俺は少し駆け足で戻ってきたユミル卿に尋ねる。先ほど鳴り響いた鐘の音についてだ。
俺はユミル卿から地図を受け取る。
「ユミル殿。今の音は、遺跡の釣り鐘によるものではないか。誰か他にも協力者が見つかったのか?」
「ええ…褪せ人のお方で。戦士の壺さんに向かっていただいた遺跡とは、別の場所の地図をお渡ししました。」
「やはりそうか。流石、褪せ人殿だな…。」
俺は、褪せ人が差し出す手の寛容さに頷く。寛容なだけでなく、必要とあれば容赦はしないところも英雄にふさわしい。ユミル卿は、俺の反応に驚いたようだ。
「…お知り合いだったのですか。」
「ああ、褪せ人殿には助けてもらった。まだまだ、恩は返しきれていないと思うほどにな。」
「そうでしたか。でしたら、戦士の壺さん。今一度、ここに留まっていただくのはどうですか。腕の立つお方と、戦士の壺さん。お二方に、併せてお願いしたいことがあるのですよ…。」
「ユミル殿の頼みとあれば、聞くとしよう。待っている間、ユミル殿の子らの下にいても良いか。元気でいるか気になってな。」
ユミル卿は相好を崩して言った。子らとヨラーンに話を聞かせてあげて下さいと。俺は勿論だと了承すると、壺巫女の近くにいるヨラーンたちに話しかけに行った。
ユビムシたちは、指遺跡にいた子に近い大きさまで成長していた。元気に壁や地面を動き回り、個体によっては遊戯をしているようだ。話が盛り上がっている様子のヨラーンと壺巫女の間に、俺はタイミングを見計らって入り込む。
「ヨラーン殿、少しぶりだな。ユミル殿と距離が近くなって嬉しい限りだ。」
「…ユミル卿はお優しい。こんな私にも、構ってくださるようになった。」
「戦士の壺様、ヨラーン様が色々と話してくださいましたよ。司祭様が微笑んでくれたとか、子ども達のお世話を少し任せてくれるようになったとか…」
「貴様、ぺらぺらと話を広げるな!」
両拳を上げて怒るヨラーン。しかし脇に差された剣は抜かれていない。だいぶ柔らかくなったじゃないかと、俺は心が温かくなる。壺巫女が微笑み、ヨラーンが声を大きくする掛け合いがしばらく続き、息が乱れたヨラーンは肩を落とした。そして呟く。
「アンナ…もう隠れる必要もないというのに…。」
「…壺巫女殿、ヨラーン殿は。」
あまり響かないように壺巫女に問いかける。壺巫女はヨラーンの事情を話し始めた。アンナというヨラーンの妹が、ユミル卿に引き取られており、今までは二人でユミル卿を護衛していたらしい。
しかし、ある日突然アンナは姿を消した。ヨラーンの前には、アンナからの手紙が残されていたのだと。
ヨラーンはユミル卿の夜に。私はユミル卿の影に。
それから、ヨラーンは妹の姿を見ていないらしい。俺はアンナという女性の行方について、ユミル卿に尋ねてみようとする。それをヨラーンは手で引き留めた。
「戦士の壺…これは、私たち姉妹の問題だ。口を挟まなくていい。」
「そうか…。俺の力が必要になれば言ってくれ。俺も壺巫女殿も、ヨラーン殿の助けになる。」
「…ふん。」
ヨラーンは黙りこくると、少しして鼻を鳴らした。俺は壺巫女に引き続き話し相手をお願いすると、ユビムシたちの様子を見ることにした。獣より知性があるようで、俺のことを覚えている個体もいるようだった。ユビムシたちは俺の蓋に上ったり、岩の腕に触れてきたりする。俺はうっかり押し潰さないように足を畳み、彼らの遊び相手となって時間を潰した。褪せ人との会合を待つ。メスメルを殺さないための火種は大切だが、急がば回れだ。
一日、二日過ぎる。馬の蹄が地面をたたく音がして、俺は大教会の外を向いた。ユビムシを地面に下ろし、入ってくる人影を確認する。戦鬼の鎧を身に纏った戦士。褪せ人だ。俺は、おーいと褪せ人に声をかける。
「褪せ人殿、また会ったな!探索の方は順調か?」
褪せ人は首を縦に振る。そして疑問を浮かべているようで、言葉を迷わせながら言う。何故、貴公がここにいるのかと。俺は答えた。
「ユミル殿には、旅の途中で道を示してもらった恩があってな。…ユミル殿は見識者だろう?だから再びこうして、影の地の情報を教えてもらいに来たのだ。」
褪せ人はなるほどと相槌を打つ。褪せ人は、自分も、見覚えのない魔術を教わったと話す。俺は、とりあえず褪せ人にユミル卿と話すように促す。また後で、「同志」たちの動向について詳しく聞こうと思いながら。
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褪せ人は、色味の変わった戦士の壺に驚きながらも、ユミル卿に鐘を鳴らしたことを報告しに行く。それと同時に、彼に抱く不信感についても。
「ああ、貴方。聞こえましたよ…貴方の吹き鳴らした、神秘の音色が。さあ、こちらを受け取ってください。」
褪せ人は、老いた指を象ったタリスマン「愛しき星屑」をユミル卿から受け取る。褪せ人はそれをしまった上で、ユミル卿に鋭い口調で尋ねた。魔術師塔の上にあった、あの傀儡はなんだと。
ユミル卿は目を見張り、大教会内をきょろきょろと見回し、褪せ人に小さな声で返答した。
「見てしまったのですね…。しかし、心の内にとどめていてくださいませんか。」
蝋燭に照らされたユミル卿の顔は、青白くなっていた。褪せ人がどういうつもりなのだと更に訊くと、ユミル卿は話し始めた。傀儡になるのは、ヨラーンの妹、アンナが望んだことなのだと。引き取った子どもが、意思を失う操り人形になるのに、自身は心をあまり動かさなかった。その実、愛を向けていなかったからだ。死したユーリと、ユビムシのユーリに心を囚われ、妄執に突き動かされていたのだと、ユミル卿は許しを乞うように話した。
「後悔先に立たずと、片付けられるものではないですが、しかし私は恐れているのです。彼が、戦士の壺を名乗る彼が失望することを…。」
褪せ人は、この大教会にいるユビムシが戦士の壺によって蘇生されたものだと知る。そのため、褪せ人は戦士の壺に判断を仰ぐことにした。ユミル卿からは、あのセルブスに似た性根を感じる。傀儡を愛でる異常さはないが、それでもどこか不安定だ。戦士の壺もアンナの傀儡のことを知っているならば、警戒しなくてはならない。褪せ人は、腕を組んで教会の端に立っている戦士の壺に話しかけた。
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褪せ人が、雰囲気を固くして俺に話しかけてくる。ユミル卿との間で何かあったのだろうか。
口を開いて出てきた情報は、驚きと諦観を与えた。ユミル卿が引き取った子どもの一人、アンナを傀儡にしていたというのだ。輝石魔術師とは、皆人を犠牲にするのが趣味なのか?
推測しておくべきだったのかもしれない。狭間の地で交流することになる魔術師セレンは塊になったし、セルブス、おそらくピディは言わずもがな傀儡大好きの屑だし散々だ。トープスの誠実さが身に染みたのを今でも覚えている。
俺は壺を押さえながら唸った。妄執に憑りつかれた以前に比べれば、前を向けるようになった人だ。ヨラーンもユビムシも慕っている。支えとして彼は必要なのだ。
「…褪せ人殿、そのアンナ殿の傀儡の下に、俺を連れて行ってくれないか。ユミル殿から話は聞いただろう。俺は、条件によっては蘇生ができるようだからな。アンナ殿をこちらに引き戻す。」
褪せ人は雰囲気を和らげると、こっちだと大教会の外へ案内してくれた。坂を下り、魔術師塔の近くまで来る。初めて通り過ぎたときは、知的好奇心から入ってみたいと思っていた魔術師塔。こんなにも重い気持ちで入ることになるとは考えてもみなかった。俺はトレントに乗った褪せ人に掴んでもらい、霊気流をもって空を跳んだ。
無事着地し、吹き抜けの階段を上っていく。昇降機が動かず、霊気流で上がることしか出来なかったと褪せ人は言った。魔術師塔はそれぞれギミックがあったなと思い返しながら、俺は傀儡に気づいてくれたことに感謝する。褪せ人が気が付かなければ、ヨラーンは悲しんだままだ。
魔術師塔の狭い梁に、傀儡はいた。ヨラーンと同じ鎧を着た人間が、体をぐにゃりと曲げ、虚空を見上げている。これがヨラーンの妹のアンナか。
俺は粒子を手に纏い、傀儡に触れる。粒子の出力を上げて、戻ってきてくれと心で念じる。しばらくしてアンナの体がぴくりと動く。そして、アンナはごほごほと咳き込んで、息をし始めた。俺は褪せ人の方を振り返る。褪せ人は拳を顔の前で握って、喜びを表現した。
「ごほ…あなたたちは…?」
「俺は戦士の壺、こちらは褪せ人殿だ。貴殿の姉がさみしがっている。共に戻ろう。」
俺が手を差し出すと、アンナは弱弱しくも握り返した。意識は戻したが、体は凝り固まっているのだろう。俺の粒子で傷は治せるが、筋肉の凝りはすぐに治せないのだなと、新たな発見があった。
俺がアンナをしっかり抱きかかえ、動くようになった昇降機に三人で乗る。そして坂を上り、大教会に彼女を帰した。
ヨラーンは俺の抱えるアンナを見て、いつもの怜悧な様子を崩した。駆け寄ってくると、アンナを鎧越しに抱きしめる。兜の隙間からは、涙がこぼれていた。
俺はヨラーンにアンナを託すと、褪せ人と共にずんずんとユミル卿の下に歩を進める。腕を組み、ユミル卿を見下ろす。大教会の入口で起こった出来事をユミル卿は理解しているようで、うなだれてこちらからの言葉を待っている。
「ユミル殿。心を尽くして、彼女らを受け入れてあげてくれ。魔術師がそういうものだと理解しているが、その立場と使命に囚われぬように。」
「ええ…行ったことは消えないのですから…。罪を噛み締めていきます。」
感謝を述べてアンナたちのところへ歩いていくユミル卿を見送る。すっかり体を縮ませているユミル卿に、褪せ人は込めていた殺気をしぼませた。切る必要は無さそうだと、褪せ人が零す。もし妄執に囚われたままであったら、褪せ人とユミル卿の交流はどういった形で終わったのだろう。最悪の事態にならなくてよかったと俺は思った。
指の管。それが無数に天から生える空間で、彼女は待ち続けている。父を、大いなる意志の導きを。
薄い金色の壺に、囁く。共鳴する。