影の城の上空を飛ぶと、巫子の村が隣接して見える。入口は閉ざされていても、上から丸見えなら場所が割れていても不思議ではない。
セネサクスに目的地を告げると、ゆっくり下降していく。地面が近づくと、ツリーガードが斧槍を構えており、メスメル兵たちも矛を向けている様子が見られた。
俺は蛇綱でいち早く降り、皆に説明する。
「貴殿ら、矛を収めてくれ!彼女は、セネサクス殿。この村の新しい家族だ!」
「このお方は、家族と遊んでくれました。私たちに危害を加えるような方ではありませんよ。」
生き小壺たちがセネサクスの背から降りて、彼女の脚にしがみついた。すると、ツリーガードたちは武器を立て、セネサクスたちを迎えた。
メスメル兵の一人が発した。古き時代の竜が怒りをなして、攻め込んできたと錯覚したという言葉を。
そうか。王都の古竜信仰は、彼らには伝わっていないのか。いや伝わっているのかもしれないが、それを知る者はごく僅かなのだろう。古いものだと狭間の地には伝わっていない祈祷もあったはずだ。
俺が王都での古竜戦役について、皆に尋ねると、メスメル様が話していたかもしれないと兵士たちは返す。ツリーガードたちは無反応だ。俺はツリーガード達に、竜のツリーガードについて尋ねるが、そういった分派も表れたのかと他人事だった。
彼らは古い時代に残された人たちだ。だからこそ、寛容さも見せられる。
生き壺たちと巫子たちを、壺巫女の元々の家族に引き渡す。施設はどんどん完成に近づいており、活気に満ちている。俺はふと、村の中心に植えられた若樹の傍に、俺と同じくらいの大きさの壺が置かれていることに気づいた。俺は巫子たちに訊く。
「壺様、これは…村を守る壺でございます。どんどん大きくする予定なのです!」
巫子が家族に連れていかれると、壺巫女の姉妹が話しかけてくる。入っているものの中身を見てほしいとのことだ。俺はそれに近寄り、金色の蓋を持ち上げる。そこには、満杯になるまで金色の液体が入っていた。俺が渡した中身だ。
「増えるものなのか…!?」
「死肉によって、増やすことができました。これは、壺様がいない間の守り。傷を癒やすための薬壺です。」
俺の中に入りきるわけがない質量を入れてきたが、液体が増えるとは予想外だった。癒やしの力を持つことと、質量が凝縮されることしか分かっていないので、こういった効果もあるかと納得する。使える物はどんどん使ってほしいので、俺は壺巫女の姉妹たちに、薬壺に対する賛同を示した。
俺は、少し大きくなった壺焼き場へ向かう。体をより鍛えるためだ。
恒常的に行っているのか、出てくる生き壺は以前より黒ずんでいるようだ。分注された金色の液体を使っている様子も見られる。俺は大きい生き壺の傍で手足を畳み、静かに考える。
俺の体にヒビはなく形も元通りだが、継ぎ目のように金色の線が所々に表れている。直しは完璧であったはずなのにだ。それだけ暴竜が俺に刻み付けた力は凄まじいものだったということだろう。
メスメルの火だけでは足りない。もっと火力を高めなければ。俺は生き壺たちに少し外へ出ていてほしいと願い、燃え盛る炉に竜の力を宿した。ベールの亡骸から受け継いだ、あの炎雷だ。
炎雷によって体が揺さぶられる。割れそうになる傍から直し、それを続ける。これで割れてしまえば、守るには足りない。もっと、もっと。限界まで鍛え上げるのだ。
俺はこの焼き入れを、体の色が変わるまで続けた。
だいぶ時間が経った。数日だろうか。薄い金色に変わった俺の体に、皆は驚いていた。壺巫女からすれば、傷跡が全身を覆ったようなものだ。ぺたぺたと俺の体に触れ、息をつく。
「無茶な鍛錬はなさらないでと、ご自身でおっしゃっていたではありませんか…。」
「すまないな。あのような力を持ったものに、また相対するかもしれない。であれば、器から鍛え直さなくては。」
俺は自分の体を叩いた。今までと質感が全く違う。まるで焼き物ではないようだ。固くありながらも、よりずっしりとしている。普通のタックルであっても、表面が擦れることは無さそうだと俺は思う。
俺は今後の村について話すため、何人か連れ立って村の中心に戻った。
メスメル兵やオンジ、ツリーガードに話を聞いたところ、村の守りはだいぶ固まってきたらしい。セネサクスも加われば、百人力だという趣旨のことも話していた。
またメスメルの友人、宿将ガイウスとそれに連れ立つ女性とも話をつけたと情報が入った。メスメルからの話をもって、実際に兵士が談判しに行ったところ、村の守りに協力してくれるようだ。
ガイウスとその女性はしろがね人であり、黄金樹に祝福されないとされて戦勲を軽視され、迫害されかける寸前でメスメルが城下に連れてきたらしい。メスメルの交友関係は、種族による分け隔てがない、素晴らしいものだと俺は感じた。
ガイウスはなんと、白王に師事し、将軍ラダーンの兄弟子であったそうだ。重力の技に秀でているらしく、心強さを感じた。それと共に、生かしたいという思いも強くなる。
メスメルの生存は火種にかかっているが、メスメルの友人たちに関しては、障害となれば理由なく「同志」たちが倒しに来るかもしれない。切羽詰まればこの村に来てもらうことになるが、何か方法はないか。
しばらく話し合いに応答する中で、俺は各地を巡ることで掴めるものもあるだろうと判断した。影の地はその名の通り、隠された場所。表の出来事はほぼ反映されず、古い時代がまだ残っている。ならば、狭間の地に無かった秘儀も残っているだろう。前までは希望的観測だったが、暴竜ベールや古き時代の人を見ると、可能性は高いと思えた。
巫子たちは、壺作りと祈りを中心に行っていくそうだ。隠し立てはしたくないとのことで、壺作りは皆の象徴になると、壺巫女の姉妹の一人が言った。導きは光だけでなく、その器も含まれているとも。
壺巫女に文書を読ませている辺り、また癒やしに関わる祈りを見出したのだろうと俺は推測した。力だけでは、村はまとまらない。要である巫子と生き壺がいるからこそ、村は機能するのだ。長らくこの村が平穏であるように俺は祈った。
俺は再び、火種を見つけることと修行を兼ね合わせるため、出立すると話した。牢獄から巫子を助けたため、次戻るまでに時間がかかると合わせて話す。皆は頷いてくれた。ミケラや同志たちを、我が身で阻むのは難しい。どれだけ同志がいるのかも分からないし、褪せ人の話だと単独行動が多いらしいからだ。俺は俺に出来ることをする。
俺は、壺巫女とともに影の城を経由して、大教会に向かった。ユミル卿の博識さに期待をして。
俺は竜の力を纏わせる術を手に入れたため、蛇綱がより物に噛みつく力を得たと感じる。最初は困難だった梁渡りも、難なく通過できるようになった。教区側から城を出て、坂を上った。
入っていくと、大教会の内部は、この前通り夜のように暗かった。俺は、入るときに一礼すると奥の席に座るユミル卿に話しかけに行った。ヨラーンはユミル卿の近くにいる。どうやら、家族としての一歩は踏み出せたようだ。
「ユミル殿、しばらくぶりだ。あの時はお世話になった。」
「ああ、お二方ともお久しぶりです。そして、感謝を。ヨラーンに鐘を鳴らさせてくださって。…ヨラーンは助けになりましたか?」
「剣士にふさわしい活躍だったぞ。あの遺跡を切り抜けられたのは、ヨラーン殿の助力あってこそだった。」
「それは、嬉しいことですね。」
ヨラーンはふいと俺たちから顔を背ける。壺巫女が俺に会釈すると、ヨラーンに話しかけにいった。俺はそれを見届けてから、ユミル卿に聞いてみる。
「ユミル殿、また突然のお願いなのだが…影の地の火について知っていることはないか。黄色く迸るような火だ。」
「…戦士の壺さん。あなたは、それを求めているのですか?」
俺は詳しく話した。メスメルの協力の下、目的を達成することができたと。巫子がメスメルと血の縁が繋がっていること。牢獄での角人の所業を見て、彼らも守りたいこと。そのために火種がいることを。
ユミル卿は、じっと地面を見て考え、その後口を開いた。
「私は、この地の住民であった角人の方々と交流がありました。ですから、知っています。森の奥に隠された狂い火を。森にある館の主がどうあるかを。」
ユミル卿はとうとうと話し始めた。狂い火は角人に忌避されていること。それの大きなものを宿した館の主は、最高の劫罰によって全身を逆棘の剣で貫かれていること。
「場所は…知っています。しかし、狂い火は全てを焼き溶かすもの。戦士の壺さんが、それに呑まれるのは。」
「打ち勝ってみせる。これでも、壺を鍛え上げたからな。」
ユミル卿はゆっくり頷くと、席を離れた。地図を作って渡してくれるらしい。俺は礼を言うと、大教会を眺めながら待った。
すると、ぼうという低い音が長く響き渡る。聞いたことがある。これは鐘が鳴らされた音だ。
俺はその調べに聴覚をすませていた。また動きがある。そしてこの動きを作るのは褪せ人だと、俺は予感していた。
戦士の壺(パチモン)の壺の色…
最初→灰褐色
焼炉のゴーレム討伐後→黒色
暴竜ベール討伐後→黒色(金入り)
今話から→薄い金色