巫子の村に戻り、しばらく経った。ミケラとトリーナ、そしてその従者となった二人はメスメルたちや村の住人と交流を重ねていた。
トリーナは、母の親族たちとじっくり会話ができることに、楽しさを感じているようだ。最初はミケラの行動をしっかり監視していたが、放っている。
ティエリエはトリーナの喜ぶ姿に終始祈りを捧げている。しかし彼女の笑顔が、他の者によって為されていることに鬱憤が溜まっているようで、その気持ちを壺作りで紛らわしているようだ。俺がティエリエに近づこうとしても、大抵機嫌が悪いか、壺を捏ねることに集中しているかのため、話しかけづらいところがある。
またメスメル兵が掲げてくれた不戦の約定のおかげで、剣を振るうことがめっきり減ったレダは、だんだんと人間不信な性質が薄れているように思える。剣を振るうにしても、オンジやメスメル兵たちとの手合わせの時のみである。彼女は血の匂いが消えていくと言って、少し表情を和らげ喜んでいた。
レダは、戦いの中にいてはいけない人間だったのだろう。狭間の地では、力を持たなければ何れ虐げられることとなる。戦いで緊張状態が続き、人を信用することが更にできなくなってもおかしくはない。俺は、レダが血を見ることがない暮らしをしていってほしいと願った。
最後にミケラだが、周囲の人間が自分に心底の愛を向けてくれない現状へ、地団駄を踏んでいた。魅了の力を持っていたときには考えられない暮らしだろう。
その精神性故に、村の皆からは見た目の年齢よりも幼く見られ、赤子のように扱われており、それにまた憤る日々を過ごしていた。ティエリエと隣で壺作りを行っていたり、食物を巫子に交じって調理する姿が見られる。
村に来たときは、俺や生き壺を見るたびにびくびくと肩を震わせていたが、今となっては生き壺たちと遊び、やんちゃな姿を見せているので、恐怖心は拭えたと言えるだろう。
ミケラの一部であったトリーナと話し、ミケラの状態について確認したのだが、永遠に幼くあるのは肉体だけになったようだ。肉体の幼さは、生まれたときの性質であるため、変えることができない。
そうなると、花となったマレニアを元通りにしたとして、腐敗の宿痾を完全に取り除くのは難しいかもしれない。幸い腐敗の性質は変えられるので、彼女が自身の性質に苦しめられることはないだろう。
ミケラの現状に対して俺は、精神だけでも成熟できるならば良いことだと考えた。自分の思い通りにならないのは、人間関係において当たり前のことだ。これからは、時間が彼を成長させてくれるだろう。
ただ、娯楽の類が壺作りしかないのは、後々改善したいところである。
皆、形は違えど穏やかに暮らせていることに、俺は喜ぶ。レダとミケラに危険性があったため、警戒こそしていたが、この調子ならば俺も動き出せそうだ。
今こそ約束を果たそう。騎士デボニアと、角人にした約束だ。
俺は、忙しなく村のことで動いている壺巫女に声をかける。
「壺巫女殿、少し村を離れる。古遺跡で話したデボニア殿と、ミケラの同志であった角人殿についてだ。しなければならないことがあってな。」
「承知いたしました。どうか、ご無事にお戻りくださいね。…そうだ、こちらの家族を連れて行ってくださいませんか。」
壺巫女はにこやかに俺へ返すと、一つの壺を抱え俺の方へ持ち上げた。生きている小壺、最近誕生した同胞の一つだ。まだ何者になるかも分からないこの生き小壺は、俺の方に手を伸ばし、俺の腕の中におさまった。生き小壺は声こそないが、両手をあげてはしゃいでいる。
壺巫女は言葉を続ける。
「この子は、とてもわんぱくでして。遊び終わった後、よく城の方に走っていこうとするのです。」
「なるほど。それは、いち早くこの地を見せてやらねばな。では、一緒に行くとしよう。」
俺は壺巫女に手を振ると、生き小壺の一体をしっかりと固定し、光の柱によって移動を開始した。まずは古遺跡からだ。デボニアと同じく、そこで別れた角人たちがどうなっているかや、教会にいるロミナについても気になる。またデボニアから古い話を聞けることを楽しみにしながら、彼らの姿を探した。
前とさほど変わらないところに、彼らはいた。蛇綱を駆使して降り立つと、デボニアが俺たちに気づいてくれ、気さくに迎えてくれる。
デボニアは、坩堝信仰の生ける証人である角人たちから、色々な話を聞いていたそうだ。両手を一様に組む角人たちに食料は足りたか尋ねると、問題ない旨を伝えられた。デボニアと角人たちから、俺の抱きかかえる生き小壺について訊かれる。
「この同胞は誕生したばかりなのだ。故にちょっとした冒険をさせたくてな。」
角人たちが生き小壺の方を向いて、熱心に祈り始める。そこまでする必要はないと話すが、新しいこの信仰は根付かせたいのだと力説される。過ぎた信仰は、身を滅ぼす。角人の神事のように。俺は、その信仰の末に、人を決して傷つけないことを約束してもらった。
またメスメル軍との融和についても話す。角人たちは、メスメルの火についてやはりよく思っていなかったが、人蠅になっていた記憶から、燃やされるのも不思議ではないかとどこか卑屈さを見せていた。それについて、俺は壺や俺自身を通して、融和に協力してくれないかと話す。蠅を人に戻した功績を評価してもらう打算的な部分もある。角人たちはそれならばと頷いてくれた。
しばらくデボニアや角人たちと雑談して、デボニアには村に来てもらうこととした。角人たちは、他の角人の交渉に協力してもらう。
「また一旦、待ってもらうことになる。古遺跡内の人蠅のことと、蟲たちとの交渉があるからな。しかしまずは、あれだ。」
俺は遠くに立つ、焼炉のゴーレムを指し示した。あれが通せんぼしている限り、これから連れてくる角人たちは、安心して通ることができない。
メスメルに村で雑談しているときに聞いたが、どうやらあれは、起動した時点で制御できなくなるらしい。組み込んだ命令のみを忠実に守り続けるのだとか。
なんて融通が利かない兵器なのだと、俺はその場では壺を抱えたが、使いやすくはあると思い直した。何せ敵勢力に強奪されたり、再利用されたりすることがないのだから。
あのゴーレムについては、メスメルから廃棄を許可されている。俺はデボニアに生き小壺を預け、平穏をかけた上で瓦礫の道を突き進んだ。
焼炉のゴーレムは、火球を飛ばし、足踏みで広範囲に炎を放ってくる。俺はそれを平穏ですり抜けさせ、蛇綱で鉄柵を掴み、そのまま炉の中に飛び込んだ。平穏が解け、俺の体を荒れ狂う炎が襲う。以前、マヌス・メテルの大教会近くで戦った際は焦げて、そのまま崩れるところだった。しかし今となっては、ぬるま湯に浸かっているようだ。万全ではないとはいえ、あのラダーン将軍の隕石落としを受け止めたのだ。そして今でも壺を鍛え上げている。焦げるはずがない。
俺は弱点である炉の奥に、金色の炎を放り投げた。そして全身を金色の炎で燃え上がらせる。焼炉のゴーレムはだんだんと動きを鈍らせ、やがて膝をついて停止した。俺は完全に炉が停止したのを確認すると、蛇綱を使って飛び下りる。
デボニアたちの元に戻ると、生き小壺は歓声を上げているかのように両腕を高く上げ、俺の脇に入り込んできた。生き小壺にとって、気分の上がる光景だったらしい。俺はデボニアたちへ、お守りをしてくれたことに感謝した。
その後、デボニアと共に村へ帰った。彼が大壺の元に向かったのを確認してから、再び古遺跡に降り、角人たちと共に古遺跡を隈なく探索する。古遺跡の人蠅が人に返り、同行者がみるみる内に増えていく。教会を訪ねる頃には、その隊列は何十人にも膨れ上がっていた。
合流する角人たちは、新たな信仰を早くも受け入れていた。彼らは生き小壺の遊び相手をしてくれ、生き小壺の方も楽しげに交流している。村以外の者との初めての交流だ。生き小壺にとっては全てが新鮮だろう。
朱い腐敗に沈んでいた遺跡には、綺麗な花々が生えており、壁に生えていた大きな蕾からも毒性は無くなっていた。付近の眷属たちは、俺たちを攻撃してこない。じじじと声を鳴らしながら、頭を下げている。
教会まで上ると、大ムカデとロミナが眷属たちに何か説いている。ロミナは、ありあわせの布で作られた衣類を着ていた。俺たちの存在に気づくと、ロミナがこちらへ手招く。
「俺は戦士の壺。先日は手荒な対応ですまなかったな。少し時間が経ってしまったが、こうして様子を見に来た。」
俺が語り掛けると、ロミナは首を振った。彼女は丁寧な口調で言う。再び、花々が芽吹く様が見られました。それは貴方のおかげですと。
ロミナは、朱い腐敗に呑まれたことで、大ムカデや眷属たちとの意思疎通が容易になったそうだ。だからこそ、全てを腐敗させるのではなく、皆と共に生きられる道を探しているらしい。俺はロミナの考えに大賛成し、彼女の手を取る。マレニアのように、腐敗全てを見捨てるわけではない。その考え方こそ、俺の作りたい影の地の在り方だ。
彼女は角人の一人として、メスメル軍との融和にも協力してくれるそうだ。遺恨は残るだろうが、それを発散する術についても、共に考えてくれるという。俺はロミナにムーアや拾い虫のことを話した。ロミナはここに残るそうだが、何れは眷属たちと共に村に遊びに来てほしいものだ。
ロミナと別れ、俺たちは影の地を改めて歩く。この路は、何日もかかる長旅であった。
影の地は、かつて角人が繁栄していた地だ。そのため人蠅もいたるところにおり、彼らの治療によって夜は何度も明ける。人に返した蠅は何百人にも及ぶ。元から俺に同行していた角人たちは、俺との約束を丁寧に同胞たちへ説明した。彼らは「同志」の角人と同じように、巫子たちの思いに打ちひしがれ、壺によるメスメル軍との融和に進んでくれた。エニル・イリムにいる責問官たちも、下にいた蠅の人返りを見て協力を行ってくれた。
この地にいる角人は、ほぼ全て人蠅となっていた。その彼らを治療したことで、多数の賛同を得られた。融和も少しずつ進んでいくだろう。
俺についてきた生き小壺が、角人たちの方へ歩いていき、自らを指さす。そして巫子らに教えられたのだろう、まだ拙い文字でこう書いた。
つのびとさんと いっしょに なかよし
彼はこの短い期間で成長していた。俺は生き小壺を撫でると、角人たちに彼を頼む。ずっと俺についてきた角人の一人が、健やかに育てる旨を熱心に話した。生き小壺は、平穏の祈祷を教わっているため傷つけられることはないだろう。前例としてあの神事のことがあるため、定期的に様子を確認しようと俺は考えた。
その場を離れる前、俺は生き小壺の手を握る。その小さい手は力強く、俺の気持ちに応えた。
金色信仰の村…
人蠅を人に返す奇跡に対して、角人が見出した信仰。
現在は、引き取った生き小壺を猫かわいがりすることが第一になっている。
後に、巫子側から液体を受け取り、人を殺さず傷つけない終戦の誓いの元、巨大な集落を形成する。
生きている小壺たち(巫子の村生まれ)…
巫子たちが作った壺に、金色の大壺に満たされた液体を注いだことで誕生した、小さな生きている壺たち。
牢獄から来た生きている壺と違い、蓋は無地である。
いつか旅立つとき、蓋の刻印はなされる。