戦士の壺(パチモン)   作:棘棘生命

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真意

 一箇所に集め、並べて寝かせていた同志たちが目を覚まし始めた。褪せ人が、ふんわり綿をせっせと広間の床に敷いていた。ダンはそれを一つ手に取ってしげしげと眺める。褪せ人の世話焼きな部分が強く出た場面であった。

 俺が炎で包んだ順に起きていく。まずは角人が頭を振りながら目覚める。

 

 

「貴様、何をした…?頭が妙にすっきりしている…。」

「俺の炎は、人を正常に戻す。貴殿にかけられた魅了。平時の状態ではなかったのだろう。」

「…俺は、お前を殺す。だが、ミケラの救いも要らぬ。…お前らもだ。この壺を割ったら…隙を見せたときが、お前たちの最期だ。」

「その憎しみ、受け止めよう。」

 

 

 角人はその手に持つ曲剣で、俺を、褪せ人を、ダンを指し示し、場を去る。魅了が解けたことで、周りに目が行くようになったようだ。彼に、もう仲間はいない。この地に残る同胞以外は全て、敵とみなすのだろう。

 しばらくしてフレイヤが起きた。殺されなかったことを不思議がっているようで、こちらに尋ねてくる。

 

 

「戦士の壺とやら。良き戦いであったが…何故私は生きている?」

「フレイヤ殿といったか。元より殺すつもりはなかった。話し合いによって敵対関係を緩和できれば、それより良いことはないからな。」

「ふふん、今のところ私の気持ちに揺らぎはない。この傷…これは、戦場で腐敗に苦しむ私を、ミケラ様だけが見つけてくださって、汚い傷口からあろうことか毒を吸ってくださった。その証なのだ。だから、私はミケラ様の導きに従うのだ。」

 

 

 フレイヤは兜に付けられた傷について語る。俺はミケラの優しさが、間違いなく存在しているのを感じた。この一面も、間違いなくミケラを構成する要素なのだ。だからこそ、棄てさせてはならないものだと考える。

 俺はフレイヤの話に頷き、言葉を返す。

 

 

「なるほど、フレイヤ殿にとって大事なものだ。だが、積極的に殺し合う必要もあるまい。何か入用なら助力するぞ。」

「話が分かるやつだな!なら、確かめておきたいものがあるのだ。ミケラ様が仰っていた約束について。私たちの主、ラダーン将軍との約束だ。」

「ラダーン将軍だと?」

 

 

 フレイヤは、在りし日にラダーン将軍と約束し、この地で再び相見えるという情報のみだと話した。褪せ人の話では、ラダーン将軍は「祭り」にて倒されたはずだ。俺は考えても思い浮かびはしないため、まずは肯定を返す。

 

 

「承知した。フレイヤ殿、この城には多くの文書があるはずだ。その約束についても分かるやもしれん。探してみるのはどうだろうか。」

「名案だな。では、行かせてもらおう!レダに言っておいてくれ、私はしばらく自由に動くと!」

 

 

 フレイヤはそれだと俺を指さし、機嫌良さそうに広間から出て行った。フレイヤは、こちらを憎んでいるわけでもなく、からっとした女性だ。上手く行けばこちら側に引き込めるかもしれないと俺は思った。

 次に、レダとアンスバッハだ。レダは起きるなり剣を向けてきたが、アンスバッハがそれを諫める。

 

 

「アンスバッハ殿、もしや生き壺につくというのですか?」

「いいえ。先ほどの戦いで敵わなかった相手に、剣を向けても無駄だと思いましてな。それに、レダ殿も気が付いておいででしょう?脳にかかっていた、霧が晴れたことを。」

「ああ、私も思い出しました。…この血濡れた本性について。」

 

 

 話を横で聞く限り、魅了の影響は記憶にまで及ぶようだ。何も思い出せないようにして、自身を信じさせる。知れば知るほど厄介な力だと俺は思った。

 レダとアンスバッハの言葉はなお続く。

 

 

「私もそうです…思い出したのですよ。碌でもない事です。」

「ミケラ様から、離反するおつもりか?」

「…どうでしょうな。」

「危険な方だ。今ここで粛清すべきか…。…ダン?何故そちらにいる。」

 

 

 レダがぼそりと物騒な言葉を呟き、その後ダンが俺の方でじっとしていることに気づく。ダンは紙に文字を書き、それをレダに投げた。レダはそれをぱしりと掴み、字面を読む。

 そしてわなわなと肩を震わせ、殺気を振りまいて言った。

 

 

「同志だと、唯一最後まで分かり合える男だと思っていたが…そうではなかったようだな。私は、ミケラ様についていく。私一人だけになろうと…。」

 

 

 レダは紙を放り、その場を去った。アンスバッハはレダの後ろ姿を見送ると、ダンに言う。

 

 

「ダン殿が離れられるとは…。その信じる者も、変えられたということですか。」

「ダン殿は哀しんでいる。もはや、優しき律の正体が分からなくなってしまったそうだ。」

「ふむ…確かにあれは恐ろしい。十字で棄てていくことで、更に得体のしれないものへ変わっているでしょう。」

 

 

 アンスバッハが兜に手をやり言った。魅了が解けたことで、ミケラのことをあれと呼ぶとは。記憶とは考え方を包括する。その自己同一性さえ捻じ曲げる魅了が、恐ろしい。

 アンスバッハは、俺含む三人に呼びかけた。真剣な口調であった。

 

 

「戦士の壺殿に褪せ人殿、ダン殿にも話しておきたいことがあります。」

 

 

 私がどのようにして、あの方に魅了されたのか。アンスバッハは語った。主であるモーグにかけられた魅了を解くため、ミケラに挑み、呆気なく心を掴まれたことを。そして気になっていることがある。モーグの遺体が持ち去られた形跡についてだ。それがどうやら影の地に運び出されているようだったと。

 

 

「私は、あの方が心底恐ろしい。ですが、我が主、モーグ様の遺体について。主が尊厳を踏みにじられるのであれば…再び挑むことになりましょう。」

 

 

 俺はモーグがミケラに魅了されていたという情報に驚いた。そしてアンスバッハの忠義についても。鞍替えなどではなかった。神人に果敢にも挑み、囚われてしまっただけだったのだ。俺は一度でも悪い印象を持ってしまった自分を恥じた。

 それはそうとして、ミケラの印象が、どん底まで来ている。フレイヤについてのエピソードについても、彼の妹であるマレニアが腐敗を撒き散らしたから苦しんだのであって、間接的に非があるではないか。十字で肉体や感情を棄てる前も、だいぶしていることが酷いように感じてきた。

 褪せ人は両手を兜の上に乗せて、明後日の方向を見ている。もしやモーグを討伐したことを誤魔化したいのだろうか。

 

 

「…アンスバッハ殿。非礼を詫びよう。貴殿は、忠義に厚い高潔な騎士だ。」

「一時であっても、誓いすら忘れてしまった私には…かけられる資格はありません。罪滅ぼしをせねば。」

 

 

 アンスバッハは、フレイヤ同様に影の城で、モーグの遺体の行方について調べるそうだ。俺は火の騎士が言っていた、「意識の朦朧とした兵士が持ち場を離れて消えた」という情報を伝えておいた。おそらくミケラの仕業だろう。アンスバッハは礼を述べ、広間を去る。

 残すはムーアと、仮面の人である。褪せ人がこの仮面の人の名がティエリエだということを教えてくれた。起きたムーアとティエリエはそれぞれ違う反応を示した。

 ムーアはずんと落ち込み、ティエリエは焦り始める。

 

 

「貴方が、壊したのですか?ダメです、思い出してしまいました…!トリ―ナ様を…会いたい、一目だけでもまた…!」

「…どうすれば、いい…?」

 

 

 俺と褪せ人は、二人を落ち着けるためにゆっくりと声をかける。錯乱状態に陥ったティエリエについては褪せ人に任せ、俺はムーアに話を聞く。

 

 

「ムーア殿。話を聞かせてくれ。」

「戦士の壺。自分は、棄てられた。子供たちも、母に。母は、愛さなかった。ずっと、悲しいまま?」

 

 

 ぽつりぽつりと紡がれる言葉には、涙が混じっていた。ムーアは拾い虫と友である。それ故に推測できた。母とは、腐敗の女神のことなのだと。

 以前も考えていたが、マレニアは自身の腐敗を抑えようとしていた。腐敗を拒むことは、腐敗の眷属たちにとって棄てられたも同義。同志たちが、あの厄介な魅了にかかっていることを知らなかったときでも推測できていたことなのだ。哀しみを忘れていたムーアにとって、俺は酷いことをした。

 

 しかし、よく考えてみると、ミケラが腐敗を肯定するだろうか。妹の腐敗を抑えていたのは、他ならぬミケラ自身だ。ミケラも腐敗を望んでいない。ならば、忘れさせることが根本的な解決にはならない。ミケラは、腐敗の眷属を何も救ってはくれない。

 ならば、腐敗の性質を変えられる可能性のある俺こそが、手を差し伸べるべきだ。何より、友の悲しみをそのままにしておくつもりはない。俺はムーアに答えた。

 

 

「悲しみは、ずっと無くならない。だが、喜びと温かさを感じることは出来る。悲しみを、思い出すことが無いほどに。だから…俺たちと、共に生きないか?」

「…いいのかな。」

「もちろんだ。ムーア殿は友だ。誰も、貴殿らを否定しない。誰にも、ムーア殿を、子ども達を棄てさせん。」

「…うん。うん。」

 

 

 俺はムーアに手を伸ばす。ムーアは俺の手を掴んだ。

 

 俺たちが話している間に、褪せ人とティエリエの話は済んだようだ。ティエリエは、ミケラの半身であるトリーナを信じており、泥濘の底へと足を運びたいらしい。褪せ人はそこへ同行するようだ。

 俺は、ムーアを村に連れて行ってから合流する旨を伝えた。拾い虫も後から連れていくことにしよう。

 ミケラの半身であれば、ミケラの思惑を掴んでいるかもしれない。ミケラが肉体だけでなく、感情さえ棄てていくわけを。神となり、ミケラが何を望むのかを。

 

 

 俺と褪せ人は一旦別れる。ティエリエの目的が果たせたら、フレイヤやアンスバッハの調査に加わるそうだ。俺も最終的には、その二人の下へ向かうだろう。

 俺は、ついてきたダンとムーアを村へ送り届けることにする。ダンは信仰対象を見失ったことで、誰の下についていくべきか吟味するようだ。信じるのであれば魔女ラニの律を勧めたい。魂の循環を直した上で、この地の人間に行く末を任せるやり方は、可能性を感じさせるからだ。

 ムーアは盾と物資を背中に抱え、ゆっくりとついてくる。兜で顔は見えないが、かけてくる言葉の調子から、少なくとも悲しみは奥底にしまわれたようだ。

 

 影の城の下まで進み、隠された地への道を開く。そこに広がる光景は、しばらく見ない内に変わっていたが、それでもこの世の楽園と呼べるほどに美しかった。

 俺は、こちらに駆けてくるツリーガードと、その後ろに座る巫子へ伝える。家族がまた増えたことを。

 

 村にはメスメルと、見覚えのない鎧を着た猪と騎士、レラーナさえもが村にいることに気づく。村の中はメスメルの兵士や魔術師など、人でごった返しており、その分活気があった。

 そんな中、近づいてくる壺巫女は、ムーアとダンを迎えた。

 

 

「新しい家族とは、このお二人のことでしたか。」

「ダン殿は、しばらく滞在する予定があるようだ。ムーア殿と拾い虫たちが家族になる。」

「…壺巫女。よろしく。」

 

 

 壺巫女は両手を合わせると、目を輝かせた。俺たちとムーアは友人だ。家族の輪が広がることを喜んでいるのだろう。壺巫女は、ムーアとダンに自ら村の案内をしに行った。

 俺はメスメルたちが集まる場所に向かう。

 

 近づくと、開口一番にメスメルから小言を言われる。

 

 

「戦士の壺…。守れる力を持てと言ったが、巫子らを壺で染めろとは言っていない。」

「そんなにも、行き過ぎていただろうか。村の見た目は、そこまで変わっていないと思うが…。」

 

 

 メスメルは深く息をつき、村の外を指さした。俺はそちらを見る。指遺跡の方に馬鹿でかい壺があった。ケイリッドの闘技場にいる大壺くらい大きい。なんだあれは。

 

 

「古の竜まで使って、あれを作らせるとは…。我が間違っていたか…。」

「待ってくれ!誤解だ!」

 

 

 メスメルの叱責は長時間続く。その言葉が紡がれる度にレラーナは相槌を打ち、隣の騎士、ガイウスであるらしい彼も頷く。その場に俺を味方するものは、誰もいなかった。

 

 その言葉を受けながらも、俺はあの大壺を早く近くで見たいという気持ちでいっぱいになっていた。俺は元々壺人が大好きである。壺人の善き在り方もそうだが、あの儀式壺のフォルムがたまらなく好きだ。

 作られた経緯はどうあれ、大きな壺とは良いものだなあと、上の空で思っていた。

 

 

 小言が終わり、同志たちに関する情報を伝えた。そしてほとぼりが冷めるまでは、一旦ここにいてほしいと願う。メスメルは旧知との会話を楽しむと言い、あまり城から離れたことを気にしていないようだった。長年の孤独が、今ここで溶かされたからだろうか。

 

 メスメルたちと別れ、俺は壺巫女の姉妹の一人に、大壺の下へ案内してもらっていた。

 現在は器が出来上がっただけであり、中身は無理のない範囲で増やしていく予定のようだ。無益な殺生はしたくない、それが総意だと同行してくれた彼女は言う。

 

 

「近くで見れば…なんという大きさだ。短い期間で、しかもこんなに大きい物をどう作ったのだ…?」

「セネサクス様や、メスメル様の兵士の方々に協力していただき、壺様の金色によってばらばらに作った焼き物を接合していきました。」

「なるほど、考えたな。」

 

 

 奥にある指遺跡の範囲が、縮小しているように見える。それについても尋ねると、ユミル卿のところにいるユーリたちが活躍してくれたようだ。なんと、ユビムシとヤツメは意思疎通が少しできるらしく、ヤツメたちは、指遺跡に生える指さえ奪わなければ問題ないとしたらしい。俺は襲い掛かってきたヤツメに対して、申し訳なさを感じた。

 壺巫女の姉妹が続ける。ユビムシからユミル卿へ伝達された情報によると、ヤツメは原始的な知性であるため、石の指を齧ることで頭がいっぱいだそうだ。

 双方納得した上で、村の繁栄が進められるならば問題はないかと、俺は思った。あくまで、村や影の地の脅威にならなければだが。

 俺は壺の中を見たいと彼女に話し、梯子を用意してもらう。近くで「柱」を展開すれば壊れてしまうほど、器は脆く見え継ぎ接ぎだ。ならば、俺が仕上げをするべきだろう。これが村の守りになるならば。

 

 俺は、梯子を上って大壺の中にするすると入っていく。そして底まで降りると、金色の炎を以って、全身を燃やした。大壺の中がめらめらと燃え、内部を焼いていく。ところどころ崩れかけの表面には、粒子を撒き、あるべき姿へと直していく。

 しばらくして俺は、壺を拳で小突く。焼いたおかげで簡単には壊れなさそうだ。

 

 壺の内部は問題ない。ならば次は中身だ。

 俺は、俺の中について考えた。とんでもない質量の亡骸を俺は詰めてきた。いわば圧縮されている状態だ。であれば、それを解き放てばどうなるのか。

 俺は試してみることとした。俺の蓋を開け、念じる。解き放たれよ、金色となったものたちよ。そして、村を守る力となれと。すると、俺の体から金色の液体が迸った。俺の足元を粘体が埋めていき、俺は液体に乗って上へ上へと浮いていく。金色の液体は地面に零れた傍からスライム状になり、足場となる。

 

 俺が外に出る頃には、壺の中身は全て詰まっていた。仕上げとばかりに、俺の金色の液体が、蓋の形状をなし硬質化する。

 ずずずと大壺が動く。俺が梯子を下りて、大壺を見上げるとそれには俺と同じように岩の腕が生えていた。金色の腕だ。大壺は全身を震わせることで、俺に波動を発する。

 

 父よ。俺が守りとなり、全てを混ぜ合わせよう。

 

 

「壺様!私たちが作った大壺が、生き壺へと…!?」

「…不思議なものだ、この神秘は…。大壺よ!その体で皆を癒やし、守るのだぞ!」

 

 

 金色の大壺は、作られたばかりの手でサムズアップを返す。俺は安心した。

 もはや心配事はない。村は皆とこの大壺が守り抜ける。癒しと鉄壁の布陣は、どの外敵も崩すことは出来ない。

 俺は大壺にサムズアップを返すと、ムーアに拾い虫の場所を訊きに行くこととした。それが終われば、ミケラの動向探りだ。

 考えがぶつかり合うことで、戦いが起きる可能性は十分にある。そうなったとき、神人相手にどこまで戦えるだろうか。俺は受け取った力をどう使うか、膨大な大いなる意志の知見を、頭の中で調べ続ける。

 




「金色の大壺」…

浄化された亡骸そのものに残っていた、他者を思う心を解き放ち、それを核として誕生した「生きている壺」。
強力な癒しの力を持ちながら、坩堝の性質を併せ持つ。

追憶を金色の大壺に捧げると、記憶の世界で対応する強敵との再戦が、何度でもできるようになる。
(封牢や洞窟のボスも、倒していれば再戦可能)
強敵を倒した際、再び追憶を得られる。

追記︰影の地攻略後、メスメルやレラーナなどが持つ古い記憶も実装される。
――――――――
ゲームシステムとなった場合…

プレイヤー側のレベル、ボスの強さ(周回)などの細かい調整が可能。
記憶の世界での協力プレイも可能。

記憶の世界では、「生きている壺たち」※の協力サインが書かれている。
※「生きている壺たち」…生きている壺一体、生きている小壺三体がセットで召喚される。
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