戦士の壺(パチモン)   作:棘棘生命

3 / 67
牢獄

 隣接した部屋を隈なく探したところ、進める道が一つしかないと分かった。茶色の水がとめどなく流れてきている穴だ。洞窟に作られた牢獄であるためか、人が出入りしやすいように作られていないのだろう。

 俺が先に行って壺巫女を引き上げようとも思ったが、登った後では手が届かない。不安が残るが、壺巫女に近くで待機してもらうことにした。

 

 俺は壺巫女が手足に傷を作らないよう、彼女の胴を慎重に高く持ち上げる。彼女の足が地面に着いたのを確認するとそっと手を離した。

 

 

「壺巫女殿、先に行かせる形になってしまい申し訳ない。脇の方で待っていてくれ、すぐ乗り越える。」

「承知いたしました。岩が尖っていますから、お気をつけて。」

 

 

 俺は穴の端を持ち、ぐいと体を浮かせる。やはり壺人は体躯に見合った腕力を持っているようだ。懸垂をしているとき特有の二の腕の痛みを感じない。岩の腕なので、痛覚が存在しない可能性も高いが。

 視界が岩壁に埋め尽くされていると、壺巫女が声を上げた。恐怖と驚きが混じった声音だ。俺は勢いをつけて穴を潜り抜けた。

 

 

「あっ…!?」

「どうかされたか!」

 

 

 両手から着地した俺の目の前には、腕の生えた壺が十体近く佇んでいる姿が見えた。俺の姿に瓜二つの「生きている壺」だ。壺たちは、皆一様にこちらを向いており、じりじりと距離を詰めてくる。

 なんてことだ、敵対しているのかそうでないのかの区別がつかない。影の地の壺人は、狭間の地の壺人と製法が全く違う。俺の知る壺人のように善良なのか、罪人と巫子の恨みが溜まっているため敵対的なのか。彼らの性質についてはまだ分かっていない。汗は出ないが冷や汗が伝う。

 

 

「止まってくれ、同胞たち!俺はここを出て、貴殿らや巫子たちを救いたい。聞き入れてくれるなら、道を教えてくれないか!」

 

 

 困ったときは、敵ではないことをアピールすべきだ。俺は声を張り上げ、壺人たちに話しかけた。

 すると、彼らの歩みがぴたりと止まり、壺人同士でじっと見合い始めた。仲間同士でコミュニケーションを取っているのか、小さく手振りを使っている。

 彼らの様子を見て、俺は彼らが意思疎通を取れる相手なのだと少し警戒を緩めた。

 

 しばらくすると、俺と同じくらいの大きさである壺人がこちらに近づき、手を外から内に漕ぐように動かした。そして、ゆっくりと後ろを向き奥へ歩いていく。

 

 

「壺巫女殿、彼らはこちらについてこいと言っているようだ。行こう。」

「…はい。申し訳ございません、足が震えていて…。」

「承知した、また乗ってくれ。」

 

 

 壺に詰められるまでの記憶は拭い去れるものではない。中に入っている「家族」にトラウマを覚えたのだろう。俺は壺巫女を再度腰かけさせ、先導してくれる壺人に続く。

 歩いていると地面が妙に柔らかく感じる。辺りをよく観察すると、山になっている部分や地面は全て遺体で構成されていた。血が抜け完全に白くなった、人の遺体だ。壺に入れられず、遺棄された人々の多さに、角人の残酷さがうかがえた。この光景も壺巫女を悪い方向に刺激したのだろう。壺巫女が正気を失わないように、フォローはしっかりせねば。

 

 横を見ると「生きている小壺」が何体か、俺の歩くペースに合わせてついてきている。小さな腕を果敢に動かしている者や、ぴょんと何回も飛び跳ねている者もいた。

 小壺たちも俺を攻撃しない。無邪気に遊ぶ子どものような仕草だ。やはり彼らにも壺人の核である「中身」が生まれたのだろうか。

 

 人の遺体の山を越え、ある壁にたどり着いた。汚水が高くから流れる石レンガの壁だ。案内をしてくれた壺人が、頭上を指さす。ここを登って行けということらしい。

 

 

「案内をありがとう、同胞たち。貴殿らも必ず助けてみせる、待っていてくれ。…ところで、どうやって登ればいいだろうか?」

 

 

 俺は壁を見上げる。先ほどよりも穴のある位置は高い。レンガであるため、でっぱりがなく掴まることも難しい。目の前の壺人に尋ねると、彼は体を石壁にぴったりとくっつけ腕を地面に突き刺した。

 意図を読み取れず固まっていると、もう一体の大きな壺がのしのしと歩いてきて、その壺によじ登った。

 そして蓋の位置に鎮座すると、こちらを手招く。もしや、彼らを足場にしてよじ登れと言っているのか。

 俺の心がじんわりとぬくもっていく。俺の上に座っている壺巫女も、大粒の涙をこぼしており、被った壺の隙間から透明な雫が垂れてくる。

 

 

「この恩は忘れない!皆、必ず戻ってくるぞ!…壺巫女殿、水で滑るかもしれないから今回はしっかり俺に掴まっていてくれ。」

 

 

 俺はぐっと握りこぶしを作ると、大きな壺人の体を登っていく。彼らが足場になってくれたおかげで、丁度手が届いた。腕に力を込めて登り切り、下を確認すると集まった壺人たちがじっとこちらを見つめていた。

 

 彼らが俺にしてくれたことはどこまでも温かかった。中身の肉たちも「罪人」か怪しいものだ。

 これで確実に言える。壺人は皆善良であると。俺は彼らに見えるか分からないが、右手をぶんぶんと振りしばしの別れを告げた。

 

 

 流水と汚泥で構成された洞窟を歩く。壺の身では狭い通路なので、頭を打たないように壺巫女には降りてもらい、視野を凝らしながら進んでいく。

 涙を流していた壺巫女も気持ちを切り替えたようで、壺の隙間から通路の警戒をしてくれている。

 

 しばらく進むと、ぐにょりと地面に蠢く物体が確認できた。光源代わりに、金色の粒子を出すとそれが何であるか判別できた。腐肉だ。

 ソウルシリーズには必ずと言っていいほど登場する、人の肉と骨がスライム状に潰れた、成れの果て。

 それらは、俺の出した粒子に反応したようで、体を伸び縮みさせ向かってくる。

 

 

「戦士の壺様、この狭路で囲まれては危険です。駆け抜けましょう。」

「いや、その提案は良いが…少し試したい。壺巫女殿、後ろに離れていてくれ。」

 

 

 骨を突き出す攻撃の脅威が分かるようで、壺巫女は最善策を提案してきた。確かに、俺もそうするだろう。ゲームの中ならば。

 俺は金色の粒子を更に出し、零れたそれを手でつかみ取る。左手がぼんやりと明るくなり、どんどんと光が強くなっていく。こういった超常現象は理屈じゃない、感覚で出来るものだ。

 俺は歩を早め、腐肉に左手を押し付けた。すると、腐肉が柔らかくなりどろどろに溶けていく。大成功だ。

 

 

「ああ壺の戦士様、癒しの力を、腐った肉にさえ施されるなんて…!なんと素晴らしい…。」

 

 

 壺巫女が拡大解釈をしているようだが、そういう気持ちもあったし弁明はしないでおく。どろどろになった肉を掬い、壺の中に入れる。腐肉がいたら、この力は積極的に使っていこう。

 

 進んでいくと腐肉の塊がいたるところにいたため、その都度手で触っていく。案の定、壺巫女に植え継がれていた肉片とは違い、ほとんど記憶は追加されなかった。共通して、冷たいこの下水道に潰された肢体を放り出される記憶のみがあった。俺の心がうっすら冷え込んでいく。

 

 だいぶ坂を上ってきた。腐肉はすっかり見なくなり、汚水のみが岩壁を伝っている。

 広めの空洞に出ると奥の方から、ちゅうと動物の鳴き声がいくつか聞こえてきた。これはもしやネズミか?

 

 

「素早いのが来た!気を付けてくれ!」

「は、はい…っ。」

 

 

 考えを巡らせた瞬間、奥から四匹の巨大なネズミが走ってきた。これもソウルシリーズ恒例のネズミだ。

 四匹の内、高さが俺の丈ほどある大ネズミが混じっている。こいつが群れのボスだろう。

 

 ぢゅうぢゅうと濁った声で鳴くネズミの集団は群れであるのにまとまりはなく、波状に体当たりを繰り返してくる。汚れた毛並みが中々気分を悪くさせてくれる。現実にいない大きさのネズミで、可愛げもないとなると、腐肉よりもグロテスクだ。

 岩の腕で子分のネズミの横っ腹を強打する。俺の拳は肉をクリティカルに抉った。ネズミは岩壁に叩きつけられ動かなくなる。まずは一匹だ。

 俺は足を地面に埋め、ベイゴマのようにラリアットをかます。壺人の戦い方を頭の中で思い浮かべ実行してみたが、ネズミたちは効果的だったようで、子分ネズミ二匹は倒せた。

 最後に、ラリアットで深くダメージを負ったボスネズミに両拳を組んだ振り下ろしを行い、完了だ。

 

 

「壺巫女殿、傷はないか。」

「流石勇猛なる戦士でございますね…ええ、問題ありません。戦士の壺様、ありがとうございます。」

 

 

 初の戦闘だったが、痛みを感じないおかげか怖気づくこともなかった。一応金色の粒子を放っておく。ネズミの体当たりによって少し掠れた壺の表面が元に戻り、不足を補充した。肉の身でなくても、治癒効果は望めるようだ。

 うっすらあった不安も解消され、意気揚々と先を進んでいく。

 

 

 最後の空洞に来た。木の梯子が上から伸びていたため、短い壺の足を何とか掲げ、登りきったところで一息つこうとする。

 気を緩めそうになったそのとき、部屋の隅に鎮座されていた壺が勢いよく割れ、肉塊が継がれた女性が叫びながら走ってくる。

 

 

「これは壺巫女殿と同じ…。」

 

 

 彼女の両手を掴み、突進を受け止めると、獣のような叫びをあげて赤黒い肉塊を飛ばしてくる。とても正気には見えない。

 すかさず、腕から光の癒しを放った。壺巫女のときと同じように、肉がどろどろ剥がれ、本来の姿が見えてくる。

 しかし、元気が戻らない。力を更に入れてもだめだ。呼吸音がどんどんと小さくなっていき、やがては止まった。ぐったりとした女性に、梯子を登り終えた壺巫女が駆け寄る。

 

 

「お姉さま…。」

「壺巫女殿、これは、何故…。」

 

 

 体は治ったはずだ。視界を凝らしても、傷口は見当たらない。打ちひしがれている俺に、壺巫女が首を振りながら答える。

 

 

「この方は、私が壺に入れられるずっと前にいなくなった方です。…きっと疲れてしまったのでしょう。」

「傷を治すだけでは元に戻らないということなのか…。」

「完全に壊れるまで続く苦しみから、貴方が解き放ってくださった。それだけで救われました。」

 

 

 絡まった感情を処理できない。壺巫女が続けて言った。それは願いだった。

 

 

「戦士の壺様、どうかこの肉たちと私の家族を、貴方の中に収めてくださいませんか。共に行きたいのです。」

「…承知した。彼女も共に。」

 

 

 女性を構成していた肉を全て、体に詰める。ずっしりと俺の体が重くなった。

 狭間の地の壺は供養の意味を持つ。だが、こんな悲しい救いはこれっきりだ。

 

 俺は壺巫女と、牢獄の出口の光が差し込む通路を歩いた。

 

 

――――――――――

 

 汚水の通路で立っていた壺巫女の頭に、家族の声が聞こえた。幼い頃の情景が流れて消えた。

 

『貴女に託す。皆を助けてあげて。』

 

 




生きている壺(影の地)…
牢獄に放置され、永遠とも思われる苦しみを味わいながら巫子と「罪人」の肉片は命を落とす。それでも人を思い、命を諦めない執着がある者たちが、核を形成し動き始める。
壺は皆善良である。しかし、影の地の壺がどれだけ善く在ろうと、牢獄から出られることはない。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。