清めの間を出る前、壺巫女はフレイヤとアンスバッハにあるものを渡す。金色の液体が入った壺だ。大壺から取り出したものであり、魅了に抗うために用いるように彼女は言った。他の皆は既に持っているらしい。
そして褪せ人には、俺から多くを渡す。彼こそが戦いの要だ。魅了の力を抑えるまではこれを使ってもらおう。
また吹き鳴らすそれについて。固形化した粒子は数秒しか持たない。神の門が繋がったときが好機だ。
まずはラダーン将軍の意識を少しでもこちらに持ってくる。神降ろしの儀式に似ていたとして、降ろされるのは人の魂だ。良く知る者こそ、彼らの注意を引くことができる可能性が高い。肉体はアンスバッハが、それを操るラダーンの魂はフレイヤやガイウスなどが引っ張ってくる。
褪せ人はその作戦に加わると言い、一つの遺灰を見せてきた。赤獅子騎士、オウガ。ラダーン将軍と共に重力の技を修行した赤獅子最古参の騎士だ。合流したガイウスは懐かしそうに、彼の名を呼んだ。フレイヤも彼の武勲を良く知っている辺り、オウガも重力の技の達人として活躍していたのだろう。
褪せ人は思いがけないところで、新しい情報を得られて嬉しそうだった。
俺はわくわくしていた。ラダーン将軍と君主モーグの名誉を取り戻し、ミケラを止める戦い。錚々たる顔ぶれの中で、一員として加わり、この地に貢献できる。これを喜ばずして、なにが戦士の壺か。エルデンリングの世界を愛する人間か。
この場所を自分の足で歩いて、多くの人と関わり、より愛するようになった。スクリーン上では味わえない交流や、命がけの戦いに燃えた。選択肢を狭められることもなく、話したい人たちと自由に話せ動けることの、なんと喜ばしいことか。
故に、打ち倒す。褪せ人たちの手助けをして。最後には必ず褪せ人が勝つのだから。
階段を上り、神の門のある空間へと踏み入る。灰と化し原形をとどめるだけの人の山。一番奥には、同じように人で作られた二柱があった。
声が聞こえる。女性的でありながら、しかし少年の声が。
私の刃よ、そして祭の英雄よ
貴方たちの戦いは、ずっと謳われる
そして約束は果たされ、強き魂が還ってくる
私の王となるために
神の門の前で腕を組んでいた人影が、地に突き刺された大剣を持ち上げようとする。地面が大きく揺れ、灰が宙に舞い浮かぶ。二振りの大剣は重力の色の火花を散らし、今抜かれた。
ミケラの言う約束の王、ラダーン。彼が雄たけびを上げる。
アンスバッハとフレイヤは、彼に宣言する。
「…ラダーン将軍。お久しゅうございます。しかし、その体、返して頂きますぞ。我が主、モーグの尊厳のために。」
「ラダーン将軍!赤獅子の名において…このフレイヤ、将軍を元の体へ戻そう!」
開幕、ラダーンは重力の技によって回転しながらの突進を放ってくる。あまりの速さに、皆が反応する間もない。俺はラダーンの回転斬りを受け止める。ぐぐと体が押され、表面にヒビを入れられる。たった一撃でこのダメージ。流石は最強の将軍だ。
褪せ人が遺灰を召喚する時間を稼ぐため、積極的に前へと出る。
セネサクスが空から撃つ火球に赤雷。同じように重力を使った回転突きを放つガイウス。素早い連撃を放つオンジ。そしてアンスバッハ、ティエリエ、フレイヤの猛攻によってラダーンは一時の間足を止める。
いや止めたわけでは無い。ラダーンは咆哮と共に両刃を合わせ、俺たちを吸い込むように近づける。そして地面から、岩塊の嵐を繰り出した。
ラダーンは、その肉体の持ち主の技も使い、俺たちを追いつめる。アンスバッハが嘆息し、その攻撃の手を更に苛烈にした。
俺は皆に粒子を撒き、回復させる。俺がラダーンにしっかり触れる余裕など、一隙も見当たらなかった。回復を怠ればそのまま割られる。俺は、拳によって粒子をラダーンに届ける方法を取ることにした。
ラダーンは地面に足を叩きつけ、尖った岩を正面に出す。そして大振りながらも、技量を感じさせる連撃で俺たちを苦しめた。
褪せ人が召喚したオウガが、ラダーンに大弓を放つ。ガイウスの突進に、卓越した槍捌きが頼もしく、俺たちを援護してくれる。俺が粒子を纏った拳を何とかぶつけるごとに、ラダーンの動きがにぶくなっていく。頭を時々抑え、唸っているのだ。その目には理性が少しずつ戻ってきている。
ガイウスがラダーンに、戻って来いと大きな声で叫ぶ。
この調子であれば、こちらに戻ってこれる。俺はラダーンの様子を見て確信した。
ラダーンは重力の技で大きく飛び上がり、援護を行ってくれていたセネサクスに岩塊をぶつけていく。空中戦では分が悪い。セネサクスは応戦するが、火球は避けられ、ラダーンの剣で刻まれる。
彼女は墜落してきて、苦しそうに息を継いだ。俺が無理をするなと声をかけると、壺を割り、最後に特大の赤雷をラダーンに撃ち、この場を去った。命まで賭す必要はない。セネサクスをラダーンから守りながら、そう考える。
無類の強さを誇ったラダーンも、どんどんと頭を抑える頻度が高くなっていき、やがて俺たちの攻撃に膝をついた。
大きく体勢を崩したラダーンに、皆が攻撃をかけようとし、俺は一時でも正気を取り戻してもらうため近づこうとする。そのときラダーンの体が赤い炎で燃え始めた。
そして、神の門からまた少年の声がした。白金の長髪をなびかせ、彼は現れる。
…兄様
やっと、還ってきてくれたのですね
白いローブを身に纏った少年ミケラは、肉体を棄てたことで大きく成長していた。男性か女性か判別の付かなかったあの時とは違い、男性であることが一目でわかる。
ラダーンの体の炎が、だんだんと白金に変わっていく。彼は、今までの攻防でのダメージが無くなったかのようにゆらりと立ち上がる。彼の顔は険しくも、体はミケラの支配下に置かれたことが分かった。
…褪せ人よ
旧律の王たる者よ
ミケラが半透明の四本腕を絡ませるように、ラダーンの背を包み込む。目は閉じ、ラダーンの耳に囁くように、彼は言う。
貴方が罪を知り、世界を憂うのなら
我らに道を譲り給え
ミケラと 我が約束の王、ラダーンに
俺は、この好機を逃さない。大いなる意志が使う、この金色の柱を最大まで力を込め放つ。俺を中心に伸びる巨大な金色は、影の地のヴェールを突き抜け、狭間の地の天を越え、今宇宙まで伸び続ける。
この笛は、大いなる意志の記憶から作ったものだ。かつてマリカは、この神の門で大いなる意志との交信を行った。坩堝の性質を持たされたマリカは、数多くの波長を受け取ることができ、偶然にも大いなる意志からの言葉を賜ったのだ。ならば、その再現として、デミゴッドに合わせた呼びかけを行うことだってできる。
俺は粒子で作ったそれを、褪せ人に投げ渡す。
「褪せ人殿、これを吹き鳴らせ!魔女ラニの、新しい律の王として!」
――――――――――――
宇宙まで、月にまで伸びたその柱は、ある魔女の視線に留まった。そして次の瞬間、音色が聞こえる。
魔女ラニは理解した。私を、王が呼んでいる。しかし疑問にも思った。はて、まだサインを書いてはいないというのに、何故私に届くのだろう。
魔女ラニは月の下を覗いた。
光の柱の下には、懸命に笛を吹く愛しい褪せ人が映し出される。こんなにも私を求めているのなら、その呼びかけに応えようじゃないか。
魔女ラニは宙に体を浮かせると、溶ける雪のようにその場から姿を消した。作業を中断して、褪せ人の元へ行くために。
――――――――――――
俺が投げたそれを、褪せ人は躊躇いなく吹き鳴らした。福音の音色。郷愁を掻き立てる、冷たい月の伴侶のための呼びかけだ。しばらくして、冷たい月の夜が、この影の地に訪れる。
ふわりと、褪せ人の近くに魔女が降り立つ。白い雪のような意匠の、青き魔女ラニだ。デミゴッドの中でも謎多き、元神人がその姿を現した。
「私の王、待たせたな。…ここは、王座ではない。どうしたのだ?」
褪せ人は、魔女ラニが現れたことに驚きながらも、ミケラとラダーンを指し示す。彼らが王となろうとしている。友や、この地のためにも自分に協力してくれと。その様は気安く、親密な仲を感じさせた。
魔女ラニはじっと、彼らの方を見る。そして冷たい息を吐いて、褪せ人に言う。
「変わり果てた姿だ。幼さを棄てたミケラに、兄様か?まあいい、私の王が望むのなら…少し早いが、共に路を行くとしよう。」
褪せ人は両手を振り上げ歓喜した。そして暗月の大剣を掲げ、ラニも自分におぶさってと願う。背を指さして褪せ人は屈み、催促する。折角だから自分もあれをやりたいと。魔女ラニは、額にその人形の手を当てた。
「まったく…私の王は。」
魔女ラニはため息をつきながらも、ぐっと褪せ人に身を任せる。不思議な光景が目の前に広がった。しっかり支えるのだぞと魔女ラニは小言を言っている。褪せ人と魔女ラニは久しぶりの会合だからか、会話を弾ませていた。
皆はその様子に様々な反応を示していたが、アンスバッハが微笑ましそうにうんうんと首を振っていたのが印象的だった。ティエリエは、ぎりぎりと歯をきしませている。
ミケラは褪せ人と魔女ラニの様子にしばらく固まっていたが、右手を上に左手を下に指し、宣言する。戦いは再び始まった。
変わらず、ミケラの魅了は厄介である。神の門をくぐったからか、その性質は強く影響しているようだ。褪せ人は、魔女ラニのおかげもあり、振り撒かれる魅了に対して問題なさそうであるが、他の面々は少しずつ危うさを醸し出す。
そして操られているとはいえラダーンの動きは変わらず卓越しており、ミケラの白い光によってそれは強化されている。
皆強靭な精神を持つ戦士たちだ。魅了にかかりそうになったら、壺巫女から持たされていた壺を割り、ラダーンへ果敢に攻めていく。
褪せ人の背にいる魔女ラニの冷たい暗月が、ミケラの体を揺さぶる。無尽蔵にある魔力で、カーリアの円陣に似た輝剣を大量に生成し、ラダーンたちに大きなダメージを与えていた。褪せ人の切り込みと、魔女ラニの遠距離からの魔術。
彼ら二人は、壺を消費しだんだんと離脱していく仲間たちの中でも異彩を放っていた。
ミケラの光で残像を絶え間なく攻撃させる技により、亜人の剣聖オンジがまず倒れた。最後に連星剣による、特大の流星の弧を切り放ち、戻っていく。
動物は、魅了の効果を強く受ける。ガイウスも騎乗する愛猪が疲弊していったため、最後に渾身の突進をラダーンたちに放ち、空を駆けて壺巫女たちの元へ戻っていった。必ずやラダーンの尊厳を取り戻せと、俺に言い残して。
ミケラの光はアンスバッハやティエリエ、フレイヤたちにも重い傷を与えていく。聖杯瓶は底をつき、鎧を着ないティエリエから順に膝をつく。ラダーンがティエリエをベアハッグし、彼にミケラが囁きかける。ティエリエは激しく首を振り、体を動かして彼らから離れた。
「トリーナ様こそ、私の導き…!」
ティエリエは息絶え絶えに言い、ぱりんと壺を割った。これで持ち込んだ壺が無くなる。俺は皆に下がっていてくれと声をかけ、ラダーンを押しとどめる。
「この、ミケラ様の魅了はいかんな…上手く戦えなくなる。戦士の壺、褪せ人!後は頼む!」
フレイヤたちは渾身の一撃をラダーンに浴びせ、額を抑えながら退避する。
度重なる攻防で、ラダーンの息も乱れているようだ。ここから一気に畳みかける。
ラダーンの地ならしから、ミケラの光が突き出る。俺は粒子で体を直しながら、一発一発重い拳をぶつけていく。褪せ人がラダーンに拘束されるも、魔女ラニの至近距離からの攻撃と言葉で、褪せ人は守られる。魔女ラニは言う。私の王をたぶらかすな。
突然ラダーンが、はるか上へ跳んだ。褪せ人が離れたところにいる俺へ、大きな声を発した。これはラダーンの大技だと。褪せ人たちは広間の隅へと走っていく。
俺は喜んだ。これこそ、俺が見たかったものだ。ラダーン将軍の大技と、俺の固さ。この攻撃を受ければ、俺は、俺たちはもっと強くなれる。俺の中の飛竜が、戦士たちが湧きたつ。まだ俺の中に残っていた彼らの意志。高みを求める声が。
俺は岩の腕を宙に上げ、全身を金色に輝かせる。宙から降ってきたラダーンの隕石落としと、今ぶつかり合う。轟音と共にやってきた、衝撃とすさまじい熱が俺の体を砕いた。
俺は大きくヒビの入った体を即興で直し、褪せ人たちの攻撃に加わる。竜の力で、蛇綱で、金色の炎で。俺が得てきた力全てを使い、ラダーンに立ち向かう。褪せ人たちの冷たい暗月と、俺の粒子が混ざり合う。
ラダーンとミケラとの戦いは褪せ人と俺の体を深く傷つけ、反撃を繰り返し、そして崩れ落ちるようにして伏すラダーンによってこの戦いは終わった。
俺はヒビを直しながら、倒れる彼らに近づく。キズは完全に塞がったが、俺の体には白い枝のように跡が残る。戦いが終わったことを確認した壺巫女たちが、この大広間へ入ってくる。
俺はラダーンの体に触れた。すると、ラダーンはその岩のような顔を一瞬だけほころばせ、俺や褪せ人、ガイウスにフレイヤと視線だけを向け、その姿をモーグの遺体へと戻した。
俺がさらに力を込めると、モーグの遺体は魂を取り戻したようで息を吹き返し、ただ静かに眠る。
トリーナが、まだ辛うじて動けるミケラの前に、肉体を寝かせる。ミケラは肉体に手を伸ばすと、光のように消え去った。俺は慌ててトリーナにミケラの状態について尋ねる。
彼女は微笑んで言った。この肉体は、息をし始めた。元に戻ったと。
レダは眠るミケラを抱きしめて、涙をこぼしていた。
俺は安心した。トリーナの柔らかい髪が次第に持ち上がっていくのを幻視したが、ミケラが目覚めた後は彼女たちの問題だ。しばらくはそっとしておこうと俺は思った。
ミケラに聞きたいことは山ほどある。そしてこの後、影の地や狭間の地にどういった結果を残せるかも。それには褪せ人や魔女ラニ、ミケラ、影の地の皆の力が必要だ。俺は魔女ラニと話す褪せ人に近づいていった。
「褪せ人殿。貴殿の力あっての、見事な戦いであった。貴殿が、王となるために…受け取ってくれ。俺の指を。」
俺は褪せ人としばらく話し、岩の手から指を取った。砕けたそこからはまた指が生える。俺は褪せ人に渡す。彼が王となる旅路を、安心して終わらせるために。そして輝かしい、この地の未来を願って。
「岩の鉤指」
戦士の壺(パチモン)が渡した友好の証
どの場所であっても、戦士の壺(パチモン)を召喚できる
戦士の壺を騙る者は旅路を祈り、最後まで助力を行う
褪せ人よ、王となれ