俺は褪せ人が戻ってくるまで、考えていた。俺の粒子は、壺巫女の失われた体力を治すのに時間がかかった。大いなる意志の知識においても、傷が深いほど、完全な治療には時間がかかるという。
ならば、一旦無力化してから癒しの炎を使うべきだと思い立つ。あれは、言ってしまえば粒子を炎状にしたものだ。故に攻撃の手段として使えるだろう炎とは別物。調香瓶の原理を反対にしたのだ。
また、平穏をかけるのも止めておくべきだろう。あれは奥の手だ。
取るべき会話と交渉が決裂した場合の戦法とを、腕を組みながら考え続ける。すると、暗室前に多くの人影がやってきた。俺は声を張り上げて、彼らを出迎える。
「神人ミケラと、その信奉者たちよ。よく来た!…俺は、戦士の壺!」
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褪せ人は、同志たちに嘘を吐く。最上階まで行き、メスメル卿は倒したが、黄金については分からない。どこかに潜んでいるかもしれないので、警戒は怠らないようにと。
同志たちは、皆それぞれ反応する。角人は落ち込んだままであったが、次第に薄暗い思いが口を突き、雰囲気を変えていく。メスメルに懇意にしている奴ならば、復讐にふさわしいではないか。
保管庫に安置された、巨大な獣の亡骸を伝い、暗室に至る前の部屋までやってきた。レダはここで作戦を練るようだ。褪せ人も、皆がどう考えているのか気になったため、話を聞きに行く。
まずは、アンスバッハだ。フレイヤと会話していたようだが、褪せ人が寄ってくると視線を向けた。
「おや、褪せ人殿。どうかなさいましたかな。」
「お前か。先の戦いに、影の城の主。見事だったな。嬉しいよ、お前のような戦士がいるなんて。」
フレイヤの嬉しそうな口調に、褪せ人は気分が良かった。メスメル卿については、しっかりと手合わせしたため、嘘の中にある真であり、その称賛を置換して受け止めた。
褪せ人は、アンスバッハとフレイヤに尋ねる。黄金についてと、これから起きるだろう戦いについて。
「黄金の流星。影の地のヴェールを、突き抜ける光。只者ではありませんでしょう。戦いについては…老兵であるので、荒事に役立てるか分かりませんが、全力で事に当たりましょう。」
「…ふうむ。私は、ミケラ様の導きに従うのみだ。戦えることがあれば、それだけで面白い。生き壺とやら、腑抜けでなければ良いが。」
アンスバッハは冷静に、フレイヤは単純明快な答えを返した。どちらも戦う者である故か、この先の戦いについては少なからず昂ぶりがあるようだ。褪せ人は片手を上げると、その場を離れ、ムーアとティエリエのところへ向かった。
この二人は戦闘をしたくない者たちだと、褪せ人は認識していた。集めた物と、毒関連の品について、ルーンを支払い購入する。褪せ人は、戦いの間二人はどうするのか尋ねる。
「自分は、皆の応援。君に、レダ様に、皆も強いから。」
「私は…すみません。お役に立てなさそうです。」
「…うん。ティエリエ様と、待ってる。」
褪せ人は頷くと、無理はしないように言った。ムーアが小さく呟く。
「戦士の壺…。かなしい…。」
ティエリエがムーアの背中をさすっている。褪せ人は、戦い以外に選択肢があるかもしれないと暗に話し、二人の下を離れた。
褪せ人は、一人でいる角人に話しかけようとしたが、近寄った者を切るような危うさを感じ、レダとダンに話しかけに行く。レダはダンに一方的に話しかけ、頷きか否定をもってダンが答えている。
レダは、褪せ人に言った。
「君の話なら、この先がメスメル卿の暗室。生き壺がいる可能性の高い場所だ。同志たちの団結力をもって、それを討ち倒すとしよう。」
褪せ人は頷き、ダンについてレダに尋ねる。褪せ人にとっては手合わせをしてから姿を消した男だ。謎が多く、詳しい話を聞きたいと褪せ人は思っていた。レダは説明した。
「この男は、私より前からミケラ様に仕えていた古株でな。私でさえ言葉を発するのを聞いたことがない。寡黙なのだ。君に含むところはないから、誤解しないでくれ。」
なるほど、修行僧とはここまで自分を律しているのかと褪せ人は驚く。しかし、目の前のダンは目深に被った帽子越しであっても、どこか上の空のようだ。褪せ人は思った。自分を律しているにしては、調子が悪そうだと。
褪せ人がじっと彼を見つめていると、ダンは更に帽子を深く被った。まるで焦りを隠すように。
皆の士気を聞いたところで、レダが号令をかけた。皆はそれぞれの思いを心に秘めながら、武器を手に取り出発する。
門番のクードがいなくなり、ただ開いている扉を、同志たちは進んでいく。狭い階段を上り、灯りのともった広間の先に、腕を組む壺がいることを皆視認する。
そして広間の奥から、張り上げられた野太い声が響く。
「神人ミケラと、その信奉者たちよ。よく来た!…俺は、戦士の壺!」
レダを先頭にして、ぞろぞろと広間に入っていく。
アンスバッハは、広間に入って一言こぼした。
「…ふむ。流星と戦士の壺殿は、同一でしたか。レダ殿の推測は、当たっていたようですな。」
「ミケラ様から受けた使命だ。生き壺よ。針の騎士レダが、落葉のダンが、その同志たちがお前を許しはしない。」
レダが剣を、燃えるような金色の生き壺に対して向ける。それに呼応して、落葉のダンが静かに掌を、赤獅子フレイヤが少し笑いながら大剣を、老兵アンスバッハが弓を構え、角人が歯軋りと共に両手の曲剣を握り締める。
褪せ人は戦士の壺に目配せし小さく頷くことで、決裂したことを伝える。その生き壺は、褪せ人からの合図に唸り、同志たちに話す。
「…メスメル公の種火は、そちらの褪せ人殿が手に入れたはずだ。戦わずして、先に進んではくれぬのか?」
「言ったはずだ、これはミケラ様から受けたお言葉。お前の死をミケラ様は望んでいらっしゃる。」
「…しかも、貴様はあのメスメルと懇意にしていただろう…。メスメルは、一族の仇…!もう奴がいないならば…火の報いを、代わりにお前が受けてもらおう!」
「火の報い…そうだな。その通りだ。」
レダの殺意と、角人の憎しみの言葉を受け、生き壺は呟く。うんうんと体を縦に振り、そして壺を叩く。
生き壺は宣言した。
「承知した!改めて名乗ろう。俺は、戦士の壺!貴殿らの使命、真っ向から打ち砕かせてもらう!…尋常に勝負!」
戦士の壺を名乗る生き壺は、両拳をぶつけ、同志たちへと跳んだ。
褪せ人は、戦士の壺の猛攻に舌を巻いていた。両腕を光らせ壺を回転させて行うラリアットは、強靭の低い角人やダンを吹き飛ばす。レダの円状に展開し射出される針についても、フレイヤの回転斬りも堪えている様子はない。
これは存分に戦っても良さそうだと、褪せ人はバスタードソードのみを使うことにし、戦士の壺に向かって駆けた。
フレイヤが名乗りを上げ、自身の剣と、戦士の壺の拳をぶつけあい笑う。
「はは!やるじゃないか…燃えるような戦いだ!」
「タフだな…!早く会っておきたかったぞ!」
戦士の壺とフレイヤは戦いながら掛け合い、死闘であるはずがどこか楽しげだった。アンスバッハは弓を打ちながら、言葉をこぼす。
「何という固さ…。戦士を名乗るだけはある…。」
褪せ人は、戦士の壺に対して果敢に攻め、その攻撃を戦士の壺は受け止める。受け止めきれない部分はダメージとして蓄積していき、粒子によってそのヒビは直される。復讐に燃える角人がだんだんと消耗してきたところで、戦士の壺が彼の腕を掴む。
「角人殿といったか。眠ってもらうぞ!」
「離せ…!ぐうあっ…!」
戦士の壺が角人を投げて、自身も跳び上がり地面にダンクする。強かに背を打ち付けた角人は、深いダメージを受け、そのまま横たわった。戦士の壺は角人に金色の炎を放つと、他の同志たちを相手する。
「角人殿!?同志たちよ、油断するな!」
「いやはや、老体には堪えますな…!」
前線を張る者から、戦士の壺は無力化を狙っていく。次はフレイヤだった。攻防の均衡が崩れた瞬間を狙い、戦士の壺は、竜の力にて拳に出現させた飛竜の頭を、彼女に叩きつけた。フレイヤは大きく吹き飛び、大広間を囲む柵にぶつかる。その隙に、戦士の壺はフレイヤを押しつぶすように金色のタックルを繰り出す。
「やるものだ…うぐ…。」
「女傑よ、しばらく眠れ。」
フレイヤに金色の炎を使われ、同志たち残すは四人。戦士の壺は、中距離を維持するレダとアンスバッハを狙う。戦士の壺は、地面を叩きつけることで炎の柱を不規則に放出した。回避を優先する二人に対し、先ほど使っていた炎とは似て非なる色の火球を飛ばす。
レダとアンスバッハは、炎を各々の得物で払うが、長距離をタックルで詰めてくる戦士の壺に当たる。
戦士の壺は、アンスバッハの弓を反らし、そのまま金色の炎を使う。くたりと眠るアンスバッハを横目に、軽大剣を振るレダ。
戦士の壺はアンスバッハを横たえると、レダの腹を竜の力で増強した拳で殴り、くの字になった彼女の体を手刀で地面に叩きつける。そして意識が朦朧としているレダに、金色の炎を放つ。
「ミ、ミケラ様…。」
かくりと首の力が抜けるレダをそのままにし、戦士の壺は褪せ人とダンの方を向く。ダンは拳を収め、倒れている同志たちの下に行く。
褪せ人はダンが戦闘を止めたことに驚いたが、どこか納得していた。戦士の壺は腕を組んで、言葉を放つ。
「そちらのダン殿は、俺と手合わせしたときに、治療している。だから、神人ミケラの魅了が解かれているのだろう。」
褪せ人も剣を収め、ダンと共に同志たちを介抱することにした。戦士の壺は、広間の外を向いている。そしてムーアとティエリエの方に歩いていった。二人にも炎が使われた後、同志たちの今後が決まるだろう。
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俺は総勢六名との戦闘を終え、精神的な疲れはあれど、高揚感を味わえていた。皆、力と技量を併せ持つ達人の集まりであったためだ。ここまでの旅路で力を得ていなければ、一瞬で割られていただろう。
フレイヤという女傑に、レダという騎士。初対面でありながら戦うことになった、彼女らの強さは、すさまじかった。同志の中では、特にアンスバッハが、力を制限しながらもなお強かったことには震えた。
本気での手合わせを願いたいものだと思いながら、俺はムーアと横にいる仮面の人に触れ、炎を使う。
ムーアはじっとこちらを見上げ、仮面の人は震えながらこちらを見ていた。二人とも金色の炎を浴び、それに反応する間もなく眠る。
「うう…。」
「起きたら、話をしようではないか。」
二人を担いでいって、ダンと褪せ人に合流し軽く話をする。ダンは紙でもって、ミケラに対する哀しみを露に綴った。信仰対象の乱心に、彼はミケラの変貌を感じ取ったのだろうか。
褪せ人はミケラが十字で棄てていった物が、どれだけ大事な物かを認識し、返答が発せられないことを知りながらも、ダンに話しかけていた。
そんな中、俺の頭には、火炎壺師とともに戦った記憶が浮かんでいた。罪は早々に背負った。復讐とは、燃え広がる炎のようなものだ。火炎壺師は燃え尽きたが、ほとんどは目的の者を殺しても、更に関係者を手にかける。そして憎しみは拡大していくのだ。
角人の復讐の先に俺がいるのであれば、そこで食い止めてみせる。それが俺が取った行動の責任だ。