戦士の壺(パチモン)   作:棘棘生命

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 褪せ人が戻ってきた。左手に何やら黄色い球体を持っている。それは膨張していたが、人の瞳そのものだった。

 その瞳、「膨れたブドウ」について褪せ人が話してくれる。触れ得ざる翁を倒したとき、これを落としたと。これは三本指の抱擁を、直に受けた者の瞳であり、おそらく翁の瞳だろうと褪せ人は言った。

 影のように消えたが、翁は元々人間だったということか。肉体を残さないのは、狂い火で体が燃え尽きたからかもしれない。

 何にせよ、話が通じる相手であるかは後で判断しようと俺は考えた。場合によっては手の施しようがあるかもしれない。翁がどこから現れるか分からないため、俺たちは、一旦廃教会へ退避することにした。

 

 廃教会で休憩していると、壺巫女が目覚めた。俺の腕から起き上がり、伸びをする。

 

 

「壺巫女殿、怪我は治ったか。目はしっかり見えているか?」

「はい、問題ございません。戦士の壺様の、治療のおかげです。」

 

 

 俺は壺を撫でおろした。そして、壺巫女が眠る前に俺へ見せたものについて訊く。あれは紛れもなく、翁の技だった。

 壺巫女は実演する。彼女の見出した「平穏」を。俺が壺巫女に触れようとすると、感触はないが確かにそこに実体があることを確認できる。

 

 

「戦士の壺様、褪せ人様。これをお二人にも。この祈りは、必ず力になります。」

 

 

 壺巫女は懐から紙を取り出すと、この祈祷について記し始めた。紙は文字の黒でびっしり埋まる。壺巫女は紙を、俺と褪せ人にそれぞれ渡した。

 褪せ人はじっくりと記された内容を読み、祝福へ座りに行った。凄まじい効果だと言い残し、足取りはどこか軽やかであった。

 俺もこの祈祷をものにするため、しっかりと読む。理解すればするほど、とてつもなく利便性のある祈祷だ。おそらく改良もなされている。

 効果としては、こちらが攻撃性のある行動、悪意を持った行いをするまでは、敵対者からの攻撃を異次元に飛ばすというものだ。この障壁は、どんな技や魔法であっても剥がすことはできない。正しく、平穏という名にふさわしい。

 これを巫子らに、生き壺たちに、守りたい全ての人達に覚えてもらえば、命が脅かされることはないだろう。

 

 

「壺巫女殿…ありがとう。これで村やメスメル公たちを真に守れる。」

「ふふ…。ようやく、しっかりとお役に立てました。」

「いいや、ずっと助けられているぞ。壺巫女殿のおかげで、切り抜けられたことばかりだ。これからも共に行こう。」

「ええ…!」

 

 

 その後も壺巫女を褒めちぎっていると、褪せ人が戻ってきた。そして、俺たちの目の前で「平穏」を使う。

 褪せ人は、探索に戻る前に試しだ、一回攻撃してみてくれと言う。俺も「平穏」を発動して、褪せ人に拳をぶつけてみる。すると、褪せ人の体に攻撃は当たらず、俺の術は拳を突き出した時点で消えた。壺巫女の説明通りの効果だ。

 褪せ人はこの一回で満足したらしく、効果を実践で試したいと言った。早速出発するつもりのようだ。

 俺は壺巫女の様子を伺う。壺巫女が大丈夫だと言ったため、そのまま向かうことにする。

 

 俺と壺巫女は平穏を発動してから、褪せ人と並ぶ。この祈祷があれば、奈落の森も、触れ得ざる翁も恐るるに足らず。褪せ人がトレントにもかけられないだろうかと、ぼやいていた。

 

 岩壁沿いに歩き、出会う動物たちに粒子を纏った手で触れて、治療していく。まずは動物たちに逃げてもらってから森を浄化するのが良さそうだ。

 歩いていると濃い霧に覆われた場所に来た。その奥には触れ得ざる翁がいる。翁に見つめられているのに、褪せ人と壺巫女は目に黄色い炎を宿していない。どうやら状態異常の蓄積さえも弾くことができるようだ。

 翁はこちらに衝撃波を伴ってワープしてくるが、それすらも空間の波打ちによって弾かれる。翁の杖による攻撃も空を切るだけだ。先ほど、翁の同族にされたことをそのまま返している。たまらなく爽快だ。

 

 

「褪せ人殿、翁の体勢を崩してほしい。試したいことがあるのだ。」

 

 

 翁に対して、俺の粒子はどう作用するのか。俺は褪せ人にパリィをお願いする。俺の腕は長いため、間合いを管理しながら受け流すことに向いていないのだ。

 褪せ人は流石の技量で、翁の杖を受け流した。大きく体勢を崩した翁に対し、俺は掌を当てる。

 結果、粒子を浴びた翁は、不気味な声を残して消えていった。もはやそれは人の声ではなかった。

 

 俺の粒子は、大いなる意志の知識によると、生き物の姿を正常に戻す力を持っている。命を失っている場合でも、条件が合致すれば生前の状態に戻せていた。その条件とは肉体がある状態で、生きたいという意志、あるいは為すべきことがあると無念を残した者であることだ。

 だがその性質はより良く変質した。なんと、大いなる意志の力を受け継いだことによって、霊体の状態でも蘇生が可能になったのだ。

 しかし変わらず、絶望に染まった者、消滅を望む者、そして人の影には適用されない。

 

 翁に触れて分かった。翁は影の霊体であった。そして人ならざるものへと変わっていた。影の霊体は残念ながら、元に戻すことができない。影の城にいる彼らや、牢獄にいた霊体は、人格が残っていたとしても肉体を呼び出せないのである。

 霊体としても死に伏している彼らは、人の残像であり、それ故に残る魂は希薄なのだ。

 

 俺は、せめてもの弔いとして合掌を行う。狂い火に囚われ、人ですらなくなった彼らのために祈った。次の生があれば、正しく生きられるようにと。

 

 

 進んでいくと、頭に角を生やした人間がたむろする場所にやってきた。奈落の森で出会った男性の言っていた責問官だろうか。人間たちの奥には、一際目立つ建造物が聳え立っている。あれがユミル卿の話していた館だろう。

 俺はその人間たちに話しかける。

 

 

「巡回中失礼する。俺は戦士の壺。ここを通らせてもらいたい。」

 

 

 その人間たちはしわがれた女性の声で、話は聞いていると返した。やはり狂い火を容認する責問官たちで間違いなさそうだ。

 責問官たちは、館の中の奴らにも話しておいた、早く行きなと言い、手で追い払うようなジェスチャーをする。

 俺は壺を下げた。あの男性も彼女ら責問官も、分かりが良くてありがたいことだと思った。

 

 

「話が早くて助かる。感謝を。」

 

 

 俺たちは、彼女らの横を通り館に向かっていった。

 

 館の前に、何か金色に光るものが並んでいる。近づいてみるとそれは、首を切り取られた遺体の列であった。遺体の首元から棒状のものが飛び出ているのだ。

 これが責問された人の末路なのだろう。俺は遺体に触れて回るが、一人として蘇生することはなかった。苦痛と絶望の内に死んでいったと推測できる。俺たちは彼らに対して黙祷した。

 

 館の中に入ろうとすると、上の階から声が響いてくる。男性の苦し気な声だ。

 

 

「狂気に、近付くな…」

 

 

 おそらく狂気とは狂い火のことだろう。上階に行くために蛇綱を使うことを考えながら、館の中に入っていく。俺たちは目の前にいる半透明の霊体に話しかけに言った。霊体は焦点の合わない目で、同じことを繰り返す。

 

 

『…ようこそ、招かれざるお客様 どうか、我が主ミドラーの警告を、お聞き入れください …狂気に、近付かぬことです』

 

 

 俺が触れても、その半透明の霊体は反応を見せない。ただ残り続けているだけのようだ。

 俺は褪せ人に尋ねる。館の主ミドラーに会うための準備についてである。

 

 

「褪せ人殿、準備ができ次第上へ向かおう。まどろっこしいのは抜きだ。一気に跳ぶぞ。」

 

 

 褪せ人は少し待っていてくれと言い、館の中心に座り込む。しばらくして立ち上がり、俺の近くに歩いてきた。支度が整ったようだ。

 俺はミドラーの声がした上階に向けて、蛇綱を伸ばし跳んだ。

 

 跳んだ先の大広間、その中心に、あまりにもむごい劫罰を見た。館の主ミドラーは、頭から逆棘の剣を貫かれ、脊髄がそれに換えられていたのだ。それでもなお、彼は生きて、理性を保っていた。

 ミドラーは苦悶の叫びを上げている。一体どれほどの時間、彼は苦しみ続けていたのだろう。

 俺は大広間に入ると、飛び掛かってくるミドラーを受け止め、声を張り上げる。

 

 

「…痴れ者どもが!なぜ、立ち去らない!」

「ミドラー殿!そのような状態で、話す事は難しいかもしれない。だが、聞いてくれ!」

 

 

 俺は、ミドラーの体に粒子を纏わせながら話す。逆棘を取り除くには手順がいる。まずは異物が刺さっていることの痛みを和らげるのだ。

 

 

「俺たちは、その狂い火を鎮めに来た。貴殿から狂い火を取り除き、その棘からも解放したい!」

「…そうか。もう、いいのか。」

 

 

 ミドラーはうわ言のように呟き、突然逆棘に手を這わせる。棘に手が突き刺さり、ぐぐと頭部が引っ張られていく。このままでは、彼の頭部が外れてしまう。俺は彼の行いを止めようとしたが、ミドラーは、ぐちぐちと肉を擦らせながら頭を横に振る。

 

 

「最期に、安らぎがあった…。それだけで、いい。ああ、ナナヤ…許しておくれ。」

 

 

 誰かに懺悔をしながら、彼は逆棘を引き抜く。頭部が体から剝がれ、何もなくなった部分から太陽のごとき炎が出現する。黄色い炎、狂い火である。

 ミドラーだったそれは、ゆらりと立ち上がった。そして両手を掲げて、狂い火の火力を強め、人ならざる咆哮を放った。見覚えのある姿に、俺は戦慄する。

 

 森に隠れ、劫罰によって封じ込められていた狂い火の王が、今ここに顕現した。

 

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