俺と褪せ人、ティエリエのみがいる清めの間に、レダの声が響き渡る。
「ミケラ様に、近付くな。針の騎士、レダと、その同志たちがお前たちを通しはしない。」
その声が終わると共に、清めの間へとメスメルの兵士たちや責問官らが入ってくる。うつろな表情だ。ミケラの強い魅了が原因だろう。とめどなく入ってくる彼らに、粒子での対処をしていく。
そして、レダに味方するただ一人が、俺たちの目の前に現れる。剣闘士にもかの将軍ラダーンにも似た黄金の鎧を身に纏う、赤獅子の女傑フレイヤ。彼女は、高らかに名乗りを上げた。
「赤獅子のフレイヤ。…時は来た!」
フレイヤは、獅子斬りの更に猛々しくした戦技を放ち、俺たちを迎え撃つ。俺は拳をぶつけて、その舞うような剣技を相殺し、語り掛ける。
「フレイヤ殿、別の道もあるはずだ!」
「ハハッ、なにを言う!もちろんラダーン将軍は、戦い続けるのが一番だ。だが、このような機会!逃せるものか!」
褪せ人は攻めあぐねているようだ。やはり気持ちのいいほど、単純明快な女傑だ。褪せ人も殺したくはないのだろう。兵士たちの単純な物量も理由になる。
ティエリエは俺とフレイヤの攻防の合間に、彼が得意とする毒をねじ込んでいる。俊敏かつ、的確な援護だ。
フレイヤはその毒にむせながらも、俺に続けて言った。
「あの、ラダーン将軍の妹様の王になる者!原初の黄金樹に最も近しい壺!こんな好敵手が揃うことはもはやない。燃えるような戦いを、しようではないか!」
「美しいまでに磨かれた闘争心だ!その精神こそ、戦いに身を置く者の鑑。だが…!」
少しずつ増援は止んでいく。清めの間の壁は横たえたメスメルの部下たちと責問官でいっぱいだ。
三体一の構図はあまりに分が悪かった。フレイヤは少しずつガードを削られていき、ついに体勢を崩した。
俺は紅色の粒子で蛇綱を増強させて、清めの間の壁を食い破り、フレイヤの足を掴んで地の灰に引きずる。振り子の要領で、最高高度に達したその時、フレイヤを脳天から勢いよく地面に叩きつけた。
固い灰の地面は、フレイヤの体を内部から穿った。フレイヤは息絶え絶えに笑う。
「こうも、あっさりと…やるじゃないか…消化不良だが、良い戦いだった…。」
「…壺巫女殿たちが待っている。こんな場でなく、再び戦おうではないか。」
「ハハ…やはり腑抜けか…?」
フレイヤが目の前から消える。残るのは、針の騎士レダとその増援のみ。このタイミングで、こちらにも増援がやってくる。純血騎士、アンスバッハ。彼は並ぶ俺たちに近づき、軽く笑いながら言う。
「…貴公らが味方でよかった。ティエリエ殿、その服お似合いですな。」
「私は、ただトリーナ様のために。…共にミケラ様を止めましょう。」
ティエリエは仮面越しであるのに、少しアンスバッハから視線を外したのが分かった。気の利いた褒め言葉は恥ずかしいのだろうか。
あちらの増援は、なんとメスメルの黒騎士の他に、角の戦士と神獣の戦士、金色の鳥の戦士一体ずつである。黒騎士は分かる。だが、ここで散々辛酸をなめさせられた天災三体が揃い踏みとは。ミケラの魅了は自然現象さえ愛を強いることができるのか。俺は壺を抱えた。
「アンスバッハ殿。黒騎士以外のでかいやつらは、ただの器だ。安心して切ってくれ。」
「ええ、理解しました。…戦の昂ぶりが、じわじわと蘇ってくるようです。参りましょうか!」
俺はまず黒騎士の元へ跳ぶ。大盾の硬さは重々承知だ。その守りを打ち砕き、粒子をかけて無力化した。屈強な騎士も正気でなければ、万全に得物は振るえまい。俺は黒騎士を広間の隅に横たえ、それぞれの戦いに加わる。丁度四対四だ。怯まない頑健な神降ろしの戦士と、針の騎士の貫きが組み。泥沼の戦いが幕を上げた。
ティエリエの元へ向かう。ティエリエは金色の鳥の戦士を相手取っていた。俺は、跳びながら彼の体を光弾で穿つ戦士に蛇綱を伸ばし、竜の頭で噛みつかせる。短くなっていく蛇綱の勢いで戦士と急速に距離を縮め、渾身のタックルを放った。がしゃんと鎧を鳴らし、倒れ込む戦士に、ボディプレスをかけた上でベールの竜頭で噛みちぎった。消滅する戦士。俺はティエリエに声をかける。
「相性が悪かったな。ティエリエ殿、治療だ。うおっ…!?」
「戦士の壺殿…!」
粒子を少しかけたタイミングで、レダがその軽大剣を振り妨害してくる。レダが出す殺気は、尋常ではないほどに膨れ上がっていた。
「ティエリエ…私は見誤ったようだな。君の力に、トリーナ様のお考えを。まさか、生き壺につくとは…。」
「私には、譲れないものができたのです。トリーナ様の楽しそうにお話しされる、あの笑顔を!私は、トリーナ様のためならば…ミケラ様にだって、挑む…!」
「…主は違えど、思いは同じようだ。だが、ここで果ててもらおう。」
俺とティエリエはレダの猛攻を分散して避けていき、合間にカウンターを挟む。
俺は周りを見やった。褪せ人が角の戦士を、アンスバッハが神獣の戦士をそれぞれ相手取っており、たった今その戦いが終わる。レダが焦りを口にする。
「生き壺…お前のために、ミケラ様のくださった魅了は消え去った。同志たちを惑わし、こうして多くが刃を向けている。許してなるものか。」
「レダ殿、人とはそれぞれの積み重ねがある。それの最も足るが記憶なのだ。今の、全てを棄てた神人ミケラの魅了を受けた世界などに、人はいない!」
「血塗られた本性など、人を信じられぬ心など要らなかった。ただミケラ様の魅了さえあれば、優しい世界が作られるのだ…!」
語気を荒げ、針を展開するレダ。やはり言葉での応酬は意味を為さない。ならば、ものがいる。彼女の道を照らす、ミケラとの新たな歩みが。
だがそれを見せるのは、俺たちの世界に戻ってからだ。まずはレダを倒す。
アンスバッハの凶刃が、褪せ人の冷刃が、ティエリエの毒が彼女を蝕み、俺の拳によってレダは倒れ込む。
「ミケラ様…。どうか、世界を、優しく…」
「レダ殿、貴殿の道が明るくあるように…。」
俺たちの世界に戻ってきた。眠ったメスメル兵や、責問官たちはそのままに、レダが清めの間で倒れ込んでいる。壺巫女が持ってきた金色の液体が使われたようだ。フレイヤは完治したようでぴんぴんしており、近くにいるアンスバッハから何か言われているようだ。レダは兜を外されその美貌を露にしている。彼女はまだ眠り、うわ言でミケラの名を唱えていた。
フレイヤが近づいてきて、俺に言う。
「ラダーン将軍のことだが、使われる肉体はアンスバッハ殿の主モーグなのだな。喜びで、アンスバッハ殿からいただいた文書を、良く読めていなかったようだ。なあ、戦士の壺。お前は、黄金樹に近いじゃないか。ラダーン将軍について、何かできないのか?」
「その通りだ。神降ろしには角付きの肉体が必要になるのだから。…そうだな。褪せ人殿!少し聞かせてくれ!」
フレイヤは、ラダーン将軍の復活のみを注視していたとのことだ。俺は壺を抱えながら、褪せ人を呼ぶ。ラダーン将軍の体についてだ。ゲーム上では、ほぼ全ての敵が粒子となって消えていく。それはラダーン将軍も同じであった。腐敗に侵されても尚、まだ体があの砂丘に残っているならば勝機はある。
治療に加わってくれていた褪せ人はこちらに来ると、何用か俺に聞く。
「ラダーン将軍の体についてだ。褪せ人殿たちが祭りを終えた後、その体は砂丘に残っていたか?」
褪せ人は肯定する。同じく戦士の壺であるアレキサンダーが、その遺体の一部を集めてはいたが、残っているはずだと彼は答えた。
「お前も、ミケラ様のようなことができるのか?」
「また少し違うものだが、可能だ。」
「…なら、よし!ラダーン将軍には悪いが、元の体に戻ってもらうとしよう。ジェーレン爺の行った、戦祭りの再演と行こうじゃないか!」
フレイヤは俺の体をばしばし叩き、豪快に笑う。奥を見ると、アンスバッハは兜に手を当てている。ここまで行動を変えるとは、何とも単純である。しかし頼もしい限りだ。
しばらくして、レダが目覚める。暴れられると困るので、軽大剣は褪せ人に預かってもらっている。レダはむくりと起き上がり、低い声で俺に言う。
「何故、生かす…。」
「それは、貴殿の道を照らしたいからだ。トリーナ殿、神人ミケラの肉体を頼む。」
トリーナは頷くと、しゅるしゅると花から幼子の肉体を取り出し、灰の上に横たえた。ミケラの完全にそろった肉体とトリーナを見て、レダは声を上げてから、訝しむ。
「彼女が、トリーナ様。…生き壺、ミケラ様の肉体、どうするつもりだ。」
「レダ殿、貴殿は本当に優しい世界を望むのか。神になれば、貴殿の近くにはいなくなる。それにあのまま治療をしなかったら、貴殿は死んでいた。その優しい世界に、貴殿もいて、生きていなくては意味が無いだろう。」
「ミケラ様の悲願の成就こそ、私の願いなのだ。剣が無くとも、ここを通さん…」
ぱしっと、レダの頬をトリーナが叩く。そこまでして、死んだ従者が出た時点で、優しき律など意味を為さないという旨をトリーナは囁きかける。彼女はミケラそのものだった。だからこそ、レダも彼女の従者なのだ。
レダは歯を食いしばり、トリーナに言う。その美しい相貌は歪み、涙をこぼす。
「ならば、どうすればいいのです…。この、人を真に信ずることができず、同胞を手にかけてきたこの私は…。ミケラ様に殉じることで、人を信じられる世界にしたい…その思いでここまで生きてきましたのに…。」
トリーナは言う。なら、私とミケラの肉体を守って。ミケラは、想ってくれる人がいるだけで嬉しいのと。レダは顔を上げた。
優しい世界は、皆がいるからできる。その一歩としてトリーナは提示したのだ。レダは口を大きく開けたまま、大粒の涙をこぼして言う。
「そんな、そんなことで、ミケラ様は…。」
レダは、亜人の剣聖オンジから練習用の剣を渡され、それを身に着けた。レダの剣は、ミケラの肉体の横に置かれる。血で濡れた剣が、ミケラの手で再び祝福されるために。
俺たちは、清めの間を出立した。複雑な事情はもう終わり、残すはミケラと、蘇ったラダーン将軍を相手取るだけだ。ラダーン将軍と直接戦えることに喜びを感じているらしいフレイヤを加え、俺を含めて八名の少数精鋭が相手となろう。
そして、この神に届くために高くある場所ならば、俺の秘策も使えるだろう。吹き鳴らす準備は出来た。後はタイミング次第だ。
「金色の神楽笛」
大いなる意志の技術の一端
天を貫き、吹き鳴らすは、郷愁の音色
我らが王の伴侶よ
呼びかけに応え、王と共にあれ