戦士の壺(パチモン)   作:棘棘生命

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奈落の森

 影の城と反対方向に突き進むと、ボニの牢獄があった崖の下に、陽の光が当たらない鬱蒼とした森が見えてくる。上からでは全く建物を見つけることができない。俺は同行者三名に呼びかけた。

 

 

「ここから降りるぞ!」

 

 

 着地に衝撃はないが、森は狂い火を隠した場所だ。正気を失った動物が襲い掛かるかもしれない。二人に心の準備をしてもらい、俺は一気に木の隙間を通って地面に降り立った。

 

 降り立った場所は、目印を付けられないほど特徴がない樹海だった。広い森だ。闇雲に「柱」を使って移動したところで、狂い火の大元がある館を見つけ出すのは至難の業だろう。

 褪せ人がトレントを呼び出そうとして、指笛を鳴らす直前で止まる。

 

 

「褪せ人殿、その震えは一体?」

 

 

 褪せ人は俺に返す。トレントが怯えている。こんなことは初めてだと。

 俺は改めて、この場所にある狂い火の恐ろしさを認識する。

 褪せ人が、虹色石をその場に置いた。この光がほぼ届かない場所において、最も分かりやすい標だ。俺たちはこの虹色石を基点とし、木々の間を探索していくことにした。

 

 森の境目まで歩き、岩壁沿いに進んでいく。こうも同じ景色が続くと、方向感覚が分からなくなってくる。場所の把握をするために、褪せ人に虹色石を置いてもらっている。虹色石は、ゲーム上では効果時間があったり、置いて存在できる個数に限りがあったりしたが、褪せ人に訊くと特にそういった制限はないそうだ。

 褪せ人は言った。しかし、光っているというだけで珍しがる野生動物がいるので、油断はできない。持っていかれる可能性も加味しなくてはと。

 

 盲点だった。そして対策として、数日は残るであろう実体のない金色を、虹色石の傍に残すことにした。狂い火に瞳を焼かれている動物たちは、この金色を嫌がり、近づかない。狂い火の病に罹患して、どこまで正気を保っているのか個体差があるだろうが、近寄りたがらないのは共通している。

 

 森には、鹿やネズミが多数生息していた。皆一様に瞳が狂い火で燃えており、俺が触れて治したら、皆一様に体を震わせ森の外へと走っていく。本能のままに生きる野生動物は、狂い火の存在を感じやすいのかもしれない。

 元の火種を回収したら、何れはこの場所を普通の森にしようと、俺は決意した。

 

 木々の密度が少ない獣道を通っていると、人影がこちらに向かって走ってくる。その人物は目の周りを黒い布で覆ったスキンヘッドの男性で、手には黄色い炎が燻っている。俺は殴りかかってくる男性を掴み、粒子を当てる。狂い火のある森で徘徊しているほぼ半裸の男など、正気ではない。

 粒子が男性の全身を覆うと、その男性は身に着けていた不気味な手袋を脱ぎ、それを握り締めて泣き始めた。

 

 

「御仁、どうされた。」

「友よ…もう俺は狂うこともできない…!うああああ…!」

 

 

 彼は人を思って泣いている。それも大事な人のことを。

 俺は彼の背をさすり、何があったのかを聞く。彼は言った。この手袋は、無念の内に死んだ仲間たちの遺体の皮を繋げたものなのだと。仲間たちは、同胞によって行われた過酷な異端狩りの犠牲になった。男とその仲間たちにとって、狂い火とは救いであった。角人に罹った蠅の病を焼き、死をもって苦しみから解放できるからだ。

 しかし大多数の角人は、異端としてこの考えを迫害した。狂い火を宿した者のみならず、一族ごと責問にかけられ非業の死を遂げたのだと、彼はむせび泣きながら言った。

 責問、劫罰。これらは角人のしきたりだ。確かに狂い火は危険である。角人の大多数は、死による安らぎを望まなかった。考えのすれ違いこそが、激しい異端狩りを引き起こしたのだろう。

 男性は、同胞狩りを行った責問官に憎しみを抱くあまり、狂い火を使うのではなく、それに人間性を焼かれることを望んだ。

 

 

「貴殿、憎しみとは消えないものだ。しかし、俺にそれを弔わせてくれないか。狂い火に身を任せては、貴殿が救われない。」

 

 

 俺は男の目に被さった黒い布を解いた。苦悩で皺が寄った顔だ。しかしその目は、正常であった。男は目を見張って、辺りを見回し呟く。

 

 

「あんた、俺の目を治したのか…。熱くなって抉りだされた、俺の目が戻った…。」

「…あんたに渡す。もう、友も疲れただろう。安寧にあるべきだ。」

 

 

 男性は、しばらく自身の額を触っていた。そしてその生皮を預けてきた。俺は、指の母に一旦離れてもらってから、生皮を体の中に入れる。皮には、責問を受け死んでいった、安らぎを望む角人一派の怨嗟の記憶があった。

 覚えておこう。もういなくなってしまった彼らのことを。

 

 俺は男性に同行を提案したが、やんわり断られた。狂い火の祈祷を使う責問官たちに、話をつけに行くそうだ。単独の方が動きやすいとのことだ。俺たちが森にいることを教え、攻撃を止めるよう言ってくれるらしい。

 男性は立ち去る際に、俺たちに警告する。

 

 

「あんたら、気を付けろよ。この森を徘徊する、翁に。」

 

 

 俺たちは男性がいたところの先を進んでいき、廃教会へとたどり着いた。

 褪せ人はやっと祝福を見つけたと言って、教会の中心で座り込む。俺と壺巫女は、教会に落ちた物資を失敬することとする。

 見つけたのは、調香師が戦いの中で使用する調香瓶に、イエロの瞳が生える低木、樹の破片であった。特にこの調香瓶には、興味が湧いた。狂い火の香粉が含まれているようなのだ。振るうには危険だが、火を粉にできるというのが、分からない。大いなる意志の見識にも、性質を変える術についてはなかった。

 これを作った調香師は、狂い火の本質に正常なまま近付いた、探究者であったのかもしれない。俺は褪せ人と合流した。

 

 褪せ人は、樹の破片と調香瓶に興味を持ったようだが、出現したメリナが褪せ人の手を叩いていた。武器であっても狂い火に近しい物は持ってほしくないようだ。俺は褪せ人に樹の破片だけ渡し、これをどうしようか悩んだ。

 すると壺巫女が手を差し出す。

 

 

「戦士の壺様、そちらは保管しておきます。貴方様がもし必要になったときのために。」

「壺巫女殿…扱いには気を付けてな。ありがとう。」

 

 

 散布されないよう、そっと壺巫女の手に収める。壺巫女は頷くと、それを懐にしまった。

 

 廃教会の先は行き止まりだったため、引き続き左手に沿って探索を継続する。薄く水が張った地を歩いていくと、白い光がいくつも地面から発せられている。これは誰かが残したメッセージだ。俺たちはそれに近づき、何が書かれているかしげしげと確認する。

 

 身を隠せ。音を出すな そっと、やりすごせ 戦おうなどと、思うな 茂みでしゃがめ

 

 何かから逃がれるため、残されたメッセージのようだ。俺は前を見る。何かがいた。

 それは、黄色いブドウのようであった。頭部を光らせ、こちらを見ている。見られている。

 

 

「戦士の壺様、目が…!ああああ…!!」

 

 

 壺巫女が両手で目を押さえ、苦しんでいる。手の間から黄色い火が漏れ出していた。

 褪せ人の様子はどうだ。視界に入れると彼も手で兜の隙間を塞いでいる。小さな指の母は影響を受けていないようだ。

 俺はすぐさま戦闘態勢を取り、褪せ人と壺巫女に粒子を当てる。全員狙われている。何とか切り抜けなければ。

 

 

「褪せ人殿、壺巫女殿を頼めるか。必要とあらば、俺が渡した壺を割って壺巫女殿を助けてくれ。何とか俺が引き付ける!」

 

 

 俺は指の母に支援を願う。動ける者がもう一体いるのは心強い。彼女は頭指を縦に動かし、「それ」に視線を向けた。

 褪せ人は頷くと、壺巫女の肩を支える。その瞬間、遠くにいた「それ」が一瞬で接近してくる。俺はそれが突き出す杖を掴もうとする。しかし俺の手は、そこに何もないかのように虚空を切った。

 

 

「なに…!?どういうことなのだ!」

 

 

 指の母が放つ白き光線も、それを素通りする。

 それには質量はあるようなので、それが褪せ人たちに走っていくところを体を張って守る。逃げ回る二人をそれは追い、俺が遮る。

 逃げることも難しい。何故なら少し離れたところにもう一体の「それ」がいるし、目の前のそれも距離を一瞬にして詰めてくるからだ。いたちごっこは、あちらに分がある。

 それに攻撃をするが、俺の攻撃は虚空を切り続ける。どうすればいい。俺は的確に体を動かしながら考える。

 

 褪せ人が何度も発狂し、壺巫女も二度発狂している。褪せ人は状態異常の後、冷静に聖杯瓶を飲んでいるが、壺巫女がまずい状況だ。褪せ人に渡した友好の証もとうに使い切っている。発狂は体力を削り、精神さえもひっ迫させる。壺巫女の瞳は熱く熟していた。

 それが笑う。歓喜するように。

 

 俺は掴めないそれの攻撃を、乱暴に振り払う。対処ができないことに、俺自身への憤りを込めたそれは、何故かそれの攻撃を弾いた。俺は拳をぶつける。

 するとそれは吹き飛び、動きを止めた。黄色いブドウのような頭部分から、その粒が飛び立つ。よく見ると、一粒一粒は虫であったようだ。全ての虫が飛び立った後、それは影に溶け込むように掻き消えた。

 

 俺は二人に駆け寄る。

 焼けて溶けた壺巫女の瞳を治し、褪せ人の体も治す。指の母に損傷はないか尋ねると、彼女は波動によって問題ないことを告げた。

 

 

「褪せ人殿、壺巫女殿を守ってくれて感謝する。ぎりぎりだったな…。」

 

 

 褪せ人は、自分は問題ないと言い、これからは自分もあれに対処できると続けた。褪せ人は「それ」が消えた場所に落ちていた、それの似姿を拾い見せてきた。褪せ人はこのタリスマンから情報を得たようだ。

 曰く、「それ」は男性の残した警告にあった翁だという。翁は俺のある行動によって攻撃が通るようになったと褪せ人は言った。パリィだ。

 

 

「そうか…。翁には、受け流しこそが対処法だったということか。」

 

 

 俺の呟きに、褪せ人は頷いた。褪せ人は暗月の大剣を担ぎ、近くの翁を始末しておくと一言残し、駆けて行った。

 褪せ人の後ろ姿に、俺は安心感を覚えた。彼は必ず勝利を掴むと分かるからだ。

 俺は岩の腕に収まる壺巫女の様子を伺う。発狂によって蓄積した精神的疲労が無くなるまでは、まだ粒子を当て続ける必要がありそうだ。

 治療を続けていると、壺巫女は弱弱しく、俺に話しかけてくる。

 

 

「せんしの、つぼさま…。私は、見ました…。」

「無理をするな、壺巫女殿。治ってから話してくれればいい。」

「いいえ…今話したい、のです。私は、あれに…見ました。平穏の、かたちを。」

 

 

 俺は理解が及ばず、壺巫女の顔に視界を向ける。壺巫女は疲れ切った顔をしていたが、瞳は、瞳だけは爛々と輝いていた。俺はたじろぐ。

 

 

「これこそ…せんしのつぼさまが、皆が…求めるものです。この、平穏を。」

 

 

 壺巫女は、両手をまっすぐに伸ばし、指で空をなぞり円を描いた。すると壺巫女の体が波打つ。いや、彼女の周囲が歪んでいるのだ。それは、翁が使った技であった。

 彼女はにっこりと微笑むと、そのまま目を閉じ寝息を立てる。俺は壺巫女が目が覚めるまで、抱きかかえていた。彼女の、他者を思い続ける心に感服しながら。

 

――――――――――――――

 

 壺巫女は褪せ人と共に逃げながら見ていた。戦士の壺を名乗る彼が、ブドウのような何かに攻撃を当てられないのを。壺巫女はその凄まじい観察眼をもって見て、考えた。その仕組みを。

 熟した黄色いブドウを見れば見るほど、壺巫女の瞳は灼けるように熱くなる。だが、彼女は見ることを止めなかった。あれを知ることができれば、再現できれば、皆の平穏を守る足掛かりとなる。

 

 壺巫女は、一緒に旅をする中で圧倒的な力を手に入れていく戦士の壺に、負い目を感じていた。彼の役に立ちたいのに、戦士の壺はその必要を感じさせない。牢獄での協力のように、もっと彼の役に立ちたい。そうでなければ、ただの足手まといだ。焦る気持ちが、壺巫女の心を支配していた。

 壺巫女の武器は、視覚だ。よく開けており、物を見つける術に長けている。彼女は自身の長所が役立つ機会を待ち続けた。

 

 壺巫女は見続ける。戦士の壺が攻撃するたびに歪む空間を。回復手段がなくなり、瞳が溶け機能を失うまで。そして暗闇の中で、彼女は理解した。あれの技の仕組みと、皆が平穏であるための手段を。

 壺巫女は、暗闇の中に光を見た。

 




平穏 祈祷
消費FP 100
使用スロット 2
必要能力値 知力:0 信仰:40 神秘:40

戦士の壺個人を信じる、壺巫女が見出した祈祷
触れ得ざる翁の技を見て盗み、原理を解明したもの

こちらが攻撃をするまで、敵の攻撃を異次元へ送る
(一度のみ発動でき、祝福で座ると再度使用できるようになる)※褪せ人が使うときの表記

平穏を皆で作るために
狂気は優しさとなった
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