少し前。褪せ人と戦士の壺を騙る者たちが、奈落の森に飛び立ったとき。
影の地で生きる者は、天を貫く黄金と、空を流れる流星を見た。それは、この地に訪れていた神人も例外ではなかった。
その神人は、自身の理解が及ばないものを恐れ、嫌っていた。彼の双子の妹は、生まれながらに外なる神の干渉を受け、腐敗の宿痾を患っていた。たった一人救えない原理主義、害を与える腐敗、どちらも大きな因果だ。
ならば超える。自らが神となって、全て抱こう。因果の内にある身体も、力も、宿命もすべて棄てて、自身の信じた王と共に、優しき理へと。
だが彼は、肉体や感情を棄てられても、自身の力の源は棄てられなかった。
そして彼は、標とした十字に刻む。愛しき配下たちよ、今こそ力を使うときだと。流星の先にいる黄金に未来はない。
針の騎士レダは標を辿り、神人の言葉にいち早く気付く。そして考える。疑わしい者について。
ミケラ様に魅了されておらず、同志に何度も接触している者。それは、同志たちの話から、金色を使い、おそらくメスメル卿と密接に繋がっている。
種火が必要だというのに行く手を阻む可能性が高く、ミケラ様にも危険視されている。牢獄の生き壺。何故、邪魔をする。
レダは、同志たちに伝達する。この先、影の城に落ちた流星を追い、ミケラ様の障害となる者を打ち倒すのだと。
神人は青海岸で、半身を切り離すと、神の門へと向かった。不安や恐怖はないと言い聞かせ、神となるために。神人の半身は、泥濘の底で深く眠る。
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金色の柱にて、影の城の最上階へとたどり着く。突然現れた俺たちに、メスメルの筆頭騎士クードは驚きをあらわにした。クードはすぐに調子を取り戻し、用があるならば粗相のないようにとばかりに、扉の横に移動する。俺は壺を下げると、メスメルの暗室へと向かった。
メスメルは部屋の灯火を点けると、同行してくれた褪せ人の瞳を兜越しに覗く。メスメルは、深く息をついた後、俺たちに尋ねる。何用か。
「メスメル公、またもや唐突に伺うことになり、申し訳ない。貴殿のお耳に入れておきたいことがあり、こうして参った次第。」
「…いいだろう。そこの、黄金の祝福無き者についても、申せ。」
「はっ。」
俺はメスメルに話した。平穏の祈りと、その由来。それこそが皆を守ること。同志たちが迫っていること。ここにいる褪せ人が、目に祝福が宿っていなくとも、どれだけこの地のことに協力してくれたかを。
メスメルは俺の話から苦悩していた。メスメルは自身の頭を押さえながら、呟く。
「そのような、祝福と対極に位置する力…。だが…火で焼いたことこそ…。」
「そして、褪せ人…。祝福無き者を焼いてきた我が、それに力を借りるだと…。」
しばらくしてメスメルはこちらに跳躍し、俺の話に答えを返した。我は使わないが、他の者には好きにしろと。
そしてメスメルは褪せ人に向き直る。強い威圧感だ。デミゴッドとは、ここまで超然としたものなのか。それを向けられた本人でないのに、俺は壺を震わせた。
「…黄金の祝福無きすべてに、死を。これこそ、我が使命。だが…。」
メスメルは言葉を遮り、重い口ぶりで言った。目の険を取り、槍の穂を掲げる。
「我の槍に、向かうがいい。我が使命を砕く力を、示せ。」
俺と壺巫女は暗室から追い出され、その扉越しに褪せ人とメスメルの戦いを見る。彼らは威圧感を出しながらも、殺し殺されを目的としていない。ただ純粋な決闘がそこにあった。
壺巫女が、俺に不安げな顔を向ける。
「褪せ人様も、メスメル様も…大怪我はなさらないでしょうか。戦わずとも、お話しできるお二方ですのに…。」
「終わった後、俺と壺巫女殿で治せばいい。それに、二人ともこの戦いに意味を持っている。折り合いをつけ、共に協力していくための試合なのだから。」
メスメルはデミゴッドの剛力と技量によって、舞うような連撃を褪せ人に見舞う。褪せ人は鬼神のごとき攻めと受け流しをもって、メスメルの槍を掻い潜っていく。槍と大剣が火花を散らし、お互いを無力化するための一撃を狙い続ける。
何時間経っただろうか。均衡が崩れた。褪せ人の盾がメスメルの槍を受け流し、その隙にメスメルの得物を宙に飛ばした。すぐに次の槍を作り、メスメルは応戦しようとするが、褪せ人が首元に向ける冷気の剣によって押しとどめられる。メスメルは指を鳴らし、試合の終わりを宣言した。
暗室の中に再び戻り、二人の傷を診る。聖杯瓶を使わなかったためか、褪せ人の鎧の隙間にも傷が幾つも浮かんでいる。二人とも命に別状はないが、痛みはするだろう。
俺が褪せ人を、壺巫女がメスメルを治し、改めて四人で向き直る。
「褪せ人よ…貴公は、我が使命を退けた。…好きにするがいい。」
褪せ人は頷き、メスメルと見つめ合っている。言葉無くとも、戦いにおいて通じ合った部分があるのだろうか。
しばらく、皆で今後のことを話していると、暗室の前に火の騎士がやってきた。クードも隣にいる。
その火の騎士が言うには、意識のはっきりしない兵士の集団が、持ち場を離れ古遺跡に向かっていったとのこと。そして、影の地の外からやってきた集団と、一人の角人が城内に侵入を試みているらしい。
俺と褪せ人は顔を見合わせた。間違いない。ミケラとその同志たちが、この城までやってきたのだ。
俺はメスメルに願った。今いる兵士や騎士、卑兵、影の霊体たちを逃がしてくれないかと。そして皆を先導して、一旦メスメル自身も避難してくれないかと話した。
「戦士の壺…我にこの城を放棄しろと?我が誇り、安くはないぞ。」
「いいや、泳がせるのだ。道を拓き、そちらに進ませる。…メスメル公、貴殿の偉大さは、城を離れた程度で無くならない。だから少しの間だけ、対処を俺に任せてくれないか。俺は、強くなった。皆を守れるほどに。」
「…本当に、安く見られたものだ。」
俺は、金色の炎、竜の力を見せる。最初の謁見では持っていなかった力だ。体もこの短い旅の中で色を変えた。ただ灰色で割れやすい壺から、薄い金へ、今は燃えるような金の硬き壺へと。
メスメルは鼻を鳴らし、火の騎士とクードに告げた。総員、隠された地へ一時的に移動する。我についてまいれと。
俺はメスメルに感謝した。
「…貴公、その蛇綱は、借り物であることを忘れるな。巫子らを任せられるのは、我の力無しであれ。それほどまでに、強くあるのだ。」
「ありがたく、存じる。」
壺巫女は、平穏の祈祷を皆に伝えるために、メスメルたちと共に村へ戻る。段々と、城の中から人が出て行き、最終的に俺と褪せ人だけが、このがらんとした空間に立っていた。
俺は褪せ人に作戦を伝える。
「褪せ人殿。貴殿は、同志たちに話してくれ。自分がメスメル公を討ち倒し、火種を手に入れたと。」
褪せ人は、戦士の壺はどうやって同志たちを誘導するつもりなのかと尋ねてきた。俺は答える。
「俺はこの暗室を守る。話が通らなければ、ここに来るだろう。そこで、俺の話も通じなければ戦うまでだ。…褪せ人殿、怪しまれないようにな。これは欺きだ。同志たちが戦いを選択するならば…貴殿も俺と対峙し、勝利を掴め。」
褪せ人は納得がいっていないような様子であったが、頷いた。
俺には勝機がある。同志たちに粒子を当てるのだ。俺はあのミケラの魅了を弾いた。同志たちの魅了を解除することで、選ぶ道を変える可能性もあるだろう。
耐久力に自信はある。後は同志たちに、どう納得してもらい通過させるかだ。
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褪せ人は戦士の壺と別れ、影の城を下りて行った。祝福で移動するより、鉢合わせる可能性が高いからだ。
城内にはもう誰もおらず、褪せ人の足音がよく響く。しかし入口の方で、金属音がしていた。褪せ人は音のする方へ歩を進めた。
城の正門は開いており、水場の中心には巨大な生物の亡骸が転がっている。少し進んだところでメスメル兵たちと斬り合っているのは、針の騎士レダに、落葉のダン、老兵アンスバッハ、角人、赤獅子フレイヤの五名であった。少し戦線から離れたところには、ムーアとティエリエがいる。
最後まで戦っていた黒騎士が倒れ、レダが褪せ人の存在に気づく。
「ああ、君か。合流できてよかった。君には話せていなかったな…。ミケラ様が、十字にて我々にお言葉を下さった。黄金の先にいる、かの者の排除を。」
レダがじっと褪せ人を見る。褪せ人はそれは誰だと訊いた。レダは、普段の冷静な口調を崩さず言った。
「君も知っているだろう。あの生き壺だ…あれを、ミケラ様は危険視されている。」
褪せ人は、レダ以外の面々に顔を向けた。皆一様に首を振っているが、ムーアやダンなどは反応が薄い。
レダは褪せ人に続ける。
「我々はミケラ様に魅了されている。それだけでなく、ミケラ様から期待されているのだ。この使命、共に必ずや成し遂げよう。」
褪せ人は頷いておき、予定の通り同志たちに、火種を手に入れたことを報告する。影の城に乗り込み、早くも手柄を立てたと同志たちは認識し、褪せ人を褒めたたえた。角人はただ一人、呟いている。
「…復讐が。俺は何も為せなかったというのか…。」
「角人殿。その先は、ミケラ様が示してくださいますよ。」
「ああ…。」
レダが角人に励ましの言葉をかけている。褪せ人はこの団結に温かさを感じたが、これがまやかしであることを残念にも思った。
褪せ人は、彼らを先導して、影の城の頂まで案内する。戦士の壺と一時手合わせが出来ることを、少しばかり楽しみにしながら。