戦士の壺(パチモン)   作:棘棘生命

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信仰

 巫子は夢を見ていた。一面の花畑が広がる村で、家族と共に暮らす日々。彼女はこの地で生まれ、育った。多くの家族は狭間の外から移住してきた。外と比べ、脅威の少ないこの地では食べるものに困らない。穏やかに過ぎていく日々が幸せだった。

 

 しかしある日突然、巫子の前から家族が一人いなくなった。素材を採取しに、少し遠出しているだけだろうと彼女は思った。その家族は帰ってこなかった。

 一人また一人と、彼女を育ててくれた家族がいなくなっていく。月日が流れ、彼女が身体的に成熟したとき、偽りの平穏は崩れた。

 

 悪臭のする鞭で叩かれ、化膿する体。美しい花畑の情景が、蠅が無数に湧く村に塗り替わっていく。巫子は叫んだ。終わりのない痛みを訴える傷口に自分のものではない肉塊がねじ込まれる。

 同じように「加工」されていく家族を横目に見ながら、これはこの世の光景ではないと思った。

 いっそのこと、正気を失えればよかった。だが高い治癒力がそれを許さない。脳機能が苦痛で破壊されても、その瞬間から元に戻る。

 

 巫子はいつしか、神に祈り始めた。信仰する神は家族からの伝聞であり、実在すら曖昧であろうと高次元の存在に救いを求めた。

 

 いつしか巫子のいる場所は牢獄へと変わり、冷たい壺の中で両手を組み祈り続ける。彼女にとっては現実も夢も等しく地獄であった。

 

 

 祈る巫子の前に、光が現れた。布を巻かれ機能が衰えた眼に、差し込む閃光は巫女の感情を崩壊させた。次の瞬間巫子の体は、柔らかく温かい液体の中に沈む。歓びの余りこぼす大粒の涙は、その液体に溶け込み、巫子は生涯において感じたことのない安寧に包まれた。

――――――――――――

 

 

 俺は、赤黒い液体が付着した女性を体から取り出し、両手で抱える。この部屋には柔らかそうなものはなく、汚れた粗布が床に捨てられているだけだ。

 それでも地面に横たわらせるよりはマシなので、左腕で女性の体を安定させてから、右手で布の表面を払った。女性の背中が痛まないよう、粗布を壺にかけてから寄りかからせる。後は、女性の意識が戻るまで待つことにしよう。

 目先の目標は、女性と話して、できれば一緒にこの場所を出ることだ。こんなにも寒い場所に長居するのは難しいはずなので、目的は同じになるだろうと踏んでいる。

 まず俺は、全身の感覚を掴むために身じろぎする。この岩の腕は、見た目に反して繊細な動きができるようだ。下を向くことができないので分からないが、短い脚も自由に動く。しかし、歩くとなると前に付き過ぎた脚では重心を支えきれない。長い腕を地面に接着させて歩くことになりそうだ。

 

 

「壺人たちの歩き方のわけを、実体験をもって理解できるなんて…。」

 

 

 涙は出ないが感涙する。先ほどのように体へ力を込めると、辺りが金色に照らされる。全身が光るのは変わらずのようだ。

 じっくり部屋を見渡すと、鉄籠のようなものが放置されているのが分かった。そして、使い道は分からないが血で錆びた器具は木箱に入っている。肉たちの断片的な記憶からするに、ここは罪人を閉じ込める牢獄なのだろう。壺に入るのだけは嫌だと、彼らの懇願は空しく、複数人をまとめて女性の体に植え継がれ、生きたまま壺に詰められた。

 俺の知っている狭間の地での壺の在り方とは真逆で、疑問が残る。ここはどこだ?

 

 鉄格子でできた扉が二つあり、どちらも開けられている。軽く確認しておこう。

 ぎりぎり通れる扉から、体を擦らないよう慎重に進む。俺の目の前には、岩壁に埋め込まれた灰色の建造物と、とんでもない長さの鍾乳洞群、更には奈落があった。

 俺は奥行きの広さに圧巻されたが、足場の見えない奈落への恐怖が勝った。

 

 

「これは…。うん、後回しだ。外に出たいのに、下に潜るのはないな。」

 

 

 夢のような状況だが、俺は褪せ人になったわけではないし、壺が割れれば復活できないだろう。落下死などすれば、そのまま終わりだ。そもそも命は一つだけなのだから、リスクマネジメントは必須なのだ。

 

 俺はもう一つの扉の方を見ると、少し広い部屋が続いていた。やはり壺で埋め尽くされており、茶色く濁った水が奥の方で勢いよく流れている。よく見ると、水が流れているところには、それなりに大きな穴が空いている。よじ登るのも一手だ。

 

 

 進むべき場所も分かったところで、丁度女性が声を漏らしながら身じろぎした。そのまま意識が戻ったようなので俺は女性の方に寄り、声をかける。リスペクトしている鉄拳アレキサンダーの話し方を、少し真似てみる。

 

 

「おお、気が付いたか?肉が取れたようで何よりだ。」

「うう…貴方は…。ああっ」

 

 

 女性は、かすれた声を出しながら、俺の方へ顔を向けると突然声を張り上げた。そして俺の岩の手を取って、涙を流し始めた。

 

 

「神よ、私をお救いくださり感謝申し上げます…。」

 

 

 やはり巫子とは信心深いのだなと思うのと同時に、窮地から脱したことを信仰している神に感謝しているわけでないことを、未だ強く握られている手から何となく感じ始める。確かに、いきなり目の前に光が現れて、それが言葉を発したら、神聖なものだと俺も感じるかもしれない。

 自意識過剰ではない前提で、俺は返答した。

 

 

「婦人、俺は神ではないぞ。生き壺だ。」

「ああっ…そうなのですね…。神なる壺様…。」

「…いや、そんなものじゃない!名前は…うん、戦士の壺と呼んでほしい。」

 

 

 全く俺の言葉に納得していない様子だったため、俺は「戦士の壺」を呼称した。アレキサンダーと小壺、それに火炎壺と油壷以外の壺人は、なんの壺なのか情報がないので、戦士の壺が標準だろうと考えたのだ。

 女性は俺の言葉を咀嚼しているようで、しばらく経ってから言葉を発した。

 

 

「では…私は壺巫女と。戦士の壺様、貴方の巫女として共に行かせてくださいませ。」

 

 

 

 

 女性、自らを壺巫女と呼称した彼女は、ユーモアに溢れる人物だと、話している中で分かった。壺巫女という言葉は、その場で思いついた造語であると言っていたことからも分かる。彼女が会話の途中でいきなり、頭に壺を被り始めたことは衝撃的だった。

 初対面の人には敬語を使うのが常だったが、今回ばかりはロールプレイを意識したことが功を為し、壺巫女自身とこの地のことを話してくれた。

 

 まずこの牢獄は、「ボニの牢獄」と呼ばれており、壺の作成をしている「角人」の大本の村に最も近い牢獄らしい。そしてここは影の地と呼ばれている。奇しくも、俺がプレイしようとしていたDLCの舞台である。狭間の地の影にあるため、直接狭間の地に行く方法は分からないそうだ。

 

 また話す中で、全身を光輝かせることによる効果も試したら、粒子には癒しの力があることが確定した。壺巫女は自身が育った場所である「巫子の村」に行きたいらしく、その道中で同族がいたら俺の力を借りて助けたいそうだ。俺が壺人として人を助けたいという目標は、壺巫女のような境遇の人を救うことで近づくだろう。

 

 

「そろそろ向かおうか。俺に掴まってくれ。」

「はい、戦士の壺様。」

 

 

 俺は壺巫女の胴体を担ぎ上げると、壺の縁に腰かけるよう固定した。

 稀人であるとのことなので、過酷な環境には耐えられるそうだが、劣悪な身体的状態から元に戻ったことで牢獄の寒さが堪えてきたようだ。壺巫女は少し腕をこすっている。

 

 なるべく早く、命大事にゆこう。俺は勇み足で歩を進め始めた。

 

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