戦士の壺(パチモン)   作:棘棘生命

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半身

 大壺の下から村に戻ると、メスメルは顔を両手で覆っていた。壺のことを考えるあまり、メスメルの叱責に対して上の空だったのはいけなかったと反省している。しかし、メスメルの見え隠れする口元は、両端が上がっていた。

 

 

「阿呆め。」

「申し訳ない…。」

 

 

 メスメルたちに小突かれる。それを見たメスメルの兵士たちも加わる。こつりこつりと良い音がした。

 メスメルからは、村の守りになるだろうから良いだろうと、寛容な言葉をいただいた。メスメルの柔軟さに心動かされるのと同時に、しっかりと叱りの言葉も聞いていくのが大事だと、改めて反省した。

 

 しばらく応酬が続いてから、俺は村の皆と話し合うことにした。おそらく、最も緊迫した作戦会議になるだろう。俺が声を低めると、空気が切り替わる。流石、長らく戦士であった者たちだ。巫子たちや生き壺たちも、じっとこちらを見ている。

 

 

「神人ミケラという幼子と、その信奉者について、大きく進展があった。信奉者たちの多くは、ミケラによる魅了がかかっており、それを俺が解いた。これで、信奉者による脅威は排除できたと言って良いだろう。」

 

 

 ざわざわと兵士たちが話し始める。前と違い、希望に満ちた声だ。メスメルとレラーナが号令をかけると、彼らの会話はぴたりと止んだ。

 

 

「そしてこちらには、新しい王がついている!褪せ人殿といって、勇ましき者だ。」

「待て、貴公。祝福無き者が、王となるのか…?」

「メスメル公、彼は満月の女王レナラの娘、魔女ラニの王なのだ。つまり、黄金とは違う律を掲げる。人の可能性を感じさせる良き律だ。」

「…そうか。レラーナの姉君の子…。」

 

 

 メスメルは俺の言葉を咀嚼するように頷き、続きを促した。

 レラーナはメスメルに、姪がそんなに立派になったのだねと涙交じりに言う。メスメルはレラーナの背中を柔らかく叩く。完全に親ばかの亜種だ。実際に魔女ラニに会ってほしい気持ちが湧き上がってくる。

 

 

「残すはミケラの脅威だ。彼の律は、優しい律というようだ。大方、この地や狭間の地の者皆に、魅了をかけるのだろう。この魅了は、記憶さえも封じるものだ。これを許してはならない!」

 

 

 魅了の実態に、巫子らもざわめき始めた。生き小壺は、近くのメスメル兵や大きい生き壺、巫子たちにひっつきふるふると震えている。生き小壺たちも、ここでの思い出や記憶を、大事に思ってくれているのだろうか。

 

 

「俺は、記憶を最も重要なものだと思っている。皆を友と、家族だと思う気持ちは、今までの積み重ねがあるからこそだ。人を形作るそれを、封じ込めさせるわけにはいかない!」

 

 

 俺は順に集まっている面々を視認していき、続ける。

 

 

「ミケラを止める。そのために、共に行く者を選択していきたい。それを考えていこう。」

 

 

 俺たちは、まず強力な魅了を跳ね除ける術について話し合う。魅了とはミケラを視認することで起こる。これは攻撃の内に入るのか。平穏は機能しない可能性が高いと結論付ける。

 それにより、耐性が高そうな者や、精神力のある者に絞ることとする。アンスバッハは戦いを挑んで、敗れた末に魅了された。つまり、強き者ほどかかりにくいのだ。

 

 メスメル兵と魔術師が話し合う。そこらの兵では魅了にやられると魔術師側から、魔術師は正気ではない者が多いだろうと兵士側から、言い合いが始まる。しかし険悪というわけでは無く、楽しそうに軽口の応酬が為されていた。

 

 大小生き壺たちがシャドーボクシングで、俺にアピールする。幾つかの生き壺の拳には布が巻かれている。これについて、巫子たちが話した。

 俺がダンから受け取った布から、落葉格闘の動きを研究し、ダンの布を装備しなくても動きを取り入れられるようになったのだと。それを横で聞いていたダン本人は、体をぴくりと跳ねさせていた。

 俺は出ない涙を、心の中で流した。村のために力を得ていく彼らのなんと温かいことか。俺は同胞たちを撫で、死地に行かず皆を守ってくれと言葉をかける。

 

 結論として、古竜セネサクスに、亜人の剣聖オンジ、そしてなんと宿将ガイウスが来てくれることとなった。

 ガイウスは、ただ隠されているだけではこの槍が泣くだろうと、豪快に笑っていた。多くの武勲を立てた戦士らしい、明快かつさっぱりとした理由だった。彼の猪もぶるると鳴き、彼に応える。人馬一体というが、どちらも気合いが入っているようだ。

 

 メスメルについては、もしもがあってはならないと兵士やレラーナ、ガイウスから言われ縮まっていた。俺も同意だ。この地を治めるメスメルがいなくなっては困る。

 この地を燃やした者だとしても、そこには理由があった。過去は消せない。しかし当人がいなくなれば、原因が何であろうと、その憎しみの連鎖は続くのだ。

 角人とのいがみ合いは残るが、俺が融和のために動いてみせる。何故なら、火炎壺師や、奈落の森にいた男性、責問官の女性たちと短い間でも通じ合えたのだから。策はあるはずだ。

 

 セネサクスは俺の頭に、恩は返すと短く言い、ぷいと天を仰いだ。オンジは剣を磨きながら、俺に対して、直近の滅びは回避せねばなと言う。

 

 セネサクスは、元より種族として圧倒的な力を誇る。オンジは凄まじい技量と、牢獄の中で長らく正気を保ち続けた精神力を持っている。ガイウスは、卓越した重力の技に、高い戦闘技術があり、俺が想像できないほどの力があると推測している。選りすぐりの強者たちだ。

 しかしいくら強くても、魅了は突破される可能性がある。危なくなったら退避してほしいと俺は三名に言った。

 

 

 話し合いが終わり、俺はムーアに拾い虫の場所を訊く。ムーアは首をゆるゆると振り答えた。

 

 

「まだ、やることがある、から。拾い虫たちも、まだここには、来ない。」

「そうか…。」

「ミケラ様は、悲しい…。でも、止めないと。家族の、ために。」

 

 

 ムーアは力強く言った。こちら側で生きることを選択してくれたからこそ、協力を惜しまないでいてくれるようだ。俺は感謝の言葉と共に、ムーアの手を握った。ムーアの握り返す手は、先ほどより力強く、決意に満ちていた。

 

 しばらく村に来ている人たちと話し、意見を聞く。そして俺は三名に、準備ができたらまた呼びに来ると話し、村を発った。もう泥濘の底にいるであろう、褪せ人たちと合流するために。

 

 

 金色の柱によって上空を移動し、青く染まった花畑に辿り着く。幻想的な空間だ。美しい。巫子の村が天国であれば、ここは夢の中だ。手を伸ばしても触れられないような、儚い美しさがここにある。

 この、青海岸の先に大穴はあるようだ。しばらく進むと、とてつもない量の光る石が並べられた場所に来た。一つ手に取る。これは虹色石だ。

 虹色石で装飾された地面の中心に、メッセージが書かれている。

 

 この先、深みがあるぞ 援軍

 

 俺は納得した。これは褪せ人が残したメッセージだ。その証拠に、近くには幅広の道がある。ここから褪せ人とティエリエは入っていったのだろう。俺はメッセージを評価してから、蛇綱でその穴に向かって跳んだ。

 

 洞窟を通り抜けると、巨大な石棺が並ぶ大穴へとたどり着く。大穴は、どこからか光源が降りてきており、底は見えない。泥濘は大穴の底にあるというのだから、竜の穴での落下以上の勇気が要求されそうだ。ここまで壺が鍛えられているので、怖さはあまりない。

 俺は岩の手で宙に丸を描き、平穏を発動する。これで、より安全に進めるはずだ。

 

 坂をどんどん下り、道中腐肉に似た泥濘たちや、お腹が異常に飛び出た人々に遭遇する。泥濘に粒子を纏った手で触れると、腐肉と同様にどろりと溶けたため、俺の中に入れて弔う。

 泥濘からの記憶の断片は、とても古いもので、悲惨であった。褪せ人から情報を得られれば、彼らの背景について更に理解できるだろう。

 お腹の出た巨漢については、集まってきて槍のようなもので俺に攻撃してきた。しかし俺に攻撃が通らないことに気づくと、無駄だと悟ったらしく離れていった。よく見ると彼らが持つ槍の先には、紫の靄がかかっている。紫の靄は、睡眠の性質を持っていたはず。トリーナに通じる者なのであれば、話ができる可能性もある。何れは意思疎通を試そうと考えた。

 

 巨漢が屯する空間を通り抜けると、ぽつんと金色の棒が地面に刺さっている。ミケラの十字だ。

 そしてその十字を見る、半透明の霊体がいることに気づいた。反応を示さないだろうと理解しながら、その霊体に情報をもらおうと近づいた。

 半透明の霊体は呟いていた。

 

 

『…ミケラ様 貴方は、棄ててしまわれたのですね 決して、棄てるべきではないものを 自らの半身ですら、救えぬ者が どうして、すべてを救えるでしょうか』

 

 

 俺は弾かれたように、ミケラの十字のもとに行き、それに触れる。心の中に刻まれた言葉が浮かんでくる。

 

 我が愛を、ここに棄てる

 

 俺は、この情報を得た瞬間、思考がずんと落ち込んだ。愛を棄てた先に、優しさなどありはしない。愛の無い魅了などされた暁には、同じように愛の無い粛清が待つだろう。それか、ただ放置されるだけだろうか。愛していない者が目に留まる、それは邪魔だと思ったときなのだから。

 何にせよ、ミケラを神にするわけにはいかない。俺は、半透明の霊体に壺を下げ、大穴の底へ急ぎ向かう。

 

 

 数珠のごとき見張り石が、光線を打ってくる。至る方向から飛んでくるそれに、褪せ人たちは苦労しただろうなと思いつつ通っていく。鳥のゴーレムは動きを止めていた。

 石棺に沿い、道なき道を行く。飛び降りた先にいた大きな泥濘に触れ、溶けたそれを掬い取り、体に収める。

 彼らが持つ、直近の原始的な記憶によると、彼らは石棺に入れられたが、そこから出てきた一部のようだ。全て終わったら、残っている彼らを弔おうと思う。

 

 岩を飛び移っていくと、異様な光景に出くわした。動物たちが並び、皆一様に目を閉じている。近づくと息遣いがある。動物たちは眠っているようだ。

 トリーナは眠りに関わる力を持つ。そして動物は力の影響を受けやすいと考えられる。つまり、トリーナのいる場所に近づいているのだろう。

 この推測は当たっているようだ。右奥の方を確認すると、半透明の霊体が崖で祈っている。

 

 近づき、霊体の言葉を聞く。彼は呟いていた。

 

 

『…ああ、勇気をください 貴女の元に、跳ぶ勇気を トリーナ様…』

 

 

 俺はぐいと奈落を見る。竜の穴と違い、蛇綱を引っ掛ける場所はない。また金色の柱も役に立たないだろう。柱は上や横へ、直線的に高速移動できるが、下に対しては使えない。

 だが、ここには信じられないくらいの量の虹色石が置かれている。こんなに置くのは褪せ人だろう。ならば、信じられる。最初に勇気を示してくれた彼らに応えるのだ。

 俺は二本角の生えた石像の頭から跳び、奈落に身を任せた。

 

 

 ひゅうひゅうと音が聞こえては消えていく。俺は着地できるよう体勢を整えた。そして、見えてきた泥濘の底に無事、壺の下半分を埋める。

 この見渡す限り淀みで満たされた広き空間は、見覚えがあった。ソウルシリーズのあの空間にそっくりだ。壮観かつ暗い美しさを感じさせる泥濘の底を踏みしめながら、開いている横穴へ向かう。おそらくそこに二人はいる。

 

 俺が片手を上げて二人に声をかける。褪せ人は俺に気づき、手を上げて返してくれた。ティエリエは泥濘に座り込み、うつらうつらと首を振っていた。眠りかけなのだろうか。

 褪せ人が俺に話してくれる。そこに咲いている花がトリーナであり、ティエリエはトリーナの言葉を聞きたがり、トリーナの蜜を飲んで、死に近い昏睡状態にあると。

 なるほど、トリーナの言葉を聞くには仮死状態になる必要があるのか。俺は褪せ人に尋ねる。

 

 

「貴殿は、どうしていたのだ?」

 

 

 すると褪せ人は、手刀を兜の口元に当てこそこそと言った。何でも、ティエリエから、トリーナ様の毒は永遠に貴方を眠らせてしまうと言われたので、興味本位で飲んでみたら本当に死んでしまったらしい。しかし、死の直前に女性の声らしきものが聞こえたそうだ。そのため何度か試してみる予定らしい。

 

 

「ああ、褪せ人殿…!これも勇気か…。」

 

 

 褪せ人があともう少しなのだと嬉しそうに言うため、花の方向へ走っていく彼を止められなかった。俺の目の前で勢いよく蜜を飲み干し、ばたりと倒れて消える褪せ人。恐ろしい光景だった。

 俺は、トリーナの近くに向かう。彼女はミケラの半身だ。俺も彼女の真意を知りたい。

 

 花から体を出している彼女は儚く、あの幼子とはまた違った美しさがあった。ひっそりと咲くスイレンのよう。俺は一旦、粒子を纏った手で彼女に触れてみる。切り離されたということは、万全の状態ではない可能性もある。ティエリエも褪せ人も危険な橋を渡らずに済むかもしれない。

 

 粒子が全身に渡ると、はらりと花弁が取れるように、トリーナが地面に落ちる。よく見ると彼女の体は上半身までしかないようだ。そして、途切れていた体が見る見るうちに形成されていく。彼女の体を包むように、元々付いていた花が巻きつき、自然の衣服となった。

 トリーナは目を閉じたまま、立ち上がる。

 

 それと同時にティエリエがうわごとのように言う。祝福から復活した褪せ人も、ぴたりと止まる。おそらく彼女の声に耳をそばだてているのだろう。

 

 

「ああ、そんな…ミケラ様を…。」

 

 

 俺も真意を聞きたい。だが猛毒を壺の中に入れていいものだろうか。俺は恐る恐る手を伸ばし、立ち上がっているトリーナに蜜をもらおうとすると、小さな手で拒まれる。そのか細くきれいな声を俺に発した。

 

 

「…ミケラを、止めて…あの子を、神にしないで…」

「…半身のお墨付きというわけか。誓おう。彼を神にしないと。」

 

 

 褪せ人もこくりと頷く。トリーナは儚げな笑顔を俺たちに向けた。

 

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