俺は、周囲の確認を徹底しながら、皆を先導し来た道を戻る。生き壺に運ばれていた巫子たちも次々に目覚め始め、彼女らは大きい生き壺に寄りかかりながら、歩を進めていく。役目を終えた生き小壺たちは、巫子や褪せ人にちょっかいを出しながら遊んでいる。
褪せ人は、生き小壺たちの様子に、壺村にいた小壺のようだと言う。俺がその小壺について尋ねると、褪せ人は、その小壺に初めて壺村に訪れたときから、会っていないと話した。
俺は、ディアロスとの交流が進むと壺村が壊滅するのを知っているので、少しほっとした。まだ手遅れではないようだ。
「褪せ人殿。この影の地で起こる諸々が片付いたら、俺も壺村に行ってみたい。場所が離れていても、同胞は守りたいからな。」
褪せ人は、もちろんだと頷き、アレキサンダーにも会ってもらいたいと話した。褪せ人の言葉に、俺はますますやる気が湧いてきた。俺が最も尊敬する戦士に、胸を張って会いたい。皆を守る力をもっと付けられるように努力しようと俺は思った。
道中、ルートが少し変わったためか「ティビアの呼び船」と接敵した。この個体は特殊で、王族の幽鬼を召喚してきた。モニター越しにしか見てこなかった存在たちなので、戦闘には少し不安が残ったが、どちらも重い一撃に怯みやすかった。俺と褪せ人で分担し、難なく倒すことができた。欲を言えば、敵対しないでいたかったが、どちらも意志を以てこちらに相対してきたので、その誠意に応えるのみだった。
巨大な竜の翼を足場にして渡り、竜餐の巫女の元に戻ってきた。行きには三名だった集団が、戻ってきたら二十三名である。超然としていた竜餐の巫女も目を瞬かせていた。
俺は壺巫女と巫子、生き壺たちをここに預けることにした。壺巫女はここに残りたくないようだった。
「戦士の壺様、私はお邪魔になってしまう、ということですか…?」
「いや、そうではない。…山の上は危険だ。咄嗟の判断が必要になる。だから、ここにいる家族たちをしっかり見ておいてほしいのだ。家族をまとめられるのは、壺巫女殿だけだ。」
「…承知いたしました。どうか、無事に戻ってきてくださいませ。」
壺巫女は祈るように両手を組んで返した。俺はその手に拳を軽くぶつけた。
俺は竜餐の巫女に礼を言うと、少し離れたところで褪せ人を待つ。褪せ人は竜餐の巫女としばらく会話した後、壺巫女に何か渡していた。竜餐の巫女の方を示しながら、何か伝えているようだ。
褪せ人は準備を済ませたようで、こちらにやってくる。俺は頷くと、皆に手を振り、山の方へ向かった。
ギザ山は今までで最も過酷な環境だった。岩肌が見えた山肌からは、崩れた岩が俺たちの周囲に降ってくる。俺はトレントに乗った褪せ人を、岩の腕で庇いながら先に進む。
山の上を目指すため、ぐるりと一周するように斜面を歩くと、褪せ人が霊気流を見つけたと言う。俺には確認できなかったが、そこから大ジャンプで上へ行けるようだ。
「褪せ人殿、俺を掴みながらでも行けるか?」
褪せ人は空けた左手を差し出してきた。試してくれるようだ。俺は彼の手をしっかり掴み、トレントが跳躍するのを待つ。次の瞬間、ぐんと体が浮遊する感覚を味わう。どうやら成功したようだ。俺は蛇綱を、上がった先の地面に食らいつかせると、そちらに跳んだ。
褪せ人が少し遅れて、地面に降り立つ。褪せ人が言うには、跳躍に問題はなかったが、途中で離れてくれたため、安全は取れたとのことだった。高所を跳ぶときは、同じように蛇綱を使うことにする。
吊り橋を渡り、足場の悪い斜面を進むと、飛竜の咆哮と、それに負けないくらい大きな声が聞こえてくる。聞き覚えのある男性の声だ。褪せ人も声の主を知っているらしく、首をかしげていた。
「うわーっはっはっは!竜ども、二匹まとめて儂の銛を食らえっ!そして恐れよ、このエーゴンの竜狩りを!」
そこには、五体満足になって元気を取り戻した男性と、飛竜二頭が戦っていた。飛竜はどちらも消耗しており、二体協力してエーゴンを名乗る男性に攻撃を仕掛けていた。しかし、エーゴンは意にも介さず、飛竜の隙をつき大矢を放っていた。彼一人だけでも倒すことができそうだが、俺たちは加勢しに行く。
飛竜たちは、背後から敵対者が来るとは考えていなかったようで、俺たちの攻撃をもろに食らう。俺が蛇綱で飛竜に騎乗し、取り込んだ竜の力を使って頭部に重い一撃を与える。褪せ人は、もう一方の飛竜に対して屍山血河の戦技「死屍累々」を流れるように切り結んだ。しばらく攻撃を続けると、飛竜たちは力尽き、地面に倒れ込んだ。
エーゴンは俺たちの乱入に、大声を上げる。
「…戦士よ!竜の戦士たちよ!よくぞ、ここまでやってきた!」
エーゴンは豪快に笑いながら、俺たちに近づいてくる。得物を横取りされて怒るような人間ではなかったようだ。エーゴンは俺の壺の体と、褪せ人の肩を叩き尋ねてくる。
「竜の戦士たちよ、目的は同じだろう!暴竜ベールに対し、打ち倒す!」
「ああその通りだ、エーゴン殿。貴殿は、竜の戦士だったのだな。」
「当たり前よ!体が、万全に戻ったのだ!恐怖さえ跳ね除け、ここまでやってきた!ベールに、儂という恐怖を、植え付けてくれるわ…!!」
エーゴンは俺の言葉に頷くと、ギザ山の上を指さした。彼の目はぎらぎらと野心に燃えている。同じ標を目指す者としては、頼もしい限りだ。
褪せ人も元気なやつは良いと頷いている。
エーゴンは、俺たちを見ると背を向けて走っていく。大きな声をギザ山に響かせながら。
「竜の戦士たちよ、山頂で待っているぞ!うわーっはっはっはー!」
エーゴンの健脚は凄まじく、あっという間に遠くへ行ってしまった。元気な人だ。俺と褪せ人は彼の後を追うようにして、山頂を目指す。
ギザ山は上に向かおうすればすると険しくなっていくようだ。トレントの霊気流ジャンプに助けられながら岩肌を上る。崩落して転がる巨大な岩の横をすり抜けると、広い水場の中心で竜が鳴き声を上げて倒れ伏していた。
それは古竜だった。狭間の地のローデイルにいたランサクスや、ファルム・アズラにいた個体によく似ている。古竜の体には、エーゴンが放った銛が無数に突き刺さっている。
そういえば、古竜は人の姿を取れるという。ランサクスやフォルサクスがその例だ。竜餐の巫女も古竜であり、人に言葉を伝えるためにあのような姿になったと話していた。ならば、この古竜も対話ができるのではないか?
俺は、どうしようか迷っている様子の褪せ人を制し、古竜に近づく。俺は、褪せ人からこの竜がセネサクスだという情報を得、古竜に向かって話しかけた。こういうとき、相対した敵の情報を得られる褪せ人は心強い。
「古竜セネサクス殿。貴殿は、生きたいか。」
古竜は文字通り、古い時代から生きている。それ故に、命よりも誇りを優先するものだと俺は思っていた。癒せば襲い掛かってくる可能性がある。人に対して、この古竜個人はどう考えているか。それによって、この後の動きが変わってくるだろう。
顔に近寄ると、セネサクスは涙を流していた。弱弱しく縋るように鳴くその姿は、明らかに生に執着していた。
俺は褪せ人に一応戦闘態勢を取っておいてほしいと言い、銛を一本一本丁寧に抜き、癒していく。今までは、俺より大きい生物に力を使うことが無かったため、手間のかかる作業だ。
最後の一本を抜き、俺は壺の縁を触った。合計八十五本。流石竜の戦士だと、俺はエーゴンに対して感服した。
セネサクスは、ぐるると鳴きながら立ち上がった。どう来るか。
俺が拳を構えていると、セネサクスはその顔を、俺の体に擦り付けてきた。じっと待ってもそのまま擦り付けてくるのみであったため、こちらと戦うつもりはないようだ。俺はほっと壺を撫でおろした。
セネサクスは水場に横たわると、俺の体に巨大な前足を付けながら、念話のようなものを頭に響かせた。柔らかな女性の声だった。
初めての安らぎであった。竜王の元にいても、暴竜に仕えても、この温かさは与えられなかった。
念話を聞いていると俺は彼女のことを理解した。セネサクスは、竜王を裏切りベールについた古竜だった。竜王からの寵愛は薄く、満足に受けることができなかった。だからこそ、特別になろうとした。ベールの裏切りに便乗した古竜は自分ただ一頭、そしてベールからの愛を受け取ろうとしたのだ。だがベールは、プラキドサクスへの執念に燃えており、こちらに目を配ることはなかった。
かつての仲間から追われ、配下の飛竜は心が育たず、愛を捧げようとしたベールからは放置。セネサクスは渇いていた。
そして長い時が過ぎ、エーゴンが万全の状態で彼女を打ち倒した。セネサクスの、生に拘るその姿からとどめを刺されず、先に進まれた。古竜としての誇りはズタズタだった。
「…対話ができるのならば、そして俺と共に来てくれるなら、それは仲間だ。セネサクス殿、一緒に我らが家へ行かないか?」
セネサクスは、首を縦に振ると、天に向かって咆哮する。何とも心強い仲間ができた。
褪せ人は、自分も古竜を仲間に迎え入れたいと願望を口にした。そして小さく竜餐の巫女について呟く。俺はそれについて尋ねた。すると褪せ人は、竜餐の巫女が置かれた状況について話した。竜餐の巫女はベール討伐の悲願を果たした後、命を落とすそうだ。だから、猶予を持たせる。丁度御誂え向きの品があって、壺巫女に託したと。
「褪せ人殿…貴殿は、彼女の誇りよりも共にあることを望むのだな。」
褪せ人は頷いた。自身の行いによってただの死を回避できるのであれば、それでいい。そして選択の末、自分についてきてくれれば万々歳だと言う。
彼は火山館での褪せ人同士の斬り合いや、幾多の友好的な人物との交流を経て思ったそうだ。信念のために、仲間だったものと切り結ぶのは苦しい。同じように、知り合った人がただ死ぬのも嫌なのだと。
俺はよく理解できた。褪せ人同士の戦いというのは、ゲーム上であれば高揚を感じるものだった。悲劇的な別れも、哀しみの中に美しさを感じていた。しかし現実となると、複雑な思いを持って事に当たる。褪せ人は、無意識に心を押し殺しているのだろう。英雄としての在り方、その心の隅では死を望まない気持ちもあるのだ。相対するほぼ全てのものが敵であれば、友好を結べる相手を大事にするのは当然のこと。だからこそ、例え相手が何を望もうと、褪せ人はその願いを叶えるのだ。
そして彼にも、絶対に譲れない存在がいる。それがメリナとラニなのだろう。
俺は褪せ人に言葉を返す。
「俺は止めない。それが、魔女ラニの王になる、貴殿の選択ならば。」
セネサクスはここで待つそうだ。ベールに仕えていた竜として、共に戦うのは難しいと彼女は言った。俺は必ず戻ってくると言い、褪せ人ともにその場を去る。
ベールは、あのプラキドサクスに匹敵する竜だ。言わずもがなの強さを持つ褪せ人と、凄まじい技量を持つ竜狩りのエーゴン。彼ら英雄に食らい付いていかねば。俺は気合いを入れ直した。