戦士の壺(パチモン)   作:棘棘生命

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 影の城に戻ると、褪せ人が城の頂で待っていた。彼によると、アンスバッハとフレイヤはもう城を離れたらしい。

 伝えるべきことは伝えたため、後は二人の選択次第だと褪せ人は言う。

 皆それぞれの道を目指し、最後はあの影に隠された塔で会うこととなるだろう。俺は付いてきてくれる人員を招集するのと同時に、褪せ人を村へと案内することに決めた。

 

 影の城を進みながら、村へ正規で行く方法を褪せ人に教えていく。昇降機を下り、右側の部屋に対し俺がジェスチャーをすることで、隠された道が開く。

 

 褪せ人は隠された地の光景に、感動したと一言発し、村に着いてもしばらく呆けていた。そして各所にある施設に興味が湧いたらしく、あそこに行きたいと童のように指差し、近くにいた壺巫女の姉妹に案内を頼んでいた。

 彼の探索はまだ続くようだ。トリーナとティエリエも思い思いの時間を過ごしている。

 今のうちに準備を済ませておこう。俺は壺巫女や共に行く三名などに話しかけていった。

 

 

「戦士の壺様、平穏の祈祷が村の皆に伝え終わりました。メスメル様の兵士の方々にも伝えております。」

「壺巫女殿、ありがとう。これで平穏は守られそうだ。」

「…それで、なのですが。私もお供させてください。戦いに加われなくとも、近くで祈りたいのです。貴方様に、共に戦ってくださる皆様方の安全を。」

「嬉しいことだ。だが安全なところで、よろしく頼む。」

「はい…!」

 

 

 俺は壺巫女の思いを受け取った。壺巫女は絶対に人の肉体を傷つけない。だからこそ、連れていける。戦いから離脱した三名の内、誰かに護衛を頼むのもありだろう。

 

 壺巫女と共に、三名の元を訪ねる。皆は自身の得物を研ぎ、戦いに備えていた。俺はセネサクスに皆を運ぶように頼んだ。鎧の猪が重そうだが、何とかしようと、彼女は言ってくれた。

 すると、ガイウスが横から口を挟んだ。俺の重力を操る魔術は、浮くことだってできる。並んで飛行もできるから問題ないぞと豪快に笑う。

 セネサクスはほっと息をついた。やはり、この質量では無理があったのだろう。

 

 セネサクスの背には、壺巫女とオンジが乗ることになり、後からこちらに来たトリーナも空の旅を所望した。話の流れでトリーナとティエリエが追加される。施設の見学が終わり、知り合いとの雑談が終わったらしい褪せ人も、古竜の背に乗ってみたいとは言ったが、封印の木を燃やす必要があるため、次の瞬間には断念していた。褪せ人はまた別の機会にと、セネサクスにお願いした。

 

 

 セネサクスが飛び立つのは封印が解かれてからとして、村で待機してもらい、俺と褪せ人は古遺跡の探索に乗り出した。封印の木がどこにあるのかを探すのだ。

 

 金色の柱と蛇綱を使うことによって、坩堝の騎士デボニアと別れた場所までやってきた。早い再会に騎士デボニアは驚いていた。俺たちはこの遺跡を通るわけを彼に話す。影の木について尋ねると、そのようなものは見ていないと言う。

 念の為、デボニアと共に遺跡内を探索したが、特に木らしきものは見当たらない。

 水場には人蠅がいたるところにいたため、粒子を手当たり次第に使った。すると、その蠅の体がめきめきと形を変えていき、人の体へと戻る。角人に戻った彼らは、その額に付けられた目隠しを外し、祈ってくる。

 彼らは一様に恐怖を口にしていた。蠅になるのは恐ろしい。苦痛から解放されたとしても、再びなりたくないと。俺は彼らに答えた。貴殿らはもう人である。蠅に変わることはない。

 

 角人たちは、ここで祈りを捧げ続けるようだ。坩堝以外に、壺そのものへの信仰も忘れないと彼らは言う。デボニアは、またしても坩堝の原初に近づいたと喜んでいる。褪せ人は、食料として干し肉などを彼らに渡していった。

 探索を協力してくれた礼と、次会うときは村に案内しようという約束をデボニアに言い残す。デボニアは、礼を返してくれ、木について心当たりがあると話してくれた。遺跡の先にある教会は、角人の塔への信仰を形に表したものだと、説明される。故に、教会を目指すと見つかるだろうと話してくれた。

 

 

 角人たちと騎士デボニアに手を振り、その場を去る。

 褪せ人と崩れかけの橋を渡ると、焼炉のゴーレムが遠くから炎の渦を放ってくる。とてつもなく長い視認距離だ。俺と褪せ人は平穏をかけ、比較的安全に渡る。攻撃してくる影の霊体は異次元に送られ、焼炉のゴーレムの炎も意味を為さない。俺は褪せ人に、焼炉のゴーレムの討伐の有無について問う。

 褪せ人は急ぐことを優先した。そして俺に返す。また来て、ここをじっくり探索する。そのときは共に来てくれないかと。俺は勿論だと壺を叩いた。

 

 焼炉のゴーレムが放つ火球をすり抜けさせながら、林を通り奥の遺跡へ入っていく。影の霊体たちが地面を跳ね回る炎を放つ。色味が不思議な、意思を持つ炎だ。

 褪せ人が言う。拾った「ラウフの巣穴」という加工された石によれば、この火球には精霊が宿っている可能性が高いと。精霊とは、角人の記憶における神事に通じるものがある。これも神を宿すことで得る力なのだろうか。

 

 遺跡を突っ切り、水場のある外へと一時的に出る。そこには、角が頭に巻かれた背の高い戦士が徘徊しているのが見えた。ミドラーが住まう館にも呼び出されていた角の戦士だ。角の戦士は、神降ろしがなされ、圧倒的な強靭を得るのと引き換えに、意思さえも降ろしたそれに委ねている者たちだ。

 やはりここは、角人の文化の末に形成された遺跡である。坩堝のルーツを求めるデボニアが探索するにふさわしい場所だろう。

 

 水場を通り抜けると、一気に雰囲気が変わる。遺跡が赤色の沼に埋まっているのだ。褪せ人が沼に足を漬け、慌ててこちらに戻ってくる。褪せ人はこれを朱い腐敗の沼だと言った。確かにスクリーン上で何度も見た、ケイリッドを埋め尽くすぼこぼことしたものが遺跡の壁に張り付いている。また見覚えのない、赤色の腐敗の眷属がいたり、巨大な蕾のような物体が生えていたりする。何故、この景観の良い遺跡に腐敗が根付いているのか。

 とにかく、平穏の祈祷では、沼からせりあがる腐敗は防げないようだ。急いで苔を食べている褪せ人に俺は話す。俺の蓋の上に座ってもらうのだ。これなら、腐敗が回ることも無いだろう。

 

 

「褪せ人殿、じっとしていてくれよ!」

 

 

 俺は壺を屈ませ、褪せ人を上らせてから、腐敗の沼へと足を運ぶ。一歩二歩進み、腐敗が壺を上がってこないことを確かめてから、ずんずんと足を沈ませながら慎重に進む。赤い腐敗の眷属は俺たちを視認すると、蟲糸を放ってくるが、一歩一歩転ばないようにゆっくり進んでいる俺たちをただの障害物だと判断したらしく、頭部をかしげて視線を外した。腐敗の眷属たちが単純なのと、俺の見た目が壺であるのが味方した。

 広い昇降機の真ん中を踏み、上がった先にある長い階段を進む。すると、褪せ人が俺から飛び降り、武器を構えた。しばらくして、血のように赤い霊体が俺たちに向かってくる。それは、ミケラの同志だった男、角人だった。角人は大きな声で憎しみを発する。

 

 

『生き壺に、褪せ人め!流した血で、地面を赤く染めるがいい…!』

 

 

 俺は褪せ人を制し、角人に近づく。両手に持たれた曲剣が俺を穿とうとして、異次元へと送られる。角人が幾ら俺を切ろうとしても傷はつけられない。俺が戦う意思を持たないのだから、この攻撃は全て無に帰す。

 得物から伝える感触の無さに、角人は叫ぶ。

 

 

『貴様あ…どういうことだ!』

「これは、平穏を約束する力だ。角人殿、気が済むまで切れ。俺は受け止める。」

『ふざけるな…仇を討たせろ…!母の、妻の、子の、理不尽に奪われた命の仇を!』

「痛いほどに理解できる。この中には、貴殿らの記憶が入っているのだから。」

『なんだと…!』

 

 

 俺は何か憎悪以外の感情に響いてくれと願いながら、刻まれた記憶を話す。

 まず火炎壺師の話をした。角人の在り方と人蠅となる運命に絶望した彼。角人は彼のことを裏切り者だと罵りながらも、じっと俺の話を聞く。

 次にボニ村で暮らしていた角人たちの日々について話す。メスメルの火で焼け、影の霊体になった彼ら。

 反対の立場のことも話す。確かに存在していた大壺師たちの記憶。神事に心を壊し肉を切ることだけを考えるようになった、もはや人でなくなった彼ら。巫子側につき、そのとき背負った罪。

 最後に、詰められていく巫子と罪人の怨嗟と苦痛を。

 角人は無辜の民ではなく、焼かれることを望む者もいたのだ。その結果がメスメルの火だと俺は話す。

 目の前の角人は俺の語る記憶群に、ただ茫然としていた。

 

 

『…詰めた巫子らが、俺たちを恨んでいただと…?』

「女王マリカは巫子の一人だった。受けた苦痛を、何倍にもして返したのだ。」

『…裏切りではなく、報復…。』

 

 

 角人は、神事に疑問を持っていなかった。神事を共に果たせるのだから、喜びはあれど恨まれているとは思っていなかったという。文化の違いだ。やはり火炎壺師こそが、角人の中では異端であったのだろう。

 角人はへたりこみ、ぶつぶつと何かを呟いている。彼からは復讐の念がすっかり消え失せていた。

 毛蟲の仮面は大壺師の証。彼も思いだしたのだろうか。壺に詰められる人たちが悲鳴を上げたり、救いを求めている姿を。

 俺は、俺が持つ角人たちへの思いを伝える。何をなしたいか。俺は角人に語りかけた。

 

 

「角人殿。この憎しみ、痛み分けだ。だが、ここからは違う。俺が、貴殿らが人蠅になる運命を取り除く。」

『できるわけがあるか…。』

「できる。俺の、この癒やしを使えば。角人殿、これを使ってくれ。そして、人蠅が元の角人に戻る様を視認してくれ。証明してみせよう。貴殿らを、一族を必ず救うことを。」

 

 

 角人は、俺の体から汲んだ金色の液体入りの壺を手に取る。大いなる意志の力を得た俺の中身は、正常な姿に戻す。彼らは人だ。断じて蠅などではないのだから。

 角人は壺を静かにしまうと、舌打ちをして、指切りを使う。消えゆく赤い霊体は、言葉を残す。

 

 

『吐いた言葉を、忘れるなよ…もしそれが果たされなければ、その時は…』

 

 

 遺跡を左手に出れば、騎士デボニアが言った教会が見えてくる。石壁を腐敗に侵されたそこに、俺たちは足を踏み入れた。この先が影の塔への入口になると信じて。

 

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