戦士の壺(パチモン)   作:棘棘生命

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拾う者

 トリーナは、届かない叫びをずっと眠りの内で放っていたようだ。ミケラの一面でしかなかった彼女は、ただ咲くだけでなく足を得られたと、泥濘の足場に座ってぱたぱたと足を動かし、静かに喜んでいた。

 こうして言葉を聞けるようになったのだからと、俺はティエリエに粒子を使う。微睡みの中にあったティエリエは体が軽くなったことに、怒りはじめる。

 

 

「貴方がた…邪魔をしないでくださいと…!」

「落ち着いてくれ、ティエリエ殿。その微睡みなくとも、トリーナ殿からお言葉をいただけるはずだ。」

「何を…!ああっ…トリーナ様…。」

 

 

 トリーナを視認したティエリエは、跳びあがるように立ち、彼女の前に跪く。トリーナは、ティエリエに囁きかける。あなたもお願いと、幼く助力を頼む言葉を。

 ティエリエは、がたがたと震えるが、トリーナの意思に頷く。魅了の力無しであるのに、ここまでの強制力。要因はトリーナの可憐さか、ティエリエの信仰の篤さか。理由はどうであれ、ティエリエはこちらについてくれるようだ。

 

 俺たちは今後について話し合う。トリーナの姿をじっと見て、両手を組んでいるティエリエはあまり反応しないため、ほぼ三名でだ。トリーナは動くことができるならば、直にミケラを止めに行きたいという旨を発する。泥濘を安眠させるために戻ってくるつもりではあるようだ。

 俺たちはトリーナの思いに賛同した。俺の柱があれば、上に行くことも難しくない。

 トリーナが来てくれれば、戦いの最後に抑制力になってくれるだろう。

 

 誰がトリーナを守りながら行くかや、どこで合流するかなどの作戦会議をした後は、デミゴッドたちの話やミケラのことなどをトリーナに質問して、時間を過ごした。ゲーム上では知ることのできなかったデミゴッド同士の仲については、本当に興味深かった。トリーナは人格は違えど、ミケラそのものであったのだから、その話は綿密であった。永遠に幼いという性質は、覚えが良い状態がずっと続くのかもしれない。

 特にミケラがラダーンに対して、憧れ以上の思いを持っていたことには驚いた。そしてラダーンを王にしたいがために起こした策謀についても。

 

 俺は壺を抱えた。トリーナの話でどんどん浮き彫りになる真実に、気分の上がり下がりがすさまじい。ミケラがこの地で神となるために何をするのか、何を望んでいるのか、全てトリーナに教えてもらった。

 モーグの遺体が何に使われるのか、間接的に分かったようなものだ。俺は早くアンスバッハとフレイヤに伝えなくてはならないと思った。

 

 

「トリーナ殿、褪せ人殿、そしてティエリエ殿。ここを発つことにしよう。神人ミケラを共に止めるために。」

 

 

 褪せ人は拳を掲げて答え、ティエリエは小さく頷いた。

 出発することにし歩を進めると、トリーナは俺におぶさるようにして、体を固定した。まだ歩きに慣れていないとのことだ。それを見てティエリエは、弱弱しい様相が嘘のように憤りを露にする。

 

 

「トリーナ様、私が支えます…。こちらへ…!」

 

 

 トリーナが返答する。あなたの羽織っているもの、針だらけだから嫌だと。毒舌だ。儚げな印象が嘘のようである。

 ティエリエは装束を躊躇いなく脱いだ。

 

 

 褪せ人は、一足早く影の城に行くと話し、祝福からワープをしていった。俺はティエリエとトリーナをしっかりと抱き留め、上へと金色の柱を伸ばした。

 先ほどほぼ三名で話した結果、一つの計画を打ち出した。それは、ミケラの十字の回収だ。トリーナ曰く、ミケラは肉体の全てと感情の一部を棄てていくようだ。トリーナが棄てられたときはまだ肉体が残っていたが、目的の場所に行く頃には霊体になっているだろうという旨を話された。

 そして俺が出来ることについて包み隠さず話していく中で、トリーナはこういった。ミケラを元に戻せるのではないかと。

 

 俺たちは考えた。ミケラが手放した肉体と感情を全て繋ぎ、器として用意する。戦いが終わったとき、生への渇望が棄てられないならば、そこに戻らざるを得ない。彼の企みを白紙に戻すことで、台無しにするのだ。

 

 

 俺は大穴から抜け出したタイミングで、二名に再び計画の内を話す。ティエリエはトリーナに夢中で聞いていなかった可能性もあるからだ。

 

 

「ミケラ様の体を…恐れ多い…。ですが、トリーナ様がそれを望んでいらっしゃるなら、私は…。」

 

 

 ティエリエは、ぐっとこらえるように呟く。

 上裸になったティエリエの体に、トリーナはそっと花を分けていた。トリーナと同じようにそれは衣服のごとく纏わりつく。それに気が付いたティエリエは、とてつもないパワフルさで俺に言う。

 

 

「や、やりましょう…!トリーナ様のために…!」

 

 

 トリーナはそれを見て小さく笑っている。魔性だ。これもまた、ミケラとは別の恐ろしさがあると、俺は壺を震わせた。

 

 同志であったティエリエが知っている、十字の場所を訊く。褪せ人が毒関連の道具を買っていく際に、話をしていったため、そちらも覚えているようだ。

 俺は角人から受け取ったという地図を照らし合わせ、これは一旦村に戻った方が良いかもしれないと考えた。

 予想以上に十字が多かった。肉体において回収漏れがあれば、うまく機能しないかもしれない。何せこの肉体の主は死んでいないのだ。俺の粒子に関する大いなる意志の知見でも、肉体を棄てた者については考えられていない。

 まずは肉体を完璧に。その次に精神的な要素の回収だ。俺は再び二名を抱え、影の城の方へ飛ぶ。

 

 

 着地し、見張りのツリーガードに言う。村の人々に、協力してほしいことがあると。ツリーガードは、深紫の花に包まれた二名をじっと見ている。今回の二名は村の一員になるわけではないと話すと、ツリーガードは俺たちを村の方へ先導した。

 壺巫女が俺に気づき近寄ってきて、横の二人にその綺麗な眉を顰める。

 

 

「お早いお戻りでしたね。そちらの方々は…?」

「トリーナ殿と、ティエリエ殿だ。彼女は神人ミケラの半身で、彼はその従者。二名とも、俺たちに協力してくれるようだ。」

「…大丈夫でしょうか。私はおかしくなっていませんか…?」

「あの魅了の力は持っていない。安心してくれ。」

「…はい。」

 

 

 トリーナが俺の側面にこそりと話しかけてくる。焦った調子で。ここに何故、お母さまがいるのと疑問を口にする。

 ミケラと全く見た目が違うから失念していた。俺は分かりやすく答える。壺巫女殿は、女王マリカと同じ母から生まれたのだと。トリーナは納得したようで、壺巫女に話しかける。その間ティエリエはぐぐと言いながら、仮面の奥で歯軋りしていた。

 

 トリーナはその可憐な声で、少しここでお話しさせてと言ったため、俺はティエリエを連れて、ここに来た目的を果たしに行く。同志たちが知っている、十字についての聞き取りである。

 

 やはりダンとムーアは、十字について良く知っていた。俺が持っている地図に、ダンは無言で印をつけ、ムーアは拾い虫が見た十字の位置を書き足してくれる。

 ダンは十字をレダと同じくらい早く辿っていたことから、十字で道が出来上がる。それを補完するように、ムーアの拾い虫たちが全域に広がっているため、道から外れたところにある十字が書かれていった。完璧なマッピングだ。俺は二人に感謝した。

 結果見つけられているものは、大穴のものを含めて十一本あるようだ。おそらくだが、トリーナの言葉から、影の城を越えたところにも肉体は棄てられているだろう。記してもらった肉体部分の十字を回収した後、この古遺跡へ向かうことになりそうだ。

 

 俺はトリーナに声をかける。彼女は壺巫女やその姉妹、メスメルたちとも話し込んでいた。この村の親類揃いに驚いているのだろう、静かな声量ながら上擦った口調であった。

 俺に呼ばれたトリーナはまた来たいと口にし、俺たちに合流する。俺としては大歓迎だ。ミケラのことが終わったら連れて来ようと約束し、影の城へと足を運んだ。城の内部にも棄てられた部位があるのだ。

 

 

 俺たちは種の保管庫を進んでいき、その四階に十字が刺さっているのを見つける。十字をトリーナが元ある形へと戻した。すると、ぽとりと幼子の右腕が床に落ちる。俺はその腕を拾う。ミケラの聖血が、腕の断面を濡らしていた。

 俺はトリーナにそれを手渡すと、トリーナは花の中にしまう。これで固定できたようだ。

 

 保管庫中を女性の声が響かせていたが、それが収まる。あれはフレイヤの声だ。褪せ人と合流できたのだろうか。説明は褪せ人に任せ、俺たちは各地を飛んだ。

 

 ミケラの右腕に、左腕。他の削られた部位が集まっていく。時間は経ち、ヴェールに覆われたこの地で二回夜が訪れた。

 心臓と瞳を回収し、俺が粒子を使うことによりそれらは接合した。確認されている十字の肉体部分は集め終わり、足りないのは頭部だけだ。頭には思考の一切が詰まっている。これを棄てるのは、霊体として離脱するときでなくては、同一性を保てないと考えたのだろうか。

 トリーナはミケラの肉体と瞳を、深紫の花に包み、俺の腕に収まる。ティエリエも俺の右腕に収まった。俺は二名と頷き合い、最後の肉体を探すために飛んだ。

 

 

 影の城の上を柱で移動し、古遺跡に入って下の方に十字が見える。俺は岩さえ噛みつけるよう、竜の力で蛇綱を強化し、ゆっくりと崖下へ降りていく。

 トリーナが十字の前で祈り、十字の真の姿を露にした。俺があの時見た幼子の頭だ。白金の髪を揺らし、それはゆっくりと地面に横たわる。

 トリーナが取りだした胴体と、横たわる頭を付け、俺は粒子を使う。首と胴体はじんわりと接合し、やがてつなぎ目は無くなった。成功だ。器はここに完成した。

 

 目的を達した俺たちは、そのままミケラの感情を集めるため飛ぼうとする。すると、古遺跡の方から金属音が近づいてきた。俺が視線をそちらに向けると、近付いてきていたのはなんと坩堝の騎士であった。

 だが俺がスクリーン上で知っている姿と少し違う。厳密には、兜の形状が斧とも樹とも違う、大鎚だ。

 その騎士はその大きな鎚を地面に置き、言った。そこの壺殿、竜に粒子にその黄金、もしや坩堝の性質を持っていないかと。俺は頷いた。色々な亡骸を弔ってきたため、俺の中は正しく坩堝と化しているだろう。

 

 騎士は、高潔でありながら、腰を低く話し始めた。彼はデボニアといって、坩堝の騎士の中でも最古参だそうだ。俺は試しにオルドビスやシルリアについて尋ねた。騎士デボニアは懐かしそうに彼らのことを話してくれる。

 騎士デボニアは、坩堝の起源を追い求め、部下も迎えず一人で影の地にやってきたらしい。だからこそ、俺の性質に強く興味を惹かれたのだとか。

 俺の記憶の中には、角人の坩堝信仰も刻まれている。力になれそうなので、デボニアに村まで案内したい旨を伝えた。

 するとティエリエとトリーナがこちらを振り返る。二晩ともに過ごしたからか、主と従者の構図が定着している。やはり近くあると、仕草も似るのだろうか。

 

 

「貴方の腕は、二つしかありませんよね…?どう連れていくというのです…!」

 

 

 ティエリエが絞り出すような声で言う。トリーナは目を細め、じっと俺を見つめている。

 騎士デボニアは、手掛かりを掴めただけ嬉しいと俺に言い、気長に待ってくれるようだ。俺は必ず村に招待することと、褪せ人という祝福を持たぬ友人がここを通ることを話してから、トリーナとティエリエを連れて、その場を離れた。

 

 

 ミケラの棄てた感情を集めるのには、また一晩かかった。概念的なものであったため、肉体に戻すことに時間がかかったのだ。

 迷いと愛。どちらも人としては、少なからずあるものだ。棄ててしまえば、神となったとして、選んだ道に間違いを見つけられるか?

 俺は粒子をかけながら、夜明けを迎える青海岸の美しさを見ていた。ミケラは一度死に、そしてまた生まれ変わる。大切な感情を取り戻して。

 




「トリーナのドレス」

下半身を得たトリーナが
咲いていた花を衣服としたもの
眠りを意味する深紫

睡眠に類する攻撃を強化する

トリーナはこの産着を従者にも与えた
その献身に、深き睡眠の祝福を
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