ガイウスやレラーナ、そしてメスメルとの手合わせは、褪せ人の滾る戦闘意欲を満たした。手合わせであることから、殺すことも殺されることもない。褪せ人が深手を追ったら回復するまで待ってもらい、反対に彼らが膝をつけば休憩とする。
ガイウスは、鎧猪との連携と、重力の技による猛攻で、守る暇がないほどだった。ミケラとラダーンとの戦いでは頼りになったが、実際に相対するとここまで手強いとは。褪せ人は笑いながらも思った。
ラダーン将軍の兄弟子であることもあり、似通った動きも見られたため、褪せ人はそれを反撃の機会とした。それでも猪の突進には、盾で受けても腕がしびれた。
レラーナは、最初こそ純粋な剣技による勝負であったが、ある程度褪せ人が動きに慣れてくると、隠していた力を見せた。右の剣に魔力、左の剣にメスメルの火を以て、遠距離攻撃も魔術で行う隙の全くない戦法になったのだ。褪せ人は何度もレラーナに待ったをかけ、その都度聖杯瓶で回復する。
褪せ人はレラーナとの戦いの中で、まるであのミケラの刃、マレニアと剣を交えているように錯覚した。あまりにも早い脚運びは、デミゴッドとの戦いを制するように感じる。褪せ人の手合わせに、レラーナは根気強く相手をし、そして良い一撃を彼女が与えられたところで、それは終わる。
最後にメスメルとの手合わせである。褪せ人は、彼がまだ奥の手を隠し持っていることに気が付いていた。軽い手合わせでは、彼は力を出してくれないだろう。褪せ人は、メスメルと繋がりを持つ戦士の壺や壺巫女に、説得をお願いする。
戦士の壺は、壺巫女の言葉であればよく聞いてくれるだろうと話した。褪せ人は二人を伴ってメスメルへと話に行く。
「メスメル様。レラーナ様の姪御さんのためにも、褪せ人様は力を付けなければなりません。お願いできますか…?」
「…貴女がそう言うならば、試そう。戦士の壺、これを渡す。我の瞳を…二人でしっかりと守っていてくれ。」
「うお…承知した。壺巫女殿、俺の手はごつごつしているから、貴女が頼むよ。メスメル公、傷を治すからじっとしていてくれ。」
「そんな…そこまでは。」
メスメルは長考した後、低く呻きながら金色の瞳を、自身の眼窩から取り出した。そして壺巫女にそれを手渡した。メスメルが言う。これは、母が自身に施した封印の祝福なのだと。
褪せ人は、そんなにも大事なものを一時でも取り出させてしまったことに、少し焦りを感じていた。
戦士の壺がメスメルの目の焼け跡を治し、壺巫女が胸の前で手を組んで、はらはらと落ち着かない様子でメスメルを見る。
メスメルは暗室の席の後ろに置かれる、幼子を抱くマリカの像に顔を向け、褪せ人へと向き直る。彼の体は燃え、生える蛇は白くなっていた。彼の頭の兜は席に置かれる。瞳の奥では、蛇がとぐろを巻き、褪せ人をしかと見る。
「母よ、許したまえ。…褪せ人よ、始めようか。」
邪な蛇、メスメルが宿していた力は、褪せ人の想像を超えていた。レラーナやガイウスと戦ったときは、試合のようなものであったが、メスメルとの戦いでは実戦に近く、待ったなどない。彼の体を燃やす荒れ狂う火が、褪せ人の鎧を焼く。大蛇と化したメスメルの攻撃を盾で受け、褪せ人は派手に吹き飛んだ。
命を燃やすような戦いであり、メスメルはその圧倒的な力の代償に、傷が増えていった。戦士の壺の回復を都度挟み、褪せ人との手合わせを長く続かせる。
三人との手合わせの中で最も長く続いたこれは、メスメルと褪せ人双方が動けなくなることで、終わりを迎えた。
褪せ人とメスメルの治療を、戦士の壺と壺巫女が行う。そしてメスメルの眼窩に、戦士の壺と壺巫女が少しばかり手を加えた眼を、再び入れる。
戦士の壺曰く、体の治癒力と視力を高めるようにしたらしい。メスメルは視界が更に鮮明になったと呟き、小さく礼を言った。
こうして三人との手合わせを終えた褪せ人は、自らを戦士の壺と呼ぶ者の元へ戻る。村に戻り、大壺に共有された戦いの記憶を、共に追体験するのだ。
――――――――――――――
俺と褪せ人は、大壺の前までやってくる。まずは、褪せ人の記憶。次にメスメルやレラーナなどの古い記憶だ。俺一人では攻略出来なかったその記憶群も、褪せ人と共になら、最後までたどり着けるかもしれない。
俺たちは並んで、大壺に祈った。俺を父と呼ぶ金色の大壺は、拳を俺たちに見せ鼓舞をする。戦いの終わりに、また一つ強くなれるように。しばらくして俺の視界が白く染まり、記憶の世界へと飛んだ。
視界が正常に戻ると、俺たちは建物の中へ入っていた。俺の背後には、俺よりも一回り大きい生き壺が腕を組んで鎮座しており、目の前には金色の霧がかかった出口がある。この生き壺は、大壺の精神体のようなものだ。俺が手を振ると、その生き壺は両手を振って、こちらを応援してくれる。
これは俺と大壺で考えて作った、戦いの準備をするための一室だ。内装は、狭間の地にある闘技場の中を参考にしている。
褪せ人がきょろきょろと室内を見回し、似ていると呟いた。スクリーン上での知識ではあったが、どうやらこの現実であっても同じような内装であるようだ。俺は、早速褪せ人の記憶で鍛錬を行っている生き壺たちのサインを発見した。見たところ、特に鍛錬の意欲がある個体たちのようで、霊体であっても表面が鍛え上げられているのが分かる。
俺は褪せ人を手招いた。
「褪せ人殿、一旦同胞たちを連れていくのはどうだろうか。彼らがどこまで強くなっているのか、見てみたいのだ。」
褪せ人は頷くと、生き壺たちのサインに触れる。少し経って、元気のいい生き壺たち、大が一体、小壺が三体が現れた。生き壺たちは、シャドーボクシングのように拳で空を切り、今か今かと戦いの時を待っている。
俺は反対側に、また一つサインを見つけた。褪せ人の記憶の中にあるネフェリ・ルーの似姿だ。これはストームヴィル城最後の記憶。接ぎ木のゴドリックとの戦いの追憶だ。
俺の隣に立ち、褪せ人は言った。彼女は王となった。リムグレイブに嵐を呼ぶために。
そういえば、俺は思いだした。ネフェリ・ルーたちは、後に城を制圧し、リムグレイブを制する予定なのだと。俺は接ぎ木の技術によって、蛹となり死んだ数多の人々のことを想った。調霊師ローデリカの仲間たちの中に、絶望を感じず、強い思いを以て死した者がいれば。そのときは俺の力も使えるだろう。
俺と共に狭間の地へ向かいたい、印無しの生き小壺を選び、弔いと復活、そして引き抜きを行おう。俺は、じっと金色のサインを見て考えた。
ゴドリックの所業を思い出し冷えた心に、再び火を点ける。この場は、純粋なる戦いのためにある。ゴドリックの戦い方を以て、俺たちはまた一つ経験を得、力をも得るのだ。褪せ人がネフェリ・ルーの似姿を召喚し、霧の中へと入っていく。俺たち生き壺は、褪せ人の後ろに続いた。
ストームヴィル城の荘厳さに、ついよそ見をしてしまう。ゲーム上でしか体験できなかったこの場所が、今俺の目の前に広がっているのだ。城もゴドリックも記憶ではあるが、俺は出ない感涙にむせび泣きそうであった。
強さについてだが、ゴドリックは俺の見立てよりも、ずっと弱かった。生き壺たちの度重なる鍛錬の成果か、褪せ人が強すぎるのか、はたまた俺の力が高まっているおかげか。要因は多くあるのだろうが、ゴドリックが接ぎ木のために腕を切り落とそうとしている際に、俺たちが殴り続けたことで、接ぐ前に死んでしまった。
褪せ人は、「接ぎ木の追憶」を再び手に入れたらしい。エンヤ婆に指読みをしてもらおうと、褪せ人は嬉しそうに言う。
うっすらと俺たちの体が透けていく。記憶の中の強敵を倒し終えたことで、村へと戻っているのだ。俺は褪せ人と生き壺たちに、またすぐに会おうと声をかけた。生き壺たちは、士気の高さを示すように、拳を突き上げ消えていった。
俺と褪せ人は、彼の記憶を巡っていく。追憶を持つボスから、洞窟、地下墓、封牢にいるボスまで。
彼の辿ってきた旅路は綿密であった。それ故に、俺自身記憶の引き出しにしまわれていたボスたちと、実際に相まみえることのできたこの体験は、喜びに満ちていた。
追憶を持たないボスに関して、頭の中で情報を整理するのに役立ち、俺が狭間の地で出来ることをより深く考えることができた。大局には関係しないが、アウレーザの副墓には生き壺がたくさんいてそれが何体いたかを、ボスである墓守闘士と戦い、鮮明に思い出した。狭間の地の生き壺に会いたい。一緒に暮らしたい。俺の思いはどんどんと膨らんでいく。
戦祭りの再現は本当に楽しかった。戦祭りに参加した者の似姿と、生き壺たちと共に、将軍ラダーンに向かって突き進むあの一体感は、心が躍った。
戦いに関係はないのだが、褪せ人が召喚した鉄拳アレキサンダーの似姿に、俺は情緒を狂わされた。俺は頭壺男なのだ。抱きつきたい衝動に駆られたが、戦場の再現であるのでぐっと堪えた。
これで実際に、アレキサンダーや壺村の小壺に出会ってしまったら、どうなってしまうのだろう。不審な生き壺になりそうなので、今からでもしっかり会話できるように精神面を鍛えなくてはと思った。
満月の女王や祖霊の王の、幻想的な美しさ。忌み王や血の君主の、戦士からなる技。大蛇、暗黒の落とし子、死竜の動物的かつ、荒々しき力。そして最後に、ラダーン将軍の対を成すマレニアの腐敗。どれも俺の感情をくすぐり、闘志を高めた。
マレニアに関しては、俺が避けようとしても素早い斬撃で刻んでくるため、すさまじく時間のかかる戦いだった。ゲームではないので残りの体力が見えるわけでは無いのだが、俺や生き壺を切るたびに、負っていた傷が回復しているのは分かるのだ。マレニアの腕を掴んで、斬撃そのものを一時止めさせることは出来ても、他の生き壺が狙われれば意味はない。
結局、最終的な攻略方法としては、巨人砕きを担いだ褪せ人と、俺たち生き壺たちが重い一撃を交互に繰り出し、半ば動けないようにして倒すこととなった。速さはあれど、打たれ弱いのは助かった。
俺たちは褪せ人の記憶を体験し終え、村に戻ってしばらく休憩した。短期間でここまで満たされる体験をしていいのかと、俺は幸せを噛みしめていた。褪せ人は自身の用意したゆでエビや、ゆでカニをセネサクスやメスメル兵、同志たちと、村の皆に分けて回っていた。彼は、この料理は友との思い出の品なのだと、悲しげに言った。糞喰いに祝福されて死んだならず者のことを想っているのだろう。
「褪せ人殿、まだ試してみる価値はある。その友が亡くなったところで、俺を呼んでみてくれ。役に立ってみせる。」
褪せ人は、ぽんと手を叩いた。兜を脱いだ彼の浮かない表情は、一瞬にして晴れる。必ず呼ぶと、褪せ人は力強く言った。
壺巫女が、いつかの「炙りサソリ」を褪せ人にも持ってきた。巫子たちが言うには、角人との交流を少しずつ進める中で、俺がただ火で焼いた品の再現を、共に行ったらしい。金色がかっているのが、製法的に口に入れていいのか不安になる出来栄えだ。
しかし褪せ人は、取り出したサソリ煮込みと一緒にそれらを平らげてしまう。ゆでカニなどならまだしも、お腹を壊したりしないだろうか。ルーンとの交換で、巫子たちから大量にサソリ料理を仕入れている褪せ人を見て、体調の無事を祈った。
食事を行った後で俺たちは再び大壺の前に行く。今度は、メスメルたちの記憶だ。生き残るのに必死で辺りを見渡す余裕などなかったが、褪せ人と協力して見てみよう。俺は新しい知見と力が身に着けられることにわくわくしながら、大壺の前で祈りを捧げた。