間の奥から小さな人影が歩いてくる。理性を宿した目だ。その人は亜人であり、刀を持っている。歩調には、俺がモニター越しに見てきた亜人とは違う、達人としての動きが見られた。
俺はその様子から、拳を納め話しかける。
「貴殿、亜人の中でも強者であると見受けられる!俺は、戦士の壺!この牢獄から、皆を出したい。貴殿も共に行かないか!」
亜人の剣士は、名乗りを上げる壺に驚いたのか、歩調を崩している。しかし剣を止めるつもりはないようで、凄まじい速さで俺に接近してきた。
剣は軽い。しかし踊るような連撃が俺の表面を削っていく。俺が亜人の剣士を掴もうとしても、ひらりとかわす。熟練の立ち回りだ。俺は亜人の剣士の目に諦観が浮かんでいるのを感じた。
だが、まだ勝機はある。共に行ける。何故なら、彼は呪剣士ラビリスのように、死にたがっていない。
「貴殿、共に来てくれ!貴殿の力は、こんな冷たい場所で朽ちていいものじゃない!」
一瞬、亜人の剣士の動きが止まった。その隙に、俺は彼を捕まえ、粒子を使う。彼の傷を癒すのだ。
亜人の剣士は抵抗しようとするが、達人のそぎ落とした筋力では俺の拘束を離れられない。しばらくして観念したのか、剣を垂らし、好きにしろとでも言いたげな表情になる。
俺は尋ねる。牢獄に入れられたわけを。彼は、話し始めた。
元々自分で牢獄に入ったのだと。自身の剣に見えた、連なる星の先に滅びを見出したことから、それを封じるために。一人で入ったのだが、弟子であるヨシという亜人の剣士が傍を離れず、そして亡くなった。
それから諦観に蝕まれていたが、長い月日が経ち俺が来たとのことだ。亜人の剣聖オンジに、俺は言った。出まかせだ。しかし、ここでずっと一人時を過ごしてほしくなかった。
「貴殿が言う、その滅び。俺が何とかしてみせる。だから共に行こう。」
オンジは、俺の言葉に鼻を鳴らして笑うと、俺の腕を叩く。もう離せということらしい。俺がオンジを下ろすと、オンジは広間の外を指さした。そして、俺と共に歩いていく。
俺はオンジを連れて、上へ上へと戻っていく。壺巫女たちと合流し、それより前で待っていた生き壺たちとも合流して、少しずつ皆を上へ運んでいった。オンジも巫子を背負って跳んでくれ、ようやく牢獄の外へと皆で出ることができた。
大きい生き壺が二体、生き子壺が六体、巫子が、壺巫女の元々の家族を含め十八人。オンジも含めて、とんでもない大所帯だ。
俺たちは、意気揚々とその場を去った。
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落葉のダンは姿を潜め、牢獄から次々に出てくる生き壺と女性たちを観察する。色味が少し黒ずんだ生き壺が、牢獄から出てきた面々を先導している。
ダンは、特に危険性を感じなかった。特異な集団ではあるが、ミケラ様に仇なすことはできないだろうと。
しかし、ミケラ様は彼らを注視されていた。ならば、試すこととしよう。
ダンは草陰から、列をなして歩いている生き壺の集団へと近づいた。